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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(52)背信の代償 -3

 ニナは夕飯の後片付けを手伝ったあと、何か急ぎの用事でもあるようにせわしなく家を後にした。

 不機嫌の理由が分からずにぽかんとその後ろ姿を見送ったリヴィオに、母親が声を掛ける。


「リヴィオ、今日は遅くなったからニナちゃんを家まで送ってあげて」

「え?送ってって、すぐ近くじゃないか」

「そんな事言って、何かあったらどうするの。ニナちゃんは女の子なのよ。分かってるの?」


 なぜか母親までリヴィオを責めるような物言いをする。


「何か機嫌が悪そうだったから、俺が行くと嫌がるんじゃないかな」

 リヴィオがそう言うと、母親は心底呆れたような表情を見せた。

「バカねぇ、リヴィオ。ほんとに、女の子の気持ちがまったく分かってないんだから!」

 言葉の意味が分からずに目を瞬かせる。


「あれは機嫌が悪かったわけじゃないの、照れてたのよ」

「照れ……?なんだよ、それ。何に?」

「ああもう、いやだ。一体何を勉強してるのよ、肝心な事を何も知らないのね!」


 ますます訳が分からない。不審そうに眉を寄せたリヴィオを、母親がじっと見据えた。

「この家の娘みたいだって、あなた言ったでしょう」

「言ったけど。それが?」

「嬉しかったのよ、ニナちゃんは。そうなりたいんだから」

「いや、本当に意味が分からない。なんで?ニナ、おじさんおばさんとうまくいってないの?」

「違うわよ、もう!あなたのお嫁さんになりたいって事よ!」

「何言ってんだよ、母さんは」

 トンチンカンな事を口にし始めた母親に、リヴィオは表情も変えずに突っ込んだ。


「嫁……って結婚するって事だろう?なんでニナが、だいたいそんなまだ、早過ぎ」

「何も早過ぎる事はないよ、リヴィオ。父さんと母さんが結婚した時、母さんは今のニナちゃんの年だったんだからね」

 急に父親まで話に入ってきた。訳が分からない。

 いつも物事を理論的に考えるリヴィオだが、今は両親の言っている事が全く理解できずに顔をしかめるだけだった。


「とにかく、早くニナちゃんを送ってきてあげて!走れば追いつくから!ちゃんと送り届けて来ないと、家に入れないわよ」

 母親は強引にリヴィオを家から追い出すと、バタンと扉を閉めてしまった。



 ……なんなんだ。

 急に外へ放り出され、リヴィオはあっけにとられて閉じられた扉を眺める。ノブに手を掛けようとすると、寸前でカチャリと施錠の音がした。

 ため息をつき、観念して歩き出す。とにかく、ニナが家に入るのを見届ければ良いのだろう。


 ニナの家の方へと歩きながらふと視線を遠くへ移し、丘のむこうを歩いていく人影を目にして、リヴィオは足を止めた。


 なんだ……ニナじゃないか。家に帰らず、どこに向かう気だ。


 ニナの足は自宅とは逆の方向へ向いている。不思議に思い、リヴィオは草を踏む足音に気付かれないよう距離を取ったまま、後を付けた。

 もうすっかり夜も更けたこんな時間に、どこへ行く気だろう。

 集落から外れ、村外れの野原を進む。ニナの持つランプの灯りを頼りに歩き続けていると、ニナは見覚えのある場所で足を止め、座り込んだ。


「ニナ」

「えっ、きゃっ!なに!?リヴィオ!?何でここに?」

 そこで初めて声を掛けた。ニナは心底驚いたようにその場を飛び退き、リヴィオの顔を見て目を丸くした。

「ニナこそ、何でこんなところに」


 そこは村の大部分が一望できる、小高い丘の上だった。リヴィオはニナの横に並んで座ると、久し振りに目にする景色に目を細めた。

 もっとも、こんな夜更けにここへ来たのは初めてだった。そのせいなのか、背丈が伸び視線が上がったからなのか、村は昔よりもちっぽけに見えた。

「ここに来たのは何年振りかな。子供の頃はよくここで遊んでたっけな」

 リヴィオが言うと、ニナは横でこくんと頷いた。


 ニナとは三歳しか変わらないから、初めて会った時の事などもう覚えていない。物心がつく頃には一緒にいたのだ。

 集落から少し離れたここは静かに読書にふけるのにうってつけで、幼い頃のリヴィオのお気に入りの場所だった。どこに行くにも後ろを付いて回っていたニナも、当然一緒だった。

 一人でゆっくり本を読みたいのに、退屈したニナに本を読んでくれとせがまれ、字を読めるようになるまではと渋々相手をする。アイサル神の教典を読んでやると、ニナは瞳をかがやかせてそれを聞いていたものだ。

 

 いつのまにか、読書の対象は教典から魔術書に移り、対話の相手はニナから魔道具へと変わった。

 教会の跡継ぎでありながらろくに父親の仕事も手伝わず、礼拝にも顔を出さなくなったリヴィオに、口うるさく何やかやと言ってくる、幼い妹分。そのくせ、食事を取りに家に戻る事もしないリヴィオに、毎度食事を運んでくる。

 最近はその役もタオさんが引き継いでいて、ニナの声を聞く回数も減っていたが。


「私は今もよくここに来てるの。リヴィオはもうここに来る事はなくなっちゃったけど……」


 ニナがつぶやいた。

 暗がりの中、手に持ったランプの灯りに照らされた横顔が妙に大人びて見えて、リヴィオは急に落ち着かない気分になった。

 そういえば、いつもニナの声を聞いていたけれど、ずいぶん長い間、顔をちゃんと見ていなかったような気がする。

 

「リヴィオ、首都に行っちゃうの?」

 ニナの声に、リヴィオはうっかりニナの横顔に見蕩れていた事に気付いて眼を瞬かせた。

「首都?誰がそんな事言ったんだよ」

「……言ってないけど、そんな気がしたの……。だって……」

「……だって、何」

 ニナがそこで口をつぐんだので、リヴィオは少し口調を強めて先を促した。こういう言い方をすれば、すぐ口を割るのは昔からだ。

「……タオさんが、リヴィオはこんな小さな村にいるような人間じゃないって……だからあんまり、私みたいなのがリヴィオの周りにいて邪魔しちゃいけないって」

 ニナの言葉にリヴィオは驚いた。穏やかで、大公の側近でありながらリヴィオや家族に対しても威丈高に接するような事もなく控えめなタオが、ニナにそんな事を言うとは到底想像できない。だが、ニナがこういう時に嘘をつく子ではない事もよく知っている。


 首都か。

 たしかに、ずっとそれを考えていた。大公から託されたあの魔術書を見事に読み解く事ができたなら、大公は首都に呼んで下さるのではないか。側に置いて下さるのではないか……

 大公付きの魔術研究者。それはこの上ない名誉だ。この村にいたのでは到底手に取る事のできないような魔道具や書物にも出会えるだろう。教会の雑務に追われる事もなく、母やニナの小言を聞く事もなく、最高の環境で研究に没頭する日々を送れるのだ。研究者なら、誰もが夢見る地位。


 年端もいかない幼子だった頃に先君を亡くしてその座についてから、天才的な手腕で国政を操り、誰もが崇める若きカリスマとなったのが現大公である。

 その政治手腕もさる事ながら、魔術研究復興に尽力された事が大きい。

 千年前に国家の危機を救った魔術も、ここ数百年は平和な時勢が続いた事もあって、緩やかに衰退しつつあった。大公は魔術を尊重する事がアイサル神への信仰を表す事として、研究者達を厚遇したのだ。

 リヴィオのような魔術研究者にとって大公は、単なる自国の君主ではなく、最大のパトロンでもあるのだった。


 大公から直々にあの魔術書を賜った夜の事を思い出すと、いいようのない高揚感に包まれる。それは、陶酔と言ってもいいかもしれない。

 畏怖さえ感じさせる程の圧倒的な気高さ。心の深い部分を射抜くような、鋭い金色の瞳。同じ男であっても、魅了される。

 あれがカリスマというものなのだろう。あの方を前にして、否と首を振る事など誰にもできないのではないだろうか。事実、冷静沈着を自負する自分が、金縛りにあったようにろくに口もきけなかったのだから。


 書の内容を報告したら……どうなるのだろう?

 大公の真意は何なのだろうか。

 正直に内容を伝えれば、リヴィオの意見に賛同し、禁書として闇に葬って下さるのだろうか。

 よもや、魔術の大いなる復興の為に罪もない人々の命を犠牲にするなどという事は考えられないが、もしも、手段を選ばないという事にでもなった時には……。


「リヴィオ、……何か悩みでもあるの?」

 黙ってしまったリヴィオに、ニナが問いかけた。

「いや……別に。なんで?」

「だって、なんだか今日はすぐにぼんやりして、様子がおかしいもの。私、いつも見ているから分かるわ」

「……そうだな、ちょっと迷ってる」


 なぜか、ニナの言葉に素直に頷いてしまった。


「リヴィオが迷うなんて……珍しいね」

「俺だって迷う事もあるよ」

「私……じゃ、聞いても、分かんないかな」

「うーん……ニナには難しいかな」


 そう言うと、ニナはぷうっと頬を膨らませた。

「どうせ、リヴィオの話は私には難しくて分かんないもん。でも、力になりたいのに」

 いつもの拗ね言だったが、妙に心にしみた。

「ありがと、その気持ちだけで十分嬉しいよ」

 ニナを見ると、ぽかんとした表情でリヴィオの顔を見つめていた。

「なに?」

「え、あの、だってリヴィオがそんな事言うなんて……すっごく珍しいんだもの」

 

 ニナの表情を見ていると、何故か鼓動が早くなった。落ち着かない。でも、まだしばらくここにいたい。

「早く帰らないと、おばさん達が心配するかな」

「えっ!う、ううん!大丈夫!私、よく夜にここに来てるしっ、ちゃんと言ってあるから!」

「そっか」

 ニナの返事に、リヴィオは柔らかな笑顔を返した。

 

 ニナを抱き締めたいと思った。

 それが恋心だと自覚する間もなく、リヴィオの日常は突然奪われた。

本当に5月最終日ギリギリの更新になりました……!

次回でリヴィオ回想編は終わり、の予定です。

もうしばらくのおつきあい、よろしくお願い致します。

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