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ヤドリギ <此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>  作者: いといろ
第5章 進むは深く、示すは真価
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第9話 進むは深く、示すは真価 (5) Part-2

荒廃した14A.R.K.食糧庫内。

ついに邂逅を果たした未知のタタリギ――マシラ。


そのタタリギは、ギルとアールによる背後からの攻撃を躱し、さらには詩絵莉が放った銃弾すらも避ける規格外の反応と速度を持っていた――。


だが彼らは純種戦を越え手にした、新たな想いをそれぞれ胸に秘め、果敢に立ち向かう――!

 ――ギル……ッ!!




 ローレッタは再び一足飛びでマシラへと飛び込むギルの姿をモニターで捉えると、大きく眼を見開いた。

 背後からの奇襲にも関わらずそれに反応したばかりか至近距離、式狼の眼にも止まらぬ速度で垂直に飛び、(かわ)す――そんな規格外の反応速度を見せた相手に対して、正直過ぎる――!


 彼女の予測通り、マシラはギルが飛び込み様に突き出した右腕……螺旋撃牙を悠々と躱し――撃牙の弾芯発射による一瞬の硬直を狙うように、仰け反った上半身を勢いよく振り戻すような身の毛もよだつ速度の両腕での一撃を放つ――!


 ――だが。


「……ぬうッ!!」


 ギルは、螺旋撃牙の引き鉄を――弾いていなかった。


 あらかじめ避けられる事を前提としていたのか。

 撃牙を放つ衝撃、その反動による一瞬の硬直。


 その刹那、弾芯を放たなかった事により、まさに一瞬と呼ぶより短い時間を得た彼は、着地際と同時に床を蹴り付けると地面を転がるように間合いを離し、マシラによるカウンターとなるはずだった一撃を回避してみせたのだ。


 そして逆に。


 ギルへ対し両拳を叩きつけるように両腕を放ったマシラの硬直に対して――アールは音も無くマシラの死角へとその小柄な身を滑り込ませ――


挿絵(By みてみん)


 ――ズギャアァッ!!



 マシラが落とす影――

 背後から放たれたアールの撃牙は、それに反応し回避する様、勢いよく床を蹴り付け後方へと身を翻すマシラの左足の外皮を僅かに削り取る。



 ――これも避ける……。 なら……



 アールはやや驚くと同時、瞬間、床へと視線を落とす。


 まさに規格外としか表現出来ない反応速度。

 ギルの鋭い飛び込みからの一撃を悠々と避け、そしてまた自らの死角からの一撃にすら反応し、その身を間合いから抜く。これまで相対してきたタタリギの中でも、これ程の速度を持つものは居なかっただろう。


 だが規格外と言うのならば、式神である彼女――アールもまた、同様だった。


 マシラの両腕による殴打を避け、身を起こすギルが目撃したものは――地面すれすれに身を翻しながら撃牙を装填する彼女の姿――そして。


「――んんっ……!!」



 ――ズガァアアンッ!!!



 アールは後方へと宙を跳び退るマシラへ向けて、自身の腕よりも太い、床に転がる短く折れた鉄骨を撃牙による一撃で掬い上げるように、さながら弾丸の様に撃ち飛ばした!



 ――が……ぁんっ!!



「――ギイイィィ!?」


 撃ち飛ばされた短い鉄骨は、くの字に曲がりながらも正確に宙を舞う黒い影を見事に捉えると、マシラはその衝撃に、金属を擦り合わせた様な不快な短い悲鳴を上げ、どっしゃああ、と態勢を崩しながらも床へ散乱する物資を巻き上げながら、何とか着地する。



 ――相変わらず、凄い……!



 ローレッタはモニター越しに視る戦いの光景に、すっかり目を奪われていた。

 初撃をフェイントとしたギルもさることながら、攻撃を避けられた瞬間、空中へと逃げたマシラへと瓦礫の一片を撃ち飛ばす。


 それも、正確に――。


 狼と隼。その両面を一瞬の立ち回りの中に魅せた彼女に、感嘆の息を漏らす。

 だが、次の瞬間ローレッタは表情を引き締める。今までで恐らく最速の相手。反応も、動作も、これまで知るタタリギの中でも群を抜いている。



 ――ううん、反応速度だけで言えば、あの純種をも上回るんじゃ……!



 彼女はアダプター2で対峙した黒い獣を思い出すが、直ぐ僅かに首を横に振ると、3機の木兎から送られる情報に眼を光らせる。


 ……倉庫の外は、市街地。


 掃討の大部分が終わっているとレポートにあった……とは言え、建造物が多く、道中索敵まで回らなかった路地や区画も当然多い。……その陰から、戦闘音を聞いた別勢力がいつ現れないとも限らない。


 同時に、未だ戦力を計れない未知のタタリギとの戦闘の観察と分析……。

 ローレッタはHM(ヘッドマウント)ディスプレイから覗く乾いた唇を潤すように、ぺろり、と舌を這わす。



 ――引かないわ、私。 ……今、やれる事を全部やるの!



 アダプター2でのギルの言葉。

 任せると言ってくれた、斑鳩の想い。


 ローレッタは、く、と潤った唇を噛みしめると、コンソールに浮かぶ情報の全てを瞳で追い続ける。





「ギル、びっくりした。 いまの上手……だったよ」

「馬鹿正直な攻撃が通る相手だとは思ってなかったからよ……まあ、あいつの真似事だけどな」


 アールは崩れた態勢から身を素早く起こすと、着地したマシラを見据えたまま撃牙を装填しながらギルへと頷いた。彼はアールからの賛辞を聞きながら、ちらりと肩越しに一瞬背後の斑鳩へと視線を流し、直ぐ様マシラへ向けて重心を低く落とし、撃牙を構える。


「……(あきら)


 一瞬の攻防。


 時間にすればそれこそ数秒だろうか。詩絵莉は斑鳩の腕の中に居る事も忘れ、繰り広げられた戦いを目の当たりに驚きの顔を浮かべていた。



 ――アールも凄い、けど……ギルのやつ……!



 ……撃牙をあえて撃たずに、敵の攻撃を見極める。

 あれはまさしく、先の純種戦で斑鳩が見せた撃牙の使い方だ。


 彼――ギルは、良く言えば猪突猛進が持ち味だった。

 今までの彼ならば間違いなくあの場面、引き鉄を弾いていたはずだ。だが勢い任せの一撃は通らない――初手を避けられた事でそう早くも判断したギルは、避けられる事を前提として前へと出たのだ。


 それは、アールへと攻撃を繋ぐための完全な陽動(フェイント)だったのだろう。


 腕の中――見上げた斑鳩の表情は変わらない……が。

 詩絵莉の眼は、彼の黒い瞳に僅かに浮かぶ色を捉えていた。どこか誇らしげなその色は、言うならば浮かぶのは「信頼」という二文字かもしれない。



 ――あたしたち、強くならなきゃ。

 ――ああ。同感だぜ。



 詩絵莉の脳裏に、アダプター2でギルと交わした言葉が木霊する。



 ――やるじゃない、あいつ。 あたしだって負けてらんない……!!



 彼女は栗色の前髪を揺らし、今一度斑鳩の瞳へ一瞬、その視線を向ける。


 ……初手は弾丸を避けたマシラに面食らい、思わず反応が遅れてしまった。

 仲間の頼もしさと同居する自らの不甲斐なさ――だが、彼女はすぐに大きな瞳に闘志を灯すと、斑鳩の腕からするりとその身を引き抜き、マスケット銃を小脇に抱える。


「――暁、前に出て。 もう、ヘマはしない」

「……詩絵莉」


 少し不安そうな表情を浮かべる斑鳩に対し、詩絵莉は緊張を吐き出す様に、ふう、とマシラを見据えたまま一つ息を吐く。


「大丈夫。 あたしには()()()があるわ。 遮蔽物が多いここなら……あたし()()の持ち味を生かして戦える」


 言うと、彼女はマスケット銃の下部に装着された魔法の翼……飛牙(トビキバ)にそっと手を添える。


 斑鳩は詩絵莉の手、そして表情へとその視線を動かすと、再びギルとアール越しに倉庫の奥で威嚇する様に巨躯を震わせるマシラを見据えた。


「――わかった。 フリッツが言っていた通りの運用が出来るなら……いや。 お前にしか、それは出来ない」


 斑鳩は二人が身を隠していた小さなコンテナを乗り越えると、振り返らずに言葉を続ける。


「……ローレッタ、聞いての通り俺は前に出る。 お前の事だ、飛牙の運用法は隣のフリッツから聞いてるな? 詩絵莉のフォローを頼む!」

『! さっすがタイチョー、お見通し……ううん、それでこそタイチョーであるのだ! りょっかい、任せて! 倉庫内の俯瞰図は頭に入れてる……シェリーちゃん、行こう!』

「ありがと、ロール! ……援護は任せて、暁!!」


 背に詩絵莉の力強い言葉を受けると同時。

 斑鳩は弾かれるように、ギルとアールが待つ前線と飛び出していく。


 彼から返事は無かった。

 しかし、迷いなく床を蹴り付け奔る斑鳩の背中に、詩絵莉の闘志はさらに高まってゆく。



 ――正念場よ、詩絵莉!



 彼女は流麗な動作でマスケット銃の弾丸が込められた薬室を開き、装填――と、同時に左手に備わるグラウンド・アンカーが飛牙のギミックにしっかりと接続されているかを確認すると、マシラの視界に入らぬようにコンテナの影から影へと駆け出して行った。




 ◆



 ◆◇◆



 ◆◇◆◇◆




「――ギイイイィァッ!!」



 耳をつんざく、不快な咆哮。


 威嚇する様に低く唸っていたマシラは、駆け出しこちらへ向かう新たな敵――斑鳩の姿を捉えると、身を仰け反るように獣じみた声を上げる。

 その声と背後に近付いてくる斑鳩の床を蹴る気配をきっかけに、ギルは大きく目を見開き――撃牙を胸元に構え、一直線に再びマシラへと駆け出した。


「いくぜえッ!!」


 振りかぶった撃牙――恐らくこの一撃も悠々と躱されるだろう。

 ならば、と、ギルは駆ける刹那、先程と同じく最小限の動作で撃牙を避けるマシラに対しての足払いを脳裏に描く。


 確かにマシラは巨躯を持つ。しかしあくまで人と比べれば、だ。


 兵器寄生型である乙型(オツガタ)や、以前間見えた純種と比べれば比べるまでもない。

 そして肥大した上半身に比べ、それを支える黒く染まった二本の足は、ほぼヒトのそれに近い。


 身体能力が劇的に強化されている式狼(シキロウ)が渾身の力で放つ一撃は、撃牙のそれとは比較すべきではないが、当然相当の威力を誇る。足を払い、転倒させたところへの撃牙による致命打(とどめ)。人型が相手ならば、特に効果的……そしてギルが得意とする戦法の一つでもある。



 ――こいつ足払い(ンなモン)が通用するかは分からねえが……!



 ごうっ……!!



 突き出した右腕の螺旋撃牙、その先端がマシラの胸元に触れる瞬間。

 先ほどと同じく、マシラは僅かに身を捻りその一撃をやすやすと避ける。


 だがそれは承知の上……!

 ギリッ、と歯を強く食いしばると同時、ギルは間髪入れず勢いそのまま、床へと滑り込む様にその身を屈め――


「おらァッ!!」


 気合い一閃とばかりに吐く咆哮と同時、地面へ撃牙の先端を突き立てながら低い体勢で蹴りを放つ!

 だが、がしゃあっ、と床に散らかる物資を巻き上げながらも一切勢いを落とす事無く繰り出されたギル渾身の左足は、再び空を切った。



 ――上だろッ!?



 相手は異常な反応と速度を持つマシラ。

 本命の足払いは当たればよし、避けるなら――それも良し!


 ギルの眼は、予想通り上空へと飛ぶマシラの影を何とか視界の隅に捉えていた。


 しかし予想と違ったのはマシラの飛ぶ方向……。

 初撃を避けたように垂直に、ではなく、黒い影は、身を翻しながらギルの後方――アールへと飛び掛かっていた。飛来する大きな影に対して、アールは赤い瞳を輝かせる――が。


 その跳躍を待っていたのは、冷たく光る黒い銃身――だった。



 ――ズダァァンンッ!!



「――ギィッ……!」


 食料倉庫内に響く銃声――

 同時に空中でぐらり、と僅かに態勢を崩すマシラ。


 硝煙けむる銃口の先――

 その姿を隼の眼に写した詩絵莉は、間髪入れずにマスケット銃をバシン!と折ると同時、排莢を行う。


『シェリーちゃん、ヒット! ムーブムーブ!!』

「――分かってるッ!」


 詩絵莉の眼は、着地に向けて姿勢を立て直すマシラの生気の無い瞳が、冷たく射抜く様な鋭い視線が、自らを貫いている事を理解していた。


『――右舷後方21m、青いコンテナ!』


 排莢を済ましマスケット銃を勢いよく折り畳むと、詩絵莉は銃口をローレッタの通信通りの方向へと向けると同時に、もう一つの引き鉄を迷わず弾き絞る!



 ――バシンッ!!



 まさしく張り詰めた弦が解き放たれる乾いた音――

 同時に恐ろしい速度で発射されたのは、撃牙の芯によく似た太い杭――!



 ――ずどんっ……!!



「……す、凄いっ!」


 無造作に放たれた様に見える弾芯が僅かに弧を描きながら、ローレッタの示した通りの対象を撃ち抜いた光景に、彼女の横でフリッツは思わず身を乗り出して驚きと感嘆の声を漏らしていた。


「弾のサイズもだけど、何より弾芯がワイヤーで繋がれている……! 様々な影響を受けやすいはずなのに……正確な狙いも付けずに、事も無げに命中させるなんて……!」


 助手席で驚くフリッツに、ローレッタはHMディスプレイに顔を埋めたまま「あったりまえでしょ!」と嬉しそうに応える。


「フリフリも、シェリーちゃんなら出来る、そう言ってたじゃない!」

「……ああ! その通りだ……やっぱり彼女なら、詩絵莉なら、あの"魔法の翼"を使いこなしてくれるはず……!」


 放たれた杭は、やすやすと食糧庫に並ぶコンテナの一つの外装を貫くと、弾芯に設けられた返しの部分が穿った壁を噛む。彼女はそれを確認すると、一瞬ちらり、と弦が緩んだ"魔法の翼"に眼を落とす。



 ・・・

 ・・

 ・



「――移動の補助?」

「ああ、もちろんそれがこの魔……飛牙の使い方の全てじゃあないけどね」


 あの日、お披露目とばかりにフリッツが見せた飛牙。それをテントの下、詩絵莉の目の前で組み立てながら、彼は意気揚々と解説を始めた。


「Y028部隊は前線に展開するという意味で式梟……彼女を除けば前衛3、後衛1の極少数構成……そして、隊長を軸に式狼と、アールさんが連携を組んで展開する……その外から狙撃を担当するのが、君だ」

「……ま、そうね」


 改めて説明を聞くまでもない、とばかりに詩絵莉は若干退屈そうな表情を浮かべる。


「でもそれは、平地や狭所――例えば屋内に近い状況での戦闘になったとき、単独の式隼は危険に晒される可能性がある……だよね」

「……」


 彼の言葉に、アダプター2での純種戦を思い出す。


 遮蔽物が無く、慣れない平地での戦闘――

 完全に足を引っ張ってしまった序盤、そして自らを庇い傷を負ったギル。詩絵莉はため息と同時に、その不甲斐なさに眉をひそめる。


「確かに、グラウンド・アンカーの配備によって完全ではないにしろある程度、改善されたかもしれない。 けれど、あれでは心もとない――詩絵莉は、そう思わなかったかい?」


 フリッツは飛牙を組み立て終えると、眼鏡越しに真剣な眼差しを詩絵莉へと向ける。

 彼女は眼を細めながら口元に手をやると、組み立てられた飛牙――特殊な折り畳み式クロスボウを見下ろす。


「……これがその解決策、ってワケ?」


 彼女の言葉にフリッツは自信満々に頷くと、傍らに細いワイヤーで繋がれた撃牙の芯と思しきもの静かに飛牙の横へと並べる様に置く。


「ああ。 撃ち出すのは()()……見た通り撃牙の芯を飛牙仕様に加工したものだ。 軽量化と、返し(フック)を付けておいた。 いわばグラウンド・アンカーの強化版……これがあれば、君は平地だろうが高台だろうが、自由に――そして、高速に移動する事が可能なはずだ」

「――あのアンカーの、強化版……か」

「弦を張る装填には、高性能で小型化されているアガルタ製のグラウンド・アンカーをそのまま流用する形だ。 弦を引く……つまり装填に際しては、時間も筋力も必要ない」


 前の戦い、純種戦ではグラウンド・アンカーに命と状況を救われたのは間違いない。

 だが確かに、あれでは垂直方向にしろ水平方向にしろ、その移動可能距離は満足とは言い難い。そもそもあのアンカー自体が近接戦闘を行う式狼、式神用の補助兵装として開発されたものだろう。短距離の移動の補助や、敵の拘束を主目的とする面から観ても明らかだ。


 対して目の前にあるこれ――飛牙に込められた意図は、全く違うものだ。


 ワイヤーで結ばれた撃牙の芯を射出する。

 銃弾の様に火薬の力を借りず、まさしくクロスボウと同様の原理で発射される弾芯は、射撃音は銃に比べて静かなものだろう。これなら敵に悟られたくない場面でも活躍しそうだ。


 そして、その弾芯の後部に接続されたワイヤーが示す通り、射出後に回収が可能……つまり、単純な飛び道具として使用する場合、巻き取る時間は必要になるだろうが、弾丸を労せず回収し再利用出来る、という訳だ。


 詩絵莉は無言で机の上に置かれた弾芯を手に取る。



 ――なるほど、重い……ケド、片手で持てない程じゃない。



 見た通り、撃牙の芯を加工されて作られた弾芯は、軽量化されているとはいえ相応の重量。

 これを高速で射出する――武器として見た場合も、その威力は推してしるべし、といったところだろう。


「……接続されたワイヤーの長さは?」

「長さは50m……でも伸縮性も有する素材でね。 最大射程距離は60mといったところだ」

「牽引出来る重量は?」

「120kg程度までならなんら問題ない、実証済みだよ」


 なるほど、と詩絵莉は大きく頷く。


 これがあれば……あるいは射撃後のフォローにも、ひょっとしたら使える……かもしれない。

 他にも色々と用途は思い付く。応用し甲斐がありそうな兵装だ。


「――確かに面白そうな武器ね……でも、一つ聞きたいんだけど……平地を移動する、って言うのはどういうこと? まさかこれに引っ張られたまま、()()()()()()()……なんて言うんじゃないでしょうね?」


 弾芯を見つめたまま好奇心溢れる表情から一変、怪訝そうな目付きを上目遣いに寄越した詩絵莉に、フリッツは「ふふふ……」と意味深な笑みを浮かべる。



 ・

 ・・

 ・・・



「式隼、移動を開始するっ…!」


 詩絵莉は弾芯が突き刺さりワイヤーで繋がれたコンテナへと身体を向けると、飛牙を背中に収納するためのハーネスへ設けられた金属の輪へ、銃床に設けられたフックをがちん、と接続する。

 そして、踵に体重を掛け、僅かにつま先を浮かすと――飛牙に接続した、グラウンド・アンカーの引き鉄を、一気に弾き抜いた!



 ――ギュアアアアアッ!!



 想像以上の牽引力――

 詩絵莉は体へと繋がれた銃身に引っ張られるように、一気に青いコンテナへと、()()()()()()()()()引き寄せられる!



 ――「この新しい靴の踵に、進行方向に沿った溝を掘り込んだ、弾芯素材を加工した板が仕込んである……これで地面を滑る様に移動出来るはず…!」



 ――ギャイ"イ"イ"イイイイイィィッ!!



 踵が奏でる床を削る音と衝撃に、思わず歯を力いっぱい噛みしめていた。



 ――くうううっ…!!



 銃を抱えたまま全力で走ったとしても、10秒は掛かるであろう距離を、僅か2~3秒で移動し終えた詩絵莉は、コンテナの手前で踵、膝に体重を載せるように思い切り踏み込みブレーキを掛けると、何とか弾芯が着弾した場所へと止まる。


同時にやや痺れる足をそのまま、手早くコンテナに突き刺さった弾芯を引き抜き、コンテナの物陰へとその身を隠す。


「ぷはあっ……!」


 詩絵莉はそこで初めて息を止めていた事に気付くと、大きく息を吐き出す。

 初めての高速移動……しかも、地面を削りながら牽引される。彼女はコンテナを背に、手早く銃へと新たな弾丸を素早く装填しながら、僅かに震える足に眼を落とす。


 この痺れ……事前に飛牙を試した時には、なかったものだ。実戦の中、慣れないこの移動に身体が恐怖し余計な強張りが生んだものだろう。


『凄い、詩絵莉…まさに想定した通りだよ! それがあればより自由に、素早く位置取りが出来るッ……』

「……問題点はこの任務が明けたら、山程報告してあげる!」


 インカムを揺らすフリッツの歓声に詩絵莉は小さく毒付くと、マシラの視界に入らぬように低い姿勢で手近な別の障害物へとその身を躍らせる。

 確かにポジションを高速で移動出来る……が、地面を削る音で移動先はタタリギにとってバレバレだろう。移動した先で、さらに今度は足を使う必要が――いや…それならばいっそ…?



 ――何にせよ、これがあれば…純種戦の様なヘマはしないですみそうねっ…!



 詩絵莉は痺れが抜けつつある足を踏みしめると再びその身をマシラから隠した遮蔽物の影で、にっ、と口角を上げるのだった。





 ――ずどしゃあっ!


詩絵莉に空中で狙撃を受けながらも態勢を立て直し、アールの眼と鼻の先にマシラが着地したと同時――斑鳩もまた、アールの隣へと到着していた。


「……斑鳩」

「詩絵莉は大丈夫だ。 ローレッタとフリッツが付いている」



 ――ごるるるる……



 眼前にアールと斑鳩、背中にはギル。視界の外には、詩絵莉――

 包囲網を敷かれたマシラは、それでも一切怯む様子はなく、威嚇するような低い唸り声を上げると、着地の際いつの間にか手にしていたのか――左手に持つ食料が詰まった缶詰をそのまま、ゆっくり口元へと運ぶ。



 ――ばきり、ばきり……。



「斑鳩、気を付けて。 あれは……」

「ああ。 食事を兼ねた装填、ってところか……」


 マシラが口から吹き出した弾丸(もの)――。

 式隼の眼を持つアールにも視えていたのだろう。斑鳩が(おぞ)ましいものを見る様に顔をしかめる横で、彼女は小さく頷いた。先ほど詩絵莉に向けて飛ばしたものの正体に、二人は警戒を強める。


 そして、マシラが口元に沿えた腕を下ろした瞬間。


 「――ごああああああああァッ!!」


 唐突に――黒い影はその巨躯をさらに膨らませると、食糧庫全体を揺らすような咆哮を上げると同時、その膨れ上がった身を低く落とす――!


 斑鳩とアールは咄嗟に撃牙の装填をその指先だけで確認すると、力を溜めるよう撃牙を低く構え素早く腰を落とし、両足を前後に広げ迎撃の態勢を取り――


「来るぞッ!」

「――ん…!」


 二人は互いに黒い瞳に、紅い瞳に。

 向かい来るマシラを写すと、その瞳を大きく見開いた――!


挿絵(By みてみん)



……――第9話 進むは深く、示すは真価(5) Part-3へと続く。

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