第9話 進むは深く、示すは真価 (5) Part-3
マシラとの邂逅―そして始まった熾烈な戦闘。
純種戦を越え得た経験、覚悟、兵装を以て、彼らは果敢に挑み、戦う。
だが、マシラはその速度と反応で決定打を未だ許さない。
それでも、今の自分たちに勝てない相手ではない―
皆は決意を瞳に灯すと、更なる猛攻を誓う。
――速い!!
斑鳩は耳障りな咆哮と共に襲い来る黒い影――マシラの踏み込む速度を目の前に、改めて驚いた。
一連のやり取りを離れた場所から視てはいたものの、近距離で体感するマシラの速度は今まで相対してきたタタリギとは次元が違う。
距離にして3m程。マシラは式狼を思わせる程の瞬発力で斑鳩とアールの間合いに一足で踏み込むと、勢いそのままに肥大した右腕を斑鳩の頭上へと高く振り上げる。
――打ち下ろし……! 右に回避、伸びきった右腕に撃牙を叩き込む!
瞬時に反撃のイメージを描いた斑鳩は、アールとは逆――
右方向へと僅かに身体を傾けた、その瞬間だった。
――ぞくり。
その刹那、背中に冷たい悪寒が奔る。
それは単純に感だったのか、それとも幾度となくタタリギと戦ってきた式狼としての経験からか。
斑鳩は回避のため注視していたマシラの振り上げた黒い右腕――その視界の端に違和感を覚えると同時、身体を突き抜ける冷たい感覚に従い、思い切り後方へと跳ねる!
――ぞごぉっ!!
斑鳩が飛び去った影を打ち抜く様にマシラが繰り出たのは、振り上げた右腕ではなく――左足。
間一髪、避けたその一蹴りは床を削りながら土煙と瓦礫をまき散らし――そのままマシラは蹴り抜いたその足で地面を打つと同時、斑鳩へと振り上げた右腕を僅かに揺らしアールへと振り下ろす――!
「――ッ!」
刹那、アールは臆することなくその身体を前へと抜くと、潜るような形で振り下ろされた右腕を避け――そして。
――ズガァンッ……!!!
鋭い動きで懐へと潜り込むと同時、ヒトでいうならば脇腹めがけアールは撃牙を叩き込む――が、攻撃の硬直を狙った完璧なタイミングで繰り出された彼女の撃牙を、マシラは滑り込ませた左腕を盾とする様にその弾芯を受け止めていた!
――この、手応え……?
自らの放った撃牙の弾芯が砕き押し潰す様に穿った感触から得た意外な印象に、思わずアールは困惑の色を浮かべる。その見た目――黒い蔦根に覆われたようなマシラは、純種と同じく硬い外皮を獲得している、と想定していたものの……今、この攻撃で得られた感触は、まるで……。
アールは巡らす思考をかき消すようなマシラの反撃の気配を感じ取ると、穿った撃牙を引き抜くと同時、床へと倒れ込むようにその身体を落とす。
――がちんッ!!
その頭上では、固く鋭い何かが勢いよく閉じられるような音。
アールの脳裏にここへ向かう途中、道中で見たヤドリギに刻まれた傷が浮かぶ。
鋭く噛み千切られた様な悍ましい傷痕。それはやはり缶詰でさえ易々と噛み砕く咬筋力と、鋭利な牙によるもの……まさしく自身に繰り出された、咬みつき……咬創によるものだったのだろう。
――食べる……何かを食べる? タタリギが……? どうして……
彼女はマシラの足元直下、床に伏せたままの姿勢で撃牙を素早く装填する。
その彼女を踏み抜こうと黒い影が大きく右足を掲げた瞬間。
「ッさせるかよ!!」
マシラの背後から跳躍したギルが撃牙を繰り出す!
――ズギャアッ!!!
が、またしてもマシラは背後からの一撃を悟っていたのか。
宙に浮かせた右足を一瞬止めると、その身を前へと屈めるように態勢を落とし、飛び込むギルごと撃牙を躱す――!
「……こいつッ……!!」
マシラを背後から飛び越すような形となったギルは、物資を巻き上げ振り返りながら派手に着地する。
だが再び避けられはしたものの、彼の攻撃で得た一瞬。アールは低い体勢から一気にマシラの影から脱出すると同時――低空で身体を捻ると、左腕をマシラへと向けグラウンド・アンカーをその顔めがけて射出する!
――パシュウゥッ!!
射出と同時に、くん、と腕を引き操作された矢じりとワイヤーは、一瞬でマシラの首の無い顔へと数周巻き付き、キン、と軽快な金属音を鳴らし固定される。
「ギ……!」
この攻撃は想定していなかったのか。
見事に巻き着かせたワイヤーを着地と同時、マシラは力いっぱい引くアールの方向へと引っ張られ、ぐらり、と身体を傾け――その虚ろな眼を彼女へと向けた瞬間だった。
――とんっ……
その僅かな隙――
先程攻撃を避けられ着地したギルの影に身を隠すようにマシラから位置取っていた斑鳩は、彼の意図を瞬時に悟り自らを斑鳩が隠れる障害物としたギルの肩を静かに蹴ると、そのまま空中へと押し出すように肩を入れたギルの力を借り、音も無くマシラへと身を翻し――
――ッズァ……ギャィィイインンンンッッ!!!
アールへと向いたマシラの死角、脳天をめがけ気配を殺し繰り出した螺旋撃牙は、飛ぶ斑鳩の影に反応したのか――咄嗟に頭部を庇うように掲げたマシラの肥大した右腕に撃ち込まれると、黒い外皮と火花を撒き散らす!
「くッ……!!」
完全にマシラの右腕を貫通した、撃牙の螺旋弾芯。
斑鳩は咄嗟に空中でマシラの左肩を蹴り、それを引き抜こうとしたが――それよりも早く、斑鳩の足首をマシラの左腕が掴む!
「――イカルガ!!」
『……今ッ!!』
――ッズバァンン!!!
ギルが叫び前へと身を倒したと同時。
響くローレッタの凛々しい号令と、それに応える銃声――
詩絵莉が放った弾頭はマシラの左肩を正確に捉え――着弾と同時、派手にその黒い肉片を散らした!
「――クァア!!」
――悲鳴、だろうか。
着弾の衝撃で身体が泳いだマシラから、アールのグラウンド・アンカーのワイヤーがすっぽ抜ける。
斑鳩は自らの足首を掴むマシラの左腕から力が抜けたと同時、螺旋の弾芯を引き抜きながら、今度こそマシラを蹴り付け後方へと身を翻すと、ギルの脇へと着地し――
「……詩絵莉、あぶない!」
安堵する暇も無く顔を上げた瞬間、斑鳩が視たのは声を上げるアールと――
首を詩絵莉にしならせるマシラの姿!
――缶詰片の、弾丸……!
――ブッ!!
アールと斑鳩、そしてギルがマシラへ向けて駆け出そうとしたその瞬間、既に鈍く光る銀色の弾丸が、マシラの口から詩絵莉目がけて――
詩絵莉はその瞬間を、隼の瞳でつぶさに捉えていた。
放たれる弾道をマシラの気配と視線から一瞬で理解する。
真っ直ぐに、こちらが撃った弾丸の弾道をトレースする様にカウンターで放たれる弾。
初手の際と同じく、式隼の射撃後の硬直を狙うその弾が、まさに射出される瞬間。
詩絵莉は硝煙立ち上るその銃口を、既に銃身下部から伸びるワイヤーの先へと向け、腰を落とすと同時――躊躇なく、魔法の翼――第二のトリガーを弾いた!
――ギュアアアアアッ!!
ぐん、と凄まじい力で銃身ごと引かれ――
刹那、背後でコンテナを穿つ缶詰弾の着弾音を聞きながら、詩絵莉はあらかじめ飛牙をアンカーとして撃ち込んでいた別の障害物の影へと踵から火花を上げつつ、一呼吸に移動する!
――こいつの使い方……分かってきたわ!
斑鳩への援護射撃の直前。
詩絵莉は前衛の三人がマシラへと連携を仕掛ける中、既にローレッタが指示する別の障害物へとあらかじめ飛牙を放っていたのだ。援護射撃後から飛牙を撃つ……のではなく、飛牙で移動先をあらかじめ設定しておいての、援護射撃。
これならば射撃の直後でも、カウンターを察すれば即座に高速で別の場所へと移動が出来る。
純種戦、そしてこのマシラ戦。
近距離や中距離で戦う局面で、詩絵莉は常に射撃後、危険に晒されていた。だが、フリッツが言っていた通りこの魔法の翼があれば、式隼が不得意とする間合いでも高速での移動が可能になる……。
――本当に、アーリーンになったみたい。 ……これ。
詩絵莉は自らが憧れるコミックヒーロー、アーリーン・チップチェイスを一瞬思い浮かべる。
空を駆け、魔法の槍を放ち、敵からの攻撃を華麗に躱していた彼女の闘いを思い描くと、さらに闘志がわいてくる。
移動を終えると同時、新たなコンテナの影へ滑り込むと彼女は新たな弾丸を装填し終えるとインカムに手を添える。
「……ロール!」
『いい感じだよっ、シェリーちゃん! 隣でフリフリが悶絶してるっ!!』
「……フリッツのことはいいわっ! 手応えはあった、マシラへのダメージはどう!?」
詩絵莉の声にやや落ち込むフリッツの気配を感じ取りながらも、ローレッタは即座に木兎が写すマシラの映像を拡大する。
缶詰弾を避けた詩絵莉に安堵を浮かべる斑鳩、ギル、そしてアールに再び包囲されたマシラは、低く唸りながら怒りに全身を震わせている様に彼女には見えた。
アールの撃牙を受け止めた左腕、そして詩絵莉の弾丸が撃ち爆ぜた左肩――。先ほどの連携からの、詩絵莉の射撃……マシラへのダメージは、確実に積み重ねている。
『……冗談だろ』
ローレッタが更なる追撃をと口にしようとしたその時、斑鳩の低い声が皆のインカムを震わせる。その声に、苦虫をかみつぶしたような苦悶の表情でマシラを見据える斑鳩に皆の視線が集まる。
「……イカルガ、どうした?」
ギルはいつでも攻撃に移れるようにと、マシラを見据え構えを低く取ったまま隣の斑鳩へと言葉を投げる。
「……ヤツは……マシラは……」
斑鳩はさらに表情を厳しいものにすると、ぎり、と奥歯を鳴らす。
「――ヤツは、純種なんかじゃない。 ……元、ヤドリギ……式狼だ」
『……な』
マシラは、元ヤドリギ……つまり、ヒトであると。
彼が発した言葉にアールを除いた皆は思わず口をぽかん、と開ける。
「――やっぱり……」
唯一、驚く様子が無かったアールは僅かに赤い瞳を細めると、小さく息を吐いた。
その様子にギルは信じられない、と言った表情を浮かべ、砕かれた左腕を確かめる様に上下させるマシラを凝視する。
「さっき撃牙を止めた左手……まるで、丙型や丁型を相手にしたときの感触、だった」
斑鳩はその言葉に頷くと、じゃり、と床に押し付けた右足を広げ撃牙を構え直す。
「俺が撃ち抜いたあの右腕……ローレッタ、詩絵莉、視えるか?」
斑鳩の言葉にローレッタは木兎のカメラを右腕にフォーカスし、拡大を。詩絵莉はコンテナから顔を覗かせると、銃の照準越しにマシラの右腕を注視する。
肥大した真っ黒な右腕は、斑鳩が螺旋撃牙で貫いた煽りを受け、その外皮が傷口を中心に巻き込むような形でめくれていた。そして、その傷口から見えるのは――
『まさか、あれって……!』
『……う、撃牙……だったの!?』
同時に彼女らが目撃したのは、無骨な鉄塊で構成された式狼専用兵装――そう、まさに見慣れた撃牙の一部だった。ローレッタはその光景に目を見開き驚くが、直ぐに僅かに身体を揺らすマシラの挙動に気付く。
『――タイチョー! 兆し!』
「!!」
ローレッタが吠えた直後――
マシラはアールへと向けて床を蹴り付ける。
――さっきより、速い……。
醜く並ぶ牙を食いしばる様、咆哮一つ上げずこちらへ一直線に飛び掛かってくるマシラの速度に呼応する様にアールは前へと飛ぶ。
マシラが繰り出したのは、アールによって先ほど撃ち貫かれ砕かれた左腕――。
だが彼女の目は、包帯を乱雑に巻き補強したように、タタリギの黒い蔦によって覆われ治癒されている様を捉えていた。
――ごうっ……!
彼女は鋭く繰り出されたその左腕を懐に潜り込む様に紙一重で避けると同時、今度はその顎めがけ、縮めていた身を一気に解放するように伸び上がり、真下から撃牙のトリガーを弾き抜く!
――ズガァンッ……!!
「――ッう……」
しかし、カウンターとしてこれ以上ないタイミングでマシラの顎に向かって放たれたアールの撃牙は、撃ち下ろされる肥大した右腕……いや、黒い蔦が幾重にも覆い被さり包まれたマシラの撃牙により、防がれていた。
これがもし、並の丙型……ヒト型タタリギだったならば。
撃牙の弾芯をガードしたとしてもその衝撃によって相手の腕……いや身体そのものを上空へと弾き飛ばす結果になっていただろう。
――だが、マシラは違う。
今やアールの倍以上あろうその体躯は、受け止めた衝撃で僅かに身体を揺らすに留まり、その反動は、逆に弾新を撃ち込んだ彼女へと返る形になってしまった。受け止められた撃牙の強烈な衝撃――その反動でアールは床へと弾かれ叩きつけられる。
「っ……!」
何とか転倒は避けたが、アールは着地した瞬間大きく態勢を崩す。
そして、盾としてかざした右腕――黒い撃牙を、そのアールへ向けてマシラは改めて振り上げる――!
斑鳩とギルも同時にマシラへと駆け出してはいたものの、マシラが床をアールへと向け蹴り付けた次の瞬間……まさに一瞬の攻防。態勢を崩し床へと膝を着く形で着地した彼女への援護が間に合う距離ではない。
「――ッ!!」
式狼の二人が声を上げようとしたその直後。
――ッズドガァアンッ!!!
『――!?』
マシラの真横に位置するコンテナが、突然爆発し炎を上げた――!
その衝撃は、床に散らばる物資を散り散りに巻き上げながら、周囲を派手に照らす。
――一瞬でいいっ……!
炸裂榴弾――!
詩絵莉は隼の瞳で、マシラがその爆発の方向へと身体を僅かに開き掲げた右腕が一瞬止まった様子を確認する。同時に、床へ膝を着いたアールはそれを悟ると、マシラの股下を抜ける様に素早くその身を抜き、斑鳩たちの方へと飛び、間合いを取ってみせた。
「――大丈夫かッ?!」
「うん、詩絵莉のおかげ……ありがとう」
『狙い通り行って良かった……けど、気を付けて! 多分次はない……!』
詩絵莉はアールの離脱を確認するとすぐさまその身をコンテナの影へと隠し、銃身をばしん、と二つ折りに開き排莢すると、新たな弾丸を装填する。
あの瞬間、マシラへ向けて狙撃を行おうとした彼女だったが――もし、弾丸を受けてもヤツが止まらなかったら、と考えた彼女は即座に榴弾をマシラではなく、近くのコンテナへと放っていたのだ。
着弾による爆音と、爆炎――
直接マシラに弾丸を当てなくとも、一瞬でも気を引ければ、アールならば脱出に繋げられる。
理屈ではなく、そう信じた彼女の咄嗟の判断だった。
――やっぱり詩絵莉……お前は凄いやつだよ。
斑鳩はちらり、と背中越しに彼女を振り返ると、思わず口角を上げる。
『シェリーちゃんナイスフォロー……! だ、だけどタイチョー、あんな人型のタタリギ、見たコトない……』
感嘆の声を上げつつも動転するローレッタの言葉に、斑鳩は改めてゆっくりと振り返る黒い影――マシラを視界に捉える。
「人型のタタリギの中には、稀に長く活動し続け強力な個体へと深過するヤツがいるが……」
「それとは別モンだな。 あんな見た目のヤツは聞いた事もねえ」
「……ああ」
アールの無事に息をつく暇も無く再びマシラの攻撃に備えるように構える斑鳩とギルは、互いに冷や汗を浮かべる。今まで幾度となく戦い、斃し伏せてきた丙型、丁型タタリギ。それはあくまで、まだヒトのカタチを保っていた。
だからこそ、戦いにくかった。
頭では理解しているつもりでも、かつての同胞を撃ち貫くのは、心のどこかが悲鳴を上げる。それは、詩絵莉も、ローレッタも、そしてアールも同じだろう。
しかし目の前にいるマシラと呼ばれる存在は、既にヒトのそれではない。
だが人間が、ヒトが……いや、ヤドリギがこんな姿になり堕ちている、という事実。
いつもとは異質な恐怖感と嫌悪感が、彼らの身体を今、貫いていた。
「……あんなの、わたしも知らない。 あれは一体、なに……?」
隣で小さく呟くアールの声に、斑鳩は眉をひそめる。
先程、改めて咆哮もなく彼女に飛び掛かったあの速度――あのスピードは、明らかに最初切り結んだ時よりも加速していた。しかし、マシラが元・ヤドリギであるならば……と、斑鳩は小さく頷く。
「……ヤツの正体に関しては今は考えない様にしよう。 だがヤツが純種ではないのなら、そして人型タタリギだと云うなら、芯核も無いはず……なら頭部か頸椎を破壊するまでだ」
「だが、ちとスピード勝負になっちまうと分が悪ぃな。 ……どうするよ、イカルガ」
ギルも同じ事を考えていたのだろう。
確かに芯核が無い人型ならば、頭部か頸椎を破壊してしまえばその活動を止める事が出来る。だが、マシラの反応と速度は、それを易々と許してくれるものではないことは明らかだろう。
ましてあのギルが分が悪い、とまで言う速度を誇る相手だ。
踏み込みの鋭さ、駆ける速度。単純な身体能力だけなら、ギルは自らを上回る。斑鳩は険しい表情を浮かべていた。
――つまり俺とギルでは、トップギアで動くマシラを捉える事が出来ない……か。
「アール、どうだ? マシラの動き……お前ならどうだ?」
「だいじょうぶ……さっきのがあいつの全力なら……このままでも、ついて行けると思う」
――このまま、でも……。
斑鳩は一瞬視線を落としたアールの横顔に、強く浮かぶ覚悟の色を感じる。もしマシラの速度にまだ先があるならば、純種戦で見せた――"深過解放"。恐らく彼女は、それをも視野に入れているに違いない。
だが、斑鳩は彼女の言葉に首を横に振る。
「アール、そのままでいい。 意味は、お前ならわかるな……?」
「……」
純種戦の後――彼女が昏睡した原因は不明だ。
単純に考えるならば、深過解放、そして本来は死ぬはずだったと明かした"深過共鳴"の際に受けた深手による反動によるもの……かもしれない。
確かに彼女があの時見せたあの力を――あの純種と対等に渡り合ったあの力を今一度発揮したならば、マシラ一体など造作も無く倒しきるだろう。しかし、それは不確定で、危険な橋に違いない。
斑鳩は、あの夜――積み木街の片隅での出来事を思い出す。
目覚めたとはいえ、アールの様子は普通のそれではない事は確かだ。彼女はそれを語らない、が……きっとあの力を使った事で、言うなればあるいは"代償の様なもの"があるとするなら……。
――アールの事を信じる。彼女がいかなる存在だろうが、疑う事はない。
だが、何より今俺が……俺たちが求め示さなければならない"真価"とは、彼女のあの力に頼った末の辛勝ではない。どんなタタリギが現れたとしても、Y028部隊が一丸となれば、打ち克てる……その証明だ。
「――ゴアアァアァァッ……!!!」
斑鳩は表情を引き締めると、静かに撃牙を構えると同時――
マシラは完治した左腕を大きく振ると、撃牙と一体化した右腕、その両方を変わらず耳障りな咆哮と共に地面へと叩き付ける!
『――! 気を付けて!! 外皮が収束してる……これからが本番とでも言うの……!』
木兎を通して拡大したマシラの巨躯、その外皮を覆うような黒い蔦枝がギシギシと音を立てて収束していく様子に、ローレッタは背中に冷たいものを感じていた。
――タタリギの蔦枝が筋肉の様に……! あれはもう寄生なんてものじゃない……融合……!?
「――俺とギルで隙を作る……詩絵莉! 援護を頼む、だが射撃は厳選してくれ、位置を悟られるな!!」
『任せて、暁! 要所での援護に集中する!』
詩絵莉はマシラの変化をその眼で捉えると、斑鳩の声に大きく頷く。
――三人の連携に、完璧に弾を合わせる……! 私にしか出来ない!
詩絵莉は手早く残弾と弾種を指先で確認すると、く、と唇を強く噛み、マスケット銃を強く握ると――今度は、ふ、と脱力してみせる。相手は極めて高速。遮蔽物は多い。そして魔法の翼がある……とは言えインに入られたら、終わり。マシラの、ヤツの意識の外からの射撃、そして移動、そして射撃……。
――なんとも式隼に優しくない部隊ね。
『――潜伏ポイント、マーク! シェリーちゃん、案内は任せて……!』
「ロール! 頼りにしてる!」
でも、あたしは暁と……皆と共にありたい。
その為にはこれくらいの状況、笑って切り抜けれないと……あたしに先は無いんだから――!
詩絵莉は覚悟を決めると、ぐ、と銃身のグリップを強く握り込む。
「頼むぞ、アール!」
「つっても無茶はすんじゃねえぞッ!!」
今にも飛来し襲い来んと体を大きく震わせるマシラを前に斑鳩とギルは、背中のアールへと振り返らずに気合いを吐く。
「任せて、斑鳩、ギル。 ……でも、ちょっとくらい、無茶する」
二人の背中が、その言葉を受け少し笑ったようにアールには見えた。
――うん。 往こう、みんなで。 ……みんなとなら、絶対勝てるよ。
「――往くぜえッ、イカルガッ!!」
「ッ!!」
彼女が心に浮かべた言葉に背中を押されるように、駆け出す斑鳩とギル。
その二人の背中に重なり隠れる様に、床を蹴り追従するアール。
さらに後方から、隼の瞳と、梟の眼――。
マシラは咆哮今一度大きく挙げると、迎え撃つ様に大きくその両腕を掲げ上げた――!!
……――次話へと続く。




