第10話 プロローグ
あの14A.R.K.での戦いを遠い過去に感じながら――
突如各地に現れたマシラの出現報告が増え続ける中、Y028部隊は遊撃部隊として南東区域を巡り、昼夜問わず長い戦いの日々を繰り返していた。
そんな折、久々に訪れた静かな夜。
食べ飽きたレーションを口に運ぶ彼らの姿が闇夜の荒野に、あった。
「……どうにも軍用レーションばかりってのは味気ねえなぁ……」
乾いた風に揺られる枯草の音がひと際大きく聞こえるような、暗い闇夜。
アダプター1から程なくの場所、荒野に横たわる大きな瓦礫。
ところどころに見受けられる窓と思しきいくつもの影が、以前は人間を住まわせていた建築物だと静かに語っているが、今や倒壊した内部には土砂が溜まっており、その年季を伺わせている。
その瓦礫の影、無機質な車体を瓦礫の影へと隠す様に停車する一台の式兵装甲車。
そこから伸びたケーブルの先端に設けられた心もとない照明に照らされながら、ギルは支給品のレーションをもそもそと口に運びながらうんざりと風にぼやいてみせる。
「私は結構好きだけどなぁ。 ほら、色んな味もあるし? 今回のは特におススメだけど」
装甲車の運転席、その横に設けられた小さな窓からローレッタは、「コンバット・レーション(香ばしクッキー味)」と書かれた袋をぴらぴらと揺らす。その様子をマスケット銃を抱え座ったままの詩絵莉は何とも言えない表情を浮かべた。
「"香ばしクッキー"ねぇ……あたしにはそれ、ただの"万能ナッツの素焼き味"にしか感じないんだけど……」
「言うな、シエリ! もうその味にしか感じなくなっちまうだろ!」
苦い表情を浮かべたまま、ギルは残ったレーションを口へと運ぶ手を止め、詩絵莉をたしなめる。
「ま、味に関してはあたしも同意してあげるわ。 真剣に今、リアが焼いたパイが食べたいって思うもの……。 でも、有事ってヤツでしょ。 贅沢は言ってらんないわ」
「そうだよー、ギルやん。 五体満足でご飯食べれてるだけ幸せと思わなきゃ。 いらないのなら貰っちゃうよ、それ!」
二人の視線にギルはため息一つ。
改めて指先でつまむ残り僅かとなったレーションの欠片をじっと見つめたと思うと、勢いよく口に放り込む。そのまま極力味を考えない様にボリボリと乱暴に噛み砕くと同時、脇に置かれた水筒を煽ると水で一気に喉の奥へと流し込んだ。
「……ぷう。 分かっちゃいるんだけどよ。 こうも長引くなんざ思ってなかったぜ。 ……そういや、今日で何日目だ?」
『67日目だよ』
水筒の蓋を閉め、口を拭うギルの耳に装着されたインカムを聞き慣れた細い声が揺らす。
その声に、ギルは真っ黒な夜空を見上げると立ち上がりインカムに手を添えた。
「67日……か。 おーいアール、イカルガ。 下の三人の食事は、今終わったぜ。 そっちも一端降りてこいよ、美味いレーションが待ってるぜ」
背後にそびえる瓦礫の壁を見上げるギルに続き、詩絵莉も立ち上がると衣服に着いた砂をぱんぱん、と払う。
『ああ、そうだな。 そろそろ一端休むか……。 アール、切り上げて降りるとしよう』
『うん、わかった』
その台詞が聞こえたと同時、夜の闇に溶ける瓦礫の上から、極力気配を消しながら蹴り降りる二つの影。数秒ほどで、斑鳩とアールが照明から少し離れた場所へと驚くほど静かに着地する。
「暁、ご苦労様。 上からはどうだった?」
「ああ。 今夜は久々に、やけに静かだ……タタリギの気配は、周辺にはないな」
明かりの元へ現れた斑鳩とアールを淡く照らす照明に、彼の黒髪に交じる白髪、そして同じ色を浮かべるアールの白髪が煌めく。詩絵莉は二人を迎える様に、傍らの水筒を彼と隣、自らの身長程ありそうなマスケット銃を抱えたアールへと渡した。
「ありがとう、詩絵莉。 ……眼でも見てたけど、今夜はタタリギ、ほんとにいない」
「ん、アールもお疲れ様。 珍しい夜ね、ホントに。 ローレッタ、そっちはどう?」
斑鳩とアールは水筒を受け取ったまま、詩絵莉も装甲車の小さな窓から覗くローレッタへと視線を向ける。彼女の声に、ローレッタは「うーん」と車内の電子機器に照らされた表情をいぶかしげにしかめて見せた。
「こっちも新生3号ちゃんで哨戒を続けてるけど……マシラはおろか、他のタタリギとの会敵遭遇は無しだよー」
「しっかし、暗視装置……だっけか? すげえな。 こんな夜でもこれだけはっきり映像が確認出来るもんなんだな。 これ、フリッツがスクラップみてえだったあの木兎を復活させたヤツなんだろ?」
ギルは装甲車に乗り込むと、助手席から淡い緑色に染まったモニターへと視線を落とす。
そこには、地上をゆっくりと滑る様に写し哨戒を続ける木兎からの映像が、闇夜を忘れさせる程はっきりと写っていた。するとギルの台詞に反応したように、後部座席から続くハッチからフリッツがヌッ、と現れる。
「手持ちのジャンク品の中にたまたまNVDがあってね。 いつだったか……ここに来る前に居た内地の工房のゴミ捨て場で拾ったものだったかな。 それを木兎のカメラに転用してみたんだ」
「資料で見た事があるな。 なんでも僅かな星の光や、月の光を増幅するものだったか……?」
「フリッツ、すごい。 NVDなんて、アガルタでもあまり見たこと、ない」
水筒を煽りながら運転席の小窓からその映像を覗き込む斑鳩とアールに、フリッツは大きく頷いてみせる。
「危険視される区分の大型タタリギは本来、夜間行動をしないからね。 夜戦用の装備は自然と少なくなってきたらしいんだけど……どちらにしろ今の時代、こういった電子機器はこのご時世、中々手にする事は出来ないけれど……運が良かった、いや運よく入手出来たとしてもまともに使えるかどうか……まあ、動いた時の効果は御覧の通りだね。 そのぶん重量とバッテリー消費が重くなってしまったのが課題だけど」
「んー、確かに1号ちゃんや2号ちゃんみたいに高度と稼働時間は維持できないけど、今の状況だとむしろすっごく助かってるよ、フリフリ」
大型のHMディスプレイを半分装着しながら口元を緩め大きく頷くローレッタの言葉に、フリッツは「なによりだよ」と、笑顔を浮かべる。
助手席に回り込んだ詩絵莉も車内に身体を入れると、ギルの頭越しに緑色に光るモニターを覗き込む。
「しかしまあ、木兎……3号機が回収されてたのは運が良かったわよね。 申請して支給されるようなモンじゃないんでしょ、木兎って」
「そうなんだよねー……」
14A.R.K.でマシラの進行を防がんと繰り出し、撃墜されたローレッタの3号機。
フリッツによって修繕されNVDを装備したこの木兎は、あの戦いで彼らの要請を受け現地入りした回収班が持ち帰ったものだった。
直後新たなマシラの存在が発覚し即時撤退となった回収班が木兎を回収出来たのは、愛機を大事にするローレッタにとっても幸運としか言えないだろう。
そもそも木兎――ドローン自体が相当に貴重なものであり、その全てがアガルタから支給された貴重な備品でもある。噂によると、木兎一台の製造コストは撃牙100本にも勝るとも言われている。ゆえに故障放棄、または撃墜されタタリギに回路などを汚染されている可能性があったとしても、その機体の回収はA.R.K.に所属する回収班の中でも極めて重要な任務の一つとされており……結果、その扱いもあって彼女の3号機は救われた形となった。
戦闘により大きく破損した木兎は本来、アガルタへと送られ修理などが行われる。
だが回収されたこの3号機、翼やローターの部分の破損状況は大きかったものの、幸い本体の部分の故障は軽微であったためフリッツが自ら修理する事を提案し、ローレッタは彼に機体を預けたのである。
「ローレッタ、目視による索敵は切り上げよう。 他の別動隊の状況を知らせてくれるか」
右手に備えた螺旋撃牙の装填を解きながら問う斑鳩に、ローレッタはすぐにコンソール上で指を躍らせる。
「りょっかいりょっかい。 ……あ、私たちと一番近いY021部隊が交戦中だけど、相手は少数の丁型みたい。 掃討は時間の問題だね。 そこからさらに離れた場所を、Y011部隊とY025部隊が哨戒中……っと。 アダプター1では前衛2部隊と、マルセル隊長たちのY036部隊が警戒中……だけど今日は異常はないみたいだよ。 救援信号も、マシラ発見の信号も、この南東区域では今のところ出てないね」
HMディスプレイに表示される情報をすらすらと読み上げながら片手間に地上索敵を続ける3号機を帰還させるローレッタの横で、フリッツは車内の薄明りに眼鏡を反射させながら手にした手帳に視線を落とす。
「今回の遠征戦果は、今現在、丙・丁型タタリギを18体、乙型壱種及び弐種合計3体。 マシラを5体撃破……か。 隊長、どうだろう。 そろそろ一端アダプター1に帰投してもいいんじゃあないかな。 申請している出撃期間より2日程早いけれど」
うーん、と眉間にシワを寄せるフリッツの上から、詩絵莉も賛同するように頷くとローレッタ越しの小窓に視える斑鳩へと視線を投げる。
「賛成。 こっちの残弾数もそろそろ心もとないわ。 暁、今回の遠征、成果は十分じゃない?」
「だな、俺も賛成するぜ。 俺らの部隊の規模からしちゃあ、損害も無しに上々の戦果だろ。 それに、そろそろもうちっとまともなメシも食いてえしな。 リアの料理ほどじゃねえが、アダプター1に帰投すりゃこれよかマシなメシにありつけるしよ」
言いながら助手席に置かれたレーションの箱にうんざりとした表情を向けるギル。
車内から上がる彼らの声に、斑鳩は「そうだな」と呟きながら、傍らに佇みマスケット銃を携えたまま、ぼうっと夜空を見上げるアールに向き直る。
斑鳩の視線に気付いた彼女は、少し首をかしげると変わらず紅い大きな瞳をこちらへ向けた。
「アール、どうだ? 近くにマシラや、大型の気配は……ないか?」
斑鳩の言葉に、一同の視線が彼女へと集まる。
「ん……」
アールはその言葉と視線に小さく頷くと、何かに集中する様に瞳をゆっくりと閉じる。
同時に、僅かに彼女の襟元――その白髪が、ざわざわと揺れたように見えた。
「……うん、近くにタタリギは……やっぱり居ないと思う」
「そう、だな……」
――アールの力……深過共鳴の一片、タタリギの気配を感じ取る能力……か。
斑鳩は「ふぅ」と小さく息を吐くアールをじっと見つめていた。
このゲリラ戦が始まってからというもの、既に何度か彼女は深過解放を行っている。式神としての能力の一片。彼女の出生、生い立ち……それらを考慮すれば、それは本来、軽々しく頼るべき力ではないのだろう。
だがその力があればこそ、斑鳩たちY028部隊は少数ながら連綿と続くようにすら感じる激戦を誰一人欠けることなく潜り抜けてきた。そして、彼女もまたその"力"を振るう事に、今やためらいも、戸惑いもないように感じる。
ギルも、詩絵莉も、ローレッタも、フリッツも。
彼女が僅かでも式神……いや、D.E.E.D.としての力を見せる瞬間、同じ様に心に戸惑いを持ちながらも、それを日常として受け入れはじめている。
――この状況が、正常なのだろうか。 ……それとも、異常なのだろうか。
斑鳩は無意識に、自らの黒い頭髪に交じる白髪を静かにその指で触れ、瞳を閉じる。
その僅かな間をもって、彼は装甲車の仲間たちへと振り返ると、大きく頷いき口を開いた。
「よし。 ……万が一夜間走行中のマシラとの遭遇を避けるため、日の出と同時にアダプター1へ帰投しよう。 日の出まであと4時間……2時間交代で警戒に当たる。 まずは俺とギル、そしてローレッタ。 次に詩絵莉とアール、フリッツ。 何かあればすぐに対応出来るようにしておいてくれ」
『了解!』
◆
◆◇◆
◆◇◆◇
各地で突如現れ始めた特異型タタリギ、マシラ。
以前奪還し拠点としての機能を取り戻しつつあるアダプター1、そして激戦の末に純種を討ち果たし確保した、今や重要なインフラを担う通信塔が存在するアダプター2……それらが含まれる南東区域防衛の一翼を任された斑鳩たちY028部隊がアダプター1に派遣され、早二ヶ月が過ぎようとしていた。
あの14A.R.K.での戦いを皮切りに、各地で出現しはじめた"特異種マシラ"の存在は、内地と外地を別ける防衛ラインである13A.R.K.を守る為に日々戦うヤドリギたち、そしてそこで彼らを支え暮らす人々に少しずつ、少しずつ……今や、暗い影を落としつつあった。
幾十余年ぶりに現れた、全く新しい区別とされたタタリギ。
そもそもタタリギが猛威を奮った理由の一つは、旧世代の兵器群をも取り込んだ存在であるということだった。投入した人類の兵器が鹵獲され、ことごとく漆黒の蔦草に覆われた異形のモノとして人類へと立ち塞がり、躊躇なくその武器を奮う。
だが、戦い往く中……そこにこそ、人々は"薄い希望"を見出しもした。
歩兵であるヤドリギが戦線を支える今、大型兵器が戦線への投入される事のない現状、今存在するタタリギと化した異形の兵器をひとつ、またひとつと撃破していけば……いずれ必ず、大型兵器を取り込んだタタリギの存在は"底"を着く……。
そう、ある種ヤドリギとはそのために生まれた存在と言っても過言ではなかった。
近代兵器戦から逆行しつくした、今や戦場での主力を担う歩兵、ヤドリギたち。
それは大型タタリギの掃討に原始的な武器でもって死力を尽くし、打ち克てればよし。打ち負け、タタリギに寄生され、あるいは堕ちたとしても……それは、大型兵器を取り込んだタタリギほどの脅威性は、生まれない。
だが現れたマシラは、ヒトに寄生を果たし、兵装を取り込んだ甲型にも勝るとも劣らぬ、並外れた脅威となる存在だ。
人類が得た"骨を断たせて肉を斬り続ける"というカードの前提を崩しつつある、特異型タタリギ、マシラ……。13A.R.K.は総力を挙げて、これの掃討作戦を大規模に展開していた。
だが、二ヶ月――
他のタタリギがそうあるように、マシラの発生理由や条件の特定には、至れなかった。
なればただ、ヤドリギたちは戦うしかない。ただ、それぞれの守るべきものの為に、文字通り命を削り、いつ終わるとも知れない新たなる脅威、マシラとの戦いを潜り抜け続けるしか、ない。
「また随分とやられちゃったみたいね。 見て、暁。 防壁の東側……かなり損傷しているわ」
揺れる車内、珍しく斑鳩が運転する装甲車の助手席に座る詩絵莉が眉をひそめる。
その言葉に彼女が指差す方向を、小さなフロントガラス越し視界に入れる斑鳩。なるほど言われてみれば、アダプター1の防壁東側の一部が崩落している様にも視える。
「俺の眼じゃまだ確認出来ないが……酷そうか?」
斑鳩の言葉に詩絵莉は隼の瞳の精度を上げる様に、く、と僅かに目を見開く。
「砲撃の跡があるわね……。 あの損害、マシラに先導でもされて乙型あたりが来たのかも……まったく、やっかいなヤツらね。 他のタタリギを呼び寄せてるんじゃないかって話があるけど……あたしはそれ信じるわ。 絶対そうよ、あいつら」
詩絵莉はウンザリといった表情を浮かべると、斑鳩に向かってやれやれ、と両肩を竦めてみせる。
彼女の言った通り、ヤドリギたちの間では「マシラが他のタタリギを呼び寄せている」というのが、もっぱらの噂だった。事実マシラとの交戦中に種類や区別を問わず、別のタタリギ……勿論、マシラを含めて新手が現れる確率が高いのだ。
戦闘が長引けば、そのぶん被害が増え斃れるヤドリギも増える。そして、斃れたヤドリギは丁型タタリギの温床となり、その先ではマシラの素体にもなり得る……まさに、最悪の相手だ。
「14A.R.K.でもそうだった。 2体目のマシラがどこからともなく現れ合流した……考えたくはないが、可能性はあるな」
「……そうね」
斑鳩が切るハンドルに身を預けながら、詩絵莉は車体後部に繋がる覗き窓に視線をやる。
後部座席では、ブランケットにくるまり眠るフリッツとローレッタ。後方確認を行うギルと何やら会話を交わすアールの姿を確認すると、詩絵莉は斑鳩へと顔を向ける。
「それにしても暁と差しで話をするのも久々ね。 運転するところも、随分久々に見る気がするわ」
「そう言えばそうだな。 運転はあまり得意じゃないんだが…揺れても文句は言わないでくれよ」
前方を見据えたまま苦笑し運転する斑鳩の横顔を、詩絵莉はぼうっと眺めていた。
「…………」
あの14A.R.K.での戦いを経て、斑鳩は変わった。
事の顛末は聞きいている。アールが斑鳩へと共鳴し、A.M.R.T.の効果を引き上げた……何度聞いてもピンと来ない。まるで自分が好きな旧世界のコミックの一幕の様な、現実感の無い話だ。窮地において、ヒロインの手によって覚醒する主人公……と言ったところだろうか。
だがそれが現実であり、コミックの世界の様な生易しい出来事でない事を証明するよう、揺れる斑鳩の黒髪に交じるひと房の白髪を見るたび、詩絵莉は何とも言えない感情に胸を締め付けられる。あの白髪がよいものではない事くらい、理解出来る。
本来ならば、ひとたび深過が始まったヤドリギの行きつく先は……一つだけだ。
そこに希望は、無い。
しかしあの時……自分は、斑鳩の生還を望んでしまった。
式神……アールという常識を逸脱した存在に、慣れてしまっているのか。
もし、彼女をしてどうしようもない状況であったなら、自分は彼に向って引き鉄を弾けていただろうか。
……今だ深過の様子が見られながらも、昏睡した斑鳩を13A.R.K.へと連れ帰ったあの時。
局長、そしてキース司令代行、教授。それぞれが部隊の皆の前で、険しい顔で彼への処遇を告げた。「このまま意識が戻ることなく、深過し丁型へと堕ちる様な事があれば……その間際に、彼を送ってやるしかない」と。
……それを聞いて、激高してしまった。
そして送る役目を買って出た自分に、ギルはいつになく低い声で……悲しみとも、怒りとも違う。初めて見せる表情と声色で、言った。
――「シエリ。 お前にやらせるワケにはいかねえ……いや、お前だけじゃねえ。 この役目は、俺じゃねえと務まらねえ」
あれこそが、きっとヤドリギとしての表情なのだろう。
ギルは、きっと……いや、確実に。
暁がもしタタリギへと堕ちたなら……微塵の躊躇も見せずに、彼の頸椎をあの撃牙で貫いていた事だろう。
その瞬間が昨日見た景色のように目の前に浮かぶほどの、覚悟。
確かに言葉では、言い切れた。「その時は、あたしが暁を送る」。
だが、出来ただろうか。彼に向けた銃口の引き鉄を、弾くことが……出来ただろうか?もし、アールが居なければ。ギルが居なければ。ローレッタが居なければ。フリッツが居なければ。
――そして、彼が居なければ……あたしは……。
「……えり。 詩絵莉」
「えっ!?」
突如意識を現実へと引き戻したのは、斑鳩の声。
「無線連絡だ。 このコードは……アダプター1からか? 取って貰ってもいいか?」
「あっ、えっと……ああうん、うん……あはは、ごめんごめん、ちょっとボケッとしてた、疲れてるのかな!」
言いながら彼女は助手席の脇へと掛けられた大きなヘッドセットを被ると、電子音が鳴る通信機へと手を伸ばし、パチンとスイッチを弾く。
――なに、らしくないコト考えてんだろ、あたし……。
運転席の斑鳩が首をかしげつつ心配するようにこちらへ向ける視線を、詩絵莉はあえて気付かぬふりをする様に、通信機に備わるチューニングダイヤルを細い指で機微に調整する。すると程なくヘッドセットを僅かに雑音が揺らしたあと、クリアな音声が聞こえてくる。
『こちらE13-Y3363、アダプター1作戦指令室。 Y036部隊所属式隼、マルセルだ。 あー、そちらの車両を確認した。 どうぞ』
普段、良く知るマルセルとは違う、どこか事務的な声色に、詩絵莉は少し表情を緩める。
「通信感度良好。 こちらY028部隊所属式隼、泉妻。 先の報告通り帰投する。 ゲートの解放を求めます。 どうぞ」
『……了解。 遊撃任務ご苦労だった。 そちらに急を要する隊員の損害はあるか。 どうぞ』
「いえ。 部隊長斑鳩以下、整備士含め6名、全員損傷はありません。 どうぞ」
詩絵莉も彼に倣うように、規則正しく言葉を返す。すると、僅かな沈黙ののち、打って変って陽気な声が聞こえてくる。
『……ふう、今回も無事だったか! なに、予定より早い帰還だったもんで少々心配したんだが……その様子だと、特に問題は無いようだな。 どうぞ』
「ええ。 報告は色々あるけれど……とりあえず暖かいご飯、それにシャワーでも頂きたいところね。 あ、これは部隊の皆の総意と取って貰って構わないわ。 どうぞ」
言いながらチラリと視線を投げる詩絵莉に、斑鳩は僅かに口角を上げて頷いた。
『了解だ。 丁度五葉が厨房を担当している時間帯だ、報告会議は食事をしながらにしよう。 そのまま真っ直ぐゲートへ向かってくれ。 ああ、後方確認だけは怠るなよ。 それでは後ほど会おう。 以上』
こちらの無事を確認出来てか、マルセルは明るい声でそう通信を終える。
詩絵莉はヘッドセットを元の場所へと戻すと、斑鳩へと首を向けた。
「報告会議は食事しながら、だってさ、暁。 ごよちゃんが厨房担当らしいよ? ギルもそれなら文句は言わないわね」
「リアの手料理に慣れてるせいか、俺たちの中でもあいつが一番食事にうるさいからな……」
やれやれ、と言った風にハンドルを切る斑鳩に、詩絵莉はクスリと笑う。
「ほんと、そういう事に関しては一番雑なやつだと思ってたけど……意外よね!」
そう笑いながら「んー」と助手席のシートで両手を組み上げ身体を伸ばしながら、詩絵莉はギルの言葉を思い出すと、気付かれない様に揺れる髪の隙間から、運転を続ける斑鳩の横顔に目を這わす。
――あたしは……暁にとって、何なんだろう。 ううん、違う……あたしにとって、暁は……。
またも心の奥から湧き上がる何とも言えない不安感に、詩絵莉は両手を勢いよく解くと首を強く横へと振った。
今までとは違う慣れぬ長く連なるような戦いに、きっと身体も心も……疲れているのだろう。
きっと……そうに、違いない。
今は、暁が隣に居る。話が出来る。
誰にも言えないけれど……そう、あたしにとって、それが大事なんだ……。
装甲車を迎え入れるため、防壁に設けられたアダプター1のゲートがゆっくり開かれていくのを遠目にぼんやりと見つめながら……詩絵莉は少しだけ、目を閉じるのだった。
……――次話へと続く。




