(38)別れてなんかないんだから
乙女趣味全開の豪勢な客間は、さすがのフェルダでもこの部屋を脱出したいと思うほど、重苦しい空気に包まれていた。
フェルダとベルが座っていたソファには、端にエイジャが座っていた。ソファの横に置かれた一人掛けの椅子にルチア。
だが、ロメオの座っているソファには横にまだ余裕があるというのに、キーラはそこには座らず、壁際に腕組みをして立っている。
「……申し訳ありません、急にお邪魔して。まさか、うちの連れもお邪魔しているとは」
ルチアが口を開く。
「いやいや、彼女達を連れてきたのは私です。街で偶然会いましてね」
ロメオが白い歯を見せて笑った。
「キーラがお友達を連れてくるなんて、初めてですよ」
「お友達じゃないわよ」
キーラが不機嫌そうな声を出す。
つかつかとソファに近付いてきたかと思うと、エイジャの横に強引に割り込んで座った。
「この人、私のカレシなの。王都にいた時から付き合ってる、恋人よ」
しん、と場が静まり返った。
嵐の前の静けさ……とフェルダは心の中でひとりごちる。
「……カレシ?……恋人?」
ぽかんと口を開いたまま硬直していたロメオが、言葉を発した。
「そうよ」
「ちょっと!いた時から、じゃないでしょ、いた時に、ちょっと付き合ってたってだけでしょ!?現在進行形みたいな言い方しないで!」
ベルが吠える。キーラはエイジャの腕に自分の腕を絡ませて、ベルを睨む。
「現在進行形よ!私達、別れてなんかないんだから!ねっ、エイジャ!」
「えっ、ええ?えっと、その……」
女性達に挟まれ、二人の剣幕にエイジャは泣きそうな顔をしてたじろいでいる。
「お前ら……ちょっと落ち着け。エイジャが困ってる」
ルチアの低い声が響く。
ベルとキーラは声のした方へ顔を向け、空気を凍らせんばかりのオーラを放つルチアを目にした。
眼鏡をかけていないルチアの一睨みは、二人を一瞬にして黙らせる迫力があった。
二人が悔しそうに唇を噛み、視線を下に落としたのを見て、ルチアが口を開く。
「……お騒がせして、すいません。
ルチアと申します。彼は、エイジャ」
ロメオははっと我に返ったように、差し出されたルチアの手を取った。
「こ……こちらこそ。ロメオです、よろしく」
「人を探していまして。キーラさんが、ロメオさんならご存知かもしれないと言ってくれたので、こうしてお邪魔させて頂きました」
「人ですか」
「アタシ達もそれで来たのよ」
フェルダが言葉を繋げる。
「クラウディオの事を聞きたいなら家に来いと、そう仰いましたわね」
「ええ……」
ロメオは両手で髪をかきあげ、まるで気持ちを切り替えるように頭を振ると、おもむろに話し始めた。
「クラウディオは、この街で店を出していた魔道具職人です。変わり者の男でね。
だが、俺にとっては古い馴染みで、恩があるんですよ。
彼はその腕の良さが災いして、いつも誰かに追われていた。それでこの街に流れ着いたんだが、ここにも追手がやってきてね。俺が、彼をこの街から逃がしたんだ」
「逃がしたって……じゃあ、もうこの街にはいないのね?」
フェルダが尋ねると、ロメオは頷いた。
「そういう事です。お力になれなくて、申し訳ない」
「どこへ逃がしたんです?シアル?アストニエル?」
「それは言えません。第一、俺にも分からないんですよ。今、彼がどこで何をしているのか」
フェルダは額に手を当て、眉間にしわを寄せた。
「眼鏡を直すのは無理、って事?」
「眼鏡?」
ベルがフェルダに尋ねたのを、ロメオが聞き留めた。
「眼鏡を直すために、クラウディオを探しているんですか?」
フェルダはじっとロメオを見つめた後、頷く。
「ええ。そうです」
「よろしければ見せて頂けませんか?いや、わざわざクラウディオを探してまで修理を頼みたいというような品、なかなか拝めるものではありませんのでね。
こう見えて、彼と付き合いが長かったのもあって、目は利くんですよ」
ベルは、まずい事を言ってしまったかと伺うようにフェルダの顔を見上げた。だがフェルダはベルに軽く目配せすると、眼鏡を取り出してテーブルに置いた。
ロメオは眼鏡を手に取り、まじまじと見つめた。
「……これが魔道具なんですか?」
拍子抜けしたようなロメオの言葉に、フェルダが笑みを返す。
「もっと宝飾品らしいものをご想像なさってました?」
「そうですね……俺が今までに見た事のあるものは、いかにも魔道具という感じでしたがねぇ。こういうのもあるんですねぇ」
あきらかに期待外れという顔をしたロメオに、エイジャが少し恥ずかしそうに俯いた。
本人の格好やこの家の様子からいって、ロメオがきらびやかで派手なものが好みである事は明らかだ。
ただの古びた眼鏡にしか見えない祖父の形見に、食指が動かないのは当然と思われた。
ロメオから眼鏡を受け取り懐に仕舞いながら、フェルダは腰を浮かせる。
「さて、それじゃあそろそろお暇しましょうか」
「もうお帰りになられるんですか?」
ロメオが一緒に腰を上げる。
「ええ、クラウディオがこの街にいない事が分かった以上、ラグースにいる必要はありません。ご忠告通り、さっさと出発しますわ」
「そうですか。それが一番ですよ」
ロメオが白い歯を見せて笑う。
キーラだけが立ち上がろうとせず、下を向いたままでいるのに気付き、エイジャは浮かせかけた腰をソファに戻してキーラの顔を覗き込んだ。
「キーラ、どうしたの?」
「……もう行っちゃうのね」
「うん……ごめん。先を急ぐんだ……」
「お仕事だもんね。仕方ないよね」
目の前でいかにも恋人同士のようなやりとりを見せつけられ、ベルとルチアがやきもきしながらそれを見守る。
「キーラ、お忙しいんだから困らせちゃいけないよ」
ロメオがキーラに声を掛けると、キーラはキッとロメオを睨みつけた。
「ロメオには関係ないでしょ!ほっといて」
そう言うと音を立てて立ち上がり、部屋を走り出て行ってしまった。
「……どうも、まだまだ子供で。すいません」
ロメオが苦笑しつつ謝る。
「いえ、キーラがお世話になっているようで……ありがとうございます」
エイジャがロメオに礼を述べると、ロメオは困ったように笑った。
「いや、世話をしているといっても……キーラはこの家が嫌いでね。俺の事も」
フェルダとベルは顔を見合わせた。
「キーラ……さんも、あなたがこの屋敷に連れて来たんじゃないんですか?」
フェルダが聞く。
「ええ、街の裏通りをフラフラ歩いているのを見かけて、危なっかしくてね」
「他の女性は皆、あなたに感謝しているようなのに」
そうベルが口にしたのを、エイジャとルチアが不思議そうに見る。
「他の女性?」
エイジャが尋ねると、フェルダが頷いて話を繋げる。
「ここで働いている女性達は、彼、ロメオさんが連れてきたらしいの。この街では人攫いが多発していて、何の頼りもない女性が暮らしていける状態じゃない。
身分証明書を持っている人にはすぐにこの街を発つ事をすすめ、行く所がない人はこの館に住まわせてる。そうですよね?」
フェルダに話を振られたロメオは、頷いた。
「それで、フェルダさんとベルさんもこの館にお招きしたんです。
でも、あなた方はきちんと身分証明書をお持ちだとか。すぐにこの街を発たれるという事ですから、心配ない。
それに、あなた方のように頼りになる男性達もいますしね」
ルチアとエイジャに顔を向けて笑みを作ったロメオに、ルチアが尋ねる。
「人攫い……というのはどういう奴らなんですか?」
「分かりません。どういう集団なのか、同じ組織なのかも……。分かっているのは、攫われるのはほとんど女性という事だけです」
そう言うと、ロメオはつらそうに目を伏せた。
活動報告を書きました。
↓リンクが貼れないのでコピペでどうぞ。。。
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