(64)キスマークの付け方
いつも読んで下さってありがとうございます。
今月は二話投稿しております。
「……キーラの事が好きなんだろう?お前」
「え……うん、好きだよ?」
「好きな女が、他の男とベタベタくっ付いているのを見て、落ち込んだんじゃないのか?」
「? あの……、ルチア、何か誤解してない? キーラは、俺にとっては妹みたいな存在だよ。だから、幸せになってほしかったし、ロメオさんとうまくいって本当に良かったと思ってる」
エイジャの言葉に、ルチアの動きが止まった。
「そうなのか……!? だって、恋人だったんだろう!?」
「え、うん……、それは、キーラがそう言ったから……、それに、すごく大事な存在だったし、キーラが恋人でいたいって言うならそうしたかった。
でも、キーラが想ってくれるのと同じ気持ちを返してあげられなかったから、俺……」
悲しそうに俯いたエイジャを、ルチアは信じられない思いで見つめていた。
この数日間思い悩み、エイジャに酷い八つ当たりまでした自分は一体なんだったのか。エイジャの気持ちがキーラになかった事を嬉しく思う前に、情けなさの方が先に立つ。
「でも、おまえ……、じゃああのキスマークは」
おそるおそる、思い出したくもなかった事実に触れると、エイジャの頬が赤く染まった。
「あ、あああれは、その……キーラが、急に……、夜中に訪ねてきて、話を聞いてたら……」
「……襲われたのか?」
「いやっ、そんな襲われたとか、急に押し倒されただけで!」
つい口が滑ったのか、「うわああそうじゃなくてっ」と腕をばたばたさせる。
こんなに動揺しているエイジャは初めてである。どうも嘘を言っているようには見えない。
ああ、そうだったのか。
ようやく、思考回路が復活してくる。どれだけあの夜の事が心に重くのしかかっていたのか、解放されて初めて気付く。
「情けないな、女に押し倒されるなんて」
「違うよっ! あの、急だったからびっくりしちゃったけど、その後すぐにちゃんと俺の話を聞いてくれたし! キーラ、ロメオさんに冷たくされてすごく落ち込んでて、それであんな事……、それに、あんな、痕がついてるなんて俺気付いてなかったし!」
「分かった分かった」
ルチアが笑顔を見せると、エイジャはようやく落ち着きを取り戻した。
そして、今度はなぜか少し機嫌を損ねたように、非難めいた視線をルチアに向ける。
「何怒ってるんだ」
「べ、別に怒ってないけど」
「怒ってるだろ、お前、自分じゃ分かってないのかもしれんが、すごく分かりやすいぞ。すぐ顔に出る」
「そ、そうなの!?」
表情の分かりやすさを指摘されたエイジャは、ばっと両手で顔を隠す。その仕草を見て、「ほらみろ」とルチアはまた笑いをこぼした。
「怒って……なんかないけど。その……
……ルチアも……知ってるんだなぁって思って」
「? 何を」
「キ……キスマーク……どうやって付けるのか、とか」
エイジャの口から聞くとは思ってもいなかった言葉に、ルチアは一瞬目眩を起こしかけてよろめいた。
額に手を当てて神経を持ちこたえさせ、エイジャを見れば、顔を真っ赤に染めて拗ねるように口を尖らせている。
「いやまあ……知ってるというか、そりゃ、そのくらいは」
「ふうん……そうだよね、ルチアは大人だし、俺よりずっと経験豊富だしっ、当然だけど!」
なんだか突っ掛かってくるような物言いに、ふと悪戯心が芽生えた。
ずっと引っかかっていた疑念が取り払われて、気持ちが軽くなっていたせいかもしれない。
「教えてやろうか?」
「えっ……なっな何を!?」
うろたえて口ごもるエイジャ。形勢が逆転したのに気を良くして、ルチアはベッドシーツに手を付き、ぐっとエイジャに距離を詰めた。
「キスマークの付け方」
「なっ! そんなのっ、いいよ別にっ……」
エイジャは更に顔を赤くして、両手を顔の前でパタパタと振る。
「いいから覚えておけ。いざという時に印も付けられないんじゃ、面目が立たないだろ」
悔しそうに唇を噛み締めてにらみつけるような視線を寄越す。ルチアは「ほら、やってみろ」と軽く笑った。
エイジャはおずおずと手の甲を唇に寄せると、チュッと可愛らしい音を立てて口付ける。
唇を離し、何の痕も付いていないのを確認して頭を捻った。
「そこじゃ無理だろ。もっと柔らかい所でないと」
「柔らかい?」
きょとんとした表情で聞き返してくる。
「ああ、だから首とか、鎖骨の下とか……」
言いかけてルチアはエイジャの白い目に気付いて口をつぐんだ。
「ルチア、……やらしい」
「俺は一般論を話してるんだ!」
何やら不満げなエイジャに、ルチアは冷や汗が伝うのを感じて弁解する。
エイジャは腕をさすったりつねったりして、柔らかさを確かめ始めた。
「ここならどうかな」
腕の内側に、先程と同じように口付けた。
「ん〜……やっぱりダメみたいだ、俺、へたくそ」
「貸してみろ」
ルチアはエイジャの手を取った。ちょうど肘までの長さの袖をするりとたくし上げると、普段は表に晒さない真っ白な二の腕が覗く。
あまりに自然な仕草にエイジャが戸惑う間もなく、二の腕の内側の柔肌に唇を寄せた。
「ルッ……!」
チリッと走った小さな刺激も、
「……ほら」
ルチアの声も、どこか遠く感じていた。
ギシリ、とベッドがきしんだ音で、ルチアは我に返ったように顔を上げた。
息が止まるほど近く、エイジャの真っ赤な顔があった。
「うあ、ほ、ほんとだ、ルチア、じょーず……」
エイジャの舌が空回りする。心臓は、全速力で走りきった後のように早鐘を打っていた。
「…………エイジャ、」
「「な・に・を・してんのよーーーー!!!!」」
次の瞬間、女二人の怒号が見事なハーモニーで部屋に響き渡った。
ベルとキーラの責め立てる声に追い出されるように部屋を出ると、辿り着いた中庭で、ルチアはがくりとその場に膝をついた。
「…………やってしまった……」
あんな暴挙に出るつもりはなかったのだ。エイジャがやたら照れたり怒ったりするから、ついちょっと苛めてやりたくなっただけで。
まったく、お前はまだまだガキだなぁなどと笑い飛ばしてやろうと思って。
なのに、自分の腕に口付けるエイジャが、可愛らしく目を閉じたりするから。キスが下手だなどと恥ずかしそうにするから!!
大丈夫だよな、気付かれてないよな……?
心配で胸をおさえながらも、唇に触れた肌の感触を思い出して吐血しそうになる。
なんなんだあれ……男のくせに!! ふわりと柔らかくなめらかで、ちょっと吸っただけであんなに赤く痕を残して。
何であれが男なんだっ……!
声に出して叫びたいのをこらえ、ルチアは心の中で血の涙を流した。
「何ですか?」
窓の下の中庭を眺めていたフェルダがくすくす笑いをこぼしたのを見て、ロメオが尋ねた。
「ああ、ごめんなさい。何でもないわ。
それで? エイジャのおじい様と、あなたが研究していた魔術書に、どういう関係があるっていうの?」
ロメオは別に魔道具の修繕を手伝ってもらいたかった訳ではない。
何やら事情を知っていそうなフェルダと話をしたかったのである。当然、フェルダの方もそれに気付いていた。
「エイジャさんの出身がどこなのかはご存知ですか?」
「いいえ、知らないわ。アタシが聞いてるのは、アストニエル王都の城下町でフリーの冒険者をしてるって事だけ」
「シアルの出身という事はないでしょうか」
「さあねえ、そうかもしれないし、違うかも。アストニエルは移民には寛大だったから、シアルから来たのかもしれないし、キバライかもしれないし。あの子が話したくないのなら、アタシも聞かないわ」
「そうですか……」
ロメオは思案するように顎をさすると、窓の外の空に目をやる。
「あまり、この事について詮索しない方が良いでしょうか」
「それは、あの子の為? それとも、あなたの研究者としての好奇心?」
フェルダの問いに、ロメオは「それは……」と口ごもった。
「興味を引かれない訳は無いけどね。それはアタシも分かるわ」
「いえ、決して俺の興味だけではありません。彼は、自分の村の人間やおじい様の能力の特異さを分かっていない様子でした。それはとても危険な事です。あなた方の目的はシアル大公なのでしょう」
「…………」
「シアルの魔術研究のレベルは、私がシアルにいた頃よりもずっと上がっています。大公はかなりの予算を注ぎ込んで研究を奨励している。
表向きには魔術研鑽が神への信仰であるとされてますが、その実、シアルにとってそれは軍備増強です。魔力で戦うシアルにとって、強大な威力を持つ魔道具の開発は悲願なんです。だからこそ、嘗て大公は私に魔術書の解読を依頼した。
しかし、あれから20年がたっても、私の持つ情報網では魔道具を一から開発したという話は聞こえてきません。
……エイジャさんの存在が、どれだけ危険なものか、お分かりになるでしょう?」
「あの子の能力が、魔道具の開発に利用される危険があるって事ね」
「ええ。おじい様がどうやって魔道具を作り出す事ができたのか、研究内容が全て燃えてしまったというのなら、それは逆に良かったのかもしれない。
しかし……、魔力を継承させる事ができる人間がいるとなると、その人達の身も危ないですよ。もしエイジャさんの出身地がシアルなら、かなり危険です」
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