(63)そんなの聞いた事ないわよ
「魔道具を作る研究……」
ロメオはそこで一度言葉を切ると、中空に漂わせた視線をエイジャに戻し、再度口を開く。
「それが、成功したのですか」
問いかけた声は、心無しか震えていた。
「はい。でも、じいちゃんはその成功を見てないんですけど……」
エイジャの答えに、ロメオは眉を寄せた。
「どういう……事ですか」
エイジャはまた下を向いた。
大きな決断を前に、必死で勇気を絞り出しているようにも見えた。
ルチアはベッドに腰掛けると、まだ冷たいエイジャの手を取り、体温を移すようにぐっと握り締める。
エイジャは顔を上げてルチアと視線を合わせた後、また視線を下に落とすと、ためらいがちに口を開いた。
「……あの……、その、俺も小さくてあんまり覚えてないんですけど……。
俺の住んでた村では、皆、亡くなる時に、魔力を……子供とか孫とか、身近な人に譲るんです。
でもじいちゃんは、それは、したくないって。俺によく言ってました。
過ぎた力は、災いを呼ぶ。背負わされた方も難儀だ、って」
「魔力を、譲る……!?」
今度はフェルダが声を上げた。ロメオは、驚きのあまり口を開けたまま返事もできないようだった。
「それは、珍しい事なのか?フェルダ」
二人の反応に戸惑いながら、ルチアが尋ねる。
「珍しいも何も、そんなの聞いた事ないわよ……。魔力を継承していけるなんて、そんな……」
エイジャは不安そうにロメオを見た。
「シアルでも、そういう人は他にいないんですか? そんなに、変わっている事なんですか?」
「……聞いた事がありません」
エイジャはますます縮こまった。
「じゃあ、あなたのおじい様はもしかして……亡くなる時に、魔力を人にではなく、道具に継承させたんですか!?」
ロメオの指摘に、エイジャはおずおずと頷いた。
絶句、という表情が今のロメオにはふさわしかった。
エイジャの脳裏に、祖父の臨終の場面が蘇った。
死期を悟った祖父は、長い時間を掛けて準備してきた道具達を、戸棚から取り出して枕元に持ってくるように幼いエイジャに言いつけた。
家族が見守る中、夜更けになってその時はやって来た。祖父が静かに息を引き取ったその直後、ふうっと身体から青白い光が立ち上るのがはっきり見えた。
その光はまっすぐに、用意された道具達に吸い込まれていった。
眼鏡、結い紐、手鏡、万年筆……一見すると何の変哲もない、祖父の生前の愛用品ばかり。魔力をもたない人間ならば、この道具に魔力がこめられている事には気付かないだろう。
子供だったエイジャから見ても大きな魔力の持ち主だった祖父が、なぜ父や自分に直接魔力を譲らずに、道具に魔力を継承させたがったのかは、エイジャには分からなかった。
優しくも厳しかった父と違い、とことん甘かった祖父は、今思えばいつもエイジャの行く末を心配しているようだった。
「そんな能力を持つ人間がいるなんて……。魔道具を作り出す方法なんて、そりゃいくら調べても分からないはずだ。でも、おじい様が研究の成功を見ていないという事は……、あなたの村でも、そうやって魔力を道具に継承させるというのは稀だったのですか? 誰もが行える事ではなかった?」
ロメオが次々に質問を投げかける。
「え、ええ……、そんな事、誰も出来るとは思ってませんでした。じいちゃんも、成功するかどうか、息を引き取るその時まで分からなかったと思います」
「おじい様は、お一人で研究なさってたんですか? 何か、書物などは残されてないんですか? あなたの故郷に行けば、研究内容は残ってる?」
ロメオは完全に研究者としての興味にスイッチが入ってしまったようだった。いつものロメオとはまったく違う様子に、エイジャは少し戸惑いながら記憶を辿り寄せる。
「……分かりません、日記は書いていたはずですけど……。
でも、きっと……焼けてしまったと思います」
エイジャの返答に、その場の空気は一気に冷えた。
「焼けた、ってどういう事だ」
ルチアがためらいがちに口を開く。
「火事で……。うちは、もう残ってないから。きっとじいちゃんの日記も全部焼けちゃったと思う。ごめんなさい、ロメオさん」
「……そ、う……ですか……。すいません、嫌な事を思い出させてしまって」
勢いに水を掛けられたように、ロメオの口調がいつもの紳士的なものに戻った。
「いえっ、そんな! すいません。俺の方こそ全然お役に立てなくて。じいちゃんの研究がそんなに珍しい事なのも知らなくて。ちゃんと聞いておけば良かったのに」
エイジャが謝罪の言葉を口にする。ロメオは、他にも何か言いた気な顔をしていたが、思い直したようにそれを収めるとフェルダを振り返った。
「さっそく、眼鏡を修理してきます。大きな破損ではありませんから、今日中には終わるでしょう。
フェルダさん、少しお手伝いをお願いできますか?」
「ええ」
「エイジャさん、まだ顔色が良くありません。少しこの部屋で休んで下さい。後で、気付けに効くお茶を持ってこさせましょう」
「あ……ありがとうございます」
フェルダを伴ってロメオが部屋を出て行くのと入れ違いに、ベルとキーラが転がり込んで来た。
「エイジャ! もう大丈夫?」
「かわいそうに、あんな話を聞かされて参ってしまったの? エイジャったら、繊細なんだから」
ベッドに駆け寄ったベルとキーラは、ルチアを押し退け、ベッドの両側からエイジャを挟むとそれぞれ手を取った。
「ちょっと、エイジャに馴れ馴れしくしないでよ! あなた、ロメオさんと恋人になったんでしょう!? この尻軽女っ!」
「変な言い方しないでよっ! エイジャは私の永遠の心の恋人なんだから!」
「じゃあ心で想ってればいいでしょっ! 実物に触らないでよ!」
「触るのもダメなんてあなたに決める権利ないでしょ!? エイジャの彼女でも何でもないくせに!」
湿っぽかった空気を一気に吹き飛ばし、ぎゃあぎゃあと言い争いを始めた女達に苦笑して、エイジャは掴まれた両手を軽く揺らしてみせた。
その合図に、ベルとキーラはぴたりと口論をやめてエイジャを見る。
「ふたりとも、心配してくれてありがと。もう大丈夫だから。昨日、良く寝られなかったんだ。ごめんね」
「やだ!ベッドが合わなかったのかしら、言ってくれたら良かったのに」
「言ってくれたらって、昨夜のあなた達にそんな事言いに行けるわけないでしょ」
「ちょっと、エイジャの前で変な事言わないでよ! ロメオとは話をしてただけよ!」
「そうかしらぁ? 朝っぱらからあんなにベタベタくっついてたくせに、信じられない。好きな相手に気持ちが通じたってのに、一晩中一緒にいて何もしないわけないもんね」
「ちょ……っ! そんな……、……ねえ、そう思う?」
「え、何よ急に。そうじゃないの?」
「だって、昨夜……、ちょっと、こっち来てよ」
きょとんとしているエイジャを置いて、ベルとキーラは連れ立って何か話しながら部屋を出て行った。エイジャに聞かせたくない話題らしい。
「……あの二人、案外気が合うんじゃないのか」
「うん。きっとそうだよ。年も近いし女の子同士だし、似てる所もあるしね」
「たしかに、似た者同士だな」
ルチアは遠ざけられていた場所からまたエイジャの側に位置を戻した。
「お前は、ああいうタイプの女に好かれるんだな」
エイジャは少し笑った。
だいぶ顔色が良くなったのを見て、ルチアは安堵の息をついた。
「……キーラとロメオの姿を見て、気分が悪くなったのかと思ったが」
ルチアが言うと、エイジャは不思議そうな顔をした。
「どうして?」
「いや……、さっきベルも言ってたが、えらく……親し気だったろう、ああいうのは、その……お前は、見たくないんじゃないか?」
エイジャはますます訳が分からないという顔をする。
ルチアは話の通じなさに疑問を抱き、少しエイジャに距離を詰めると、ためらいがちに口を開いた。




