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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
45/87

(30)エイジャのカノジョ

 食堂を後にしたエイジャは先程取った部屋に戻ると、靴も脱がずにベッドに倒れ込んだ。

 怒るだけ怒って、あの場をそのままにしてきてしまった事を皆に申し訳ないと思いつつ、キーラに対して何を言えばいいのか、どんな態度を取ればいいのか分からず、逃げ出してくる事しかできなかった。


 頬に当たるシーツの冷たさに目を閉じる。


 なぜ。どうして。

 2年前にそればかりを心の中で繰り返した苦い記憶が、突然昨日の事のような鮮明さをもって蘇ってきた。







「エイジャ!もう、帰ってきたら一番にうちに来てって言ったじゃない!」


 冒険者組合へ依頼完遂の報告を済ませたエイジャは、組合の建物から出てきた途端、胸に飛び込んできた少女を慌てて受け止めた。


「ご、ごめんごめん!昨夜、帰ってきたのがもう夜遅かったからさ……

 いつもの宿で休んで、今、組合に報告してきた所なんだ」

 ぎゅうぎゅうと抱きついてくる少女の肩に手を掛けると、にこりと微笑む。

「ただいま、キーラ。遅くなってごめんね」

 少女はふくれっつらをふわりと緩めて嬉しそうに笑った。

「おかえりなさいっ、エイジャ!良かったぁ、無事に帰ってこれて!

 エイジャが帰ってきてるって、さっき宿屋のオジサンに偶然会って知ったのよ!?なんで昨夜うちに来てくれなかったの!?」

「だから、夜遅かったからさ……」

「夜遅くてもいいじゃない!ごはんだって私作ってあげるし、うちに泊まれば良かったのに……」

「そんな迷惑、掛けられないよ」


 苦笑するエイジャにキーラは拗ねたように唇を尖らせたが、気を取り直したように笑顔を見せる。

「まあ、いいや。とにかく、おつかれさまっ。

 ね、エイジャ、お昼ご飯まだでしょう?私、おなかすいちゃった」

「ん、じゃあごはん食べに行こうか。報酬受け取った所だから、俺、おごるよ」

 エイジャの返事に、キーラは嬉しさを顔いっぱいにしてエイジャの腕に抱きついた。


 エイジャは16歳。冒険者組合からの依頼を多くこなし、王都城下町ではその名が少しずつ知られ始めていた。

 大通りを歩くエイジャの姿に、ため息を漏らす女性達。

 その腕にまとわりつく灰色の髪の少女に、容赦ない嫉妬の目が向けられる。


「エイジャ!帰ってきたのね、ちょっと寄っていきなさいよ!一杯おごるわよ」

 通りの向こうから声を掛けてきたのは、顔馴染みの酒場の女店主だった。

「アニタさん、ただいま。また、夜に寄るよ」

 エイジャがひらひらと手を振って返事を返す。彼女の店が開くのは日が落ちてからだ。

「客が誰もいない店に引っぱりこんで、何しようっての?人のオトコに手出さないでよね!」

 キーラが悪態をつくと、アニタは青筋を立てて怒った。

「なんですって!?あんた、ちょっとこっち来なさいよ!」

「べーだ、いやですよーだ!」

 ぺろりと舌を出すキーラを、エイジャがやんわりとたしなめる。

「キーラ、だめだよ、そんな事言っちゃ。キーラだって、アニタさんにお世話になっただろ?」

「……それとこれとは別だもん」

 つんと顔をそむけるキーラにエイジャは困ったように苦笑すると、アニタに顔を向けて片手で謝る仕草をする。

 アニタはおもしろくなさそうな表情を作ったが、仕方ないわねというように手を振った。


 値段が手頃でおいしいと評判の店で、エイジャとキーラはテーブルを囲む。

「ええと、ベーコンと豆のスープと鶏肉のトマト煮込みと、海老のチーズ焼きと、あとサラダとパン」

「俺は野菜スープと白身魚の香草焼きと、サラダ」

「そんだけ!?エイジャ、もっと食べなさいよ。体折れちゃうわよ」

「大丈夫だよ。キーラはたくさん食べなよ」

「やだ、女のほうが男より重いなんてイヤだもん。すいませーん、私、パンやめる」

 店員を呼び止めて告げると、キーラはテーブルに頬杖をついた。

「エイジャがいない間に、さみしくて食べ過ぎちゃって、太っちゃったしー。ダイエットしなきゃ」

「そんなのしなくていいよ。今のままで」

 キーラは横目でエイジャを見る。

「私が太っても、浮気しない?」

「何言ってんの。変な心配しないで、ほら、来たよ」


 運ばれてきた料理を前にして、キーラの機嫌も治ったようだった。

 食事をしながら、エイジャは今回の依頼で訪れた洞窟の話を聞かせる。

 王都から南西へ三日ほど馬を走らせた森の奥の洞窟に、凶暴な魔獣が現れたという報告があり、実態を確かめるためにエイジャが派遣されたのだった。


「ええっ、じゃあその魔獣に懐かれちゃったの!?」

「うん。たぶん、小さい時に人間に世話された事があるんじゃないかな。最初は興奮して攻撃してきたんだけど、鎮静かけて落ち着いたら甘え始めてさ。

 可哀想で、依頼期限ギリギリまで世話してたんだ。こちらから攻撃しなければ、何もしない。そうっとしておいてやるのが一番だって、組合に報告してきた」

「もぉー……ほんっとエイジャって、優しいっていうかおひとよしっていうか……」

「子供の時に飼ってた猫を思い出してさ」

「猫って……その魔獣、エイジャより大きかったんでしょう?」

「うん、獅子タイプの魔獣だよ。顔がキーラの身長ぐらいあったかな。すごく立派でカッコイイやつだったよ」

 キーラははぁっと呆れたようにためいきをついた。


「じゃあ帰る時は嫌がってた?」

「うん……やっぱり分かるみたいでさ。帰したくないみたいで、最後はちょっと暴れたよ」

「……」

「街に連れて帰る事はできないし……また度々、会いには行くつもりだけど……その間寂しい思いをさせるくらいなら、優しくしない方が良かったのかもしれない」

 エイジャがぽつりとつぶやく。


「もらいっ」

 ふいに目の前の皿から魚が一切れ奪われ、エイジャは手が止まっていた事に気付いて顔を上げる。

 キーラが失敬した料理を口に運びながら、まっすぐにエイジャを見据える。


「優しくしない方が良かったなんて、あるわけないよエイジャ。たとえ、それが限られた時間だったとしても、優しくしてもらって嬉しかった気持ちは、いつまでも残るもの。

 それは、人間だって魔獣だって一緒でしょう?」


 エイジャは別れ際の魔獣の様子を思い出す。エイジャを引き止めるように暴れたが、通じるはずのない言葉で懸命に語りかけ続けると、最後には諦めたように道を譲った。

 まるでエイジャの言葉を聞き分けたような態度に、余計に罪悪感が募る。


「別れ際の辛さよりも、一緒にいた時の楽しかった気持ちを覚えててほしいって思うな、私なら。だってそうしたら、また会いたいって思ってもらえるでしょう?」

 キーラの言葉に、エイジャは顔を上げた。

「……キーラは強いね」

「強くなんかないけど。でも、別れはたくさん経験してきたから、その度にへこんでちゃ、前に進めないから」


 そう言うと、キーラはテーブルに身を乗り出してエイジャの顔を覗き込んだ。

「大丈夫だよ。その魔獣も、エイジャの事恨んだりなんてしてないよ。離れてても、あの子どうしてるかな、会いたいな、って想う相手が増えたんだよ?嬉しい事だと思わなきゃ」

 ね?と首を傾げたキーラに、エイジャも笑みを漏らした。

「うん……そうだね。

 ありがとう、キーラ」


 キーラは気が強くわがままで、その言動に振り回される事もあるが、何よりも楽観的で前向きな考えの持ち主だった。

 何かと悩み、考え込んでしまうエイジャにとっては、その明るい強さがまぶしく感じられるのだった。


 半ばなし崩し的に始まった付き合いだったが、今ではキーラの存在はエイジャにとって大きなものになっていて。


(俺が、本当に男だったら、キーラを幸せにしてあげられたのに)

 エイジャはそう思っていた。

更新が大変遅くなってすいません。

お詫びを兼ねまして、イラストを載せましたので、もしよろしければ目次の下からご覧になってみて下さい。

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