(24)救出作戦-2
「エイジャ……あなた……」
ロミーナが涙に咽びながら言葉を漏らした。
「ははっ……やっと口を開いたと思ったら、言う事だけは達者だな。ロミーナの息子にでもなったつもりか!?
身動き一つ取れない、魔術も使えない状態で、一体何をやってくれるっていうんだ?
ほら、見せてくれ」
ラヴィスがあざけるように笑った。
エイジャは精神を集中させて自身の内部を探る。
部屋に張られている魔封の結界は、術師の持つ魔力次第。
魔力を解放すれば、破る事ができるかもしれない……
でも……できるだろうか?抑える事ばかり考えてきた自分に……
神経を研ぎすませていくと、身体の内側から少しずつ魔力のうねりが沸き上がり始める。
だがそれを外に出そうとすると、四肢に力が入らない時のように、放出する直前で離散してしまう。
箍を外さなければいけないだろうか……
エイジャはぶるっと身を震わせた。
その時、突然廊下をバタバタと走る足音が聞こえた。
続いて、男の怒声、悲鳴。
集中が途切れ、エイジャは顔を上げた。
「何だ!?見て来い」
ラヴィスが部下に命じ、数人の男が部屋を出て行く。
男達が扉を開けた瞬間、廊下の物音が耳に飛び込んできた。
「うわああっっ!!!」
「たすけ……ぐああっっ!!」
「なんだ、お前!!……・」
扉が閉まったと思うと、部屋の中から鍵を掛ける前にまた外側から開かれ、廊下で見張りに立っていた男が駆け込んで来た。
「ラヴィス様、敵襲です!」
「なんだと、相手は何人だ!?」
「いえ、その、一人なんですが……えらく手練で、廊下が狭いのでこちらも動きが悪くて……だいぶやられてます!」
続いて、通りに面した窓の外で、爆音が鳴り響いた。
音に驚いた馬のいななきと人々の悲鳴が、部屋の奥にいるエイジャの所まで聞こえてくる。
ラヴィスと部下の男達が窓に走り寄った。
「今度は何だ、廊下にいる奴と関係あるのか!?」
「何か通りで爆発があったようかと……」
「爆薬か、魔術か、なんだ!?」
「分かりません、確認しないと……」
エイジャは話に耳を立てていたが、手首を引かれる感触に気付いて視線を落とした。
ロミーナがめくりあげた長いスカートの下からナイフを手に取り、エイジャの身体を椅子に縛り付けている縄に刃を当てた。
「……ロミーナさん!」
「しっ……エイジャ、ルチアさんが来ているわ。次に扉が開いたら走り出して。私の事は気にしなくて良いから」
「そんな、でも、」
ロミーナは必死にナイフを動かす。ぶつっと音がして、エイジャの手首が拘束を解かれた。
エイジャはロミーナからナイフを受け取り、素早く胴と足の縄を切り裂く。
部屋の扉が再び開かれたのはほぼ同時だった。
「早く!」
「……すぐに戻ります!」
ロミーナに背中を押され、エイジャは走り出した。
窓際に立っていたラヴィスが動きに気付いてこちらを振り返り、止めようと近付いてきた所に、肩辺りを狙ってナイフを投げる。
「なっ!!」
ナイフを避けてバランスを崩したラヴィスに体当たりを浴びせて転倒させ、扉を開けた部下の男の脇を素早くすり抜けた。
部屋を出た瞬間、身体の内部で出所を見失ってぐるぐると渦巻いていた力が解放される。
「フィアマ・エスト!」
細い廊下はラヴィスの部下の男達でごった返していた。突如後ろから現れたエイジャに対処する事ができずに慌てふためく男達に炎を浴びせ、隙間を縫って走る。
列をなしている男達の間を抜けていくと、視線の先、廊下の端で剣を振るっているのは、口元を布で覆い隠してはいるが、ルチアに間違いなかった。
廊下の幅が狭い為、体の大きなラヴィスの部下達は、大勢いても一人ずつ向かっていく事しかできなくなっている。
「ルチアッ!」
「エイジャ!」
ルチアは片手で剣を使いながら、もう片手でエイジャの腕を引き寄せ、盾になるように前に立った。
エイジャの顔を見たルチアは、眼鏡ごしの目だけでも分かる程、怒りの表情を見せた。
「お前……その顔っ」
「ちょっと血が出てるだけ!それよりロミーナさんが部屋にいるんだ!」
「分かってる、俺が行くからお前は一旦外に出ろ!フェルダ達がいる!」
「やだっ、俺も行くよ!ロミーナさんが逃がしてくれたんだ、部屋に入らなければ魔術も使える……!」
ルチアは舌打ちし、目の前の男を切り倒すと足を前に進めた。
「俺より前に出るなよ!」
「分かった!」
ルチアは剣と体術を使いながら、相手を一人ずつ確実に沈めていく。
エイジャはルチアと自分に守りの術を施しながら、合間に攻撃魔術を組み込んで後に続いた。
部屋から次々に出てくる男達を切り、あるいは昏倒させながら扉の前まで来ると、エイジャはルチアを後ろから引っ張った。
「俺が行くよ!ラヴィスに顔を見られたらまずいんだろ!?」
うっ、とルチアが言葉に詰まる。
「大丈夫、もう魔封が解けてる!ロミーナさんを連れてくるから、ここで待ってて!」
「おい、絶対に自分の身を優先させろよ、分かってるな……!?」
後ろでルチアが叫ぶのを聞きながら、エイジャは部屋の中に飛び込んで行った。
部屋の中にはすでに部下の男達はほとんど残っていなかった。
ラヴィスもロミーナの姿も見えない。
「ルチア、ラヴィスもロミーナさんもいない!俺探してくる!」
エイジャは扉の外にいたルチアに声を掛けて、部屋の奥へ走った。
わずかに残っていた男達をルチアが相手しているのを後ろに確認し、素早く周りを見渡す。部屋の奥の、隣室へ続く扉が、閉まっていく途中のように僅かに開いていた。
(あそこか!)
走り込むと部屋の中は暗く、一瞬エイジャは視界を失って目を瞬かせる。
「動くな!」
ラヴィスの声が暗闇から聞こえ、エイジャは歩みを止めた。
背中の後ろで閉まりかけた扉から漏れるわずかな光を頼りに目を凝らすと、つきあたりの壁際にラヴィスが立っている。
その前にはロミーナの姿があった。
「ロミーナさん!」
ロミーナの喉元にはラヴィスの剣が突きつけられていた。
「近付くなよ……お前の大事なロミーナの命が惜しければな……」
エイジャは信じられないように声を震わせる。
「なんてことするんだ……恋人だろ!?」
ラヴィスは顔を歪めて不気味な笑いを見せた。
「ああ、そうだったよ。だが、この私を裏切った女にはもう愛情はないんでね」
エイジャはロミーナの顔を見た。
喉元につきつけられた剣への恐怖というよりも、全てを諦めたように、力なく俯いている。
「ロミーナさん……」
エイジャの言葉にロミーナがのろのろと顔を上げた。
「エイジャ……いいのよ、もう。逃げなさい、早く」
「お前は黙ってろ!」
耳元で怒鳴られ、ロミーナは目をつむって体をすくめた。
エイジャの中で怒りの感情が魔力と絡み合い、増幅していく。
風もない部屋の中で、ふわりとエイジャの髪がたなびいた。
「まったく、この女のせいでとんだ誤算だ……だが……お前の顔は覚えたぞ……もう許さん。国境を越えようと、私が後を追ってやる……絶対にな……!」
ラヴィスはロミーナを盾に、じりじりと部屋の奥へ移動していく。
(どこかへ逃げようとしている……?)
エイジャは慎重に、少しずつラヴィスとの距離を縮めながら、ラヴィスが視線をやらないようにしている方向に目を凝らす。
ラヴィスがどん、とロミーナの体を押したのと、エイジャが床を蹴ったのは同時だった。
そのまま逃げ出すかと思ったラヴィスは、だが、くるりと向きを変えた。
「……!」
咄嗟の判断が一瞬遅れた。ラヴィスが手にしていた剣を振り下ろす。
エイジャにできたのは、ロミーナの前に身を投げ出す事だけだった。




