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第8話 エピローグ Part-1

アダプター2、その通信塔の修繕任務。

ギルと詩絵莉、そしてフリッツの三人はY036部隊と合同でその任に当たっていた。


この作戦の要であるフリッツは、初めて身を置く前線から感じる恐怖に身を震わせる。

だが、それも束の間。彼は、あの言葉を胸に通信塔を見上げるのだった。

「……順調だな」




 ギルは辺りを警戒するように、フリッツが修繕した螺旋撃牙のトリガーを握り込みながら、アダプター2の広場へと資材が搬入される様を見ながら小さく呟いた。その言葉に、間髪入れず左耳に装着したインカムに凛とした声が届く。


『ちょっとギル、気ぃ抜いてないでしょうね』


 その様子をアダプター2上空――

 自らがあの離れ業とも言える狙撃を行った外壁屋上から伸びる桟橋の上から、詩絵莉は"隼の眼"でマスケット銃の照準越しに彼に視線を落とすと、通信越しにそう呟き諌める。


「……気ぃ抜きたくても、()()じゃ抜ける気がしねえな」


 ギルは純種との戦いを思い出し苦い表情を浮かべそう言うと、資材を広場入り口へと下ろし、再びキャリアーが止められている場所へと戻るY036部隊の隊員に付き添いながら、崩壊した外壁に空いたトンネルをくぐる。


 あの純種との戦いがあった広場を背にし、十二分に警戒を払いながらトンネルを抜けると、そこには資材を積んだキャリアーが繋がれた装甲車が二台、停められていた。


 その装甲車の脇には、数名歩哨に立つY036部隊のヤドリギたち。


 その中の一人、頭の上で髪を結った小柄な女性がギルの気配にいち早く気付き、振り返ると撃牙が装着された右手を挙げる。

 Y036部隊の式狼、五葉(ごよう)つかさだ。


 ギルは彼女に応えるように軽く手を挙げる。そして彼女らの様子から周囲に危険が無い事を判断すると、それでも、と、一旦足を止め周囲の気配を探るよう鋭い目付きで辺りを見渡し、自らの後ろに続く資材運搬を担当する隊員に静かに頷いてみせた。


 彼の合図に二人の搬入を担当する隊員はそれぞれ緊張の面持ちを浮かべ頷き返すと、キャリアーから統率の取れた無駄のない動きで荷卸しを開始する。資材運搬の邪魔になるため撃牙こそ装着していないが、それぞれ式狼でもある彼らはその一般人よりも優れた筋力で、背中に背負う運搬用のバスケットに、両手にと、資材を効率よく積載してゆく。


「こちらY028部隊式狼(シキロウ)、ギルバート。 今、最後の資材運搬に取り掛かった……変わらず、周囲にタタリギの気配はねえな。 問題ないようならこのまま作業を続けて貰うぜ」


 周囲を警戒しながら口早にその声を通信に載せると、直ぐ様応える声が返ってくる。


『こちらY036部隊式狼、五葉……ギルさんの姿を確認……現在、搬入口周囲の哨戒を終えて、装甲車を護衛中ッス。 同じく現在タタリギとの遭遇、接敵は無しッス』

『同隊により部隊名略、式隼、マルセルだ。 こちらは現在搬入口から10時の方角を哨戒中……同じく、敵影は無い。 泉妻の方はどうだ?』


 立て続けに二人からの報告。

 言わずもがな、Y036部隊の五葉つかさ、そしてその部隊の隊長を勤める男……マルセルだ。


『こちらY028部隊式隼(シキジュン)泉妻(いずのめ)。 上空からの索敵にもこれといった異常無し……と言っても、樹が邪魔で満足行く索敵は出来てない、ケド』


 同チャンネルで繋がれた通信からのマルセルの声に、詩絵莉はふう、とため息を一つ。

 その声をインカム越しに聞いたマルセルは、ふふ、と小さく笑う。


「まあそう言わないでくれ、泉妻。 作戦通り、我々は地上を。 俺より眼と気が利く君は上空からの広域索敵だ。 もしこの森に大型のタタリギが潜み動く様なら、その機微はそっちからの方が捉えやすい。 ……万が一にも備えて、な」

『……あ、いえ。 不満とかそういうのではなく……広域索敵は、あまり経験がないので……』


 詩絵莉の珍しく自信なさそうな声。


 通常のヤドリギにおける部隊編成であれば、式隼数人による広域索敵は通例だ。場所にもよるが、作戦行動前に式梟(シキキョウ)が操るドローンである木兎(ミミズク)と共に作戦領域を隼の眼による索敵が行われる。


 しかし、Y028部隊(かれら)は違う。


 小人数による遊撃部隊に近いその編成で遂行する任務では、作戦前の別動隊による事前索敵を前提に、ローレッタが操る数機の木兎による索敵を現地では担当してきた。これはローレッタの飛び抜けた才が可能にする事でもあるのだが、とにかく詩絵莉はこういった広域索敵の経験が少ないのは事実だ。


 マルセルはインカムから伝わる彼女の言葉に「ふむ」と頷くと、身軽な動作で地面をのたうつ様に這う異様な成長を遂げた樹々の根を静かに飛び越えた。そのまましゃがみ込むと、樹々の間に隼としての視線を巡らせ、彼用にカスタマイズされた、一般的な隼が扱う遠距離狙撃用のマスケットより随分と銃身の短い愛銃を抱えたまま、周囲に気を配る。


「正直なところ、隼としての資質は泉妻、俺より君の方が数段上だろう。 俺よりも広域索敵に向いているのさ」

『むむ……でも、マルセル隊長は一桁部隊で隼、かつ隊長を務めてた経歴があるじゃあないですか。 ……買いかぶり過ぎでは』


 詩絵莉は憮然とした顔を愛用のマスケットに預けると、銃口越しにゆっくりと桟橋から繋がる防壁の上から眼下に広がる森へ視線を巡らせる。


『はは、一桁に在籍していた部隊員とはいえ、戦闘能力だけで言えばその能力は()()()()さ。 指揮系統を担う頭脳みたいなものだからな、要求される資質がそもそも違う』

「……指揮系統……か」


 その言葉に、ふと詩絵莉の脳裏に斑鳩の顔が過る。


『あとうちの隊長は、ちょっと変わった隼ッスからね! 単独での索敵や哨戒が得意な隼なんて、稀ッスよ、稀』

『ま、そうだな。 ……泉妻、俺は君と比べて式隼としての能力が劣っていると卑下してるつもりはないぞ。 俺はどちらかと言うと、遠距離狙撃を旨とする式隼としての戦闘よりも、こういった索敵活動に向いているのさ』

「索敵活動……そう言えば、この作戦前も単独で索敵してきたとか……」


 マルセルは詩絵莉の声に「まあな」と一言返すと、しゃがんだ姿勢から地面を蹴り付け近場のブッシュに身を落とす。


 確かに、彼の動きは一般的な式隼より機敏だ。どちらかと言うと、その身のこなしは式狼に近い。

 もっとも、本物の式狼と比べれば無論見劣りはするだろうが、詩絵莉には無い機敏さを確かに持っている。


「元々身体を動かすのが好きなほうでね。 それに、どうにも俺の眼には周囲の仲間が()()()()()んだ。 単独での行動が、質にも合ってるというわけさ」


 ……周囲の仲間が、()()()()()()()


 詩絵莉はどういう意味だろう、と、その言葉に少しだけ首を傾げる。


 しかし、単独で索敵活動をする式隼……確かに、そんな隼は聞いた事が無い。思い返せばアダプター1で目覚めた後、索敵から帰還したばかりの彼の姿に違和感を感じた。隼にしては、各部位にプロテクターの様なものを縫込み装着した様な制服……。


 タタリギを相手に、すべからく一般的な装甲は役に立たない。

 人型である(ヘイ)丁型(テイガタ)の剛力はもとより、乙型(オツガタ)など兵器一体型の大型タタリギになれば、単純な体当たりでさえ直撃しようものなら式狼ですら致命傷は免れない。人が纏う事が出来る装甲などでは、そもそも防ぎようがないのだ。


 だとすれば、あのプロテクターは単独でアクティブに動き回る際、地形から身を護る為のもの……と。なるほど、そう言う隼の在り方もあるのか、と詩絵莉は一人納得し、ふんふん、と一人頷く。


『ま、適材適所さ。 事前索敵に人員を割くのが難しい今の俺たちの様な少数で動く部隊では、便利な()()だろう?』

『……こっちは毎回、肝を冷やしてるんッスけどね』


 ふふん、と得意気に言葉を締めるマルセルに、五葉は苦笑しながらやや疲れた声でそう呟いく。

 詩絵莉は五葉の台詞に、誰に言うでもなく「ごよちゃんも大変ね」とつられて苦笑する。


「さて……では引き続き頼むぞ、泉妻。 俺は索敵範囲を狭めつつ搬入口に向かい、装甲車の護衛員と合流する。 ギルバート、そっちはどうだ?」


 先程までとは打って変わり、マルセルは立ち上がるとインカムに手を添え、表情を引き締める。


『……今、丁度最後の資材を広場に運び込んだところだ……こっちも変わらず異常はねえぜ。 この後はどうする?』

「作戦通り、泉妻はそのまま城壁の上から索敵。 俺たちY036部隊で搬入口の守りに当たる。 ギルバートと五葉は施設修繕に向かうフリッツたちの技術班の護衛を頼む」

『式隼、了解……引き続き広域索敵に当たります』

『式狼、了解だ』

『同じく式狼、了解ッス!』


 ギルは運び込まれた資材の横を通り過ぎる、搬入を終えたY036部隊員とハンドサインを交わすと、インカムに添えた左手を下ろした視線の先――

 資材をアダプター2広場の奥にそびえ立つ通信塔に向かう準備を行うフリッツの元へと駆ける。

 同時、すぐ後ろから軽快に地面を蹴る音が脇に追いつく。振り返るまでもなく、五葉のものだ。


「フリッツさん、お疲れ様ッス!」

「よぉ、具合はどうだ? なんか手伝える事あるか」


 ギルは周囲を警戒しつつ、フリッツと数人の技術者の脇にしゃがみこむ。

 中々に大きなバッテリーを背中に背負い、様々な工具が収められているであろう重そうな肩掛け鞄を手で支えながら立ち上がるフリッツは、ふう、と緊張した面持ちでため息を一つ吐く。


「ギル、ありがとう……大丈夫だよ。 でも荷物を持たせちゃあ、万が一の場合、君の動きが遅れてしまうかもしれない。 確かに荷は重いけど……これは僕の領分、平気さ」

「う~ん、フリッツさん、技術屋魂ッスね! 私、そういう意地みたいなの結構嫌いじゃないッス」


 フリッツはギルの脇からひょい、と顔を覗かせ親指を立てる五葉に、ハハ、と苦笑を浮かべる。


「意地なんて、そんな大仰なものじゃないよ……でも、五葉さんも、護衛を申し出て貰ってありがとう」

「なんのなんの、おやすい五葉ッス! ……と言っても、ギルさんとのツーマンセルを提案してきたのは詩絵莉さんッスけどね」

「……詩絵莉が?」


 五葉の言葉に、フリッツだけでなくギルも驚いてみせる。

 間髪入れず、三人のインカムに低い声が届く。


『……ちょっと、ごよちゃん』

「あっ……ひょっとして、秘密だったッスか?」


 五葉の言葉に詩絵莉は索敵を続けながらも僅かに眉をぴくり、と上げる。

 続け様、はあ、と通信機越しにも聞こえる彼女のため息に、フリッツは詩絵莉の姿はこの場所から確認する事は出来ないが、そびえる防壁を仰ぎ見た。


「し、詩絵莉……ありがとう、気遣ってくれて」

『別に……仲間でしょ、普通の事よ。 ギル一人じゃあ何かあったときに、ね』


 その言葉にギルは、ぽりぽりと頭を掻くと、ふう、と落ち込む様に息を吐く。


「まったく、相変わらず信用ねえなあ……」

『……違うわよ』


 詩絵莉は集中力を高める様に瞳孔を収縮させながら、眼下に広がる森林から警戒を解く事なく、手にしたマスケットのグリップを強く握り込む。


「私らはこういう護衛が主になる任務は、慣れてない。 今は暁もローレッタも、アールも居ない……私とあんたでフリッツを護らないといけないの。 その為よ」


 彼女の「当たり前でしょ」と言わんばかりの声色に、ギルとフリッツは顔を見合わせると頷き合う。


「確かに、その通り……だな。 そっちは頼んだぜ、シエリ。 くれぐれも無理はすんなよ」

『言われなくとも。 ま、帰ったら何か奢んなさいよね。 こっちも慣れない広域索敵で、結構神経使ってんだから。 ……切るわよ』


 一方的に通信を終え、通信の途絶えるプツ、という音にギルは困り顔で口角を上げる。


「……よし、時間だ。 俺たちも行こうぜ」

「はい……はい……ええ、了解ッス。 ……ギルさん、マルセル隊長たちの方も搬入口の護りを予定通り固めたみたいッス。 フリッツさん、準備はいいッスか?」


 マルセルとの連絡を済ませた五葉は笑顔でフリッツに向き直る。

 緊張の面持ちを浮かべ、ぶるり、と身体を駆け上がる様な武者震いの後、フリッツは神妙な面持ちで「うん」と頷くと、改めて周囲を見渡す。


 何しろ、只でさえこの場所はY028部隊(仲間たち)が全滅の瀬戸際まで追い込まれた場所だ。


 話に聞いた純種は崩壊し灰となって風に消えたものの、瓦礫の物陰、人一人がやっと通れるかどうかの防壁の裂け目。その全てを今、ここに居る人員数では警戒し賄う事は出来ない。やもすれば、あちこちからこの瞬間にもタタリギが現れる可能性も否めない場所――。


 腕利きのヤドリギ二人の護衛があるとは言え、今までA.R.K.(アーク)の外にその身を置いた事も無かったフリッツにとっては閑散とした広場を前にして、ねっとりとした纏わりつく様な恐怖がその身を包むのは当然の事だろう。


 目指す通信塔までは広場を突っ切り、搬入口から対角線上の防壁の(たもと)――

 距離にして、目算約500m……と言ったところか。


 フリッツは乾いた口内を潤す為に懐から小さな水筒を取り出すと、注がれた水を口に含み、ゆっくりと飲み下す。すっかり体温で温められた生ぬるい水は、それでも彼に今は生きている、という実感を与える。


「……心配すんな。 お前の事は俺と五葉で護ってやるからよ」

「そッス! これでも市街戦の経験は豊富ッスからね! どーんと任せておくッスよ!」


 ぷう、と水筒から口を離す硬い表情のフリッツの肩を、ギルはぽん、と叩く。


 その衝撃を身に感じながら浮かべる、意を決した表情。

 

 ……あの通信塔の復旧は、僕にしか出来ない事――

 ここに居るギルや五葉、そしてマルセルでさえ出来ない事だ。



 ――『眠るとき、誰かに胸が張れたとき…………そこにこそ、生きた意味はある』わ。



 彼の脳裏に、アーリーンの台詞を口ずさむ詩絵莉の姿が浮かぶ。

 ここに立つ事を、通信塔の設備を自らが赴き修理を担当すると進言したのは他ならぬ僕だ。そう頭の中で呟くと、フリッツは身を駆ける恐怖を、ぐ、と抑え込む。



 ――そうだ、僕は『()()』に胸が張れる様、この瞬間を……やり遂げるぞ。



「……ギル、五葉さん……ありがとう。 よし、よし……もう平気だ。 行こう……!」


挿絵(By みてみん)


 二人の式兵の前へと、震える前足を誤魔化す様に自ら力強く一歩踏み出すフリッツの前後を、すぐさまギルと五葉がカバーに入る。


 二歩目の足取り――既に、彼の震えは止まっていた。


「じゃあ、通信塔にレッツ五葉! ッス!」

「……それは無理があるんじゃねえか、流石に」

「えーっ、そッスかね……!?」


 その緊張をほぐそうとしてか、はたまた地なのか。


 前後を行く、ギルと五葉の掛け合い。

 フリッツは一瞬苦笑を浮かべたが、すぐさま表情を意を決する様に引き締めるのだった――






……――第8話 エピローグへと続く。

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