第10話 Y028部隊 (5) Part-2
アガルタから訪れた戦車部隊。
開かれた西門の護衛を終えた斑鳩たちは、13A.R.K.の職員たちに迎えられ旅の疲れを癒す正規式兵たちと、鈍く輝く戦車を前にそれぞれの考えを交わす。
――そんな最中、突如凛とした号令が響くのだった。
格納庫前に広がる敷地――
多くの職員や式兵たちがそれぞれに会話を交わす喧噪の中、それでもはっきりと聞き取れるほどに凛と気合いの通った一声が轟くと同時。先程まで和気あいあいと笑顔を浮かべていた正規式兵たちは一転、素晴らしい統率力で各々装甲車と戦車の横へと整列を果たす。
その整列の所作に「おぉ……」と感嘆の声を上げた驚く斑鳩たちだけでなく、全ての式兵たちが声の主の方へと一斉に視線を向けた先。そこにはあのヒューバルトが身に纏っていた黒い制服と同じものを着用した一人の男が、黒い装甲車のタラップを力強く踏みしめ姿を現していた。
短く整えられた金髪に、威厳を感じさせる精鍛な顔つき。
年の頃はキースと同じ40手前、といったところだろうか。
――あれが、この大隊の指揮官、か……。
男は、ピンと背筋を伸ばしたまま地面へと続くタラップを降りる。
その彼の鋭い視線の先には、13A.R.K.の格納庫より歩み寄る二つの影――ヴィルドレッドと、キースの姿があった。
まだ遠い間にも関わらず二人へ向け敬礼を放ち、そのまま不動の姿勢をとる黒制服の男に、斑鳩は目を凝らしながら無言で皆へと合図を送る。その後ろから「遅くなった」と小声で駆け寄るフリッツを加え、6人はヴィルドレッドとキース、そして黒制服に身を包んだ男が見通せる場所へと、整列した正規式兵たちの視界に入らないよう注意しながらA.R.K.の職員たちが集まる場所へと静かに移動する。
「遠路はるばる、ご苦労だった。 お初にお目に掛かる、レジード大尉…………そしてアガルタ正規式兵の諸君。 今回の手厚い配備、心より歓迎する。 この13A.R.K.を預かる局長のヴィルドレッド・マーカスだ……以後、宜しく頼む」
「自分は司令代行を務める、キース・ミルワードです。 以後お見知りおきを、大尉殿」
レジード大尉と呼ぶ男の前で足を止めた二人は、それぞれ右手を差し出す。
彼は敬礼の姿勢を解き、ピンと伸ばした背筋をそのままに一歩前へ出ると、右手の白い手袋を素早く外し制服のポケットにねじ込むと同時――ヴィルドレッドが差し出した手を両の手で、はっし、力強く握り込む。
「ようやくお逢いする事が出来て光栄です、ヴィルドレッド・マーカス局長……ッ! 貴方の武勇伝は、かねがね……!! 改めまして、私不肖ながらアガルタにて大尉を務めさせて頂いております、レジード・ゴードウィンと申します!! 本物の、あの! ヴィルドレッド局長を前に高揚しておりますがどうか……どうかご無礼、お許し頂きたく!!」
日の光に照らされてなお、漆黒を湛える威厳ある制服。襟元に輝くアガルタのエンブレムを模した階級章。
それら全てが彼が本物のアガルタの大尉である、と物語っているが……斑鳩たちを始めとして、ヴィルドレッドとキースも、以前見たヒューバルト大尉との温度差に思わず目が点となり、彼の台詞にぽかんと口を開けたまま、一瞬妙な間があたりを支配した。
「…………あ、あぁ、その、なんだ。 そ、そうか……宜しくな、レジード……大尉」
まるで予想外。
ヴィルドレッドはおろか隣のキース、そして斑鳩たちも思わず互いに何とも言い難い顔を見合わせる。
アガルタからの来訪者に対してヒューバルト大尉の印象があったとはいえ、あまりの落差。その差に唖然とする周囲をよそに当のレジードは周囲に一切気兼ねする様子もなく、名残惜しそうに「くぅ~」などと唸りながらヴィルドレッドの手を離すと、その隣でビクリと肩を一瞬震わせたキースの手も、これまた両手でしっかりと握り込んだ。
「キース司令代行殿! レジード・ゴードウィン大尉であります!」
「あはい、ええ、はい先ほど伺っ……」
「いやあ、羨ましい……! あのヴィルドレッド・マーカスその人を直属の上官に持つとは……!! いや、貴方も見れば聡明そうな司令代行殿! 流石は局長殿が傍に置くに足る器量とお見受けする!! そぉぉおだ、器量と言えば、一つ面白い話がありましてな……」
ぶんぶん、と握ったままの両手を感情のまま上下させながら何事か語り出すレジードに、なすスベなく身体を揺らされウンザリした表情を浮かべるキースだったが、かまわず彼はヴィルドレッドにも視線を向け、なおも熱い言葉を紡ぎ続けていた。
「…………何だか暑苦しいのが出てきたわね」
遠巻きながらその光景に唖然としつつ、詩絵莉は何とも言えない辟易とした表情を浮かべる。
「タイチョー見て見て、司令代行の顔」
「……ああ、俺も驚いている。 司令代行のあの顔を見ろ……いつものポーカーフェイスが完全に崩れ去っているぞ」
「……冷静に分析してんなよ、イカルガ。 笑っちまうだろうが」
詩絵莉と同じく表現しがたい表情を浮かべたローレッタと視線を外し笑いを堪えようとするギルの脇で、アールもフードの下、紅い瞳を丸くしながらその光景を見つめていた。
「レジード大尉……どこかで聞いたような……そうだ! 確かA.R.K.を結ぶ内地のセーフティラインの整備に貢献したとかいう、ちょっとした有名人だよ。 以前、内地の資料で見たことがある」
斑鳩たちの後ろから眼鏡に手を添えつつ若干驚いた表情を浮かべるフリッツに、一同は「へえ」と頷きながらも、今度はヴィルドレッドの手を再び取り何やら熱く語り続けるレジードに今や呆れを通り越した冷めた視線を送る。
「……おっと! 少々話題が脱線しましたな……いやあ、年甲斐もなくお恥ずかしい。 しかし憧れ音に聞いた"生還者"を前にしたとなれば、つい」
(少々……?)
裕に10分以上は途切れなく語り続けていたレジードが、締めにと言い放った言葉に苦笑いを浮かべる一同。そんな様子を露ともせず笑う彼に向けて、ヴィルドレッドは一人静かに首を振り、ため息を漏らす。
「生還者、か。 ……レジード大尉、私はただ生き残ってしまっただけの老兵に過ぎない。 そう羨望を向けられるほど、御大層な存在ではないさ」
"生還者"――確かにヴィルドレッドをそう呼ぶ者もいる。
彼と真の意味で同期と呼べる人物は圧倒的に少ない。ヤドリギがまだ存在すらしなかった時代からタタリギとの苛烈な戦いを生き抜き、常に前線へと構え幾十年。尊敬と羨望を込めて呼ばれるその称号を、しかしヴィルドレッドは嫌っていた。生き残ったのではない、生き残ってしまっただけだと。過去を多く語らない彼はそう言いながら、いつもどこか遠い情景を眺めている。
キースは年齢を重ねた今こそ、ヴィルドレッドが見ているであろうその視線の先にある者たちを感じる事が出来ていた。
死線を共に越えれなかったのではなく、死線を共に往けなかったという後悔と、懺悔。
それは、他の誰かとは決して共有する事のできない感情でもある。
だが、二人を前に尚も鼻息荒くレジードは続ける。
「いいえ! 貴方がなんと言おうが、それでも貴方は私の憧れだ。 太陽が西から登り、東に沈む如く変わる事はないッ!」
やや辟易といった表情で流石にと口を挟もうとしたキースの言葉頭を、レジードの瞳をひたと見据えるヴィルドレッドの右手が静かに制した。
「――しかし第13A.R.K.局長、ヴィルドレッド・マーカス。 忘れないで頂きたい。 貴方が生き残ったからこそ、後進の者たちが道を歩めている事を。 ただ生き残る、それこそがこの時代なによりも難しく、そして尊ぶべき事。 ご無礼を承知で申し上げるが、貴方が生き残り13A.R.K.を率いている事こそ、ここに居る全ての者たちにとって幸運なのです。 ……無論、私も含めて」
真剣な眼差しで続けたその言葉に、キースは思わず目を見開く。
それはY028部隊の面々……いや、周囲の13A.R.K.の職員たちも同じだった。
――嘘をついている様子はない。 あの男……
斑鳩は感嘆の声を上げる周囲をよそに、じっとその黒い瞳を凝らしレジードの横顔を見つめていた。
アガルタに裏があり、それを象徴するのがヒューバルトであるならば、あのレジードはまさしくアガルタの表を象徴するような人物に写る。
……本来、あるべき人類の拠り所として存在する場所。
希望という光を示しながらも、その足元には深淵に至るよう深く落ちる影……斑鳩はふと、隣に佇むアールの姿を視界に入れる。
彼のような本来尊敬にたる言葉の影で、彼女のような存在が人知れず生み出されている。
そう思えば思うほど、斑鳩の心には表現しがたい複雑な感情が湧き上がる。
「……斑鳩?」
仲間の中で一人、彼の視線に――いや、その感情に気付いたアールが心配そうな表情で斑鳩をちらりと見上げる。その視線に気付くと「大丈夫だ」と言わんばかりに一瞬柔らかい表情を浮かべ、彼は再び視線を局長たちへと戻した。
「ただ生き残る……それが何より難しく、そして尊ぶべき事……か。 大尉殿、確かにその考えには同感だ。 むろん私とて、このA.R.K.に組する全ての者たちにも、そして貴殿と共にある式兵たちにも……こんな時代だからこそ、ただ生きていて欲しいと願っている」
ヴィルドレッドは口元を緩めると、レジードに大きく頷く。
「ええ。 その為にこそ、そしてこの先の未来のためなればこそ……今より13A.R.K.にはアガルタを護るものと同じ戦車が配属されるのです。 タタリギに飲まれる可能性を憂慮しての配備ゆえ、この領地内限定の運用とはりますが……心強い盾となりましょうぞ!」
両の腕を大きく広げるレジードに、後方の戦車、そして装甲車の横に整列するアガルタ所属の式兵たちから賛同の声と同時、にわかに拍手が起こった。だがそれとは反対に、13A.R.K.所属の隊員、整備士、職員たちの反応は複雑なものだった。もちろん一部手を打ち笑顔を浮かべる者はいるが、それよりもどこか懐疑的な視線を送る者が目立つ。
それはアガルタをめぐる様々な状況を知り抱える、他ならぬ斑鳩たちY028部隊の面々も同じだった。
「――心強い盾……ですか。 レジード大尉、皆のこの反応……どうか、お許し頂きたい」
キースはこほんと咳払いをひとつ、レジード大尉に向き直る。
「今回の戦車隊の配備を受け、実物を目の当たりにしてなお懐疑的に見る者が多いのも事実です。 前線で長年戦い続けた我々にとって、戦車とはすなわち乙型、甲型タタリギのそれとしか認識したことがない者ばかり。 自分もその一人……領地内での運用を限定させるとはいえ、いつなにが起こるかわからないのがこの場所でもあるでしょう?」
ヴィルドレッドの隣から一歩詰めそう語るキースに、レジードの反応は意外なものだった。
彼は広げた両腕を静かに畳むと、後ろを振り返り13A.R.K.の面々に視線を向ける。
「ふむ。 それは至極当然、でしょう。 私も乙型、甲型……いわゆる兵器寄生型と分類されるタタリギとは何度も過去相対した経験がある。 あなた方の反応もそれを思えば当然の事。 なればこそ……こちらにも相応の用意はある」
レジードがそう言うが否や後ろに控える正規式兵の一人が、一抱えはあろうかという鈍い鉄色に輝く金属製の巨大なトランクを持ち、彼の元へと小走りに駆け寄った。同時にレジードは懐から複雑なパターンが彫り込まれた一枚の金属製と思しき薄いプレートを取り出す。
「局長殿、司令代行殿。 このケースはアガルタが近年開発に成功した、装甲車などに装備されているコンソールを小型化し持ち運びを可能にしたもの。 このプレートキー……この鍵が起動キーとなっている。 ご覧に入れましょう」
(コンソールを小型化……!?)
トランクへと鍵を差し込むレジードに、ローレッタとフリッツは目を大きく見開くと思わずその身を乗り出していた。
それもそのはず、装甲車内に備え付けられている式梟が扱うコンソールはその全てがアガルタ製の貴重な支給品の一つ。故に、装甲車が走行不能になった場合など、A.R.K.ではコンソールを装甲車から取り外し、別の装甲車へと載せ換えるのだが……大量の配線、各種モニター、操作部分。それなりの大きさと厚みがあるとはいえ、目の前のトランク一つに収まるものではない。
レジードは驚く一同の前で、カードキーが差し込まれたトランクを地面へと起き手を掛ける。
ばがん、という想像通りの重い音を立て開かれると同時――
背の部分からは数枚の薄型モニターが扇の様に現れたかと思うと、キーボードやトラックボールが備わったプレートがせり出し、蓋となる部分の縁からは銀色に輝く真新しいアンテナが伸び出す。
よくもまあ、と思わず口走ってしまいそうになるほどに収納されていた機器類が展開されるそのトランクに、ヴィルドレッドとキースも思わず顔を見合わせて驚いた。
「この試作携帯型コンソールはアガルタにあるものを併せても、まだ2機しか存在しない。 そして今回これには各戦車の自爆装置……ならびに搭乗するヤドリギたちの首輪の起動レジストコードが登録されている。 これをアガルタから、13A.R.K.に進呈させて頂く」
「……なるほど。 しかしこれは凄い……ですね。 しかし、なぜこの様な携帯可能なコンソールが必要に? まさかこのA.R.K.に派遣する為に開発されたものという訳でもないでしょう、これ」
キースはしゃがみ込むと、まじまじとトランクを眺め、せり出したキーボードの縁をその指で撫でる。
「ふむ、その質問も至極当然……戦車というものを知らなければこそ、ですからな。 説明させて頂くと、アガルタに配備されているもの、そして今ここに到着した戦車にはあなた方がよく知る装甲車に備えられているコンソールの類は一切装備されてないのです」
「! ……それは知りませんでした。 確かに事前に頂いた資料にはありませんでしたねえ」
戦車部隊を振り返るレジードに、キースは立ち上がると納得するように瞳を細め、口元に手を添える。
その後ろで、ヴィルドレッドが整えられたヒゲを撫でつつ、目を細めながら口を開いた。
「戦車は装甲車と違い戦闘の際、タタリギと接敵する。 それ故、タタリギに寄生される可能性は装甲車の比ではない……もし乙型や甲型に堕ちた場合、コンソールの回収は絶望的、だから独立させたものが必要だった――という訳か」
局長の言葉に「その通り」と頷くと、レジードは展開されたトランクへ視線を落とす。
「もちろん無線機は搭載されてはいます。 しかしその距離は短く、遮蔽物にも弱い。 防衛とはいえ連携を取る為にも目と耳……つまり式梟が飛ばす木兎が必要だ。 しかしコンソールは製造コストも高く貴重、おいそれと失う訳にはいかない……加えて戦車に組み込む、というのも搭載スペースの確保やら、技術的にやら……とにかく難しいものがありましてな」
(それで独立型のあのコンソールが開発されたんだ……)
ローレッタはごくり、と大きな音を立て生唾を飲み込む。一体どうやってあの大きなコンソールをあそこまで小型化したのか、そしてその電源はどう確保しているのか――疑念は尽きないが、グラウンド・アンカーやリアクティブ・エアーの件もある。
人類最後の砦……タタリギから人類の英知と文明を守る都と謳われる、アガルタ。
今斑鳩たちが身に着ける装備やあの独立型のコンソールを生み出すその姿こそが、彼の地の本来の姿なのだろう。そう考えるのは彼女と同じく生唾を飲み込む音を隠そうともしないフリッツも同じだった。
(あれ、触ってみたい……!)
(わかるよ、ローレッタ。 見たかい、あの展開ギミック……ロマンの塊だよ!)
小声でヒソヒソと言葉を交わす二人に、ギルと詩絵莉は顔を見合わせると「やれやれ」とため息をつく。
「これがアガルタの外で実戦へと投入されるのは初。 しかしながら動作は私もこの目で確認を済ませている。 稼働時間こそ短いが、指令室で使用するぶんには電力供給は賄えましょう」
キースはヴィルドレッドと頷き合う。
形だけの配備ではなく――もし、万が一の場合。戦車も、そして搭乗するヤドリギたちの命運までも13A.R.K.に移譲する、という事に他ならない。
このトランク型のコンソールがあれば、戦車自体にタタリギにより汚染・寄生の可能性が認められた場合、アガルタの許可を仰がずともヴィルドレッドたちの権限において爆破処理が出来、さらに言えば、乗り込む隊員たちが堕ちるような事があれば……その場合にも、対応が可能、という代物であるという事だ。
レジードは静かにトランクからカードキーを引き抜き、自動的に閉じられていくトランクを見つめながらややもの悲し気な表情を浮かべる。
「有事、戦車を運用する時が来れば――これをそちらの一存で展開し、使用して頂きたい。 もっとも、爆破だの首輪だの……そんな物騒な事にならないよう、あって欲しいものですがね」
彼の眼差しに、ヴィルドレッドは深く頷く。
「機器類には疎い私だが、これがとんでもないシロモノだという事は理解出来る。 レジード大尉、重ねて感謝したい。 武器を使う以上、その弱点を把握し対策する事は当然――だが、貴殿の言う通り、そうならない事を願いたいものだ」
「確かにこれを13A.R.K.へ移譲する許可を取り付けるのは骨が折れましたが、長年瀬戸際を守り続けて頂いてるのは他ならぬあなた方に違いないですからな! 支援が遅れたお詫びの意味も兼ねて、遠慮なく使って頂きたい!」
キースは小さく頷き閉じられゆくトランクから、カードキーをヴィルドレッドへ手渡すレジードへと視線を向けた。
「大尉。 戦車4機にそちらの正規式兵が2名搭乗すると伺っていますが……都合8名、彼らはこの13A.R.K.に帰属する形に?」
「いや、ひとまず許可を頂いている1週間ほどの滞在。 その間、出来る限りここの式兵に戦車運用を引き継がせて頂きたいと考えていましてな。 今後ろに控える彼らはあくまでアガルタに属する式兵たち……それぞれに家族や友人もいる。 人員不足とは伺っているが、そこは了承頂きたい。 なに、正式な増員はアガルタも考慮していると聞いております……近々必ずやそちらも叶いましょう」
その言葉に、キースは再びヴィルドレッドと視線を合わせ、互いに頷く。
「……了解です、大尉。 知っての通り新たな種の出現に加え、純種までも確認された現状……人手が欲しいのも本音ではありますが。 しかし今回1週間お時間を頂けるならば、戦車部隊の運用と編成はこちらでもそれなりの形を整える事が可能でしょう。 それに正直なところ……戦車はまだしも、有志として参上して頂いた正規式兵の方々の手綱を握らされたまま……というのは、我々と言えど流石に荷が重いところですからねえ」
ふ、と肩を竦めて見せるキースに、レジードは一瞬目を大きく開くと、「はははは」と高らかに笑ってみせた。
「なるほどなるほど、キース司令代行……正直な方だ! しかしそう、戦車はまだしも……うむ、まさにその通り。 私とて命を賭して戦う者たちに首輪を嵌めねばならぬこの時代が、いつか語り草になればと信じておりますからな。 兵器に変わりはあれど、人に変わりは居ない……だからこそ、尊ぶ必要がある」
そう戦車と整列する式兵たちを前にどこか優しい視線を送るレジードに、アールは僅かに首を傾げる。
――兵器に変わりはあれど。
ならばD.E.E.D.とは、式神とは――この身は、果たしてどちらなのだろう。
あのレジードの様な……このA.R.K.のヒトたちと同じ様な暖かさを放つ人物は、アールが知るアガルタには居なかった。白い部屋、白い壁、そして幾つも並ぶ、白い空のベッド。戦闘訓練、そしてその能力の検証実験をこなし、タタリギと兵装の知識を刷り込まれる永遠に続くような日々……それが知りうる、唯一無二のアガルタだ。
――でも、それだけじゃ……なかった?
朧げに……微かだが残る記憶に、彼のような暖かな視線を向けてくれていた……そんな存在が居た、ような、気がする……。
――「だって私たちは、ヒトでもあるし、タタリギでもある……」
「……う」
アールは探る記憶に、ずくん、と頭のみならず身体全体に走る痛みにめまいを覚える。
「アールどうした、大丈夫か……?」
思わずよろけた身体を直ぐに支える斑鳩の手に、底知れぬ安堵を覚えると同時――何故か身体の内側を巡る強い罪悪感。……誰に、対して?彼女は斑鳩に支えられたまま自問する。
――そう、だ……。 誰かが、教えてくれた。 家族……でも、そう教えてくれたのは、誰……?
「だ、だいじょうぶ。 ……斑鳩、ありがとう」
「……」
いつになく辛そうな表情を表すアールに、斑鳩は思わず黙り込む。
あの積み木街の一角と同じ……彼女は言葉数こそ少ないが、時折その表情は言葉以上に彼女の心を語ることを彼は知っていた。だが、それでも構わず斑鳩は彼女に小さく頷いてみせる。
「……いいんだ。 だが無理はするなよ、アール」
「……うん」
その様子に気付いたギルや詩絵莉の心配する声を背に受けながら、アールは彼らの心遣いに表情を緩める。
……この13A.R.K.に来たのも、随分遠い昔に感じる。
思えば、本当に色んな事があった。この身体が以前よりヒトである事から離れていくのも……今は実感出来る。あの皆で食べた美味しいパイも、露店でかじった万能ナッツの味も、鼻の奥をくすぐる芳しい香りも、もう感じる事は出来ない。
けれど……それでも。
みんなは今もこうして、わたしを受け入れてくれている――
だからこそモノではなく、ヒトとして在れる。
みんなと共に、みんなのために戦える力。
この身体に宿る、ヒトではないモノに……今は、感謝すら覚える。たとえどんな結末を迎えようとも、斑鳩と……みんなと共にあれるなら、きっとそれがわたしにとって、"生きていた"という何よりの証なのだから。
霞んでいくアガルタでの記憶の彼方――
あの白いベッドの上で、"誰か"が教えてくれた、暖かい気持ち。今それを、みんなから確かに感じる事が出来る。アールは瞳を伏せると、自らの胸にそっと手を添えた。
だが、想いの片隅で薄らいでいく遠い記憶からの警告なのだろうか。
身体の内側……その奥底に感じる、刺さったままの見えない棘。それに意識を集中させると訪れる――身体を震わせるような痛み。忘れてはならないものを忘れている……そんな感覚に、彼女は胸に添えた拳をぎゅうと握りしめる。
――わたしの記憶に、誰か……いる。 わたしの隣にいたのは……誰……?
アールは握手を交わすヴィルドレッドとレジードをじっと見つめたまま――
身体と心に鈍く響くその痛みに、薄く、僅かに瞳を細めるのだった。
……――第10話 Y028部隊 (6) へと続く。




