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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(59)エイジャに触れてしまうのは

「キーラ、ちゃんとロメオさんと仲直りできたかな……」


 入浴を済ませたエイジャは、その後用意された客室で、まだ雫の滴る髪を拭いながらつぶやいた。

 フェルダの機転であの場を二人きりにする事ができたものの、その後は慌ただしくて二人がどうなったかは分からない。世話をしてくれるメイド姿の女性に聞いても、あいまいな笑顔で言葉を濁されるだけだ。


(キーラは律儀に約束を守る子だから、きっと大丈夫かな)


 ロメオに話を聞かなければいけない事は山ほどある。あの時、シアル大公から命を受けて秘伝の魔術書を読み解いたと言っていたのは本当なのか。

 エイジャを助ける為に嘘をついた可能性もあるが、ロメオが実は凄腕の魔道具職人クラウディオであった事、その正体を隠していた事。1000万ディールもの賞金が掛かっていたという事と関係がないとは思えない。

 首領の男に対して名乗った名前は、ロメオでもクラウディオでもなかったし。


 考えれば考えるほど怪しい男である。それでも、ロメオのキーラを想う気持ちだけは信じられるとエイジャは思っていた。

 まあ、自分よりも事情を良く知っているらしいフェルダの態度を見ていると、ロメオを敵側とみなしていないようではあったけれど。


 考えにふけっていたエイジャの耳に、扉をノックする音が届く。

「エイジャ。いるか?」

「ルチア? どうぞ、開いてるよ」

 扉が開き、ルチアが顔を見せた。

「さっき、ロメオさんが……」

 言いかけた所で、ベッドに腰掛けているエイジャと目が合う。


「っ!!」


 思わず後ずさった拍子に、ゴン!と閉まりかけた扉に頭をしたたか打ち付けた。


「どうしたの? ルチア、すごい音がしたけど……大丈夫!?」

 慌てて腰を浮かせたエイジャを、即座にルチアが制した。

「いや! 大丈夫だ。来るな」

「……なんだよ、来るなって」

 エイジャが少し憮然とする。

「あ、や、言い方が悪かった。大丈夫だから。そこにいていいから」

 ルチアは急いで弁解すると、エイジャを制した手を額に当て、顔を背けた。


 こういう時の(自分なりの)対処法。他の事に意識を集中する、というテクニックを駆使して、ルチアは打ち付けた後頭部の痛みをあえて意識する事にした。

 そうでなければ、ベッドに腰掛けて濡れ髪を拭うエイジャ、という絵にまともに向き合うのは不可能である。


 屋敷の女性達が代わりに用意したのはロメオのシャツなのか、エイジャにはだいぶ大きいようで。

 いつも一番上までぴっちりとボタンを留めているのを、今は二つほど開けているせいで、真っ白なエイジャの肌がほのかに色づいているのが分かるのも始末が悪い。


「……風呂上がりだったんだな。悪かった、出直すか?」

「え、なんで? 大丈夫だよ」

「……そうか」

 俺が大丈夫じゃないんだが……とは言えず、ルチアはさっき後頭部をぶつけた扉にもたれて腕を組んだ。


「さっき、俺の部屋にロメオさんが来た。本当に世話になったと、頭を下げられたよ。おまえにも、心から礼を言いたいと」

 ルチアがそう切り出すと、髪を拭っていたエイジャの手の動きが止まった。

「全面的に俺達に協力するつもりだそうだ。お前の眼鏡も直してくれるらしいから預けておいた。

 お互いにいろいろと話す事はあるが、とりあえず今日はキーラと二人にして欲しいと言われた」

「ロメオさんが? そう言ったの?」

「ああ。……うまくいったみたいだな。頭から花が飛んでた」


「……そっかぁ……」

 エイジャがしみじみとつぶやく。


 なんと声を掛けるべきなのか。

 キーラの願い通り、ロメオと結ばれる事がエイジャの望みだった。その為に、自分も力を貸したのだ。

 でもそれは同時に、エイジャの失恋を意味する。


 ルチアは、黙りこんでしまったエイジャの顔を見た。

 壁際に置かれたベッドまで、ルチアのいる場所からは五、六歩という所だろうか。

 窓の外はもう夕暮れが近く、重いオレンジ色の光の中では、エイジャの表情は分かりにくかった。


「……さみしいか?」

 考えあぐねた挙げ句、率直に尋ねてみる。


「そうだね……。ちょっとさみしいかも」

 ふふっ、と少し笑ったのが見えた。

「でも、良かった。すごく、嬉しいよ」

「……そう、か」



 エイジャに触れてしまうのは。

 決まって、エイジャが自分を必要としているような気がする時だ。

 勝手な思い込みだとは分かっていても。

 きっとルチアでなくても良いのだ。そう、本当なら、エイジャの敬愛する父親なんて最適なんだろう。

 でも、彼はもういないから。


 ルチアはエイジャの側に行く。それに気が付いたエイジャが顔を上げる。

 西日がエイジャの頬を照らし、涙がないのを確認してほっとした。

 頭のてっぺんに手をあてると、いつもとは違うひんやりとした感触が手の平を伝わってくる。エイジャは一瞬子猫のように目を閉じたあと、ルチアの瞳を見つめ返してきた。

「よく、がんばったな。エイジャ」

 しばらくぼうっとした表情を浮かべていたが、一つ、二つまばたきをすると、エイジャはにっこりと笑った。

「うん。ルチア、ありがとう」

 ルチアは、頭をぽんぽんと撫でる。あくまで、保護者の気持ちで。


 その拍子に、前髪を伝った雫がぽたりとエイジャの鎖骨に落ち。

 すうっとシャツの中に滑り落ちていった。


「……!!」


 思わず雫の行方を目で追ってしまったルチアは、突然それまでと違う意識に襲われ、その場を飛び退いた。


「もう少ししたら夕食を用意してくれるそうだ!後で誰か呼びに来るだろうからしっかり髪を乾かしておけよ!……風邪をひくからな!!」


 一気に言いきって部屋を出ていったルチアを、エイジャはぽかんとして見送った。


今月も二話更新です。次話もどうぞ!

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