(54)好きだって言えるよね
「ルチア!見てっ、あそこ!」
横に並び、同じスピードで馬を走らせていたエイジャが声を上げる。
示された地平線の向こうに目を凝らすと、こちらに向かって来る人影が見えた。
地面から立ちのぼる熱でシルエットが揺らぐ。男なのか女なのかもルチアには分からないが、エイジャは迷いなく馬を速めた。
「キーラッ!」
ルチアも慌ててエイジャに続く。
「キーラだと!?」
人影はおぼつかない足取りで、こちらに向かって懸命に走ってくる。
「……エイジャ!」
エイジャは馬から飛び降りると、胸に飛び込んできたキーラを抱きすくめた。
あまりにも自然なその振る舞いに、ルチアは一瞬ひっそりと胸を抑える。
「良かった、キーラ……!怪我はない?大丈夫?」
「うん、大丈夫……エイジャ、どうして?」
「キーラが攫われた方向をロメオさんが探してくれて……だいたいの場所が分かったんだ。
キーラ、ロメオさんに会ってない!?」
エイジャが尋ねると、キーラの表情が崩れた。
「ロメオが、捕まってるの!あの人、私の身代わりになって……代わりに私が逃がされたの……っ」
泣き出したキーラの頭を胸に寄せ、エイジャはルチアと顔を見合わせた。
「身代わり?今はロメオさんが捕われてるっていうのか?女の方が高く売れるだろうに、なぜ」
「クラウディオさんだからかな?」
エイジャが言うと、キーラが涙に濡れた顔を上げ不思議そうな視線を向けた。
「クラウディオ……って?」
「あ、」
エイジャは気まずそうに目を反らした。ロメオが探していた魔道具職人クラウディオだったという事は、道すがらルチアには話してあった。だが、キーラは知らないはずだ。
「エイジャ、どういう事?クラウディオって、エイジャ達が探していた魔道具職人でしょう?」
「えーっと、その……」
「もう、訳が分かんない。ロメオは、シアルに行って罪を償うとか、天命だとか言うし……私だけ、何も知らないなんて嫌!」
涙をこぼしながら訴えるキーラに、エイジャは困ったように眉を下げた。
「罪を償う……?どういう事だ」
ルチアが横から口を挟んだ。
「……あの人、もう自分は戻らないから、そう屋敷の人に伝えてくれって……それで、私にはエイジャにアストニエルに連れて帰ってもらえって……」
涙声を詰まらせながらキーラが話す。
「キーラ」
エイジャはキーラをなだめるように髪を撫でると、小さな子供に言い聞かせるように声を掛ける。
「ロメオさんの事、俺達もほとんど知らない。一つだけ、キーラが知らない事を知ってるけど……それはキーラが直接ロメオさんから聞いた方がいいよ。
俺達がちゃんとロメオさんを助け出すから、そしたらキーラ、ちゃんとロメオさんにキーラの本当の気持ちを伝えられる?」
「エイジャ……」
「できるよね、キーラ。ちゃんと、好きだって言えるよね」
「えっ!?」
驚きの声を上げたのは、ただ部外者のようにやりとりを見守る事しかできずにいたルチアだった。
「……ん、言う。絶対ちゃんと言う。ロメオが好きだって」
キーラの答えを聞いて、エイジャは穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、約束。俺は必ずロメオさんを助け出す。キーラは今言った事守るんだよ」
力がうまく入らずにいる様子のキーラの指に、素早く小指を絡めて指切りを交わすと、エイジャはその指をキーラの唇に当てた。
「プラム・サージュ・エイジャ・アシュヴィシアル・テミリオ」
詠唱を紡ぐと、その小指を自分の唇に寄せキスをした。
「いまの、魔術……?」
「おまじない、みたいなものかな。お互いに約束を守りますっていう、誓い。
ね、俺が約束を破った事、ないでしょう」
「そうね、一度も」
キーラがやっと、泣き笑いの笑顔を見せた。
エイジャはキーラを自分の馬に乗せると、馬上に向かって話しかけた。
「キーラはここからラグースに戻って、待ってて。必ずロメオさんと一緒に帰るからね」
キーラは一瞬口を開きかけたが、すぐにそれを収めた。
自分が付いていっても足手まといにしかならない事を悟ったようだった。
「分かった……気をつけてね、エイジャ」
「うん」
頷き、エイジャはパンと馬の尻を叩いた。主人の合図に答えるように、馬は元来た道を走り出した。
キーラを乗せた馬の姿が小さくなっていくのを確認して、エイジャはルチアを振り返った。
ルチアがエイジャの方へ手を伸ばす。
「ごめんね、男二人も乗せて重たいね」
ルチアの手を借りて跨がりながら、エイジャが馬に向かって声を掛ける。
「お前の体重なんて乗せてる方も気付かないぐらいだ。軽すぎるぞ、もっと食え」
エイジャを自分の前に乗せ、ルチアが手綱を取る。
「急ぐぞ、振り落とされても知らないからな」
「だ、大丈夫だよ!」
言葉とは裏腹に、ルチアは前に座るエイジャの身体を庇うように抱き寄せると、勢い良く走り出した。
腕の中のエイジャは、ルチアの胸にすっかり隠れてしまう程小さく華奢だ。
だがその中身は、なんて男らしいのだろうか。
ルチアは昨夜とは違う自己嫌悪で一杯だった。
俺はなんて情けない男だったのだろう。
キーラの愛する男は、ロメオだったのだ。エイジャはそれを分かっていながら、愛する相手の幸せを思い、自分の気持ちに封をしてキーラの恋を応援していたのだ。
好きな女の幸せを願って身を引くどころか、危険も顧みずその恋敵を助けに向かうエイジャ。
それに比べて、エイジャがキーラと情を交わしたのだなどと勘違いして、エイジャに辛く当たった自分。
同じ男として、人間として、これほどの器の違いを見せつけられ、消えてしまいたい程の悔恨の念にかられる。
王宮騎士団として腕を鳴らした自分よりもずっと、エイジャの方が騎士道精神に満ちているではないか。
「お前は、強いな」
「えっ?」
ぽつんと漏らされた言葉に、エイジャが振り返ってルチアを見上げる。
「……何でもない。前向いてろ、舌噛むぞ」
エイジャ。
俺もお前に倣う。
キーラの為に、ロメオを無事に連れて帰る。
それがお前の望みだというなら、俺は必ずそれを叶えてやる。
エイジャの胸の内を思うと、そのいじらしさに胸が張り裂けそうだった。
手綱を握る手に力をこめ、ルチアは昨晩からの不甲斐ない自分を振り払うように馬のスピードを上げた。
ルチア、いろいろ勘違いしてます(笑)
まあ、これでわだかまりも解けて結果オーライ……か?
もっと早く更新したかったのですが、遅くなってすいません。
ようやくこの章もクライマックスが見えてきました。頑張ります。




