第9話 進むは深く、示すは真価 (3)
未知のタタリギ、"マシラ"――。
奪還作戦の佳境を迎えた14A.R.K.に現れた、新たな脅威。
今までのタタリギと全く違う様相を見せる相手に一抹の不満を抱えながらも……
心を許せる仲間と共に、彼らは、13A.R.K.から出撃を果たすのだった。
「食糧庫を荒らすタタリギ、か……」
第14A.R.K.へと向かうN33式兵装甲車の中。
揺れる車内、膝上で腕部に装着しワイヤーを射出する例の新兵装……グラウンド・アンカーを工具で調整しながら僅かに眉間にしわを寄せると、フリッツはそう呟いた。
「ああ、そうらしいぜ。 な、奇妙な話だろ?」
装甲車へ乗り込む為の後部ハッチ脇――
設けられた覗き窓から後方を警戒しつつ、ギルはフリッツへとどこか期待を含んだ声を投げかける。
だが当のフリッツは、事も無げに「そうだね」と答えると作業の手を止め、ふと天井を見上げる。
「タタリギは何かを食べたりしないはずなのに、食糧庫を……確かに、奇妙な話だね」
「……だよな、その、なあ。 ……なあ?」
作戦指令室でその"奇妙な話"に直ぐに気付けず、仲間から――特に詩絵莉とローレッタに、なんとも言えない視線を向けられた事を向けられたショックを、同じく"気付けなかった仲間"を作って癒されようとしたギルの思惑は、フリッツによってあっけなく空振りに終わった。
その空振りを誤魔化すよう振り返った視線の先。
視界に入った詩絵莉は、自らのマスケット銃を手入れしつつ、呆れた、といった表情を浮かべジト目で彼を見上げていた。
「……確かにここ最近バタバタで、タタリギの生態講習とか受ける時間なんて無かったケド。 あんた、時間出来たらちゃんと補習行きなさいよね」
詩絵莉は、ふう、とため息をつくと、正面に座るフリッツへと自らのマスケット銃を手渡す。
「整備ありがと。 リクエスト通りに仕上がってるわ、やるわね」
「詩絵莉……なら良かったよ、未だに君の銃をメンテする時は、緊張するからね」
言いながら僅かに口角を上げて挑発的な表情を浮かべる詩絵莉に、フリッツは少しドキリとしながら胸をなで下ろす。そのやり取りを隣でぼんやり眺めていたアールは僅かに首を傾げた。
「フリッツのメンテ、とても丁寧で上手。 ……どうして緊張するの? 詩絵莉が怖い?」
アールの言葉に、フリッツは一瞬きょとん、とするが、すぐさま「いやいや! こ、怖いとかじゃないんだ!」と強く否定するように、アールと詩絵莉、二人へと交互に視線を送りながら目の前でぱたぱたと手を振って見せる。
「……そもそも式隼が持つ銃は、ほぼ同一規格の撃牙と違って、使い手の好みや個性が強く反映されているんだ。 メンテも自分でやる、って人も少なくない。 だから、メンテ自体を断る整備士も多いんだ、時間も手間も掛かる上に使い手のクセや好みも知っておかなくちゃいけないからね」
フリッツは言いながら、マスケット銃を丁寧に持ち上げ、今一度確認するように細部の挙動や、部品を流れるような動作でチェックしていく。
「内地に勤めていたとき、沢山の破棄された銃を毎日触っていたんだ……その経験が生かせる日が来て、嬉しいよ」
どこか幸せそうな表情すら浮かべながら銃をチェックし続ける彼に、アールは「捨てられた銃……?」と、再度不思議層に首を傾げる。
「部品取りだよ。 破棄されたとは言え貴重品だからね。 まだ使えそうな部品を抜き出して、再利用するんだ。 アガルタではどうか分からないけど、A.R.K.では新たに銃をいちから新造出来る場所は限られているからね」
「……ふうん」
彼の説明に、アールは興味深そうにゆっくりと何度か頷きながら、アガルタで訓練時、手にしていた兵装を思い出していた。
……今にして思えば、撃牙も、銃も、他様々な兵装全て――
確かに、誰かが使った様な形跡は無かった様に思える。
アガルタの外……斑鳩たちと出会い、初めて使った、あの撃牙――あれを使った時、思ったものだ。「どうしてこんな古い撃牙を使っているんだろう?」と。
結果、最初に斃した、あの乙型壱種との戦いで連打に耐え切れず壊れてしまった。
だが、あの撃牙も、元は誰かが使っていたのだ。恐らく、今は亡き、式狼の誰かが。
その事を想うと、何故だろう……どこか不思議な気持ちになる。斑鳩も、ギルも、詩絵莉もそうなのだろう。ここでは、新造された兵装は稀少……故に、誰かが、ヤドリギの誰かが誰かを護ろうと振るった兵装が、受け継がれていくのだろう。
きっと、その想いと共に。
……もし、自分が死んでしまったとしても。
きっと自らが今振う撃牙は、誰かに引き継がれて行き、きっと誰かを護る為に戦い続けるのだろう。そう想うと……不思議と胸の底に、暖かいモノがじんわりと沸くのを感じる。
彼ら共に在るのだ、と……
たとえこの存在がヒトから離れようとも、この気持ちがある限り共に在れる、と。
――がくんっ
「っと! ……アール、大丈夫?」
装甲車が何か障害物でも踏んだのだろうか。
一瞬大きく上下に揺れた車内、体重の軽さ故か、大きく泳いだアールの身体を隣で詩絵莉が両手ではっし、と受け止める。
「……びっくりした。 詩絵莉、ありがとう」
「いいのよ。 ……でもアール、あんた軽いわね?」
「そ……そう、かな」
詩絵莉は衝撃で乱れたアールの制服を整えながら笑う。
「まったく、その身体で俺やイカルガを凌ぐ動き見せるんだからよ。 大したモンだが、しっかり食わねーとデカくなれねえぞ?」
「ま、誰かさんみたいにデカくなっただけ、ってのも困りモンだけどね」
体格に自信ありげに振り返りながら胸をばんばん、と叩きながら発したギルの台詞へと、間髪入れず突っ込んだ詩絵莉。そのやり取りに思わず吹き出してしまったフリッツをぎろりと睨むギルを後目に、詩絵莉はアールの横顔を覗き込む。
「でもさアール。 出撃前の食堂で、なんにも口にしてなかったケド……大丈夫? あ、今何か食べる? って言っても、レーションくらいしか今回は無いけどさ」
座席の足元に設けられた収納部から軍備品が詰め込まれた袋を引き摺り出そうとする詩絵莉の腕を、アールは少し慌てるようにその手を添えて止めた。
「だっ……大丈夫……その。 作戦会議の前に……えと、食べちゃったてたから……お腹、減ってないの、ホントだよ」
「……そ、そう? ならいいケド……お腹減ったらちゃんと言いなよ?」
珍しく、はっきりと物事を否定する彼女に驚きながら手にした袋から、詩絵莉はゆっくり手を離す。だが食事の際は少食ではあったが、少しずつ色んな食材を口に入れてみてコロコロと表情を変え、楽しんでいた彼女が食堂で一切何も注文していなかったのは、どうにも心配が募る。
――色々あった後の、初の作戦だもんね。 そりゃご飯も喉、通らないか。
詩絵莉の心中をよそに、覗き窓を閉じアールに歩み寄ったギルは、にやりと笑うと彼女の肩をばんばん、と叩いてみせる。
「おう、そうだぜアール。 うちのリアもそうだけどなぁ、そう言うの気になる年頃かもしれねえけど、飯はしっかり食べろよ? それに言うだろ、腹が減っては戦は出来ない、ってよ」
「ち、ちかい……。 う、うん。 ……大丈夫、ちゃんと……食べるから」
ならよし!とギルは笑うと、マスケット銃の再度調整確認を終え、詩絵莉にそれを手渡していたフリッツへと振り返る。
「……にしてもよ。 お前、作戦に同行する事はなかったんじゃねえか。 何してくるかも分からねえ相手なんだぜ。 車の中も安全じゃあねえかもしれねーぞ」
フリッツは先ほどの態度から一転し、真面目な表情を浮かべるギルに一瞬驚いた様な表情を浮かべるが、すぐに苦笑を浮かべた。
出会ってすぐ、こうも態度を変えて声を掛けられたなら、あるいは疎外感を感じていたかもしれない。だが彼の真剣な眼差しに含められた感情は、単純に式兵ではない自分の身を心配しての事なのだろうと、今ならよく分かる。
「……ありがとう、ギル。 だけど、今回は無理を通して貰ったんだ。 兵装の事で気になる事も多いし、第14A.R.K.僕に出来る事もあるかもしれないからね」
「しかしよ……」
ギルの脳裏に、アダプター2……純種との戦いの光景が過る。
アールのお陰で部隊は助かったといえ、一歩間違えれば全滅は免れなかった。もし、再び――いや、そんなつもりは毛頭無いが、万が一そうなった時。整備士とはいえ、式兵ではないフリッツを巻き込みたくはない。
それに彼は優秀だ。
それは、今まで整備する者の事など深く考えた事の無かった自分でも理解出来る。制圧済み、索敵済みだったアダプター2ならまだしも、未知のタタリギ……あるいは純種の可能性もあるタタリギが居る場所への同行というのは、やはり気が引ける。
もしも何かあったならば。自分と違い、彼の代わりはそう簡単に見つかるものではない筈だ。
『ギル、心配する気持ちは分かる。 だがフリッツも、Y028部隊の一員だ。 ――自分の戦う場所は、彼が一番良く分かっているからこそ、さ』
「イカルガ……」
唐突に響く、小さなスピーカーを通して聞こえる声。
車両前部、助手席に座る斑鳩だ。ギルは壁上部に設けられたスピーカーを見上げる。
『勿論、安全には最大限配慮する。 例のマシラ……あれを討伐出来るまではこの装甲車の中で待機して貰うつもりだしな』
『それにフリフリは整備士ではちょう珍しく、式梟の必修科目の救命救急処置の資格持ってるんだよ。 無いに越した事は無いけど、もし治療が必要な時があったら頼りになるしね!』
「……初耳ね、そうなの?」
斑鳩に続いて聞こえる装甲車を運転するローレッタの声に、詩絵莉は驚き目を大きく見開くとフリッツをまじまじと見つめた。
「……あ、ああ。 とは言え、正直に言うと救命処置用の機材の知識に興味があっての受験だったんだ。 どんな機材を使ってるんだろう、その効果は、効率は……って」
「ふゥん……なによ、そんな特技あるなら早く言えばよかったのにさ」
詩絵莉は素直に感心した、という風にフリッツに何度か大きく頷いてみせる。
彼はその視線に少し照れる様に顔を伏せたが、すぐに何かを思い出した様に顔を上げる。
「そうだ、君たちが今着ている今回新しく支給された式兵制服……もし動き難いなんて事があったら、目的地に着く前に教えて貰えるかい? ある程度の改造や補修なら、ここでも出来るからね」
――そう、今回から斑鳩たちには第13A.R.K.から新たな制服が支給されていた。
以前身に着けていたものにデザインは似通っているが、より防弾、防刃性に優れたもの……もっとも、タタリギの攻撃の前には気休めではあるだろうが。
「そうね……新制服なんて、ヤドリギに初めてなった時以来だわ。 ……出世、なのかしら?」
詩絵莉は言いながら、自らが袖を通す服へと目を落とす。
『……出世とは違うかもしれないけどな』
斑鳩はスピーカー越し、詩絵莉の声に少し笑う。
『だが、局長が兵站管理部に掛け合ってくれたらしい。 もっとも以前の制服は純種との戦いで皆、ボロボロだったからな。 ありがたい事だ』
「んだな。 しかしアールの制服はアガルタ製だったんだろ? よく再現出来たな」
斑鳩の声に頷くと、ギルは振り返るとアールの姿をまじまじと眺める。
彼女は小さく首を縦に振ると、フリッツに視線を送った。
「これ、アガルタから持ってきてた予備の制服……それを、フリッツが補強してくれた」
「大した事はしてないんだけどね。 それでも、そのままより幾分かはマシなはずだよ」
アールは改めてフリッツに小さく「ありがとう」とぺこり、と頭を下げる。その様子に彼は「気に入ってくれたなら何よりだよ」と、にっこり笑って見せた。
「……兵装の開発、整備、医療に制服の改造……か。 あんたホント器用ねえ。 ま、ありがたいわね。 ついでに炊事当番も頼んじゃおうかしら?」
言いながら少しいたずらっぽい表情を浮かべ顔を覗き込んできた彼女に、フリッツは慌てて身を装甲車の壁に押し付けるながら顔を逸らす。
「い、いや……駄目なんだ。 料理は、料理だけは……本当に出来ないんだよ。 自分でも不思議なんだ……昔、努力はしてみたんだけど、どうしても……」
「……そ、そぉ。 ま、まあ苦手な事の一つや二つ、誰にでもあるわよね」
謙遜ではなく、本当に苦手なのだろう。
「はあ」とため息をつくと、申し訳ない、といった表情を浮かべうなだれるフリッツに、詩絵莉は本当にそうなのだろうと察すると、悪かった、という表情浮かべる。
「それはそうと、シエリ。 気になってたんだけどよ……その、背中に背負ってるそれは何だ? 初めて見るけどよ」
「……わたしも気になってた」
身を乗り出していた詩絵莉の背中――
折り畳まれた何らかの機構を覗き込むと、ギルとアールは首を傾げる。
「ああ、これ? フリッツが造った、銃の新しいアタッチメントなの」
「うん、それもだ詩絵莉。 今回は螺旋撃牙に続いて、それのフィードバックを現地で直に取りたいんだ。 それも同行させて貰った理由の一つだよ」
言いながらフリッツは眼鏡を掛け直すしぐさをすると、何度も頷く。
「へえ……こりゃ組み立て式、か。 どういうモンなんだ?」
まじまじと見つめるギルの視線。隣ではアールも興味深そうに眺めている。
その様子にフリッツは鼻息を荒立てると、「よくぞ聞いてくれた!」と、狭い車内でいきなり立ち上がろうとするが、装甲車の揺れにたたらを踏むと、大人しく椅子へと再び腰を下ろす。
「……時間が無かったからね。 隊長には13A.R.K.に帰投した時に説明はさせて貰ってたんだけど……これは、ウィング・オブ……」
「エ"ッヘン"ン"!」
魔法の翼――ウィング・オブ・ヴァルキューレ。
詩絵莉とフリッツの愛読コミック、”ギルティア”に登場するヒロインが使う魔法から名付けられた正式名称を思わず口走ろうとした彼を、強く咳き込み牽制する詩絵莉に冷や汗を一筋垂らすと、フリッツは遅れてこほん、と咳払い一つ。
「と……飛牙だよ。 これは……」
冷や汗を浮かべ、改めて説明し出そうとした、その時――。
――キギギギギィイイ……ッ!
突然に装甲車は、けたたましい音と共に急ブレーキを掛ける。
その衝撃で僅かに浮いた後輪、そして大きく揺れる車内。
「――!」
「うわあっ!?」
「っと! ……イカルガ、キサヌキ、どうした!?」
今度はアールが詩絵莉を受け止める形でしっかりとその身体を支え、ギルは吹き飛びそうになったフリッツを片手でキャッチしながらスピーカーへと声を荒げる。
『――皆、ごめん! ……誰かが、前方に倒れてるの!』
「なんですって!?」
予想だにしないローレッタの声に、詩絵莉はアールに「ありがと」と頷いていたその顔を思わず跳ね上げる。
『14A.R.K.は目と鼻の先だ。 どこかの部隊の隊員……生き残り、か……!?』
『タイチョー、木兎を飛ばして確認する! まだ息があるかもしれない!』
『待て、ローレッタ。 距離はあるが直線だ、遮るものもない。 ……よし』
斑鳩の冷静な声――
直後、車両前方へと繋がる狭い扉がぱたん、と開き、斑鳩が身を屈めて現れる。
「詩絵莉、お前の眼で確認してくれるか? ……タタリギに堕ちているかどうか、を」
「わかったわ。 もしそうだったら……」
現れた斑鳩の黒い瞳を真っ直ぐ見つめ返すと、詩絵莉は整備を終え壁に掛けられたマスケット銃を手に取り――身に着けた弾薬が収められているポーチを手早く開き、中身を確認する。
「……任せて、暁」
「頼む」
掲げた斑鳩の左手をパン、と叩くと、彼女は前方に繋がるハッチにまずは折り畳んだ状態のマスケット銃を、続けて自身の身を素早く差し込む。
「シェリーちゃん」
「ん」
ローレッタが指差す方向――
まさに道路の真ん中に、人が一人、うつ伏せに倒れていた。
詩絵莉は助手席に腰を掛けると足元のマスケットを両膝の上に載せ、やや身を乗り出し、僅かにまぶたを細めると、式隼の能力である卓越した視力を対象に向ける。
……倒れ伏せた対象までの距離は、おおよそ300m弱。
ましてや道路上の直線。式隼に取って、それは大した距離では無かった。まさに、目の前で対象を見ているような感覚で、詩絵莉は倒れたままぴくりとも動かないそれを観察する。
「……制服から見るに、回収班の誰かのようね。 腕章は……ここからでは見えない。 負傷は激しいわ……頭部からの出血も確認出来る。 ……呼吸も、してる様には……見えないわ」
「――深過はどうだ?」
――深過。
ヤドリギは大きな負傷を受け、意識を失い……その死の瀬戸際、タタリギへと変貌を遂げる可能性がある。斑鳩はハッチに上半身を入れると、厳しい表情で集中を続ける詩絵莉の顔を見上げる。
「――分からない……でも、一切動いてはいないのは確かよ。 いや、待って……地面に広がる血痕の具合……うん。 あそこで倒れてから、それなりに時間は経過していると思うわ。 深過……タタリギ化してるなら、もう、とっくになっていてもおかしくはないと思う」
ぎ、と唇を強く噛む詩絵莉に、斑鳩は小さく頷く。
「……了解だ。 よし、皆聞いてくれ」
斑鳩の声に、車両前方と後方は一気に緊張感に包まれる。
フリッツは初めて目の前で見る部隊の初動……そして緊迫感に、じんわりと汗が噴き出すのを感じていた。
「ここから俺とギル、アールは降車。 徒歩で対象の倒れている場所まで距離を潰す。 装甲車は最徐行で後続してくれ。 ……報告には道中、丙型の殲滅は終わったとあったが、不意に備えて安全策で14A.R.K.入りを目指そう。 詩絵莉は装甲車上部甲板で射撃態勢を。 発砲に許可は不要だ、判断はお前に任せる。 ローレッタは木兎2機を展開、前衛と車両後部の上に着けてくれ」
『『――了解!』』
斑鳩の命令が終わるや否や、停車した車内でアールとギル、詩絵莉、そしてローレッタの各自は速やかにそれぞれ兵装を身に着け、必要な荷物の確認に入る。
フリッツは決して広くない車内、邪魔にならないように、と、ぴたりと壁に背を付けると、ハッチから戻ってきた斑鳩に、申し訳なさそうに声を掛けた。
「……隊長、僕にも何か手伝いが出来たらいいんだけど……この時間はどうにも無力さを感じてしまう。 ……いや、僕にしか出来ない事はあると、分かっているんだけどね」
肩を落とし、自虐的に少し笑ってみせるフリッツに、斑鳩は真剣な表情で彼の肩に手を添える。
「フリッツ、お前のお陰で俺たちは戦える。 もっと胸を張ってくれ。 それに仕事なら、丁度ローレッタから預かってきたところだ」
「彼女から……?」
斑鳩は、く、と力強く微笑むと、彼の後ろ――後部ハッチに設けられた覗き窓に視線を投げる。
「ハッチの開閉。 そして徐行中、後部の目視確認を頼む、だそうだ。 頼まれてくれるな?」
「……分かった、任せてくれ。 異常があったら、すぐに知らせるよ」
言うと、フリッツは眼鏡の奥の瞳に緊張の色を浮かべつつも、力強く頷く。
その彼を、前方へと繋がるハッチから身を滑り出してきた詩絵莉がすれ違いざま、その肘で軽く小突く。
「……頼んだわよ」
そう言うと、詩絵莉は振り返るフリッツへ、にっ、と笑って見せると、車内天井に設けられた、人一人がギリギリ通れる程度の外部へと続く見張り用のハッチを拳で突き上げるように開くと、壁に設けられた足場に右足を載せ、銃を抱えたまま軽やかに昇ってゆく。
「――よし、ギル、アール。 準備はいいか」
「おう、いつでも行けるぜ」
「……準備完了。 ……いつでも」
斑鳩は身に着ける最後の兵装、左手にグラウンド・アンカーを装着しながら、ギルとアールの声に背中で応える。
「ローレッタ、全員のバイタルチェックを頼む。 チェック終了と同時に式狼・式神は後部ハッチより展開。 ……フリッツ」
「ああ、了解だ!」
バイタルを確認、読み上げるローレッタの声と、斑鳩の鋭い視線にフリッツはぶるり、と武者震いを起こす。アダプター2とは違う……いや、Y028部隊の隊員として、憧れていた本物のヤドリギたちと共に、今――自分は本物の戦場に居る……。
ローレッタの、アールを除いたバイタルチェックが終わると同時――
フリッツは震える右手を、後部ハッチの開閉ボタンへと添える。
「――往くぞ!」
静かに、だが強い覚悟を感じさせる斑鳩の一言に、彼の震えは止まっていた。
「……後部ハッチ開放! 皆、くれぐれも気を付けて……!!」
その手で押し込んだ開閉のスイッチは、思いの外軽く。ごうん、と重い音を立てて開かれるハッチ。頭を下げ、潜り出る彼らを見送るフリッツに、すれ違いざま斑鳩、アール、ギルは瞳のみで応える。
――どうか、無事で……!
フリッツは、三人の出撃を確認し、再び開閉ボタンを押し込んだ。
扉が完全に閉じられたあとも、彼は暫く直立したままで――
その扉の向こう側へと送った仲間の背中を、唇を強く噛みながら――見送り続けるのだった。
……――第9話 進むは深く、示すは真価 (4)へと続く。




