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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
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(33)幸せな時間

 キーラにしつこく言い寄っていたという例のチンピラ達は、それからエイジャの前に顔を見せる事はなかった。


「エイジャが小山のように大きくて獰猛な魔獣を手なずけたっていうのが噂になってるのよ。そんな強い冒険者が相手じゃ、勝てっこないもの。第一あいつら、エイジャには一度こてんぱんにやられてるしね」

 キーラはそう話していたが、こてんぱんと言っても不意打ちのように竜巻の魔術をくらわせてその隙に逃げただけであって、状況が違えば次も勝てるかどうかは分からなかった。


 しかし、エイジャが南西の森の洞窟に現れた魔獣を手なずけたという話が城下町で話題になっているのは事実だった。

 これまではまだ年も若く痩せっぽちで、まるで女のようだったエイジャを馬鹿にしていた冒険者仲間達の間でも、エイジャの評価は高まり始めていた。

 エイジャの見た目が見た目だけに、逆に「ああ見えて実は滅法強い」という話は信憑性が高いらしく、それが彼等を遠ざけているようだった。


 恋人を作ったエイジャに対して冷たい態度を取っていた街の女性達も、少しずつその態度を軟化させていた。

 露店街の女達の中でも姐さん的存在である、アニタがエイジャ達をかばったことで、彼女達の間に嫉妬からエイジャに冷たくしてしまった事を恥じる空気が流れ始めたのだ。


 あいかわらず生意気な口を叩くキーラが女性達の怒りを買う事も多かったが、エイジャが依頼で長く王都を離れている時には、寂しそうにしているキーラを気遣って話しかけてくれる事もあるようだった。

 若い二人を暖かく見守ってやろうという風潮になり始めたのは、結局、皆エイジャを嫌いにはなれないという事実の現れでもあった。



 穏やかな日々は半年ほど続いた。

 エイジャにとっては無理矢理押しつけられたような恋人関係だったが、駆け出しの冒険者として依頼をこなす毎日を、前向きで明るいキーラの存在が支えてくれている事は間違いなかった。


 だが、それと同時に彼女に対しての罪の意識も大きくなっていく。

 エイジャはキーラをまるで妹のように想っていたが、キーラの方はそんなつもりではない事は明白だった。

 実際にこの半年間、一向に手を出してこないエイジャの事を責めるような言動さえあったが、こればかりは実は女であるエイジャにはどうする事もできない。


 本当の男ではない自分には、キーラを幸せにしてあげる事はできない。

 いつか、自分から別れを切り出さなくてはいけない。


 しつこい男を遠ざけるという目論みが成功した今、できるだけ早く彼女から離れる事が、キーラに対しての誠意だと分かってはいた。

 ただ、それはエイジャにとって、やっと手に入れた大切な存在を自分から手放さなければいけない事でもあり、それが決心を鈍らせていた。




 その日、エイジャは商隊の護衛の仕事を済ませて、三日ぶりに王都へ戻ってきていた。

 出発前の約束通り、戻ったその足でキーラの住む家を訪ねる。


「おかえり、エイジャ!予定通りだったね、良かったぁ!」

 キーラは嬉しそうにエイジャを家に招き入れた。

 小さな借家の中には、おいしそうな香りが漂っている。


「夕食の用意をして待ってたの!もし予定が長引いてたら、これ、私一人で食べなきゃいけなかったわ」

 エイジャと付き合いだしてから始めたという料理の腕は、まだ発展途上という感じではあったが、旅から帰ってくるエイジャを手料理で迎えようと頑張ってくれる気持ちが嬉しかった。


「ん、おいしい。キーラ、料理うまくなったね」

 ほかほかと湯気をたてるシチューを口にし、エイジャが微笑む。

「ほんとっ!?嬉しいっ!それ、エイジャがこの間おいしいって言ってくれたから、改良してみたの」


 お世辞ではなく、本当においしかった。あまり肉が得意ではないエイジャのために、魚介類と野菜をたっぷり使ったシチューは、疲れた身体に染み渡るようだった。

 普段食の細いエイジャが二度もおかわりをして、空になった鍋をキーラが満足そうに片付ける。


「ごちそうさま。すごくおいしかったよ」

「ほんと?ちょっとは上手になった?」

 嬉しそうに振り返ったキーラに、エイジャは笑って頷いた。

「すごく上手になったよ。最初の頃は苦い料理が多かったもんね」

「もうっ、それは言わない約束でしょう!?」

 頬を膨らませるキーラ。それを見てエイジャがまた笑う。


「ごめんごめん、もう言わない」

 謝りながら、上着のポケットを探る。

「はいこれ」

 テーブルに戻ってきたキーラの前に置いたペンダントが、コトリと小さな音を立てた。


「えっ……なに、これ」

「おみやげ。護衛してったのが宝石商で、チップがわりにって言ってくれたんだ。きれいだろ?」

「……すごくきれい」

 瞬きを忘れたように、キーラは手にしたペンダントを凝視した。


「エイジャの瞳みたいだわ」


 深い青緑の石は、碧玉のようだった。周囲を飾る金の細工も手の込んだもので、庶民にはなかなか手を出しにくい値段である事が伺い知れた。


「ありがとう、エイジャ。すごく嬉しい。私、これずっと大事にする。一生、大事にする」

 キーラはペンダントをギュッと胸の前で握り締めて笑った。

 エイジャはその顔を見ながら、深い幸福を感じていた。


 ずっとこのまま、幸せな時間を過ごせたらいいのに。

 依頼をこなして、おみやげを手に帰ったら、キーラが夕食を作って待っていてくれる。

 冗談を言って、笑い合う、暖かな家。


 凄惨な過去も、未来への不安も。

 一時忘れさせてくれる、穏やかな日常。


 自分から手放す事なんて、できるはずがなかった。




 夜更け近くになって、エイジャはキーラの家を後にし、自分の宿に戻った。

 いつも泊まって行けと言うキーラが、あっさりと自分を送り出した事に、少しの違和感を感じながら。


 翌日、冒険者組合へ依頼の完遂を報告しに行く。

 報酬を受け取り、組合の建物を出て、さてどうしようかと考えた。


 いつもなら、朝からキーラが宿を訪ねてくる事がほとんどだった。

 エイジャが王都にいる間は少しでも一緒にいたいのだと言って、朝から晩までエイジャの周りをうろちょろしているのが常だった。


(昨夜ははりきって料理をしてくれたから、今朝は疲れてまだ寝てるのかもしれないな)

 最近は王都でゆっくり一人の時間をとれる事が稀になりつつあったので、いい機会だと思った。

 エイジャは魔術に関する調べものをするため、一般公開されている王立図書館へ足を運ぶ事にした。

 冒険者組合の身分証明書があれば入れる図書館で、魔術に関する書物を読み漁り、気が付いた時には日が傾き始めていた。


(キーラが、どこに行ってたのかって怒りそうだな。そろそろ宿に戻るか……キーラの家に行った方が早いかな)


 図書館を出ると、昨夜遅くに後にしたキーラの家を訪ねた。

 扉をノックする。返事はない。


 自分を訪ねて、宿のほうに来ているのかもしれない。

 そう考え、エイジャは宿に戻った。

 キーラはいなかった。


 変な胸騒ぎがして、エイジャはもう一度キーラの家に戻った。

 扉を叩く手が汗ばんでいる。

 返事がない事に焦りを覚え、きょろきょろと辺りを見回す。


 市場に買い物に行っているのかもしれない。昨夜、料理を褒めたから、今晩も夕食を作ろうとしているのかも。……うん、きっとそうだ。


 そう考えながら、ふと手にふれたドアノブを軽く回してみる。

 カチャ、と軽い金属音がした。


 鍵が……開いてる。


 ギィと立て付けの悪い音を立てて、ドアは開いた。

 夕焼けを背中から受けて見る部屋の中は真っ暗で、昨夜訪ねた時にキーラが迎えてくれた部屋とは、まるで違って見えた。


 部屋の中に長く伸びた自分の影を目で追うと、昨夜一緒に食事をしたテーブルの上に、一枚の封筒が置かれているのが見えた。

 なぜ、それが自分宛に書かれた物だと思ったのかは分からない。何も考えられないまま、エイジャは震える手でそれを手にする。


 思った通り、表書きには自分の名があった。



 エイジャ

 ちゃんとお別れもしないで、いなくなる事

 本当にごめんなさい

 エイジャと一緒にいた半年間、私はすごく幸せだった。

 ありがとう。エイジャの事、ずっと忘れません




 四つ折りにされた手紙には、たったそれだけが書かれていた。

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