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第一話:本好き雑務書記、異例の大昇格?

 幼いころから本が好きだった。

 一歩も動かずに喜怒哀楽を教えてくれるし、感情が凄く揺れ動く。

 特に冒険ものが好きで、正義の主人公が悪を打ち負かすのが好きだった。


 ただ、自分ではそんなことができないと思っていた。

 それでも、ほんの少し近づきたい。そんな気持ちで、アントラーズ国に来た。


 小国ではあるが、周りが栄えているおかげで、ありとあらゆる書物が入ってくる。


 そして俺、ダリス・ホフマンは司書として本に囲まれ――夢の図書員さんとして働き始める――はずだった。


「ダリス二等兵、頼んだぞ」


 だがしかし、今俺がいる場所は広くて清潔な室内とは程遠い。

 薄暗い地下室、湿気と誇りにまみれてる。

 そして今、軍服を着た恐ろしいほど怖い風貌のおじさんに書類をドカッと置かれた。


「イエッサー」

「ホフマンさん、これもお願いできるかしら?」

「サー」

「ダリスさん、こちらも」

「イッー!」


 何と俺は、司書募集を見間違えてしまい、軍事書記として働くことになった。一応言っておくが、ショッカーではない。

 そもそも筆記試験に加え、謎の体力テストがある時点で気づくべきだったが、興奮しすぎてわからなかった。


 ちなみに階級はアントラーズ軍の二等兵である。


 ただ存外嬉しい事もあった。

 行軍記録を書き写していると、まるで物語の一部を見ているみたいでワクワクすることだ。

 不謹慎だが、そのくらい俺は活字の虜なのである。


 それは――元の世界からだが。


「ダリスさん。少し出るので、後はお任せしていいですか?」


 彼女は、同僚のユベラさん。

 眼鏡をかけた知的なお姉さんで、黒髪が似合う細身の女性だ。


 俺の年齢は大体23-25(あまり覚えてない)だが、同じくらいだろう。

 丁寧な字を書くのが特徴で、その所作も綺麗だ。


「もちろん構いませんよ」

「それにしてもほんと、ダリスさんが入って来てくれてから凄く大助かりですよ。どこに何があるか、過去の事も一発で覚えてくださるのですから」

「はは、それが特技ですから」

「まるで魔法みたいです。これでもし腕も立つなら、いずれ王家側近の騎士に抜擢されますよ」

「いえいえ、それは難しいですよ。腕なんてこんな貧弱ですから」


 同僚との関係は良好。

 少しビクっとしてしまったが。


 なぜなら俺は――異世界転生者なのだ。


 女神から一度見たことは忘れないという魔法を授かった。

 これはいわゆるチートというものだろう。


 ありがたい反面、物語を忘れられないというジレンマがある。

 目を瞑れば記憶の全てが浮かぶからだ。



 後もう一つあるが、それは普段使わないのでどうでもいい。



 この世界は魔物で溢れており、とても平和とは言えない。

 それでもみんな頑張って生きている。


 今の仕事はかなりブラックだ。

 仕事は激務、給料も安い。本を読む時間も取れていない。


 それでも辞めないのは、この国が少しずつ好きになってきたからだろう。


 続いて俺は、軍の記録を詳細に書き写していく。


 しかしその時、ペンがとまる。


「凄いな。本当にこの人は……」


 ――エヴィアン・エルリー女帝。


 記録をつけるにあたって、彼女の名前が出ない日はない。

 若干17歳、皇帝陛下の娘なのだが、父親が病で床に伏せており、既に実権は彼女にある為、そう呼ばれている。

 実の父親もそれを否定するどころか嬉しく思っているとのことだ。


 そんな若い彼女が旗を振ることになってからは、まさに伝説街道。


 連戦連勝、当人が戦うことはあまりないみたいだが、参謀として自ら危険な場所へも突き進む。

 まるで物語の主人公だ。


 何度か見かけたこともあるが、思わず見とれてしまうほどの美貌だった。


 そのとき、魔力感知がざわめく。

 ごくごく小さな違和感で、俺以外では気づかないようなレベルだ。


「……五人か」


 兵士は気づいてないのか?

 高速移動をしているらしく、報告をしているうちに消えてしまうかもしれない。

 魔力を頼りに外へ出る。


 そしてその時、裏門近くで人影を見つけた。

 感知通りの五人だった。


 全員黒ずくめ、手には――書物を持っている。


 ……あれは、王家の秘匿の魔導書だ。


 俺もまだ見たことがない。

 確か、中を少し見ただけで極刑――死刑が下されるものだ。


 ……めちゃくちゃ見たかったやつ。


 魔法は使えないが、中身を見てみたい。


 これは……チャンスか?


 賊を捕まえれば、おおおっとページめくれてが、と不可抗力で見ることができる。


 ――素晴らしい。


 ……いや、何を言っているんだ俺は……。


 兵士たちの目を免れて侵入してきた手練れだ。


 そう上手くいくわけがない。


 そんな事を考えていると、相手が俺に気づいてしまった。


「おい誰かいるぞ――」

「何!? ……一人か。魔力も一切感じない。――殺るぞ」

「――魔法結界(マジックガーデン)

 

 すると一人が、魔法を使ってシールドを展開させた。

 これは本で見たことがある。

 

 音や声を洩れないようにする上級高等技術だ。

 シャボン玉の中に入ったような感じだ。


 しかしこれは――好都合かもしれないな。


「お前たち何者だ? その本を置いていけ。そっと置けよ。本は傷むからな。いや、ハンカチを地面に置くからその上に置け」


 すると、あいつ何言ってんだ? という顔で俺を見た。

 ……そんなに変か? 本は大事にすべきだろう。


「ハッ、バカだ。あのバカを秒で殺すぞ」

「何だコイツ、そっこー血だらけにしてやるぜ」


 当然だが、聞く耳は持たないらしい。

 どうしよう。


 俺のもう一つの力が騒ぎだしている。

 だが、これは出来るだけ使いたくない。


 その理由は、あまりにも悲しいからである。


 だが……背に腹は代えられないな。


「――(ブック)

 

 そして俺は、手に本を出現させた。

 背表紙に、とてつもなくカッコイイ黒模様と古代っぽい紋章が書かれている。

 

 それを片手で構えた。

 色は漆黒、上級魔導書と少し似ている。


 敵が動揺し、魔力をより一層高めた。


「こいつ……魔法使いだったのか? クソ、何だあの魔導書!? 見たことねえぞ!」

「……油断するな。全員でかかるぞ」

「確実に殺せ。10年もかけた計画だ。こんな所で無駄にさせねえ」

「ああ、やるぞ!」

「行くぞ! 全員、魔力を極限まで漲らせろ!」


 そして俺は――はあとため息を吐いた。


 ――すまないブック。


「――は?」

「おやすみブック」


 そして俺は駆けた。


 本を片手に。


 おそらく奴らの目からは瞬間移動して見えただろう。


 男の一人が、俺の本に殴られると、後ろに吹き飛んで結界の内側にぶち当たり、ずりずりと地面に倒れる。

 ついでに歯が飛んでしまった。


「お、おいなんだよそれ……」

「おいその本……なんだよ!?」


 そして俺は、はあとため息を吐いた。


 これは、めちゃくちゃ重い本なのだ。


 魔力は一切通っていないし、見た目はカッコイイが何かあるわけでもない。


 これが、俺の武器だ。


 転生したとき、女神は何を勘違いしたのか、本が好きだといったらこれをくれた。


 だが驚いたのは、これさえあれば大体一撃で敵を倒すことができる。

 

 それも本のカドが一番強いのだ。

 赤ちゃん転生だったので、少年時代、これで何千体の魔物を倒したのかわからない。


 だが本が可哀そうでたまらなくて封印した。


 ちなみにどんな魔法障壁をも貫通する。


 理由はわからない。


 ああ、やっぱり本に血がついている。

 すまない。


「早くやれあいつ――」

「すまない、すまないブック、ブックブック」


 そして俺は、全員を一撃で気絶させた。


 結界が消えると、地面に王家の書物が落ちていた。

 思わず笑顔になる。


 兵士を呼ぶ前に……ちょっとだけ読もう。


「えへ、えへへ――」


 そして頁をめくった瞬間、後ろから声がした。


「こんばんは」

「……え?」


 振り返ると、そこに立っていたのは女神だった。

 いや違う。


 艶やかな金髪、幼い顔立ちにも見えるが、それでいて綺麗さにも溢れている。

 白い肌にすらりと長い手足。


 ――エヴィアン・エルリー女帝。


 ……え、もしかして終わった?


 ここで人生終わり?


 さよならブック?


「夜風が気持ちいいですね」

「……は、はい」


 あれ、気づいてない?

 いや、地面には男たちが倒れている。気づかないわけがない。


 何だ、何を試している。


(ほい)なら私はこれで……」


 渾身のギャグで去ろうとするも、お待ちください、と制止された。


「私いま、秘書官を探してるんですよ」

「……はい?」

「色々と雑務が必要なんです。でも、色々と物騒じゃないですか? できれば腕の立つ人がありがたいんです」

「……は、はあ」

 

 意味深な笑み。

 そして――。


「地面に倒れている男たちの首を見てもらえますか?」


 そして俺は、静かに倒れている男たちの首を見た。

 怪しげなドグロマークが書かれている。


 これは確か……。


「S級犯罪者、ベルドスの五人組です。隠密行動と戦闘のスペシャリスト、国を四つも壊滅させた凄腕ですよ。それを全員、一撃で倒したのですね。――凄いなあ、凄いですねえ」

「……気のせいではないですか?」

「そのあと、王家直属の禁忌本をお読みしようとしてましたよね? 頁を開いてましたよね?」


 ああ、終わりだ。極刑だ。

 終わりだ。


 さよならブック。


 今までありがブック。


「名前はダリス・ホフマンさんであってますか? 軍事書記、二等兵の」

「……はい。そうです」

「実は私、秘書を探してるんです。できれば、腕の立つ秘書が欲しいんですよ」


 デジャブだ。


 こんな短い時間にデジャブは人生初だ。


 そしてさっきよりも不敵な笑みを浮かべていた。

 皇帝陛下の娘として敵が多く、暗殺されそうになったこともあると聞いている。


 当然、複雑な政治にも巻き込まれているだろう。


 だがおそらく俺に拒否権はない。

 というか、よく二等兵の俺の事なんか知ってたな。


「……わ、私で良ければどうでしょうか。本を武器にして戦うとんでもない不届き者ですが」

「うふふ、いいのですか? 秘書のお仕事忙しいですよ」

「……働くの好きなんです」


 二等兵から女帝の秘書官なんて普通は大出世だが、いばらの道確定だろう。

 もしかしたら朝から晩まで使い倒されるかもしれない。


 俺が力を隠していたのは、こうやって政治に巻き込まれるのが嫌だからだ。

 自分の強さは多少なりとも自覚していた。


 あれ、俺なんかやっちゃいました? を何度もしてきたのだ。


 ただそれより、本がかわいそうで仕方ないのだが。


 しかし――。


「本がお好きなんですよね? 覚えてますよ。書類を見たことありますから」

「ええと、はい……よくご存じで」

「私の特別任務を聞いてくだされば、大好きな本、何でも差し上げますよ。もちろん、お休みも多くありますので、素敵な部屋で、ゆったりとした個室で、のんびり読めます」

「え……いいのですか?」

「はい、もちろんですよ。お互いの関係を良好にしたいので」


 あれ、もしかしたらブラックから一転、ホワイト逆転一発満塁ホームラン?


「じゃあ、よろしくお願いしますね。ダリス秘書官」

「はい!」



 ああでもこれ、階級ってどうなるんだ……?


 ――これは、本好きで平和を愛するダリスが、エヴィアンの元で秘書兼護衛として暗躍したり、時には大立ち回りをして周りから認められ、個性ある仲間たちと世界を統一するまでの物語である。


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