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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(51)さよなら、キーラ

「……何しに来たのよ」

 なじるような声。

 不機嫌そうに眉をしかめて唇を尖らせた表情で、それは普段見慣れた表情ではあったけれど。それでも瞳がゆらゆらとゆらめいているのが、暗がりの中でも分かった。


「キーラ……、良かった、無事で……!」

 ロメオは無意識のうちに、キーラの腕を取っていた。

「きゃ……なにっ……」

 小さな体を胸の中に引き寄せ、強く抱き締めると、もうずっと以前に同じベッドで夜を明かした時と同じ香りがした。

「……ほんとに……良かった……」

 

 かろうじて拾えるほど小さな声が耳のすぐ後ろに落とされ、キーラは自分の心臓が胸を突き破るのではないかと思った。

「だ、だいじょうぶよ、そんなに心配しなくても……私、へいきだった」

 いつもの調子を完全に失って、途切れ途切れにそう口にする。ロメオはすっと身を引いてキーラの目を正面から見据えた。

「こんな時に強がるんじゃない。ひどくされなかったか?どこか怪我は?」

「し、してない。なんだか、妙に丁寧にされてたし……」


 二人がいるのは、地下アジト奥の突き当たりに作られた牢獄だった。

 部屋の隅に置かれた燭台の頼りない灯りだけでは、辺りの様子もほとんど分からない程の暗闇。時間が経つにつれて次第に目が慣れてくる。

 牢獄は左右後方を岩肌に囲まれ、前面が鉄格子で覆われていた。ひどく錆び付いている。何十年、もしかしたら何百年も前に作られた遺跡を再利用しているようだった。

 

「感動の再会はそれぐらいにしてくれるか、兄ちゃん。ほら、さっさと女を寄越しな」

 二人の様子を牢の外から見せ物のように眺めていた男達から、どっと下品な笑い声が起こった。

「え?どういう事?ロメオ」

 事態が飲み込めずに戸惑っているキーラを、ロメオは自らの手で牢の外へと押し出した。


「約束は必ず守ってくれよ。俺にはキーラが無事かどうか、分かるようになってる。間違いなく家に辿り着けた事を確認できなかったら……その時は、さっき言った通りだ」

「分かった分かった、何度も言うな」

 首領格の男が面倒臭そうに答え、牢から出てきたキーラの腕をぞんざいに掴んだ。

「きゃっ……ちょっとっ……」

「乱暴に扱うな!」

 ロメオが鉄格子に掴み掛かる。男の力が一瞬緩み、キーラは手を振りほどいて鉄格子に駆け寄った。

「なんなの!?ロメオ、どういう事よっ!」


 ロメオはキーラを落ち着かせるように、鉄格子に掛けられた細い指を手の平で包み込んだ。

 今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳を覗き込み、話しかける。

「キーラ。よく聞いて。君の恋人がこちらへ向かってる。ここを出たら、まっすぐラグースに向かうんだ。きっと途中で会える」

「恋人……!?ちょっと、待ってよ」

 キーラが口を挟もうとするのも聞かず、ロメオは言葉を続ける。

「エイジャさんにアストニエルに連れて帰ってもらうんだ。身分証明書なら、きっと彼等が何とかしてくれる。屋敷に戻ったらセレナさんに、俺はもう戻らないと、そう言うんだ。あの屋敷も資産も、ほとんどが君の名義になってる。セレナさんがちゃんとやってくれるはずだから」

「何言ってんのか分かんないわよ!あんたはどうするのよ!?」

「俺はシアルに行く。犯した罪は償わなくちゃいけない。これは天命だ」


 男達の腕がキーラを捕まえた。出口の方へと連れて行かれそうになり、キーラはその場に足を踏ん張る。

「罪って何よ、天命って!?訳が分かんない!」

「ったく……!いいかげんにしろ!」

 ずるずると引き摺られながら、キーラは必死で後ろに頭を回し、ロメオの姿を見ようとした。

「さよなら、キーラ……」

 鉄格子に指を掛け、ロメオは苦しそうに微笑んでいた。

「やだっ!ロメオのバカッ!ちょっとっ、離してよ!!」

 キーラの怒声が、岩盤に反響しながら遠ざかって行く。


 牢の前に残った首領格の男は、にやにやと下卑た笑みを浮かべていた。

「泣けるねえ。惚れた女の為に身代わりになるなんて大したもんだ」

 まったく本心から思っていないような口ぶりでそうからかうと、周りの男達が笑い声を上げた。


「あのー、ボス。なんで、コイツの代わりに、あの女、逃がしちまうんですかぁ?あの女、銀髪だから、高く売れんでしょぉ。それでさっきは、売らなかったんじゃなかったんすかぁ?」

 男達の中でいちばん下っ端らしい、若い男が聞く。

 

 銀髪。

 ロメオはうなだれていた顔を上げた。

「コイツはシアルじゃお尋ね者なんだよ。1000万ディールの賞金首だ」

 下っ端の男は心底驚いたように目を剥いた。

「1000万……ディールっすかぁー!?うわっ、俺らもうずっと遊んで暮らせるんじゃないっすか!?」

 

 1000万ディールとは……俺も偉くなったもんだな。

 ロメオは自嘲するように薄ら笑いをこぼした。


 何も自暴自棄になったわけではない。キーラの安全を一番に優先するには、これが一番良い方法だった。

 まさか、売り物にならない程痛めつけられたのではないか。もしかしたら、すでにこの世にいないのではと思うと、もうじっと機を待つ事はとてもできなかった。


 シアルから逃れた自分に、生け捕りの賞金が掛かっているという噂は以前から耳に入っていた。シアルと取引のあるここのボスなら、自分の人相書きをどこかで目にしている事もあるだろう。

 そう思って、一か八かベルと自分の身柄の交換を持ち掛けたが、あっさりと承諾してきたのは、1000万ディールもの大金が掛かっていたからか。

 

 もちろん、ただこのままむざむざとシアルに連れて行かれるつもりはなかった。何とか隙を見て逃げ出す気はあるし、フェルダやルチア達をまったく当てにしていないわけではない。

 だがもしそれらがうまくいかず、シアルへと連れて行かれる事になれば。

 シアルに戻り、贖罪せよとのアイサル神の天命なのだろう。

 このタイミングでキーラの思い人であるエイジャが現れたのも、何もかも全て、巡り合わせだったのではないかとさえ思えてくる。


「全てはアイサル神の思し召し…か」

 神官の地位を捨てて以来、初めて神に祈ったのは、キーラの無事だった。

 それが叶えられたのだ。もう文句はない。

「アイサルの神よ、御心に感謝します……どうかキーラをお守り下さい」

 印を結び、瞳を閉じて指を組んだ。



「ボス、こいつはいつシアルに連れて行くんで?」

 手下の一人に尋ねられ、首領は顎に手を当てて唸った。

「ううん、いくらこいつが大公直々に命令したお尋ね者だっていっても、俺達がシアルに入るわけにはいかねぇからな……。

 あの銀髪の女を売るつもりだった奴が今晩来るから、そいつにでも仲介させるか……」


 どうやら、拉致した人間を商う仲介屋にもいくつか種類があるらしい。先に訪ねてきた取引相手とはまた別に、値の張る取引を専門にする業者が存在するようだった。

 しかし、シアルで高額の賞金首となっている自分はともかく、キーラに高値がつくのはどういうわけなのか、ロメオには分からなかった。

 銀髪だから高く売れる……そんな事を言っていたようだが、どういう事だろう。



 男達は別室へと引き揚げて行き、下っ端らしき男が見張りの為に牢の前に一人残された。

 先程、首領の男にロメオの事を尋ねていた若い男だ。土壁に背を預けてつまらなそうに座り込んでいる。


「きみ、きみ」

 ロメオが小声で囁きかけると、男はまだ幼さの抜けきらない顔をこちらに向けた。精一杯悪ぶっているが、年の頃はキーラと変わらないのだろう。

「……なんだよっ、気安く呼ぶんじゃねえよ」

「すまない。俺は物知らずで、なぜ銀髪の女が高く取引されるのか知らないんだ。君は当然知ってるんだろう?」

「あ、あたりまえだろ。えっと、シアルじゃ銀髪の女が好かれるんだ。たぶん。……ほんとの銀髪ってのは、見たことねえけど……銀に見える髪の女は、高く売れるんだ」

 男はおどおどと言葉を繰り出した。シアルでお尋ね者だというロメオに、少し怖じ気づいているように見えた。

「そうか……俺がしばらくシアルを離れている間に、シアルじゃ銀髪の女が高く売れるようになったのか」

「オッサン、何したんだよ?1000万ディールの賞金首なんて……大公に喧嘩でも売ったのかよ?」

「ん?そうだな、そうとも言えるかな」

 若い男は怯えと尊敬の入り交じった複雑な表情を浮かべた。

「やっべーな、それ。こっえー」

「まあな」


 シアル大公に喧嘩を売ったわけではなかったが、結果的にはそういう事になるのだろう。ロメオは記憶の中の灰色の髪の少女を思い出し、唇を噛み締めた。

すいません。文中にあるロメオの賞金額、100万ディール→1000万ディールに修正しました。

この小説の冒頭部分に一度出てきた、銅貨3枚で15ディールという通貨換算と合わなくなってしまった為です(汗)申し訳ないです。

ちなみに1000万ディール=日本円で3億円ぐらいになります。

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