第9話 進むは深く、示すは真価 (5) Part-1
第14A.R.K.内部へと突入したY028部隊は、目的地でもある食糧庫内部に一つの気配を悟る。
慎重にその内部を伺う彼らの眼に写る、黒く膨れ上がった異様な巨躯…。
彼らはいよいよ、未知のタタリギ―マシラとの邂逅を果たす。
戦闘痕があちこちに残る建物に囲まれた道を進んだその先――
第14A.R.K.の中央区画に設けられた食糧倉庫。
半壊した扉の奥に気配を感じた斑鳩は、同行するギル、そして数m後ろを追従する詩絵莉にハンドサインを送る。それを確認した二人は互いに頷き合うと、音も無く素早い動作で、斑鳩とアールがしゃがみこむ開かれた扉の反対側へと回り込む。
一同はそれぞれ扉の陰から薄暗い倉庫内を伺う。
同時に、ローレッタが操る木兎が彼らの頭上を静かに越え、食糧庫内へと滑り込むと、天井に張り巡らされた鉄柱の物陰で静止した。
――ぱきり。 クチャ……
それは、異様な光景だった。
元は加工食品が収められていたであろう大小さまざまな箱が散乱する倉庫の奥。
散乱した食料の缶詰や、それらが詰められている鞄が雑多に転がる中――黒い影は……居た。
「……あいつか」
悟られぬ様に息を殺し、小さく呟くギルの頬に一筋の汗が流れる。
距離にして、斑鳩たちが身をひそめる入口から30m弱。
写真通り、大きな体躯から渦巻く様に伸びる太い体毛の様な黒い蔦枝なびかせながら、今はその身を小さく丸める様に背を向けたマシラは、長く太い腕で器用に缶詰をつまみ上げると……それをそのまま口へと運ぶ。
――がき……ぱきん。 クチャリ……クチャリ……
缶詰をそのまま、噛み砕き食っているのか。
金属を噛み潰す音と、中身を味わう様な何とも言えない不快な咀嚼音が、異様なまでに静かな倉庫内に木霊していた。
「本当に、食っている……タタリギが、食料を……」
咀嚼の間、時たま天井を見上げ、「ぐくるるる……」と低い唸り声を上げるマシラ。
まるで「美味い」とでも言っているのか――その異様な光景に、斑鳩は不快そうに眉をひそめる。
タタリギが地上に現れ、人類の脅威として君臨してから、数十年。
アガルタが率先する中、その未知の脅威に対する研究は滞る事なく行われてきた。幾度となく戦い、破れ、蹂躙される中――その生態の研究が、今へと繋がっている。
だが、その研究の中でも「食料を摂取する」というタタリギの存在は確認されていない。
世界中、あのアガルタでさえ確認すらしていない事象を、駆動音を極限まで抑えホバリングさせた木兎に搭載されたカメラ越しにモニターしながら、ローレッタはごくり、と喉を鳴らす。
『……タイチョー、対象はなおも食事……中。 倉庫内にはあの一体しか、現在確認出来ません』
入口から音も無くゆっくりと滑り込ませた木兎の一機を、倉庫内の天井付近まで上昇させるとローレッタは眼下に広がる光景に眼を奔らせる。
「……斑鳩、どうする?」
斑鳩の脇で同じく息を殺して倉庫内を覗き込むアールは、目線は依然マシラを捉えたまま呟く。その声に斑鳩は、一瞬考える様な表情を浮かべたのち――そっと左手をインカムに添えた。
「ローレッタ。 ヤツは本当にこちらには気付いてないと思うか?」
『……食事に夢中なのかな……少なくとも、今は。 事前の報告だと、倉庫内に踏み入れたあと、突如として襲われたとあったけれど……どう、だろう』
ローレッタの声に、斑鳩は目を細める。
通常、人型のタタリギと相対する場合、最も効率的な討伐方法は不意打ちである。
特に市街地戦では身を隠す場所も多く、木兎や式隼の索敵で発見した対象を式狼が忍び寄り、一撃の元に撃牙で弱点となる頭部や頸椎を貫き斃す。これは芯核を持たず、ヒトと同様の急所を抱える人型タタリギに対して非常に有効な戦術だ。
だが、斑鳩は迷っていた。
あのマシラは確かに人型ではある。だが、その姿形は既にヒトとしての個性を逸脱している。
遠目から見ても判る、タタリギ特有の黒くしなやかな影を纏った様な、大きな身体。肥大した右手に、あの異常な挙動。明らかに今まで相対してきた人型タタリギのそれではない。
――もし、奴が純種……それにまつわる存在だとしたら、果たして奇襲は成立するのか。
く、と唇を噛み眉間にしわを寄せる斑鳩の耳元に、扉を挟んだ数m先――
ギルと共に反対側へと位置する詩絵莉の冷静かつ静かな声が、インカムを通じ届いた。
『……暁、やろう。 いつも通り、奇襲の初撃に私が狙撃を乗せる……それで斃せないとしても、それなりのダメージは負わせれるハズよ』
その言葉に隣にしゃがみ込むギルは大きく頷く。
『シエリの狙撃に合わせて俺とイカルガ……加えてアールの3人で速攻をブチかます、って訳だな……乗ったぜ』
「……待ってくれ、詩絵莉、ギル」
自信満々と頷くギルを、斑鳩の声が抑止する。
『不意打ちには賛成だが……ローレッタ、お前はどう見る?』
インカムを通じて、思わぬ斑鳩からの問いに一瞬言葉に詰まるローレッタだったが、すぐに表情を引き締め木兎から得れる室内の状況に眼を光らせる。
「不意打ちには、私も賛成……だけど、散乱してる缶詰や瓦礫で足場はお世辞にもいいとは言えない。 幸い遮蔽物は多いから、式狼の距離までは詰めれると思う。 ……問題は、仕留めきれなかった場合、かな」
言うと、助手席からフリッツが通信を邪魔しない様に、と無言で差し出した資料をローレッタは受け取り小さく頷いた。
「……うん。 でも今、倉庫内の見取り図を確認したけど……出入り口は、今タイチョーたちが居るその壊れた扉しかない。 最悪距離を詰める過程で感付かれたとしても、マシラに退路はないよ」
足場は悪いが、出入り口はここのみ――
ローレッタの言う通りもし気付かれ戦闘に突入したとしても、逃してしまう可能性は低いだろう。むしろ足場の悪さは敵にも有効に働くかもしれない。斑鳩は彼女が伝えてくれた情報に、ふう、と緊張を払うように息を吐き出した。
「――了解だ。 詩絵莉とギルの案で行こう。 ……ただし」
『……ただし?』
「詩絵莉の狙撃と同時に攻撃を仕掛けるのは、ギルとアールの二人で行く。 俺は詩絵莉のフォローに着く」
斑鳩の静かな声に、ギルと詩絵莉は顔を見合わせる。
「マシラのサイズから観て、三人での同時攻撃は難しいだろう。 正面は射線に開け、左右からの同時挟撃で初手としては十分だ。 アールは言わずもがなだが、俺よりもギル……お前の方が瞬発力がある。 二人とも、頼めるか」
振り返る斑鳩に、アールは小さく「わかった」と首を縦に振る。
『へっ、任されたぜ……イカルガ。 ポジションはこのまま俺が左から、アールが右からでいいな?』
「――うん。 仕掛けると同時に詩絵莉の狙撃……わたしは右から、頭を狙う。 ギルは、足をお願い」
確認し合う二人の会話を聞きながら、詩絵莉は音を立てない様に慎重な動作で腰鞄から一発の弾丸を抜き出すと、マスケット銃へとそれを装填する。
『……こいつを使えば無音射撃も出来るケド、あえて通常射撃を行う……で、いいのよね、暁?』
装填をし終え、銃の下部に装着された魔法の翼――ウィング・オブ・ワルキューレをぽんぽん、と叩いて見せる詩絵莉に、斑鳩は「ああ」と小さく頷いた。
「いつも通り射撃による対象の一瞬の硬直を狙う、だな」
『ええ、そこに死角からのギルとアールによる挟撃、ね。 ――任せて、暁』
「射撃後の警戒と、もしものフォローは俺が務める。 ローレッタ、ヤツは変わらず食事中か?」
問う斑鳩に、ローレッタは今一度マシラの後姿を装甲車内のコンソールモニターで確認すると、大きく頷いた。
『――状況変わらず。 相変わらずゆっくりと缶詰を丸呑み…ううん、丸かじりしてるところ……行こう、タイチョー!』
「……了解だ。 皆準備はいいな? 状況を開始だ……ギル、アール、展開。 ……二人とも、頼んだぞ」
斑鳩の声に二人は頷くと、身を隠していた壊れた扉から食糧庫の中へとその身体を静かに滑り込ませる。散乱する貨物やコンテナの陰に身を隠しながら、二人は徐々にマシラとの距離を詰めていく。
その後ろを、詩絵莉は狙撃ポイントまでカバーする斑鳩の背にぴたりと身を寄せながら、二人は食糧庫入口から数mの場所へと移動した。
「……ねえ」
「ん」
慎重に距離を詰めるギルとアールを見据えたまま、斑鳩は詩絵莉の小さな声に返事を返す。
「暁に直接カバーして貰うの、久々ね。 あたしがY028部隊に編入して、一番最初の作戦以来」
「……ああ、懐かしいな」
言うと、詩絵莉は斑鳩の背から身を僅かにずらし、目の前にある二人が身を隠す金属製の小さなコンテナの上へと静かに銃身を添え、構える。彼女はそのまま、斑鳩の静かな息遣いを感じながら、彼の呼吸に自らの呼吸を重ねていく。
――息を……呼吸を合わせるんだ、泉妻。
初めて作戦を共にしたあの日――
あの時あたしたちに与えられた作戦は、小さなものだった。
第13A.R.K.から程なくの距離に発見された丁型タタリギの排除。今日の任務と同じく、こちらに気付いていない対象に対する奇襲……ギルが前衛を務め、あたしが先制狙撃を担当するものだった。
「……呼吸を? そんな必要……」
「泉妻、お前の能力の高さは知っている。 今でも活動記録見る度、こんな真似他の誰が出来ると思うさ」
怪訝そうに暁に視線を向けるあたしに、斑鳩は真っ直ぐな瞳を返した。
「だが、俺が……俺たちが目指す部隊は、言わば少数精鋭……ってやつだ。 普通の部隊と比べて、隼はお前しか居ない。 いや、お前が居れば他の隼は要らない……そう確信している」
「……なら、黙ってあたしに任せてくれればいいじゃない」
ぶっきらぼうに言葉を返すわたしに、暁は小さく首を振る。
「今までの部隊で、連携を取らずともあの成績だ。 だが、お前にはきっともっと先があると、俺は思っている。 俺たちの部隊の主軸になるほどのな」
その言葉に、ぴくり、とわたしの眉が跳ねる。
今までの部隊……式隼が複数在籍し、構成人数が多い通常の部隊では、誤射による事故などを避けるために式隼は発砲前に式梟と連携を取った上、許可を得て発砲する。
戦場ではあくまで牽制射撃……デイケーダーを除き、通常戦闘では式狼が振るう撃牙が最もタタリギに対する効力を発揮する。そのための、お膳立て。
「主軸? ……あたしが?」
「そうだ。 今後も俺はお前に発砲許可を都度取る事はしない。 ……まあ、規則違反としてログを観た上に色々小言は言われるかもしれないけどな」
言うと、斑鳩は少し笑う。
「だからこそ、お前はその眼で、前衛の俺たちの呼吸すら把握して欲しいんだ。 俺たちが機を捉え、前に出る瞬間。 交戦時、どこで射撃を必要とするか。 その全てを判断し、意志を捉え、撃つんだ。 きっとこれは、お前にしか出来ない」
斑鳩の言葉に、ふ、と以前在籍していた部隊での作戦を思い出す。
確かに、あたしは命令違反となる……それこそ傍から見れば、一歩間違えば式狼に対する射撃と捉えられてもおかしくない、ギリギリの射線を選んできた。
……いや、選ばざるを得なかったのだ。
そこには、あたしの意識しか介在していない。窮地に陥った仲間を、軍規と自らの意志の狭間で揺れながら、時間ギリギリで放つ弾丸。
結果として、仲間を救う事になったとしても――それは、誰かに評価されるものではなかった。
――そう、斑鳩を除いて。
「……分かったわ、斑鳩隊長。 命令なら仕方ないわね。 あのツンツン頭の呼吸を視ればいいんでしょ」
態度はぶっきらぼうなまま――あたしはその頬をマスケット銃へと押し当てる。あの時のあたしの顔は、たぶん緩んでいた――そんな気がする。
そして、隼の眼で捉える視界を調整する。 タタリギだけでなく、ツンツン頭――ギルバートがその視界に入る様に。
――吸った……吐いた。 ……吸った……吐いた……呼吸を、ためた……往く、のね。
あの戦いであたしが放った弾丸は、今までよりずっと先へと射線を伸ばした――そんな気がする。
そして、それは今へと続いている。暁の隣で銃を構える、あたしへと。
『――式狼、左舷、配置に着いたぜ』
『……同じく、右側についたよ。 斑鳩、あいつはまだ、ごはん食べてる』
「了解だ。 詩絵莉、準備はいいか?」
今へと意識を引き戻された詩絵莉は、一拍置いたのち――斑鳩へと静かに頷く。
「こちら式隼。 二人の姿を確認……いつでも来い、ってなもんよ」
斑鳩はギルとアール、そしてマシラを前方の視界に捉えているであろう詩絵莉の瞳を横からちらり、とその眼に映す。大きく開かれた瞳と瞳孔は、相変わらず綺麗で――そして、あの時と同じ。仲間の呼吸すら捉え、機を逃さないと語っている、詩絵莉の眼。
『こちら式梟、食糧庫外周に敵影は無し。 引き続き2号ちゃんによる哨戒を続けながら、そちらをサポートするよ。 ……タイチョー、いいよ!』
ローレッタの声に斑鳩は大きく頷くと、一同に緊張が奔る。
いよいよ、今まで誰も交戦した事のないタタリギとの戦闘が始まる――。
「……5秒前だ。 カウント、4……3……2……1……!」
――ッバァアンンッ!!
ギルとアールは斑鳩のカウントダウン……0のタイミングにあわせ、溜めていた力を一気に解放するが如く床を蹴り付けると、装填した撃牙振りかざし、物陰から一足飛びでマシラへと一気に飛び掛かり――二人が蹴り付ける床の衝撃音をかき消す様に放たれた詩絵莉の弾丸は、けたたましい射撃音を上げ倉庫内に伸びる通路の空気を切り裂く様に一直線に飛来し、マシラへと着弾を――……
「――ッな……」
斑鳩はその刹那、信じられない光景を目撃した。
詩絵莉の放った弾丸が、立て続けに急所めがけ穿ち放たれたはずのギルとアールの撃牙による一撃が――そのどれもが、ことごとく空を切ったのだ。
――バギィンッ……!
マシラへと着弾する筈だった弾丸は、空しく倉庫の壁面を穿ち――同時に、ずしゃあっ、と派手な音を立てギルとアールは交差するように着地する。
『――上ッ!!』
インカムに響く、ローレッタの絶叫に近い声に、ギルとアールの二人は上空を確かめる事なくそれぞれ後ろへと全速力で跳び退る。
――ずっしゃああん……ッ
その場所へ、一瞬遅れて――上空から身を翻したマシラが足元に散乱した食料を踏み潰しながら、派手な音を響かせ着地し……同時に「ロロロ……」と威嚇する様に、鋭い歯が覗く口から吐息を漏らす。
そして何かを咀嚼する様に口を動かしながら――その首をもたげると、斑鳩と詩絵莉を見据えるように僅かに背筋を伸ばした。
「な……イカルガ、シエリ! 何が起こったってんだ、こいつ消えやがったぞッ!!」
間合いを取りながら撃牙を装填するギルが叫ぶ。
その言葉に、斑鳩はぎり、と奥歯を噛みしめる。
――ギルには見えなかったのか……それほどの速さで、こいつは!
斑鳩は吠えるように、警戒を促す声を上げる。
「ギル! 消えたんじゃあないッ、避けたんだ、垂直に飛んで……ッ! ローレッタッ!」
『――発砲音による屋外周辺の影響なし! 式隼へ! 第二射を許可!!』
――避けた、あいつ……弾を避けた!!
詩絵莉はローレッタの自分へ向けた通信すら聞き逃す程、明らかに動揺していた。
それもそのはず……今まで銃弾をその装甲で弾くタタリギは居た。撃たれる事を良しとするタタリギも、撃たれる事を意に介さないタタリギも。
だが、弾丸を避ける――そんなタタリギは、居なかった。
「斑鳩ッ!」
動揺から生まれた一瞬の虚。
アールは、斑鳩と詩絵莉の二人の方へと黒い外皮に穿たれた様な眼を向けたまま視線を向け、上半身をやや仰け反らせるマシラの挙動に声を上げる。
――ブッ!!
「ッは……」
次の瞬間、詩絵莉の眼が捉えたものは――マシラの口から吹き出された、銀色の弾丸――
その弾丸の射線を、隼の眼が捉え……ぞ、と背筋が凍ったその時――!
「くうっ!」
斑鳩は咄嗟に、詩絵莉の襟首をつかみ自らに引き寄せると――右手に装着された螺旋撃牙、そのショルダーガードの部分で庇う様に彼女を抱え込む!
――ギャギンッ!
激しい衝撃と、金属と金属が削り合うような耳をつんざく不快な音――
ショルダーガードの外装に弾かれた”銀色の弾丸”は、斑鳩と詩絵莉が身を隠す、すぐ横のコンテナを穿ち、止まる。
詩絵莉は斑鳩の腕の中から咄嗟にそれに視線を移すと――
その歪な銀色の球体、弾丸の正体に戦慄した。
「これっ……缶詰の……!?」
マシラの体液によるものだろうか。
てらてらと濡れ輝く球体には、そこらじゅうに散乱する缶詰の外装のシールがこびりついていた。
「――ッギル!!」
斑鳩たちの無事を確認したアールは、すぐさま獣が如く身を低く落とす。
――こいつを詩絵莉たちのほうに行かせちゃ、だめ
ギルは、アールの鋭く燃える赤い瞳に、確かに声を聞いた。
それが彼女が発した言葉だったのか、それともその瞳から感じ取った意志だったのか。
彼にとってそれは、さして問題ではなかった。
「行かせるつもりなんざ、さらさらねえよッ!!」
彼女の燃えるような瞳に応える様に、ギルは装填した撃牙を構えると、マシラへと一直線に飛び込んだ――!!
……――第9話 進むは深く、示すは真価(5) Part-2へと続く。




