(57)神に誓え
2ヶ月ぶりの投稿になってしまいました。待っていて下さった方々、ありがとうございます。今回は二話投稿です。楽しんで頂ければ幸いです。
男はすばやくエイジャの首元に剣先をあてがうと同時に、もう片方の手で口元を塞いだ。エイジャが魔術を使うところを見たのだろう。
ルチアが先程、たしかに致命傷を負わせたはずの首領。男の体は、首から胴にかけてべったりと血に濡れている。手応えに間違いはなかった。
何がこの男をここまで奮い立たせているのか。
「ボス! 無事だったんですか!」
完全に戦意喪失していた男達が、首領の登場に息を吹き返したように湧く。だが、首領は虚ろな目でその様子を眺めるだけで、声を張る力は残っていないようだった。
「……見上げた精神力だな……もう立つのもやっとだろう」
首領の男は、ルチアに目を向けるとふてぶてしく笑った。
「ふ……俺には神がついているんだ……、そうやすやすと……くたばってたまるか」
「神?」
犯罪集団の首領にはおよそ似つかわしくない言葉に、ロメオが口を挟む。
「お前のような人間にも信心はあるのか。それなら何故罪を重ねるんだ」
「罪だと?……俺は神の為に働いてんだ。神の命に従って動いてる俺が、罪を咎められる事なんてねえ……」
男の言葉に、ロメオは既視感を覚えて眉をしかめる。
「お前のいう神とは……まさかシアル大公の事か?」
ロメオの問いに、男は傷が痛みのか、顔を歪めながらもひきつった笑みを浮かべた。
「そうだ……あの方は、神の生まれ変わりだ。俺のような男に慈悲をくれた」
ぞくり、とロメオの背を嫌な汗が流れた。
思い出したくもない光景が脳裏によみがえりそうになり、深く息を吐いてそれをやりすごすと、低い声を絞り出す。
「慈悲……? 恩赦でも与えられたのか」
男は返事をせず、ただ肩で大きく息を繰り返す。反論しなかった事を肯定と捉え、ロメオは言葉を続けた。
「元はシアルにいたんだな。大公の権限で罪を許され、国外に放たれたのか。
大公に直接目通りした事などないくせに、大公崇拝か。おめでたい事だな」
ロメオがわざと挑発的な言葉を使ったのが、男の口を滑らせた。
「黙れ!……あの方は俺のいた牢までわざわざ出向いて下さったんだ。翌日には死刑が待ってた俺の所にだ。あの方は俺の罪の全てを許し、これからはあの方の為に生きるようにと言ってくれたんだ」
「それが、女性を捕まえ売り飛ばす事だと? 神の教えに背く罪だとは思わなかったのか」
「この世の不公平は全部、アストニエル人のせいだ。アストニエルの女がどうなろうが知ったこっちゃねえ!」
ルチアは口出しもできず、ただロメオと男のやりとりを見守る事しかできなかった。こうしている間にも男の足元には、流れ出した血が水溜まりを作っていく。このまま手当しなければ、もう先は長くないだろうと思われたが、男の握った剣はエイジャの頸動脈を的確に捉えている。エイジャを道連れにされるのが怖い。
じりじりとしながらロメオを見ると、むこうもルチアの表情を読んだようだった。何か策でもあるのかルチアに軽く目配せを寄越すと、一歩前に出た。
「あんたの言い分は分かった。……大公の恩義に報いたいなら、約束通り俺をシアルに連れて行けばいい。1000万ディールの賞金が掛かっている事の意味をちゃんと分かっているか?」
「……」
疑わし気な目を向ける男に、ロメオは畳み掛けるように言葉を続ける。
「大公直々の命だ。生け捕りにしたとあれば、大公の側に仕える事だって夢じゃない。」
男はロメオをじっと睨み、ためらうように口を開く。
「……てめえ……、……何者、なんだ」
「俺は、神官、リヴィオ・ランディ。大公直々に命を受け、大公家に伝わる秘伝の魔術書を読み解いた者。内容は全て俺のこの頭の中にある。それこそが、大公がこの世界を統治する為になくてはならないものだ」
男に捕らえられたまま、エイジャは大きく目を見開いた。
初めて知ったロメオと大公との繋がりに、驚きを隠せずにいるのはルチアも同じだった。
ロメオは二人の反応に一瞬目をやったが、すぐに視線を戻し、まっすぐに男を見据える。
「……約束を守るっていうんだな」
「ああ」
「神官なら、神に、誓え」
「誓ってやるよ。その人をそこへ置いて、お前は三歩下がれ」
ロメオが両手を上げた格好で、男の方へ足を進める。男は剣の先をエイジャの首筋に添えたまま、用心深く後ずさった。ロメオの体に男の手が届く。男が剣先をエイジャからロメオの方へと変えたその時だった。
「エクス・パルク!」
爆発の前の一瞬、エイジャの目に映ったのは、ロメオと男の体が背後にあったアジトの入口の方へ転がっていく姿。
どおん、と轟音が鳴り響き、地面が大きく揺れた。
一気に砂が巻き上がる。
煙幕が視界を遮る中、ルチアは走り出した。
「エイジャ! どこだ!」
「ルチア!」
ごほごほと咳き込みながら、エイジャが返事を返す。ルチアは声のする方へ腕を伸ばし、ぐいっとその体を引き寄せた。
「怪我はないか」
「大丈夫。ロメオさんは!?」
「分からん。今の爆発は彼が?」
「うん、たぶん洞窟の入口残してあった仕掛けを発動させたんだと思う。その前にロメオさんが首領を入口に突き落としたように見えた」
風が煙幕をゆっくりと洗い流していく。突然起こった爆発に、男達のわあわあと慌てふためく声の中、エイジャは砂埃の中に目をこらした。
「そんな……もしかして」
エイジャは穴のあった場所に駆け寄った。階段は爆発によって崩れ落ち、穴が瓦礫と砂で埋まっている。その下の様子は何も見えない。
首領もろとも、この瓦礫の下に埋もれてしまったというのか。
「嘘だろ……ロメオさん!」
エイジャが悲鳴のような声を上げる。
「あの、ここです」
背後から声をかけられ、エイジャとルチアは驚いて振り返る。
どこかばつの悪そうな表情を浮かべたロメオが立っていた。
「な……んだ、もう……。驚かせないでください……」
一気に力が抜けたように、エイジャはその場に崩れ落ちた。
「神に誓う、なんて……神官だって、自分で名乗った後にあんな事言うから、俺……」
「俺があの時誓うと言ったのは、あの男の神。大公ですよ。もう既に、忠誠を裏切った相手です」
涼しい顔でそう言われ、エイジャはなんだか悔しくなってロメオを軽く睨んだ。
「でも、ありがとうございます。心配して下さって」
「……当然ですよ。あなたを無事に連れて帰らないと、キーラに合わせる顔がないです」
エイジャが言うと、ロメオは何か思う所があるように黙り込む。
エイジャとロメオの間に漂う妙な空気にルチアが対応しかねていると、
「おまたせ〜〜! ルチアー! え、ちょっとこれどういう状態?」
この場に全く不似合いな明るい声で現れたのは、馬の背にまたがったフェルダとベルだった。
「ああ……、助かった、フェルダ」
「助かったって、なに? えーと、とりあえず何人か逃げてるけどどうするの?」
「捕縛してくれ、全員。アストニエルに連絡して離島にでも送っておいてくれ」
ルチアの言う「離島」とは、罪人を送る強制労働施設の事である。
ロメオと、ロメオの館に住む女性達への報復を避けるため、一味を壊滅させる。その約束を守るためには、下っ端の雑魚であっても逃すわけにはいかなかった。
「えーーっ、めんどくさぁい……」
「全て終わった後でのんびり現れたんだから、それくらいしろ」
「なによ、アタシだって別に遊んでたわけじゃないでしょ! もう、分かったわよ、捕まえてくる……」
ボスを失ってあてもなく逃げ惑っていた男達は、フェルダによって首尾よく捕えられ、こうしてラグースに巣食っていた人攫い集団は壊滅したのだった。




