第9話 真価の果てに (2)
あの14A.R.K.でのマシラ戦から、3日。
深い夢から目を覚ました彼を迎えたのは、ギル一人。
撃牙を備えた彼との会話を終えた後、他の仲間を憂いつつも――斑鳩はバイタルチェックの為に峰雲のラボへと向かう。
そして、あの戦いから様相を変えた13A.R.K.を取り巻く状況の変化を知るのだった。
「……斑鳩くん」
ギルとのやりとりの後――
あの陰気な個室を後にした斑鳩は、ギルの案内で向かったラボで複雑な表情を浮かべる教授、峰雲と顔を合わせていた。
「じゃああとは頼んだぜ、教授。 ……イカルガ、すまねえな。 俺はちっと一端リアんところに寄ってくるからよ。 また後でな」
「あ、ああ」
峰雲の「教授じゃないんだけどな」というお決まりの返事を待たずに、検査の為に横になった斑鳩に手を上げると病室を後にする。コーデリア……妹が待つコンテナへと向かうギルに、斑鳩は改めて感謝を心に浮かべていた。恐らく、自分が伏せていた間――ギルはひと時もあの部屋から出ることなく、自分を監視していてくれたのだろう。
「……彼は、良く出来た男だね。 座学の成績はイマイチだけど」
そう言いながら検査の準備に入る峰雲の表情は、口調とは裏腹にどこか厳しい風体を浮かべている。
斑鳩が先程の部屋よりは幾分マシなベッドに腰かけると、問診に続き、手慣れたものといった風に峰雲は、何か言いたげに――だが、そのまま無言で採血、瞳孔反応、心電図を取って行く。
……無理もない。
斑鳩は検査を受けながら、峰雲が浮かべる表情を眺めていた。
一度は深過し、タタリギへと堕ちかけ――しかし今は、こうしてヒトとして存在している。
長年タタリギを、そしてヤドリギを診てきたであろう彼の目からすれば、自分という存在がどれほど危ういモノになってしまったか、その表情からも十分に伝わる。
タタリギがこの世界に跋扈し、そしてヤドリギが生まれ、この何十余年――
タタリギへと深過を遂げてしまった者で、ヒトへと……ヤドリギへと快復した者など、居ないからだ。
斑鳩の存在は、峰雲にとって希望であり、同時に恐怖でもある。
堕ちてしまった者を治す手立てが見つかるかもしれない。だが、同時に目の前にいるこの青年が本当にヒトへと戻ったのだろうか。再びタタリギとして深過し、人々を襲う存在になり堕ちるのではないか。
その期待と不安は、沈黙という形でラボへと重く溶け続ける。
――それでも時間にして、30分程度だっただろうか。
全ての検査が終わると、峰雲が無言で頷き差し出してきた、見慣れた新しい支給制服に斑鳩は袖を通す。
「今のところ、異常は見当たらないよ。 いや、むしろ体調は万全と言っていい程だ。 ……それが返って、不安になる。 君たちヤドリギはご存知の通り、A.M.R.T.という形でタタリギを取り込んでいる。 均衡が崩れる事は滅多な事ではない……だが……」
「……教授。 もしその時が来れば……覚悟は、出来ています」
峰雲にとって、斑鳩は優秀な生徒であり、ヤドリギであり――彼自身の性格もまた、嫌いではない。
若くして特殊な部隊を率いる身として、文武共にこの13A.R.K.でも優秀な成績を収めている。式神を迎えいれてからというもの、過去にも増して危険な任務すら、冷静にこなしてきた。
だが、彼もまた……若人なのだ。
時折仲間たちとの談笑で見せる優しい表情は、年相応のそれだ。そんな彼らの命を賭した尽力で、この13A.R.K.は守られている。仲間を守る為、ひいてはこの13A.R.K.を守る為、己の肉体や魂すら、タタリギの前へと差し出す。アールだけでなく、斑鳩も……今や理論や理屈を超えた不確かな存在へとなり果ててしまった。しかしそれは、彼だけの責任ではないのだ。
タタリギを斃す為に、目の前の勝利の為に、深過を望む。
可能か不可能かも、状況も刺し置いて……それでも、そんな事を願わせてしまっている。
斑鳩を見詰める峰雲の心に、ふと黒江教授が語った未来が香る。
――ヒトの往きつく先が、黒江教授の理論であっていいはずが……ないんだ……。
まとわりつく影を振り払うよに、彼は何度か首を振るとため息を一つ。
「本当なら時間を掛けて、もっと詳細な検査をしたいところなんだけど……今、このA.R.K.を取り巻く状況がそうも言ってられない状態になっている。 早々に指令室に向かおう、斑鳩くん」
峰雲の言葉に一瞬首を捻った斑鳩だったが、直ぐにそれを取り消すように「わかりました」と一言ベッドから立ち上がり、ブーツへと足を落とす。
「すまないね。 本当に……」
隊長を示す符号でもあるネクタイ締める斑鳩に、峰雲から色々な想いを孕んだ一言。
その言葉に、斑鳩は首を横に振る。
「教授。 俺には頼れる人が沢山いる。 部隊の仲間も、この13A.R.K.にも。 もし俺がそうなったとしても、後悔は……きっと、ありません」
「きみにそんな事を言わせてしまうなんて。 これじゃどっちが大人か、わからないな」
――最大限に峰雲の気苦労を察したような台詞。
だがそれを放つ斑鳩の気配に、峰雲はどこか達観した何かを彼から感じていた。きっと、これは謙遜などではなく本心なのかもしれない。度重なる死線、そして彼らを取り巻く状況……。
「行こうか、斑鳩くん」
「ええ」
峰雲は改めて自らに課した使命を胸に強く灯す。
彼らはヒトなのだ。彼も、彼らも……そして、アールも。ヒトの定義を、彼らはその精神で護る。ならば、僕はその倫理を現実で護る。
――黒江教授。 いつか、必ず……
カツ、カツ、と指令室へと向かう廊下に響く二つの靴音。
峰雲は眼鏡をかけ直すと、その瞳に強い意志を浮かべていた。
◆◇◆◇
◆◇◆
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「やあ、斑鳩くん久しぶり。 身体の方はどうだい?」
入室した際、こちらを見て険しい表情で「来たな」と一言頷くヴィルドレッドの声とは対照的に、相変わらずどこか間の抜けた様な明るい声で右手を上げるのは……前作戦から赴任した、キース司令代行だ。
「取り敢えず、検査結果も特に問題はないようです。 この度はご迷惑をお掛けしました」
斑鳩は敬礼と共に局長と司令代行へと、それぞれに一礼を放つ。
ヴィルドレッドは複雑な表情でちらり、と彼の脇に立つ峰雲へ視線を向ける。
「今のところは、過去のバイタルデータと大きな差異は無い。 心音、脈拍、A.M.R.T.の数値……体反応も含め全て正常のヒトの……いや、ヤドリギとしての範疇と言って差支えはないようです」
言葉と同時に渡される斑鳩のパーソナルデータが記された資料を受け取ると、ヴィルドレッドは小さくため息を着きながらそれをぱらぱらとめくり、眺める。
「――斑鳩、マシラ討伐……第14A.R.K.出向任務の件に関してだが、我々に落ち度があった。 まさか複数のマシラが存在しているとは、予想出来ていなかったのでな。 不確定な戦況に急いてお前たちを派遣した事は痛恨の極みだ。 だがそしてあの状況から一人も欠ける事なく……よく、還ってきてくれた」
「ありがとうございます、局長。 ですが……」
言葉を続けようとした斑鳩に対してヴィルドレッドは手にした資料を遮るようにかざすと、静かに首を横に振る。
「報告は受けている。 アールに対する聴取もお前が眠っていたこの3日の間に済ませてある。 勿論、事の詳細を知るのは13A.R.K.内でも、私と峰雲、キース、そしてここに居るヴィッダ……」
出撃中の部隊たちとの連絡を取っているのだろうか。
ヴィルドレッドの背後で薄暗く光りを放つコンソールに座り、忙しそうに備え付けられたマイクへと何事か発しながら、ヴィッダはこちらへと一瞬だけ視線を寄越すと小さく会釈して見せる。
「加えてY036部隊長マルセル、彼にも事情は説明してある」
「……マルセル隊長にも?」
疑問の表情を浮かべる斑鳩に、ヴィルドレッドは静かに頷いた。
「それに関しては後ほどキースから説明がある。 とにかく、だ――。 斑鳩、現状只でさえ式神という異質な存在をどうこの13A.R.K.で扱っていくか進展がないまま、今回、お前の身の上に起きた特異な事態……現状は必要最低限内での共有に留めておきたい。 理由は説明しなくとも、お前なら理解出来るだろう」
「……はい」
そう、説明の必要などない。
式神……アールの存在がもし新型A.M.R.T.に依るものだったならば、話はそうややこしくは無かったかもしれない。しかし、斑鳩たちが知り得ることになった式神の本当の姿は……倫理を越えたD.E.E.D.計画、忌むべき思考の果て生まれたもの。タタリギをそのままヒトの身体へと内包させるという、おいそれと晒す事の出来ない……秘匿すべき最重要機密。
只でさえ常軌を逸した存在である彼女。
そして、その彼女の手により斑鳩の身に起きた事態……何らかの方法で他のヤドリギを深過させたという、皆の理解の範疇を軽々と飛び越えた今回の事象――当然、これも公開出来る内容ではない。現にA.R.K.内での斑鳩自身の処遇は、14A.R.K.においてマシラとの戦闘で重症を負い、昏睡しているという扱いになっていた。
アール……式神とは、生い立ちも、その力も、もはや人知を超えた存在。
そして深過を経ながらも、ヒトとしてその存在を留めるに至った、斑鳩――。
「今までのあらまし、そして今回の話を聞いてなお……不思議なのは、アガルタのスタンス……ですねぇ」
ふいに、キースのあっけらかんとした声。
「……不思議というよりは、どちらかと言うと不気味……だね」
その言葉に、峰雲も同意すると言わんばかりに大きく頷いた。
「今回の件、そして現状の展開について……アガルタからは何の声明も無い。 前回、純種戦の事後処理に関してはあちらさんとひと悶着あったんでしょう?」
「ああ、そうだ。 そのアガルタは今、沈黙を保っていると言ってもいい。 あの小僧……ヒューバルト大尉も素知らぬ風だ。 こちらで起こっている事は把握しているに違いないというのにな」
言うとヴィルドレッドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、面白くなさそうにその手で自らのヒゲを撫でると、その視線をヴィッダが操るコンソールへと一瞬落とす。
「……どの道、斑鳩。 お前に起きた状況と症状は、現段階では判断する事は出来ない。 ……だが、有長にお前をラボに括り付けて解析を待つ暇も、今は無いのだ」
ヴィルドレッドの言葉に、斑鳩はここ指令室へと辿りながら見た光景を思い浮かべる。
慌ただしく廊下を駆ける医療班や、整備士たち。通路や通り過ぎる部屋から聞こえる声や喧噪。確かに、13A.R.K.全体が今までに感じた事ない程に慌ただしくあるように見えていた。
「……ここからは自分が」
両の腕を組むと眉間に寄せたシワをさらに深くするヴィルドレッドに頷くと、キースが一歩前へと歩み出た。
「キース司令代行。 その前に一つだけ宜しいでしょうか」
斑鳩の質問を挙げる声に、資料を机の上でとんとんと揃えながらキースは何度か頷く。
「部隊の仲間の事でしょう? 大丈夫大丈夫、それを含んだ現状の説明を今からしていくところだからね。 あぁ、先に添えておくと当然皆無事だよ? ……勿論、式神の彼女も含めて、ね」
「……了解です」
頷き返す斑鳩に目を細め笑うキース。
彼は「さて」と言うと、手にしたファイルから一枚の資料を抜き取ると、それを斑鳩へと手渡した。
「君たちY028部隊が14A.R.K.でマシラを処理した翌日から、他の場所でもマシラが発生し始めたんだ」
「!!」
思わぬキースからの第一声に、斑鳩は目を見開きながら手渡された資料へと視線を落とす。
「14A.R.K.近郊だけじゃない。 君らが奪還してくれたアダプター2周辺に加え、この13A.R.K.の近くでも数体が確認されているんだ、これが」
資料には各地に出現したマシラが確認された座標と地図、被害状況などが簡素に纏めれれていた。
そこにはキースの言う通り14A.R.K.近郊だけでなく、アダプター2、そしてアダプター1、13A.R.K.周辺……他にも13A.R.K.が管轄するエリアに、あのマシラが出現したという報告の文字が並ぶ。
「14A.R.K.近郊で発生したものが各地に広がっている……とも考えたんだけど、今のところ因果関係は認められないんだ。 14A.R.K.から100km以上離れた地点にも、出現が確認されているからねえ」
言うと、キースは手にしたペンで「困ったよね」と言わん表情を浮かべ、額をかりかりと掻く。
「ローレッタから報告も上がっている、とは思いますが……あいつらの個体戦闘能力は並じゃあない。 これは……」
「うん、その通り。 しかも、だ」
キースは頷くと、峰雲へと小さく頷く。
その視線を受けると、彼は斑鳩の隣――指令室中央の机へと歩み寄ると、キースから手渡された数枚の資料を机の上に広げていく。
「強力な力を持つタタリギ……例えば兵器寄生型の乙型などのそれは、基本的に夜間、その活動を停止しているよね。 だけど、このマシラは夜間にもそん色なく活動してるんだよ」
「……やはり、あれは」
斑鳩は脇の峰雲へと視線を写すと、眉間にしわを寄せ瞳を細める。
14A.R.K.で会敵したあのマシラは、間違いなく撃牙を装着していた。それはつまり、素体がヒト……ヤドリギである、という事に他ならない。
丙・丁型に代表されるヒトへと寄生したヤドリギは、日中だけでなく夜間にも活動する事は周知の事実だ。
タタリギそのものの特性は、植物のそれに近いとされている。無機物との寄生体が、タタリギが日の光で得るエネルギーを消費し活動していることと違い、丙・丁型……ヒト寄生型のタタリギたちは、それに加えて寄生元のヒトの体組織が持つカロリーをエネルギー源とし、行動している。
ならばあのマシラが夜間活動が可能という事実には頷ける。
さらに言えば、"食事"。そう、マシラはタタリギでありながら、外部からエネルギーを摂取している可能性も高い。だとすると、なおさら……。
「今、マシラの遺体から回収出来たサンプルをアガルタへと送っている。 ヒューバルト大尉からの勅命でもあるが、本部直下の意向でもある。 生態の解析には時間は掛かるだろうが……な」
どこか面白くない、といった風にヴィッダの横で腕組みするヴィルドレッドがため息と共に言葉を吐く。
「これは僕の勝手な見立てだが……。 マシラは、タタリギに寄生するタタリギ……なのかもしれない。 既存の丁・丙型にさらに寄生を果たし、支配する。 だが本体はあの外皮に包まれたヒトの身体だ。 本来タタリギは食事からエネルギーを確保する事は無い……しかし、あの外皮こそがマシラであるなら……」
「寄生元の素体に、何らかの形でエネルギーを供給するために、食事をしている、と……」
「ああ……その可能性が高いと僕は見ている」
斑鳩の言葉に峰雲は苦い顔で頷いてみせる。
タタリギに寄生するタタリギ……それは、斑鳩にも納得に足る言葉だった。マシラに噛まれた傷から受けた、二次感染……いや、二次深過、と言うべき症状。アールが居なければ、今頃自分は間違いなく丁型と成り堕ちていただろう。
斑鳩は自らの思考にハッとする。
マシラがそういう性質のモノなら……被害が広がれば、さらにヤドリギたちが丙型へと堕ちる可能性は高い。そうなれば、マシラの素体が増える事にも繋がるだろう。そしてさらに広がる、被害……。
峰雲もまた、同じ危惧を抱きそれを斑鳩へと説明する。
ヤドリギは丁・丙型と交戦中に深過する事は無い……その前提があるからこそ、ヤドリギは戦えて来たのだ。
だがその前提が崩れてしまったら。
只でさえ人類を取り巻く環境は一進一退の現状……致命傷になる事は明白だ。
「……マシラが一体なんなのか? それはまだ分からないんだけど。 とにかく現状、今までと比べるまでもない脅威がぽこぽこと生まれているのは確かでねえ。 それで、だ。 マシラ討伐の経験を生かして、Y028部隊の各々には、各部隊へのマシラに対する情報・戦術の共有を行って貰っているんだ」
「……!」
キースは斑鳩に深く頷く。
「式隼・泉妻さんはこの3日間、各部隊へと出向し情報の共有とマシラ戦で実際に得た経験から、式狼と式隼に対するマシラを絡めとる為のレクチャーを。 式梟・木佐貫……や、ローレッタさんと呼んだ方がいいかな。 彼女は各部隊に属する式梟へ戦闘ログを解析したデータの共有を」
――詩絵莉と、ローレッタが……。
斑鳩は思わず事態を忘れ、二人の近況に目を丸くした。詩絵莉も、ローレッタも……彼女たちも本来、自分と同じく元いた部隊に馴染めず、孤立していた存在だ。その彼女たちが今、別部隊へとこうした形で受け入れられている。それは斑鳩の胸に、何とも言えない感情を与えていた。
「整備士であるフリッツくんにも、君が目を覚ますまで、他の整備士たちと足並みを揃えて活動して欲しいと打診したんだけどねえ。 どうしてもY028部隊の兵装強化と改修に務めたい、と、本人からの強い希望があってね。 なんでも装甲車に関しても、改修を試みたいところがあるとか。 でしたよね、局長」
ヴィッダとなにやらやり取りを続けるヴィルドレッドを振り返るキースに、彼は「ああ」と一言放ち、こちらへと視線だけを向ける。
「前々からローレッタとも話をしててな。 丁度良い機会だ、何かと今のままでは不便な事もあろうよ。 それの改修や調査を含めて、フリッツには働いて貰おうと思ってな」
何かと不便な事……。
含んだような言い方をするヴィルドレッドに、斑鳩は恐らくあのブラックボックスの事を指しているのだろう、と直感する。以前ローレッタから伝え聞いたあれは、何らかの方法でアガルタ側と繋がっているのでは、と推測されているものだ。あれが一体なんなのか、確かにフリッツならばある程度見当が付くかもしれない。
「そして――彼女。 アールくんなんだけど……今、彼女はアダプター1、2を防衛する任の一翼を担っている、マルセル隊長率いるY036部隊で式梟として仮配属して貰っているよ」
「……式梟」
彼女の意外な処遇に斑鳩は驚く。
確かに一見、彼女が持つ式狼や式隼としての戦闘能力に目が行きがちだが……式神とは、そもそも全ての式兵の特性を備えている。これまで部隊ではローレッタがいる事もあり、式梟としての彼女の能力を観る事は無かったが……。
「マルセル隊長のY036部隊は、そもそもY035部隊……クリフくんが在籍していた部隊の代わりにと編成された部隊だけど、隊長である彼はもとより、五葉くんをはじめとした構成員も、支援部隊だけに留めておくには惜しい戦力だからね。 ただ、残念な事に式梟が居なかった……そこで、面識もあるアールくんに白羽の矢が立った、という訳さ」
続けて、ヴィルドレッドも大きく頷くとヴィッダに背を向け、こちらに歩みながら口を開く。
「勿論、Y036の部隊員全員がアールの素性を知っているわけではない。 彼女の事を知るのは、マルセルと五葉の二人……他の隊員に対しては、そこは口が上手いマルセルの事だ。 上手くやってくれている様だが」
彼の言葉に、斑鳩は「なるほど」と小さく呟く。
あのマルセル隊長は元一桁部隊で式隼を務めていた人物。そして五葉も式狼としての能力は高いと聞いていた。他の部隊員の詳細までは知らないが……前線であるアダプター1と2の防衛にも起用されているのであれば、戦力は求められる水準にあるのだろう。
そしてアールを式梟として起用する事で、前線に立たせない……勿論、事情を知らない部隊員の手前、という事もあるだろうが、今や13A.R.K.から見れば不確定要素がより強まった彼女を運用するには、ある意味最適の配置と言える。直接戦闘を行わないのであれば、彼女が式神としての力を不意に奮ってしまう事も避けられる、という判断だろう。
「……状況は分かりました。 つまり……」
斑鳩は現状を確認する様に資料を片手にキースたちへと確認する。
マシラが昼夜問わず各地に散見される様になったこと。その為この拠点の防衛に戦力を割きつつ、管轄エリアの防衛……そして、奪還したアダプター1と2を今、死守しようとしている事。
「……うん、その認識で間違いないよー。 ちなみに14A.R.K.なんだけど……不本意ながら、現状は良く言えば静観、悪く言えば放置……という形だねぇ」
斑鳩の言葉に付け加えられたキースの言葉に、斑鳩は「むう」と思わず腕組みをする。
だが、各地に現れたマシラに対する制圧と抵抗、そして本丸でもある13A.R.K.の防衛、ある程度復興と資材を投入し始めているアダプター1と2……。それに比べて、奪還の為の戦闘、そしてマシラに荒らされた14A.R.K.に対してリソースを割くことは難しいだろう。
「了解しました。 出来れば、14A.R.K.壊滅の理由も知りたいところ……でしたが」
そう言いながら腕を解き、黒髪を揺らし頷く斑鳩にキースは「すまないね、折角死力を尽くしてくれたと言うに」と申し訳なさそうに笑みを浮かべる。キースの言葉を聞きながら、ヴィルドレッドは机の前に並べられた椅子へと腰を下ろす。
「今後お前たちには、対マシラ戦、他別働部隊への援軍として各地を動いてもらう事になる。 今まで以上に忙しくなるだろうが……現状、物資も人員も足りないのだ。 アガルタに援護を要請しているが……いまいち反応が薄い。 歯痒い事にマシラの脅威を肌で感じているのは、現状我々だけなのだからな」
「了解しました」
斑鳩は厳しい表情を浮かべたままヒゲを撫でるヴィルドレッドに真っ直ぐ向き直る。
「……では、通達共有事項は以上だよ。 現時刻を以て斑鳩隊長、君をY028部隊の部隊長へと復帰させるね。 同時に出向している他の部隊員にも通達し、再編成。 その後改めて任を出したいと思うけれど……さて、その前にちょっといいかな?」
原隊復帰への通達を行いながら、普段と変わらぬ笑みを浮かべていたキースが醸し出す空気が一変する。笑顔はそのままに――冷たくすら感じさせる気迫を、斑鳩は確かに感じ取っていた。
「……おい、キース」
何か言葉を挟もうとしたヴィルドレッドの声を制止するように、軽く左手をかざしたキースは事も無げに台詞を続ける。
「斑鳩くん、原隊復帰にあたってなんだけど……君の首。 いや命、かなあ。 僕に預けて貰うけど…いいよね?」
……――第9話 真価の果てに (3)へと続く。




