陽気の誘惑
翌日は風邪も治り、通常通り授業を受けている午後。 5月も終わりかけのこの時期にやってくるもの。
それは寒さが和らぎ、暑さを感じにくい暖かな空気が教室を包み込み、そこに流れてくる窓からの風は逆に心地よさを感じさせる。
昼休みも終わり、お腹の満たされたこの時間にやってくるものは、尋常ではない程の眠気だ。 授業自体は時間にして1/3ほど過ぎているが、既にクラスの何人かは眠気の誘惑に負けて机に突っ伏していた。
かく言う俺も授業の遅れを取らないように、先生が黒板に書き出している内容をノートに写しているが、それを瞼と陽気が邪魔をしてくる。 なんとか耐えるために頬を軽く叩いたり手の甲に爪をたてたりしているが、効き目が無いように思える。
最終手段もあるにはあるが、眠気と引き換えにするには代償がデカすぎる。 耐えることに意味があるのかと頭の片隅を過る。 だが遅れを取るという意味では睡眠は一番の悪手だ。
思考回路が本格的に止まろうとしていながら、ふと隣を見てみると既に机に突っ伏している西垣の姿があった。 銀髪がカーテンのようになっており、寝顔は完全に見えないが、ノートが端に追いやられているので、邪魔になら無いようにしたのだろう。 寝てるのだから意味はないのだが。
そして誘惑に抗いつつも俺は午後の授業を乗り切った。 お陰で手の甲には爪をたてた後が至るところにあった。 相当眠気に耐えていたものだと思われる。
「次の授業までは時間があるな・・・ここで休んでおかないとまずいかもな・・・」
次で本日最後の授業だがそれまでに眠気が持つか分からない。 授業に入る前でもかなり危なげだったのだ。 ここで寝ていようが次の授業までに起きれば問題はない。 そう思いながら机に突っ伏して、ゆっくりと目を閉じた。
たったの10分程ではあるが眠れていると思う。 目を覚ましてまだ授業が開始されていないことに安堵しながら机から顔を持ち上がらせて、背もたれを利用しながら欠伸をしていると
「おはようございます。 良く眠っていたようですよ。」
隣から頬杖を立てている西垣と目があった。
「・・・もしかしてずっと見てたのか?」
「私が起きた時には授業が終わってしまっていたので。」
「ノートの方は大丈夫なのか?」
「授業内容の範囲は把握しているので問題ないですよ。」
それならいいのだがと思っていたら、西垣が優しい笑みを俺に見せてくる。
「前の時もそうだったのですが、積和君の寝ている時のお顔が穏やかというか、微笑ましく感じるのです。」
「・・・人の寝顔を見てそんな感想を述べないで欲しかったんだけど。」
しかも前の時ってエムゼの事を話したあの時の事だもんな。 流石に寝顔を見られる程の仲になっている訳じゃない。 眠気に負けたのはこちらだが別の意味で敗北した気もしている。
こんなことも後どのくらい続くのか。 窓から入り込んでくる日差しを受けながらそう考えた。




