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金の王 銀の姫  作者: tara
第一章
24/87

(15)宴の夜

カチャ。

小さな金属音を確認して、ベルが金庫の扉を開いた。

中に入っていた数枚の書類と札束を目にして、狭い部屋が歓声に包まれる。

ルチアとフェルダを除いた昨夜のメンバーが、クラブアルトローゼの支配人室に集まっていた。

「すごいや、ベル。さすが秘密結社!」

「本当ね。王宮に仕えてなきゃ、大泥棒になれるわよ」

ザックとノーラに褒められ、ベルは苦笑いを浮かべている。

セルマとエステラは、普段目にする事のない大金を前にしてすっかりテンションが上がり、キャアキャアと楽しそうにはしゃいでいた。

ノーラの横に立っていたブルーノに、エイジャが声を掛ける。

「ブルーノさん、ノーラさんがこのお仕事を続ける事を、許して下さったんですね」

「ああ……、無理矢理僕の意見を通そうとして、また黙って王都に行かれちゃ敵わないからね」

苦笑したブルーノを、ノーラが恥ずかしそうに小突いた。

「やだ、もう勝手にそんな事しないわよ。ブルーノがどんなに私の事を想ってくれてるか、ちゃんと分かったし」

「ちょっと〜、そこ、人前で堂々といちゃつかないでよ〜」

セルマが冷やかし、ノーラとブルーノは照れたように笑い合った。

「まあ、この店ももう悪い奴はいなくなったし。ノーラも店主として働くなら、あんまり客にベタベタされる事もないだろ?それならまあ、許せるかなって」

ブルーノの言葉に頷き、ノーラがエイジャに顔を向けた。

「エミリー・・じゃなくて、エイジャ、ね。本当にありがとう。あなたがいなかったら、私達みんな今頃どこかへ売られてしまってたなんて、考えただけでゾッとするわ」

ノーラがエイジャに礼を述べると、セルマとエステラも頷いた。

「エイジャが急にスカートを破いた時はびっくりしたわ。まさか男だなんてね」

「すいません、騙してて」

エイジャが頭を下げるとセルマとエステラは恥じらうように二人で顔を見合わせた。

「びっくりしたけど……でもあの時、大丈夫、あなたたちの身は必ず守る、なんて言われて、ときめいちゃったわ、私」

キャー、と声をあげて盛り上がるセルマとエステラに、ベルが牙をむいた。

「ちょっとぉ!勝手にエイジャにときめかないでっ!エイジャもあちこちで女の子に優しくしないでよっ!」

「いや、そんな……俺はセルマさん達が怖がってたから、安心してもらいたくて……」

「まあ、まあ。

ねえエイジャ、まだしばらくザクセアにいるの?助けてもらったお礼がしたいわ。昨日のかっこいいお兄さんとお姉さんも連れて、お店にいらっしゃいよ」

ノーラの誘いに、エイジャはうーんと唸った。

「どうなんだろ?もしかしたらもう、今日発つかもしれない……聞いてみなきゃ分かんないけど」

「えっ、そうなの!?慌ただしいんだな」

ザックが残念そうに言う。

「残念ね。お店の再スタート祝いに、いいお酒たくさん用意しようと思ってたのに。今日は貸し切りにして、女の子みーんなエイジャ達に付いてもらうつもりだったのよ」

ノーラが言うと、ベルの瞳がキラリと光った。

「エイジャ、フェルダさん達に聞いてみましょうよ。いいお酒があるって言えば、来るんじゃない?あの二人、酒好きみたいだし」

「そうだね、聞いてみようか。じゃあ、いっぺん戻るよ」

「あ、私はここで待ってるわ。準備も手伝いたいし」

そう言ったベルに、エイジャはまだルチア達に顔を合わせづらいんだな、と考えた。

仲直りの意味でも、今晩店に招待してもらって一緒にお酒を飲むのは良いかもしれない。

「うん、分かった。俺が話してくるよ」

店を出て行ったエイジャを見送り、ベルはニヤリと笑った。



フェルダの家に戻ったエイジャは、ルチアの泊まっていた寝室のドアをノックした。

「ルチア、いる?」

すぐにドアが開き、ルチアが顔を出した。

「どこに行ってたんだ、お前。出掛ける時は行き先を言って……」

「ごめん、ごめん。ベルが心配で、探しに行ってたんだよ。

それでザックに会って、お店に行ってきたんだ」

エイジャは店であった事と、ノーラがお礼をしたがっている事を話して聞かせた。

「出発は今日?できたら、あの人達の再出発をお祝いする為にも、今晩みんなで招待してもらいたいなぁ、って思ったんだけど……。

ノーラさん、いいお酒をいっぱい用意したって……」

「行くわ」

後ろから掛けられた声に振り向くと、フェルダが立っていた。

「昨日、店の裏にリュシアン・べアールの空き瓶が積まれてたのよ!結構いいお酒出すのね〜って思ってた所!

ルチア、今日はまだ残務処理が残ってるでしょ?出発は明日にして、今晩は招待されましょうよ。決まり!」

鼻歌混じりで去っていくフェルダを見送り、ルチアがため息をついた。

「……というわけだ。俺はまだ仕事が残ってるから部屋にいる。店に行く時に呼びに来てくれ」

「分かった!ありがとう、ルチア」

にっこりと笑った後、エイジャは少し心配そうにルチアの目を覗き込んだ。

「仕事、多いの?手伝おうか?」

「いや、いい。俺にしか分からん書き物ばかりだ。まあ、夕刻までには終わるから心配するな」

「じゃあ、後でまた呼びに来るね。無理しないでね」

エイジャを見送りながら、ルチアはうーん、と背筋を伸ばした。

朝食の席では、ベルを気遣ってエイジャまでしょんぼりしていたが、機嫌が直ったみたいで安心した。

ああいう店は気乗りがしないが、店の再出発を景気付けてやるのもいいだろう。

フェルダと同じく、いい酒を用意しているという言葉にも弱かった。

さて、夜までに仕事を終わらせるか。こわばった肩を鳴らしながら、ルチアは部屋に戻った。



夕暮れ時になり、エイジャはフェルダとルチアを伴って、クラブアルトローゼを訪れた。

待っていたのは、ずらりと並んだ店の女の子達、総勢十数名。

「いらっしゃーーーい!」

「キャアッ、いい男ー!」

「エミリー、本当は男だったんですってー!?」

「やだー、お姉さん超セクシー系ー!」

店の女の子達に囲まれ、ルチアは顔を引きつらせた。

「なんだこれは……」

「今日は貸し切りだから、みんな俺達に付いてくれるんだって」

エイジャが言うと、ルチアは頭を抱えた。

「聞いてないぞ……こんなたくさんの女、相手にする方が疲れる」

「はーい、お兄さんこっちこっち♪」

数人の女の子達に捕まり、ルチアはずるずるとソファに引きずられていった。

エイジャがルチアの後を追おうとすると、反対側から抱きついてきたのはベルだった。

「エイジャはこっち!ね、みんなエイジャの話を聞きたがってるんだから!来て!」

「あれ、ベル、どうしたの、その格好!?」

ベルは昨夜エイジャが着せられていたようなドレスを着ている。襟ぐりが大きく開いており、いかにも夜の商売といった雰囲気だ。

「店の女の子達に貸してもらっちゃった♪セクシーでしょ?エイジャほどじゃないけど」

腰に手を当ててポーズを作る。

「かわいいけど……ちょっと露出が多いんじゃないの?」

エイジャがそう注意すると、ベルは少し頬を染めてエイジャの腕を叩いた。

「もうっ、どこ見てるのっ!エイジャったらっ!」

「さあ、今日はクラブアルトローゼの再スタート祝いよ!みんな、グラスは持ったー?」

ノーラの声が飛ぶ。

「乾杯の号令は新支配人にお願いしましょ。ザック!お願いね!」

指名されたザックは、慌てて皆の前に立った。

「ええっと、まあ色々ありましたが、皆で力を合わせてこの店を続けていきたいと思います!俺は形式上、支配人になったけど、俺一人の力じゃ無理だから、皆協力して下さい。

じゃあ、乾杯!」

かんぱーい、と声が上がり、グラスの音が鳴り響いた。



女の子達には、まだ昨夜の事は話していないという事だった。

これまで王都への転勤と称して店からいなくなった子と仲の良かった女の子もいて、王都へ転勤したのではなく人買いに売られたのだという事実は、簡単には話せない出来事だった。

危ない裏稼業に手を出したディノがしくじって、失踪したという話になっているそうだ。

店が落ち着いたら、改めて本当の事を話すつもりだと、ザックがエイジャに耳打ちで話してくれた。


エイジャやルチア達は、そのディノの失踪に絡んで、今後も店を続けられるよう尽力してくれた人達だと説明してあるようだ。

フェルダは元々この街で占い師として隠れた人気を誇っており、店の存在を知っていたノーラや女の子達は嬉しそうに人生相談を持ちかけている。

エイジャの周りにも、入れ替わり立ち代わり、女の子が話を聞きに来る。昨日は新人の女の子として入ってきたあのエミリーが実は男だったという事実は、やはり女の子達の興味を引くようだ。

その中で、最も女の子達を集めていたのはルチアだった。

髪を地味な栗毛に変え、黒縁の野暮ったい眼鏡で顔立ちを隠していても、ルチアの容姿は女の子達を惹き付けるようだ。

ずらりと左右を女の子達に囲まれ、質問責めに合っている。

「ねえねえ、お兄さんってそんな堅いナリしてるけど、実はむっつりスケベなんですって〜!?」

「女ならなんでもいいって本当〜!?」

「あたし達の中でお持ち帰りするなら誰ですか〜!?」

ベルに吹き込まれたのか、それは一体誰の事だと言いたくなるような質問を矢継ぎ早に浴びせかけられ、完全に笑顔をひきつらせているルチア。

その時エイジャの横にいたベルが立ち上がり、ルチアの周りの女の子達に声を掛けた。

「だめよー、その男、婚約者がいるんだからー!」

死んだような目で女の子達の質問を聞き流していたルチアが、眼鏡の奥でぎょっとして目を見張った。

「えーっ、そうなの〜!?ざんねーん!」

「どんな人!?あたし達の中だと誰に似てます〜!?」

女の子達はますます盛り上がり、質問責めが加速していた。

ベルはちらりと横を見る。

エイジャが少し驚いたように目を丸くして、ルチアを見ていた。

ルチアは頭を抱えていたが、ふと顔を上げてエイジャを見た。

束の間、二人の視線が合う。

ふいと視線を反らしたのはエイジャだった。

(やった。ざまーみろルチア!)

心の中で拳を握り締めたベルだった。

※リュシアン・べアール

 お酒の名前。

 軽くて飲みやすいが、味わいにしっかりとした余韻があり人気の発泡葡萄酒。

 (架空)

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