(48)隠し事のできない相手
ラグースの北西に広がるのは、自然が作り出した奇怪な形状の巨石が点在する岩石砂漠である。
「この針は、キーラに持たせている屋敷の門の鍵の場所を示しているんです。絶対に手放さないで、いつも身につけているように言ってあるんですが……私の言い付けを守ってくれていれば、ですけど」
ガラスの筒の中に浮かぶ針がその岩石の一つを指しているのを確認し、ロメオが当惑の表情を浮かべた。
離れた場所に身を隠しながら遠巻きに様子を見ると、岩の前には男が一人立っているのが見えたが、キーラらしき女性の姿などない。
「……あの岩は、入り口なのかも。地下にアジトがあるんじゃないかな。前にちょっと身を置いてた盗賊が、同じようなアジトを使ってたの」
ベルの言葉にロメオがぎょっとしてたじろいだが、「昔の話よ、ね?」とフェルダがフォローを入れる。ベルは頷いて言葉を続けた。
「攫ってきた人達を買い手に売り渡すのって、取引の日が前もって決められてる事が多いの。月に一、二度って事もあるし、日時と場所をきっちり指定されてると思う。
だから攫ってきた後、買い手に売り渡すまでの場所を確保しておくのが結構大変なの」
売り買いされる側にも、する側にもなった事のあるベルの言葉には説得力があった。
状況から、キーラを攫った集団はただの荒くれ者の集まりという類いのものではなく、職業として計画的に拉致、売買をしている組織と見て間違いなさそうだった。
ロメオは、キーラが捕われているであろう場所を凝視して歯噛みする。
フェルダのブレスレットにエイジャからの連絡が入ったのは、その時だった。
「……というわけだから、アタシ達は彼等が来るまでここで待機ね」
ブレスレットの通信を閉じたフェルダが、ロメオとベルを振り返る。
「仲直りってなに?喧嘩してたっけ、あの二人」
横で話を聞いていたベルが尋ねると、フェルダはとぼけるように眉を上げた。
「ルチアが本調子じゃないと、アタシ達の命まで危なくなるでしょ」
返事になってないんだけど!と唇を尖らせるベルを尻目に、フェルダはロメオに向き直った。
「今すぐにでもキーラちゃんを助けに突っ込みたいだろうけど、ルチアが来るまでもう少し我慢してね。
大丈夫、ああいう職業誘拐集団は売り物に傷をつけるような事はしないはずだから」
ロメオが唇を噛む。
「……分かっています。今、俺達だけで乗り込んでも、どうにもならない事は。
しかし、彼はそんなに腕が立つのですか?だって彼は」
「王族でしょう、って?」
フェルダが言葉を継ぐと、ロメオは頷いた。
「あの深紅の瞳を見間違えるはずはない。なぜ王族の人間がラグースにいるのか、まずそれをおかしいと思いましたよ」
「王族っていっても、遠縁なのよ。ま、それでもこんな所にいるのはおかしいけど」
フェルダが肩をすくめる。
「剣の腕に関しては、信用していいと思うわよ。50人くらいまでの一味なら一人で始末しちゃう男だから」
さらっと吐いた一言に、ベルが「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「何それ、嘘でしょ!?人間技じゃないわよ、それ」
「でしょ?だから色々自由が許されてるわけ」
手短かすぎる説明は、それが冗談でも何でもない事を示していた。
ベルはトープ村での馬車奪還の場面を思い返した。
あの時の事は「エイジャとの出会い」としてベル的には甘酸っぱい思い出に変わっており、他のごちゃごちゃはすでに記憶の彼方だったのだが、思い出してみると、ルチアの鮮やかに剣を振るう姿は、まるであらかじめ動きの決められた剣舞のようだった。
あっというまに一味の男達を始末してしまったのを見て、なんだあいつら弱かったんじゃん、と思っていたが……そうではなく、ルチアの方が強過ぎたという事か。たしかにあの時、ルチアはまったく息切れもしていない様子だった。
「わざわざキバライまで行って修行したからねー。かわいかったのよぉ、その頃は!」
フェルダが何かを思い出すように、頬に手を当てうっとりと遠くを見つめる。
「……分かりました。彼が来るのを待ちましょう」
ロメオはフェルダの様子に少し体を引かせながら、渋々頷いた。
エイジャとルチアがやってくるまで、忍耐の時間が続いた。
「……なぜ正体を隠していたか、聞いてもいいかしら?」
重苦しい空気を入れ替えるように、フェルダが口を開いた。
「だいたいの察しはついているんじゃないんですか、あなたなら」
「そうねぇ、昨日、ご自分で言ってらしたわよね。腕の良さが災いして、いつも追われていたって。そんな魔道具職人がアストニエルやキバライにいれば私の耳に入るはずだから、ラグースに来る前はシアルにいたんじゃない?」
フェルダの推測は図星だったらしく、ロメオは視線を落として頷いた。
「……ええ、その通りです。
クラウディオと名乗ったのは、ラグースに来てからです。裏通りで細々と魔道具職人を続けていました。追手に見つからないよう、看板も出さずに。
シアルにいた頃に……随分とひどい目に会った事もあって。こそこそとまるで、鼠のように暮らしていました」
着古したローブを身に纏い、フードを深く被って、未来への展望も夢もなく、ただ息を殺すように生きる毎日。
普通の魔道具職人の手に負えない特殊な仕事を持ち込まれる事が多く、口止め料込みで大金が支払われるため、金は有り余っていたが、欲しいものなどなかった。
ある仕事の報酬として譲り受けた、廃墟のような屋敷の一室に寝泊まりし、ただいつか命が尽きるのを待つだけ。他人とほとんど口を聞かず、唯一ローブの外に見せる手も、魔道具の力で老人の手に見えるように幻視の術をかけていた。
腕は一流だが、陰気で偏屈な老人。そう周りに思わせた。
「それがなんで、今みたいになったの?全然、別人じゃない」
ベルが尋ねると、ロメオは口を閉ざした。
「……キーラちゃんの為、という事かしら」
フェルダが頬杖をついたまま、ロメオの顔色を伺うような眼差しを向けた。
「……本当に、隠し事のできない相手だ、あなたは」
そう言って、ロメオは自嘲するような苦笑いをこぼした。
ちょっと短めですが、一旦切りました。
次話からしばらくキーラとロメオの話になります。悪しからず。




