第8話 エピローグ Part-2
本作戦の目的である、通信塔の復旧作業に当たるべく、
ギルと五葉、そして修理を担当するフリッツは純種と交戦した広場を、突っ切る様に慎重に歩き行く。
程なくして辿り着いたその簡素な小屋を前に、フリッツは大きく安堵の息を吐き出すのだった。
「……よし、こっちはクリアだ」
「おっけーッス..よし、じゃあ突入準備に入るッスよ」
通信塔階下に設けられた小さなコンクリート造り部屋――そのドア入口前。
約500mの警戒態勢を保ったままの移動……
永遠に感じられたその距離を歩き切り、3人は目的の場所へと辿り着いた。
二人のヤドリギを前後に、覚悟を決めていたとはいえフリッツにとっては初めて歩く本物の戦場。
幸いタタリギは現れなかったが、ただ歩く――それだけの行為に、思いの外自分の外体力と精神がを削られた事に驚いていた。
――これが、普段ヤドリギたちが見ている光景、か……
フリッツはふうふうと息を整えながら額を流れる冷たい汗を拭うと、緊張と冷静な表情を浮かべ辺りを見渡すギルの背中を呆然と見つめていた。
ギルは周囲の安全を確かめると、警戒を解かぬまま五葉に合図を送る。
このアダプター2の基地内地図に描かれていた、内部に通信塔の制御設備が設けられているとされる打ちっぱなしのコンクリートによる簡素な作りの小屋...その扉のドアノブに静かにその左手を掛け、五葉はいつになく真剣な面持ちで中の気配を探る。
人がタタリギに圧されこの基地を放棄して幾十年――。
その月日は、ドアノブを腐食させるには十二分な時間だった様だ。五葉が手を添えるそれは余す所なく錆に覆われ、パラパラと僅かに茶色い錆を地面へと落としている。
「……中にもタタリギの気配は...無いッスね。 ...カウントスリーで突入するッス」
フリッツは先程までレッツ五葉、などと口にしていた彼女と果たして本当に同一人物なのだろうかと、真剣な表情を浮かべる五葉の横顔に驚く。
いや、ここへと辿り着くまでもそうだ。
先頭――自分の前を行くギルも、最後尾……こちらに背を向けたまま有事があればいつでも踏み出せる態勢を保ち、等間隔を以て後ろ向きに追従する五葉に「巧いな」と、誰に言うでもなく小さく感嘆の声を漏らしていた。
ギルはいつになく真剣な面持ちで上目使いに見上げてくる彼女に「いつでも」と頷く。
その声に左手をノブに、同じく左肩を預ける様に扉に添え、五葉は装填された撃牙をゆっくりと静かに腰の位置に据えた。
彼女の手慣れた所作にギルは改めて感心する。
いつぞやアダプター1で、元々回収班付きの護衛部隊に身を置いて居たと彼女は語ったが……その任務活動の中で身に着けた技術なのだろう。明らかに、こう言った市街地を前提とした作戦に手慣れている様だ。
――イカルガの口癖じゃねえが、こりゃ日々勉強だな、ほんとによ。
警戒しつつも、五葉の突入の所作を見ておこうと、ギルもフリッツの隣、壁に背を預けると装填された撃牙を構える。
「……いち、にー……さんっ!!」
――バァァンッ!!
五葉は雰囲気と裏腹に、どこか間の抜けたカウントを終えると、錆びたドアノブを鍵ごと砕く様に強引に回し開け、添えた左肩で一気に扉を押し開ける。同時に開かれるドアを背にする様に扉に押し付けた左肩を支点に、小柄な身体を素早く一回転させ、室内に半歩飛び込み低い態勢で撃牙を構える。
「……ふぅー、おっけーッス、二人とも、入ってきて大丈夫ッス!」
緊張を解く様に息を吐き、ぱんぱん、と手に付いた錆を落としながら言う彼女の背中を確認して、フリッツとギルは順に開かれた扉をくぐる。
ドアを開けた衝撃か、うっすらと白く埃立つ室内。
そこに並ぶ、通信塔を制御する古びた旧時代の機器類。フリッツは五葉に続き足早に室内へと入り込むと、すぐさま並ぶ計器の前に歩み寄り、傷だらけの眼鏡の奥の瞳をぎらつかせた。
「詳細図通り、部屋小さな小窓が一つだけ……と。 じゃ自分が窓側を。 ギルさんは入口のカバーをお願いしてもいいッスか?」
「ああ、了解だぜ。 んでフリッツ、どうだ? 何とかなりそうか?」
ギルは強引に開かれガタつく扉を手で押さえ直しながら、背中越しのフリッツに言葉を送る。
彼の声に、フリッツは「うん……うん……」と頷くと、並ぶ様々な計器を鞄から引っ張り出したびっしりと文字と図が描かれた紙を広げ、照らし合わせる様に確認しながら歩いて周ると、壁に設けられたひと際大きなむき出しの配電盤の前で足を止めた。
「……危惧していた配電盤の劣化と損傷は、想定より軽い……これなら、通信塔の外部修理はひとまず置いておいて、ここだけ直せれば……品質は悪いかもしれないけど、すぐに13A.R.K.にも通信が飛ばせそうだ……!」
「おおっ、すごいじゃないッスか! 自分、機械に弱いッスから、見てもちんぷんかんぷんッス……フリッツさん、尊敬するッス」
得意分野を前に急速に自信を取り戻して行く彼に、五葉は小窓から外を警戒を敷きつつも、思わず笑みを浮かべて感心する様に何度か頷いた。
「おっし……五葉、状況をマルセル隊長に伝えてくれ。 搬入口までなら木兎の中継無しでも声はまだ届くだろ。 フリッツは早速修理を頼むぜ。 周囲に敵影はねえが、長居は避けてえとこだからな」
ギルはそう言うと両拳を目の前でガツンと力強く併せるが、すぐさま気持ちを落ち着かせると開かれた扉から外の様子を伺う。
五葉も部屋の窓の脇ですぐさましゃがみ込むと、マルセルたちに現状の報告を行うべくインカムに手を添えた。
「任せてくれ、二人とも。 ……よし、始めるぞ!」
フリッツは自らの意識を目の前の機器を修繕する事で満たす事に集中する。
――彼らは彼らの……そうだ。 ここが、僕の戦場だ……!
埃臭く、やや蒸し暑い狭い部屋の中で、フリッツは額に浮かぶ汗をぬぐうと、少し眼下に下がった眼鏡を、くい、と右手で整え直す。顔を上げた彼の表情から先ほどまであった疲労や緊張の色は消え失せ、迷い無い表情引き締めると、肩からバッテリーを降ろすと、使い古してはいるが丈夫な鞄から手早く工具を取り出し、配電盤の修理に取り掛かるのだった――。
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・・
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「……よし! これで電源を繋げれば……」
狭い室内に修理の作業音が鳴り響き……三人がそれぞれ緊張に身を置き、沈黙が続く事――約15分。
一心不乱に作業していたフリッツが仰け反る様に身を起こすと、ようやく口を開く。
未だに集中したその表情で、「おお!」と声を上げるギルと五葉の声にも反応する事なく、彼は足元に転がる機器の残骸や修理道具を乱雑にどけると、傍らに置かれたバッテリーの配線を繋ぐ。
同時に、持ち込み傍らに置いておいた軍用の大きな通信機に、胸元から取り出した一本のアンテナを取り着けると、祈る様に口を一文字に結びながらチューニングダイヤルを回し始めた。
「……頼む……捉えてくれ……いや、捉えてくれる筈だ……」
小さくそう呟きながら、繊細な手付きでゆっくりとダイヤルを回していた、その時。
通信機器に小さく設けられた古びた液晶に、正常な電波の受信を示すアイコンと、通信帯の識別コードである7桁の数字が表示された。
瞬間、フリッツはすぐに胸ポケットにしまっていた小さな手帳を取り出すと、ぱらぱらとページをめくり、コードが示すこの電波の発信元を確認する。
「……きた!! このチャンネルは……ああ、13A.R.K.の常設回線帯……! や、やったぞ!!」
「おお、やったじゃねえか、フリッツ!!」
「やったーっ! ……ッス! これで一つ、任務完了ッスね!」
「ああ! ……通信強度と品質は悪いけれど、これは外の通信塔そのものを修理すれば増幅され、改善されるはずだよ!」
フリッツは歓喜の表情を浮かべ、同じく親指を立てるギルと五葉に交互に視線を送った、その瞬間だった。
――ピピーッ、ピピーッ……
「――!?」
一瞬、唐突に室内に響くその電子音に一同は驚き、身構える。
だが、その発信源は――歓喜に立ち上がったフリッツの足元、先ほど電波を受信したばかりの通信機だった。
「……な、なんだ? こちらは今開けたばかりの回線なのに……一体……?」
「う、うちの隊長からのテスト通信、とかッスかね……?」
態勢を整えたまま壁に張り付いていた五葉が首を傾げ口にした言葉に、通信機の小さな液晶に表示された受信チャンネルの数字を、再び小さな手帳を片手に確認したフリッツは、思わず眼を見開く。
「……いや、このコードは13A.R.K.、しかも司令代行が使用する回線だ……これは一体……」
首を傾げながら見上げた先、ギルは未だ鳴り響く受信音を奏でる通信機と、フリッツを肩越しに振り返る。
「13A.R.K.から、しかも司令代行っつったら、ミルワード代行のコードだろ? なら、取るしかねえな……頼めるか?」
「……わ、わかった」
フリッツは彼の言葉に大きく頷くと、通信機の左に備えられた大きな受話器を持ち上げ、通話ボタンを押し込んだ。
「……え、えー、こちらアダプター2、整備士のフリッツ……フリッツ・クラネルト……」
緊張の面持ちでやや裏声になりながら、受話器を取りそう告げる。
ザザ、ザザザ……と不快な音が数秒。そして、擦れながら聞こえた第一声は――意外な人物だった。
『……こ……ら、第13A.R.K.、Y……28部……部隊長、斑鳩だ。 フリッツ、通……塔を稼働さ……た……だな、待ってい……よ』
「――い、斑鳩隊長!?」
通信品質が悪く雑音交じりで聞き取り辛いが、確かに受話器が告げた名前と声に、思わずフリッツは仰け反った。
彼が上げた素っ頓狂な声と名前に、ギルと五葉も思わず驚きの表情を浮かべて顔を見合わせる。
「……お、驚いた。 いやしかし、何故この回線が……一体、何が……?」
『マル……ル隊長から、作戦のタイムラインを本部……も受……取ってある……。 ……れを確認……ながら、そろ……ろ通信が可能に…………んじゃないかと、こうして待ち構え……いたんだ』
「な、なるほど……」
……確かにそうだ。
今回の作戦概要はアダプター1で発足、立案したものだが、その詳細は本部に送られていて然るものだろう。
作戦が予定通り、タイムラインに沿い滞りなく行われている証拠の結果とは言え、まさか斑鳩から先に通信を受信する事になるとは思ってもみなかった、と、フリッツは改めて斑鳩の周到さに苦笑を浮かべる。
「当初の作戦の一助になれて、僕も嬉しいよ、斑鳩隊長……皆のおかげだ」
『……りがとう、フリッツ。 ――だが、こう……て通信回線が空くの……待って……たのには、理由……ある』
やや聞き取りにくいが、喜ぶフリッツを労う斑鳩の声。
だが、それはすぐさま緊張感を纏った声色へと変わる。その聞き取りにくい通信の声からも、ありありと伝わる"ただ事ではない"雰囲気に、フリッツはごくり、とつばを飲み込んだ。
「理由……」
『ああ。 出来るだけ速や……に、ギル……詩絵莉、そしてフ……ッツは、13A.R.K.に帰投……てくれ』
「Y028部隊、全員、速やかに帰投……」
繰り返すフリッツの言葉に、ギルは眉をぴくり、と上げる。
「斑鳩隊長、一体何が……まだこのアダプター2の修繕は完了してませんが、それでも……?」
『……通……環境がまだ悪……か。 詳細はア……プター1で……簡潔……言う、新……な正体不明のタ……リギが出現した。 "純種"……可能性……ある。 急……で帰投……様に、皆に伝……てくれ』
――!?
新たな、純種……純種……!?
受話器を通じて、確かに聞こえたその文言に、フリッツは思わず通信機から伸びた大きな受話器を、その手から滑り落としそうになる。通話を行いながら見る見る表情が絶望のものへと変わってゆくフリッツに、ギルは思わず振り返った。
「フリッツ、説明してくれ! 斑鳩は何て言ってるんだ!?」
……ただ事ではない。
フリッツは一気に吹き出した大量の冷や汗を感じながら、ギルの声にも答える事が出来ないまま、眉間に深く深くしわを寄せる。
前作戦で仲間を全滅寸前まで追い込んだあの純種が、再び……!?
眼を見開いたまま、ゆっくりと受話器を持つ手を膝の上に降しながらフリッツは再び唇を噛む。
――いや、しかし、だとすれば、どこで……?
「フリッツさん! しっかりしてくださいッス! ……通信は終了……してるみたいッスね。 何があったんッスか?」
カバーしていた小窓を一瞥し、素早くフリッツの元へと駆け寄った五葉は通信機の液晶に一瞬視線を落とした後、混乱するフリッツの肩を揺さぶる。自らの肩を抱えるその力強い手にフリッツは、ぐ、とさらに深く唇を噛み握り返すと、悲痛な表情をギルと五葉に交互に向けた。
「……た」
一度視線を落とすと、改めて歯を食いしばり、フリッツはその顔を上げる。
「……隊長からの帰投命令だ……。 正体不明のタタリギ……純種の恐れがある"何か"が、現れたって……!!」
『!!!』
フリッツがようやく絞り出したその言葉に、ギルと五葉は驚愕の表情を浮かべたまま――
二人は互いに開かれた扉を、小窓を背にし。警戒すら一瞬忘れ、呆然と立ち尽くすのだった――。
……――第8話 Side:Adapter-2/13A.R.K. (エピローグ) ―終―




