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第10話 Y028部隊 (5) Part-1

ヴィルドレットとキースが憂慮する中――ついに訪れたアガルタの戦車部隊と、その護衛一行。


砂煙を上げながら13A.R.K.の西門を潜り到着するアガルタの部隊を前に、

不測の事態に備え配備された斑鳩たちY028部隊は、A.R.K.へと到着した最期の一台を見届ける。


大門の内側、装甲車の中で彼らの無事とタタリギ襲撃の気配が無い事を木兎で確認したローレッタは、安堵するよう大きく頷くのだった。

 ――地面を刻み、揺らす轟音を背に。




 ゴウン、ゴウンと徐々に閉行く西門の隙間を最後まで周囲を警戒しながら13A.R.K.へとその身を滑り込ませるのは、戦闘装備に身を包んだ斑鳩、詩絵莉、ギル、そしてアールの4人。

 彼らは、ズシィイン……と身体の内側をも震わせる重い音と同時、大門が完全に閉じた事を知らせるのブザー音を耳にすると、顔を見合わせようやく安堵したようにため息を吐いた。


「みんなぁー、お疲れさま!」


 閉じた西門の脇に止められたN31式兵装甲車。

 その上部ハッチから身を乗り出し手を振るローレッタは、仕上げとばかりに大門の両サイドから合計四本、彼女の胴体ほどはあろうかという鋼鉄製の閂が火花を散らし滑り閉められる金属音に思わず慌てて両耳を塞ぐ。


「うひー……凄い音だねえ。 こんな近くで閉門するの見た事ないから、かんっぜんに油断してた……」


 キンキンと耳鳴りとなって残るその音に、彼女は両耳を押さえたままウームと唸る。

 装甲車の中からローレッタを見上げたフリッツはその様子にひとしきり笑うと、後部ハッチより帰着した2機のドローン、木兎(ミミズク)を丈夫そうな革の手袋をはめた手で持ち上げる。


「大丈夫かいローレッタ? 確かに、凄い音だ……僕もこんな間近で聞いたのは初めてだよ。 でも、この大門は内地に居た頃から耳にしていてね。 設計思想は無骨そのもの、けれど今まで一度も13A.R.K.にタタリギの侵入を許していない、このA.R.K.を支える素晴らしい機構だと、評判でね」

「へえ~……内地でも有名なんだ。 ……いつもは開いているところ通り過ぎるだけだしねえ」

「もう十何年もの間、色んな整備士たちに修理されながらここを守っているんだ。 僕は携わっていないけれど、こういうのを間近で見ると…なんだか勇気を貰える気がするね」


 ローレッタは言いながら短いはしごを降りると、装甲車の小さな窓から感慨深そうに大門を見つめたまま、木兎を整備する準備を始めるフリッツに苦笑を浮かべた。


「フリフリ。 戦車隊観に行かないの? 私たちん中でも一番ああいうの、好きそうだけど」

「……ん、あ、ああ。 ちょっと()()()()()の事を考えていると、どうにもね。 まだあれは調整中だけど……次の作戦には使えるようにしたいんだ。 備えあれば憂いなし……って言うじゃないか。 他の木兎との連携も視野に入れたいし……ああ、そうだ! ソフトウェアを更新しないといけないんだった、ちょっとコンソール借りてもいいかい?」


 フリッツは言いながら返事も聞かず、彼女の横をすり抜け車両前方へと続く狭いハッチに身を滑り込ませていく。もぞもぞと狭いハッチを潜りながらどこかに頭をぶつけたのか、「いたっ」と悲鳴を上げるフリッツにローレッタは笑うと、彼のつま先に向かって声を掛けた。


「じゃあ、私タイチョーたちのところ先に行ってるからね。 フリフリもあとで来てよ、アガルタの整備士とかも来てるっぽいし」


 そう呼びかける彼女に、フリッツはハッチの向こう側へとようやくその身体を滑り込ませると「わかった、直ぐに行くよ!」と声を張る。


 この2ヶ月の間、フリッツは式隼……ローレッタの武器でもある木兎(ドローン)の調整も手掛けてきた。


 通常任務で彼女が必ず使用する1号機と2号機。その二つは軽量化に加え推進設計の見直しを行い、悪天候時の飛行能力や機動力の強化、そして稼働時間を僅かながら伸ばす事に成功した。マシラは夜間にも活動する事を踏まえ、3号機は運動性と飛行高度を引き換えにナイトヴィジョンを装備し夜間での索敵や斥候も可能にした。


 ……そして、4号機。


 通常、同時に稼働させることが出来る木兎は、手練れの式梟(シキキョウ)でも2機が限界である。


 3機同時に扱えるとなれば、それは常人の域を超える。操作はもちろん、同時に表示される木兎から贈られるリアルタイムの映像、複数の木兎を効率よくそれぞれが干渉しないよう配置する空間把握能力、戦場の地理状況、部隊の配置……そして式兵たちのバイタルデータの確認、交戦中のタタリギの挙動……。


 他にも天候や環境条件、それら多岐に渡る全てを把握し、前線を支えるのが木兎を駆る式梟の仕事である。


 ローレッタはY028部隊として働く以前、4機の木兎を扱う事が出来る類まれなる才能を、戦場において如何なく発揮していた。だが彼女が今4機目を飛ばす事は、ない。


 それは彼女の過去――とある作戦上での大きな失敗を発端としている。


 式隼としての能力はある意味、贈り物ではある。どれだけ強く望んでいたとしても、彼女の様な才が発現する事はない。それとは別に元来勉強家でもあり、努力家でもあった彼女。当時とて、己の力を過信していた訳ではない。


 だがその類まれなる才能、そして自ら得た知識――それらを総じて"天才"として周囲に扱われた事。その扱いが発端となり、元になり部隊の仲間たちとの間に生じた軋轢。それらが絡み合う鎖となり、彼女を縛った事によって起きた……不慮の事故。


 その鎖が今もなお、4機目の稼働を縛っているのは他でもない彼女自身も、重々に理解している。



 ――4号機……もし扱えるなら、それがY028部隊(みんな)のためになるなら……でも……



「…………!」


 彼女は目をぎゅっと閉じると同時、ふと沈みそうになった気持ちと、まとわりつく重い思考を振り払うよう首をぶんぶんと強く横に振る。


 アールを迎え入れてから、ここ数ヶ月経験してきた戦い。そのどれもが、いわばギリギリの勝利だった。何かが違えば、それこそ誰かの死は免れなかったかもしれない。前線で戦う皆を今まで通り――普通の式梟としてサポートする事に、ローレッタは限界を感じていた。


 斥候、偵察、通達、作戦立案……。


 確かに式梟の戦いとは、戦闘以外にも多岐に渡る。とはいえ普通の部隊であれば、あるいは普通の式梟でも問題はない。だが、今身を置くのはY028部隊だ。アガルタから、また局長からの許可を取り付けたフリッツが手掛ける装備も増え、今や運用実験の名の元に通常部隊には無い特殊な兵装も数多く存在する。


 そしてアールの存在と、次々に現れる強敵との戦い。


 今やY028部隊は、余り者を寄せ集めた部隊などではない。担うべき作戦も、その戦闘も。

 "普通"では務まらない域に達している。


 ならば――Y028部隊に求められる、()()()()()()姿()

 フリッツが手掛けている4号機の存在に、ローレッタは僅かに身を震わせる。


 フリッツ――彼もまた、前線に立てないという側面では、どこか通じるものがあるのだろうか。部隊と、自分の在り方に憂う気持ちを理解していると言わんばかりに、彼は今までの式梟の常識には決してないコンセプト、それに伴う技術をフリッツは提示してくれた。


 木兎は、式梟にとって分身のようなものだ。


 手足の様に感覚で制御し、コンソールを通じて自由自在に動かす。その四肢の一部のひとつでもあった4号機を厳重なケースにしまい鍵を掛けてから、どれほどの時間が経っただろうか。アールが見せてくれた覚悟。斑鳩の気持ち。それらに触れた今なら、きっと……。


「……じゃあ、先に行ってるからー!」


 ローレッタはぶるり、と武者震いする身体を誤魔化すように、車両前方、コンソールに向かって作業を行っているであろうフリッツに大きく手を振ると、装甲車の後方ハッチから飛び出す様に皆の元へと駆け出すのだった。




 ◇



 ◆◇◆



 ◆◇◆◇◆




「ローレッタ、ご苦労だった。 フリッツはどうした?」


 鈍い鉛色を日の光に輝かせる4機の戦車と、合計8台のアガルタ製の装甲車。


 その周囲には30人程、だろうか。

 13A.R.K.の式兵たちとは若干デザインが違うものの、ある者たちはその腕に真新しそうな撃牙を。ある者は一目で規格が統一されたものと分かるマスケット銃をその背に抱えた者……。戦車部隊の護衛の任に就いていた、噂に聞くアガルタの正規式兵たち。


 彼らは13A.R.K.の職員たちが旅路の労いにと振舞う水やパンを受け取りながら、談笑に華を咲かせていた。


「フリフリ、手が離せない作業があるからって……あ、でも直ぐに来るって言ってたよ、タイチョー。 ……それにしても、こんな賑やかなA.R.K.も初めて見るねぇ~!」


 彼らの笑顔につられる様に笑うローレッタの隣で、詩絵莉はマスケット銃から未使用の弾薬を排出しながら苦笑する。


「まったくね。 アガルタに対して思うところはあるケド……ああして任務を終えて笑うのは、あたしたちと一緒ね」

「……んだな。 まあ、あいつらはアガルタに裏がある事なんざ知らねえんだろうしな。 それこそ遠路はるばる最前線にようこそ、てなもんだぜ。 なあアール、アガルタから13A.R.K.までどんくらい時間掛かるモンなんだ?」


 ギルは詩絵莉に頷くと、斑鳩の傍らでフードを被ったまま正規式兵の一団をぼうっと見つめるアールの顔を覗き込む。


「……あ、ごめん、ギル。 聞いてなかった……なに?」

「ん? あの中に見知った顔でもいんのか? いや、アガルタからここまでどんくらい日数掛かるモンなのかなと思ってよ。 お前もアガルタから装甲車に乗って来たんだろ?」


挿絵(By みてみん)


 アールはギルの「見知った顔でもいるのか」の部分に小さく首を振ると、そのまま何かを思い出そうとするように少し首を傾げた。


「……うーん、わからない、かも。 乗って来た装甲車、窓……なかったから。 でも、結構長かったような……気もする」

「直線距離を走るとするなら、装甲車の足で4日あれば行き来出来ると資料では見たな」


 斑鳩は撃牙と反対側――左手を腰に添え、一団を見つめたまま答える。


「でもま、地形は山あり谷あり。 最短距離を強行しようにも道中も危険な箇所はあるし……内地のA.R.K.を結ぶセーフティラインを通るとするなら、一週間ちょい……ってとこかしらね、確か」


 銃弾を腰のベルトに差し込みながら斑鳩の声に続く詩絵莉に、ギルは「なるほどな」と小さく頷く。

 その隣でもう一人「なるほど」と頷くのは、意外にもアールだ。


「よく覚えてない……けど、そのくらいだったような気もする。 でも、ここに来る最中は……どこのA.R.K.にも寄らなかった、かな……」


 アールの言葉に「そうなのか」と斑鳩は意外そうに答えると、彼女が赴任してきたあの日――ギルと見た、格納庫の中、ひっそりと影へと紛れるように停車されていた真っ黒な装甲車を思い出していた。


「そう言えばアールとヒューバルト大尉が乗って来た装甲車にはキャリアーがけん引されていたな……。 そこに水や物資を積んでいたのかもしれない。 しかしどこにも中継せずに、か……」

「おぉ、あったあった。 懐かしいな、あのアガルタのエンブレムが描いてあった装甲車か。 見ろよイカルガ、手前の戦車の奥……確かアレと同じやつじゃなかったか」

「ああ、間違いない」


 ギルが指差す先に、皆は一斉に視線を向ける。


 そこには他の式兵装甲車とはカラーリングも、そして車種も様相もまるで違う装甲車が停まっていた。他の7台はA.R.K.で使用されているものと同じと言っていい、気の利いたカラーリングなど施されていないものだが……その1台だけは真っ黒に塗装され、あの日格納庫で見たものと同じ、アガルタのエンブレムも描かれている。


「……あれに指揮官が乗ってるのかな」


 ローレッタの小さな声に、一同はヒューバルト大尉の姿を思い出す。

 真っ黒な制服に身を包んだ、異質の存在感を放つ男。だがその異質さを感じさせるのは、単純に高官が放つ独特の空気などではない。あの目、あの表情……そして何より、おそらく式神……D.E.E.D.に深く関わるであろう一人としての、正体不明の不気味さかもしれない。


「イカルガ、お前どう思うよ」

「……どう思う、か。 指揮官はヒューバルト大尉じゃないそうだが」


 斑鳩はちらりとフードを被るアールに視線を落とす。

 彼女は今もなお、大きな紅い瞳を僅かに揺らしながら正規式兵の一団をつぶさに見ていた。


「今回はあくまでもアガルタが正式決議した戦車部隊の配属だ。 それを引率、管理監督する指揮官……となれば、あのヒューバルト大尉と同等、または近い存在かもしれないな」

「ヒューバルト大尉、ね……」


 詩絵莉はマスケット銃を肩に担ぎ直すと、やや不機嫌そうに表情をしかめる。


 彼と直接その顔を合わせた事は、アールがY028部隊に配属されたあの日だけ。だが、その印象は良い筈もない。アールを物の様に扱うあの黒く沈んだ瞳には、正直寒気を覚えた。彼女にまつわる事柄でヴィルドレッド局長ともひと悶着あった事も伝え聞いている。


 詩絵莉はヒューバルトの目を思い出すと、ふと斑鳩の横顔を見上げる。



 ――目、か……。  暁に感じたあの目って……そうだ、ヒューバルトに似てた……気がする。



 いつか見た、斑鳩の黒く沈んだ瞳。



 ――今の暁の目は、嫌いじゃない。 でも、いつからだろう、暁が……こんな目をする様になったのは。



 詩絵莉の視線に気付き「ん?」とこちらに優しい目を向ける斑鳩に、詩絵莉は誤魔化すように悪戯っぽい表情を浮かべると、「襟ヨレてるわよー、隊長どの」と笑いながらその指で斑鳩の制服を正す。


「何にせよ、俺たちに必要以上に関わってくるような事があれば……警戒はした方がいいだろう。 そうだ、アールは何か知らないか? アガルタと言えど、戦車部隊を預かるほどの士官はそう多くは居ないだろ?」

「…………」


 アールは考え込む斑鳩を見上げると、首を横に振った。


「……ごめん、斑鳩。 あの中に見たことあるヒト、覚えてるヒト……やっぱり、誰もいない。 その士官のヒトも、きっと。 ……どうしてだろう、アガルタでの思い出……最近、前よりもよく思い出せなくなってる、気がする」


 言うと少し悲しそうな表情を浮かべるアールの肩に、ギルが力強く後ろから手を添える。

 加えて、彼女の脇からひょこりと顔を覗かせるローレッタ。


「謝るこたねーよ、よく知らねえけどアガルタは広いし人も式兵も沢山いんだろ? 俺だって他の部隊の連中の顔なんざ覚えちゃいねーって!」

「そうだよー、アルちゃん! ギルやんの言ってる事は正直式兵としてどうかと思うけど、それはそれ、これはこれ……昔のことは気にしない、気にしない! それが出来るのって結構才能いるんだから……だよね、タイチョー?」


 ローレッタの表情に一瞬影めいたものを感じた斑鳩は、それに触れることなく「そうだな、質問が悪かった」とバツが悪そうに後頭部を掻く。


 思えばアールはアガルタの裏とも言えるセクションにその身を置いていたに違いない。そもそも式神という存在すら、アガルタの表層……今、目の前で旅路の成功を喜ぶ正規式兵たちとて知る由もない事だろう。


「……しかしどちらにせよ、ここに来たアガルタの高官――という意味では二人目だ。 必要以上に俺たちに……いや、アールに接触してくるようなら、何かしら警戒だけはしておかないとだな」

「そうね。 前回の遠征の前にもアールをアガルタに連れ帰るっていう打診があったらしいじゃない? 今更させないわよ、そんな勝手なことなんてさ」


 詩絵莉はそう言うと、アールにぱちりとウィンクを送る。彼女は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、直ぐに笑顔を詩絵莉に向け「うん」と小さく頷いた。


「わたしこそごめん。 今のわたしの居場所は、ここだから。 みんなが居るところに、わたしは居るよ」


 彼女が空を見上げながら口にした言葉がもたらす、一瞬の間。

 ローレッタは思わず詩絵莉の腕を掴み引き寄せ、両手で二人を抱きながら大げさに何度も何度も頷くと、演技なのか、それとも本物なのか。僅かに涙をにじませながら、鼻を鳴らしながら何度も頷く。


「う"う"っ……アルちゃん! 大丈夫だよ! アルちゃんみたいな可愛い子、おいそれとあいつらなんかに返すもんですか! ねえ、お母さん!」

「誰がお母さんよ、誰が」


 そんな彼女に力なく抱かれたままジト目で突っ込み返す詩絵莉に、斑鳩とギルはアールと目を合わせ、笑みを浮かべた――その時だった。


「……式兵総員、整列ッ!!」


 突如談笑が咲く広場を戒めるように、凛とした号令が響き渡った。






……――第10話 Y028部隊 (5) Part-2 へと続く。

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