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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(55)俺、困るんです

 アジトの周囲は不気味なほどに静まり返っていた。砂を巻き上げる風の音だけが時折耳をかすめていく。神経を集中させて気配を探ると、確かにフェルダが残した魔痕を感じる事ができる。例えるなら火薬を使った後の残り香のような、魔術の気配。魔術師同士でしか分からないものだ。

 少し離れた岩陰に馬を停め、ルチアとエイジャは入口を窺った。

 この地下に人攫い集団が潜んでいるなど、知らなければ誰も気付かないだろう。うまく隠れたものだ。


 ルチアは体を折るように屈めながら、岩陰へと歩を進めた。後からエイジャも足音を忍ばせて続く。

 強い日差しが作る濃い影に隠されて外からは見えないが、地面にぽっかりと大きな穴が口を開けている。人が一人余裕をもって通れる程の幅があり、目を凝らすと地下に続く石造りの階段まで備え付けられている。

 ルチアが手でエイジャを制する。「そこで待て」と声は出さずに口だけ動かして、次の瞬間穴の中に消えた。

 エイジャは慌てて穴に駆け寄り中を覗き込む。暗闇の中、階段のはるか下の方にはぼんやりと明かりが灯っているようだ。

 必死に見えない暗闇に目を凝らしていると、しばらくしてルチアの姿が見えた。ようやく顔が確認できるところまで階段を上がってくると、「来い」と指を動かした。


 用心深く階段を降りて行くと、突き当たりに倒れこんでいる男の姿が目に入った。ルチアが昏倒させた見張りらしい。

 壁に身を隠してその先を窺う。通路は細いが、奥行きはあるようだ。キーラの話によると、閉じ込められていた牢から出された後は目隠しをされていて何も見えなかったものの、牢からアジトを出るまでしばらく歩かされたらしい。階段下に灯されたたいまつの明かりが届く範囲から先は、暗闇がどこまで続いているのか分からない。


 壁に沿って奥へと歩みを進めて行く。曲がり角から顔をのぞかせてみると、たいまつの数が増えてようやく視界が開けた。

 細い通路の両側に点々と木製の扉が並び、ここが砂漠の地下洞窟である事を抜きにすればまるで宿屋の廊下のような風情だ。

 一番近い扉からは足元の方に向かって光の筋が伸び、話し声が漏れ聞こえてくる。

 

「1000万ディールだってよ、すげえなぁ」

「でもよ、どうせボスの酒になるだけじゃねえの。いつもそうじゃねえか」

「バカ、1000万だぞ。いくらボスでも飲みきれねえよ」

「じゃあ、俺達も飲ませてもらえるのかな?」


 声の数は2〜3人。皆どこか浮かれた様子で声を弾ませている。


「しっかし、あんな男一人で1000万って、一体何者なんだろーな?ただの金持ちにしか見えねえけど」

「ボスが、こっき……こっか?はんがく……とかレベルの賞金首とか言ってたけどな」

「国家反逆罪、だろ。ほんとバカだなぁてめーは」

「うるせえ、ちょっと難しい言葉知ってるってだけで偉そうに言うんじゃねえ!」


 話の内容を聞き、ルチアとエイジャは顔を見合わせた。

 国家反逆罪?それはロメオの事なのだろうか。

 ラグースを牛耳る実業家ロメオ、凄腕の魔道具職人クラウディオの他にも、まだ別の顔を持っているというのか。


 曲がり角から少し後戻りし、男達の声が聞こえなくなったところでエイジャが口を開いた。

「今の話……ロメオさんに1000万ディールの賞金がかかってるってこと?」

「……の、ようだな。しかし1000万とは……誰が掛けたんだろうな」

「アストニエル王じゃないの?」

「ここ数十年で賞金首にそんな高額を掛けた事はないはずだ。だが1000万ディールとなるとよっぽどの大富豪が個人的にかけた賞金か、それとも国家予算が後ろにあるか……」

「じゃあ、シアル大公?」

「シアル国内に流通している高額賞金首の手配書なら、あらかたうちも手に入れているはずだが。ロメオの顔は人相書きで見た事はないからな……。

 表には出さない裏の手配書なのかもしれないな」

 ルチアの言葉に、エイジャが不安そうに眉を下げる。

「……ロメオさんって、悪人なの?そんなふうには見えないんだけど……キーラの好きな人が、そんな……」

「いや、ただの犯罪者なら公然と手配書をばらまけばいいんだ、何か裏の事情があるんだろう。本人に話を聞くしかないだろうな」

「そっか……そうだね、分かった」

 ロメオ、すなわちクラウディオについては、いまだ謎が多過ぎた。腕の良さが災いしていつも命を狙われていたのだと言っていたが、その首に1000万ディールもの賞金が掛かっていたのなら正体を隠すのも当然だ。


「とにかく、まずはロメオのいる場所を見つけ出す事が先決だ。キーラは牢を出てからしばらく歩かされたって言ってたな?」

「うん。たぶん、この通路の奥だよね」

 経験上、こういったアジトでは牢は大概一番奥に配置されているのを、冒険者として依頼をこなしてきたエイジャも、王宮騎士団として任務についてきたルチアも知っている。

 結果的に人攫い集団と一線交える事になったとしても、最奥部で敵に囲まれる事は避けたい。すみやかにロメオを逃がし、アジトを出る必要があった。


 扉の向こうにいる男達に気配を悟られないよう注意しながら先を進んで行く。話し声がしたのは最初の部屋だけで、他の部屋は扉がきっちりと閉められ、耳を澄ませても物音一つ聞こえない。夜の仕事に備えて休んでいる者が多いのだろう。誰一人出くわす事もなく、首尾よく先を進む。

 徐々に通路の幅が狭くなっていく。壁際に備え付けられたたいまつが数を減らしていき、最奥部が近い事を匂わせている。


 先を歩いていたルチアの足が止まった。エイジャを制した手に緊張感が走る。

 暗い通路の先に、ぼんやりと微かな明かりが見える。


 ひときわ足音を忍ばせ、緩やかにカーブを描く壁に身を沿わせながら明かりの方へ足を進める。靴の下で砂粒がジャリ、と微かな音を立て、息を呑み込む。

 振り返ったルチアと目と目で合図を交わした次の瞬間、ルチアが地面を蹴って飛び出した。

「なっ……!」

 声をあげる前に男の動きは鳩尾への鋭い一撃によって遮られ、一言だけ漏らした音も、覆い被さるように体を当てたルチアの肩口に吸い込まれた。

 

 くたり、と力を失った体の上着のポケットを探って鍵を見つけると、壁際にもたれかかるように座らせ、ルチアが横に視線を移す。


「……君は」

 鉄格子の向こう、ロメオが立ち上がった。

「遅くなってすいません」

 ルチアは詫びの言葉を口にすると、一足遅れて駆け込んできたエイジャに鍵を投げて寄越した。

「良かった、ロメオさん、お怪我はないですか」

「なぜここへ!?キーラは!?ここに来る途中で会いませんでしたか」

 閂に手を掛けたエイジャに、ロメオは責めるように食って掛かった。

「大丈夫です。俺の馬に乗せてラグースへ帰らせましたから」

 エイジャの返事に安心したように息をつくと、ロメオは声を落として呟いた。

「……私の事は放っておいて下さい。キーラから聞きませんでしたか。私は罪を償う為、シアルへ帰ります」


 鍵穴へ鍵を差し込むエイジャの動きが止まった。

「ここへ捕われたのは私の意思です。あなたにはキーラをアストニエルへ連れて帰ってやって欲しい。借金ならもう問題ありません。私の屋敷にいるセレナという女性に財産分与を指示してあります。

 キーラはずっとあなたの事を想ってきた。いつかアストニエルに帰ってあなたと暮らせる日を待ちわびていたんです。どうかその願いを叶えてやってほしい」


 何とかしてここを脱出して、ラグースへ戻る手立ても考えてみた。フェルダ達が助けに来る可能性もないとは言えない。

 だが、ここで自分が助けられてラグースへ戻ったらその後どうなるか。少し考えてみれば、答えは自ずと導かれた。


「私にはシアルで1000万ディールの賞金が掛かっています。だからこそここの首領はキーラを逃がして私を捕らえたんです。

 もし私がここを逃げ出せば、この一味は血眼になって私を探すでしょう。そうなればもう、ラグースのあの屋敷も安全ではなくなってしまう。それに1000万ディールもあれば、ここの男達もけちな人攫いなどしなくなるはずだ」

「ロメオさん」

「こうするのが一番いい。……いや、こうするしかないんです。全ては私が招いた事。あなた方には感謝しています。どうか、キーラを……」


「ダメです」

 ロメオの言葉をエイジャが遮った。


「キーラと約束したんです。必ずあなたを連れて帰るって」

「それは……」

「名乗りの誓いを立てました。だから、一緒に帰ってもらわないと俺、困るんです」

 ロメオが目を見開いた。

「お願いします。一緒に帰って下さい」


 口をつぐんだロメオに、ルチアが声を掛ける。

「あなたがラグースへ戻った後、ここの男達があなたを追えないようにすればいいんでしょう?一味を壊滅させてしまえばいい」

「……それは、そうかもしれませんが、そんな事」

「なら、そうしましょう」

 何とも無さげに言うと、ルチアはにっこりと笑顔を見せた。

今月も何とか間に合いました……

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