第8話 D.E.E.D. (閑話:ラティーシャの決意)
第13A.R.K.作戦司令代行にして才女、ラティーシャ・ミルワード。
皆が集まったラボに姿を見せていなかった裏で、一人、ある決意の元に行動を起こしていた。
彼女が決断した選択とは…。
「……局長は今回の件――どう見ますか」
通話を終え静かにため息をつくヴィルドレッドに、作戦司令代行ことラティーシャ・ミルワードは手にした資料を整えつつ口を開いた。
ヴィルドレッドは、ファイルからいくつかの資料を取り出し真剣な面持ちでそれを見つめる彼女に向き直る。
「……さて、見なければならぬ事が多いからな。 なんとも一言では答えにくい質問だ」
ヒューバルト大尉との舌戦とも言えた通信――
その緊張から解放されたと言わんばかりに、深く椅子に腰を埋め苦笑する彼に、彼女もつられて笑みを浮かべる。
だがすぐにその表情を引き締めると、彼女は再びローレッタが纏めた書類に目を落とす。
「……差し当たって、彼女――式神、アールの件ですが……」
「ラティーシャ、君が言いたい事は判っているつもりだ。 本当にこのA.R.K.に"得体の知れぬもの"を置いていいのか……違うか?」
ヴィルドレッドが発したその言葉に、彼女は一瞬頷きかけるが、すぐ否定する様に首を横に振ってみせた。
「――そう思う気持ちがあるのは確かです……ですが、局長の判断は……私には、間違っているとは言い切れません。 先に、あの男と話されていた通り……現れた純種に対して有効な戦力の確保……彼らには残酷な言葉に写るかもしれませんが、これは、事実……なのですから」
「ああ……斑鳩たちの前では、結局……面と向かって言い切れないでいた。 ……俺も随分、臆病になったものだ」
そう言うとヴィルドレッドは小さく息を吐き、肩を竦める。
確かに、彼女の生い立ち……式神として"造られた"存在だとするならば、それを許容し生み出した者たちへ対する怒りと憤りはある。
その目的がヒトを救う為であったとしても、その救うべき存在であるヒトを冒涜するか如くの行為は、許されるべきではない。それはもはや、深淵を潜り抜けた先にある、ヒトが決して辿り着く事はない、辿り着いてはいけない行為に他ならないだろう。
だがその反面、あの純種を退けた式神の力……。
今この前線に、再び幾何十年ぶりに出現が確認された純種に対して切る事が出来る手札は、この第13A.R.K.において、ある意味"彼女"しか居ないのも事実だ。
アダプター2での戦いは、純種の存在を想定していなかった……いや、それを想定していなかったのは他でもない、アール以外のY028部隊、そして我々だったのだろう。それ故、式神は最後の手段として自らの存在を投げ打つ自爆に等しい行為、"深過共鳴"を行うに至ってしまった。いや、至らせてしまったのだ。
だが、もし部隊が一丸となり、純種を想定しての闘いだったならば……?
例え彼女がそう命じられていたとしても、あるいはその道を辿る事なく生還に至ったかもしれない。
…しかし、それは全て仮定の話でしかない。
今彼女が、差し当たってこの第13A.R.K.……人類の最初の砦であるこの地に迫る脅威に対抗するカードである事は確かだ。
「……当然、もしアガルタの奥底で彼女の様な存在が造られているとしたら……それは、容認すべきではない。 我々は知ってしまったのだ。 矛盾こそしているが、彼女の様な存在を容認すべきではない……何か、我々に出来る事を模索したいのは本心だが……」
ヴィルドレッドはちらり、と机の上に置かれたままの古びた資料が閉じられるファイルに目を落とす。
「差し当たっての脅威を退ける力がなければ、どちらにせよ……ですか」
「……我々に配られたカードは、あるいは破滅へ辿るものなのかもしれん。 ヒトを……ヤドリギを超えた存在である、式神。 だが、彼女はそれを受け入れた上で…我々と――斑鳩たちと共に闘う道を選んだ。 俺は、それに報いてやりたいのだ」
そう言うとヴィルドレッドは、自虐する様に目を伏せ――深いため息をついた。
「……綺麗ごとだと笑うか? ラティーシャ」
「まさか」
彼女は少し肩を竦め、彼に向けて苦笑を浮かべる。
局長――彼の立場では実際、最善の手……いや、これしか打つ手は無かったと言う方が正しいか。
糾弾すべき式神の正体。アガルタの光の影に確かに息吹く、底なしの闇。最前線、差し迫る純種の脅威。加えて、難航している全滅した第14A.R.K.の奪還作戦に対する憂慮も大きいだろう。第14A.R.K.の奪還は、資源に乏しいこの前線基地にとっても急務だ。壊滅したとはいえ回収出来る物資は貴重そのもの。
しかし、解明すべきその第14A.R.K.の壊滅理由――
前例の無い、掛け値なしの全滅に対して、ヴィルドレッドも今……感じているのかもしれない。その全滅の理由……アダプター2に現れた様に、純種が関わっているのではないか、と――。
大多数の戦力を今そこへ注ぎ込んで居る中、やはり戦力とフットワークの軽さ、そして少数構成でのタタリギ殲滅に対する経験値を持つ斑鳩たちY028部隊の存在は今や、大きなものとなっている。当然、式神であるアールの存在も含めて――だ。
なればこそ、自衛の為にも、おいそれと式神の存在を明るみに出し糾弾する事は難しい。
彼女を生み出した存在は許されるべきものではないだろう。アガルタに属する者……いや、ヒトとして、ヤドリギとして、看過出来ない問題ではある。しかし今はこれ以上の全局面に対する対応は、局長である彼――ヴィルドレッドをしても難しいと言わざるを得ない。
――やはり、私。
「局長」
ラティーシャの決意を浮かべた表情に、ヴィルドレッドは片眉を僅かに上げる。
「私がアガルタに……出向致します」
「――!」
迷いなくそう発した彼女の台詞に、ヴィルドレッドは驚いた様に瞳を大きく見開く。
「現状、まずアガルタがどこまでこの"式神"という存在を認知しているのか。 D.E.E.D.計画……我々が知らない"何か"がアガルタの影にあるのは確か……まずは、表と裏の線引きと裏打ちを確保すべきだと思うのです。 ……いずれ、いつか動くその時の為にも」
「ラティーシャ……いや、しかし……」
ヴィルドレッドは両の腕を組むと身体を椅子に縮込ませると、眉間にシワを浮かべる。
「……幸い、保留にしてある昇進試験の切符があります。 研修と試験内容は目を通しましたが、その行程でアガルタにも何度も出入りする様です。 そこで、出来る限りの情報を集めてきます」
彼女の言葉に、深く目を閉じるヴィルドレッド。
確かに、若くして戦場を駆け、前線から退いた後も最前線基地で、作戦司令代行を担うラティーシャ・ミルワード。
彼女はA.R.K.、アガルタに所属する人材の中でも特に優秀な逸材として注目されてきた。そんな彼女の元へ、局長を務める為の昇進試験を受けてはどうか、と上から何度か打診があったのは事実だ。
しかし、彼女はその打診をやんわりと断り、保留し続けてきた。
それは他ならぬ、この第13A.R.K.……ヴィルドレッドの元で働きたい――それが彼女の強い意向だったからだ。
「……確かに、このA.R.K.を出ねば得れぬ情報が欲しいのは事実だ。 昇進試験を今受けるという口実も、壊滅した第14A.R.K.の奪還を見据え、先で受け持つ資格を得る為に――という名目ならば、このタイミングも特異なものとしては映らぬだろうよ」
「ええ、まさしく――その通りです」
そこで漸く、ヴィルドレッドは硬く閉じたまぶたを開け……机を挟み正面に立つ彼女の眼を、ひたと見据える。
「……危険だぞ、ラティーシャ。 恐らく俺たちが思っている以上には、だ」
「心得ています。 しかしアガルタ方面に向かい現地で調査をする口実としては、これが一番真っ当でしょう。 ……局長、今は私が動く事が最善だと思うのです。 危険は承知しています……ですが、それは局長と一緒……ですよ」
「……?」
彼女は微笑むと、静かに頷いてみせた。
「私とて、彼女の……Y028部隊の、そしてここを守るヤドリギたちの命の上に、ただ座するつもりはありません。 少なくとも、肩を並べ同じ方向を見ていたい。 だからこそ――局長も、踊って下さったのでしょう?」
彼女の言葉に、ヴィルドレッドは苦笑を浮かべながら肩肘を付くと、彼女を仰ぎ見る。
「……フ。 言う様になった、ラティーシャ。 とてもあの泣き虫ラティと呼ばれていた娘には、もはや見えんな」
"泣き虫ラティ"。
その言葉に、彼女は見る間に耳まで真っ赤に赤面すると、手に携えていた資料をヴィルドレッドの机の上にぱん、と叩き付けた。
「……そ、その呼び名思い出させないで下さい! ……いつの話ですか、まったく。 これでも"紅のミルワード"なんですよ、私は!」
言うと、ぷい、とそっぽを向くラティーシャに、ヴィルドレッドは堪えきれず、くくく、と含み笑いをする。
今でこそ凛とし、感情を表に出さず作戦司令代行を冷静に務めあげる彼女だが、幼い頃より彼女を知る数少ない人物であるヴィルドレッドからの不意打ちに、腕組みをしながら何度も「まったく! もう!」と恥ずかしさを誤魔化す様に呟いていた。
ひとしきり笑うと、ヴィルドレッドは改めて腕を組み替え、満足したと言わんばかりに片手でヒゲをなでる。
同時にふと表情を引き締め思考する様子に、ラティーシャも自らを落ち着ける様に咳払いをひとつ。
「しかしそうなると、一時的とは言え作戦司令代行が不在となってしまうな。 ……さて、どうしたものか。 誰か他に適任者は……と、言いたいところだが――その顔。 既に心当たりがあるのだな?」
「ええ、当然です」
ラティーシャは、不敵な笑みを浮かべ、彼に大きく頷いてみせる。
「事後報告になりますが……あの男を、この第13A.R.K.に呼び戻しました」
「……あの男……」
彼女の言う"あの男"について、ヴィルドレッドは一瞬誰だと記憶を遡る様に視線をゆっくりと天井へと昇らせてゆく。
だがそれも数秒……すぐに大きく瞳を開くと、思わずといった風に右手で開いた左手を強く叩く。
「!! ――まさか、あいつか……! しかし……あいつが本当に、引き受けたのか?」
彼女がこの局面で自分の代わりを勤めさせるに値する人物……。
ヴィルドレッドはそうだとしても、やや信じられない、といった表情を浮かべる。
「ええ。 現、第11A.R.K.所属、民間居住区・苦情受付担当……今の肩書、相変わらず気に入っているそう、ですけどね。 一時的ならば、という条件は付けられましたが、今夜にも出発するとの事です」
「なるほど、しかしあいつとはな……確かに彼ならば、補佐官のヴィッダとも面識がある…それに、能力も申し分ない……やってくれるのなら、だが」
考え込むヴィルドレッドに、ラティーシャは自信満々に深く深く頷くと、にっこりと笑みをその顔に浮かべる。
「心配ありません、局長。 彼の事は改めて説明するまでもないと思いますが……必ず、全うさせてみせましょう」
彼女の笑顔に若干恐ろしさを感じ、一筋の冷や汗を流すヴィルドレッドだったが、納得したように小さく何度もこくこく、とその首を上下させる。
「加えて、すぐに発つとは……どうにも離れていたとしても、監督が往き届いている様だ」
「ふふ。 事の詳細全ては性質上、通信では伝えていませんが……彼ならば、きっと」
「他ならぬラティーシャの勅命という訳か。 これは期待出来そうだな」
二人は静かに笑ながら、良く知るその人物を互いに頭の中に思い浮かべていた。
彼女が呼んだその男もまた、ヴィルドレッドが遠い昔から知る人物の一人だ。とある事情から13A.R.K.外の配属を望み、彼女の言う通り今は第11A.R.K.に勤めるその人物。彼の能力はヴィルドレッドも知るところ……少々、癖がある人間ではあるが、彼女に引けを劣らず優秀な人材には違いない。
ひとしきり、局長室に緩やかな空気が流れ――
二人は手元に置かれ、すっかり冷めてしまったラティーシャの淹れた万能ナッツのコーヒーを一口、二口啜る。
そして訪れる静寂にヴィルドレッドは椅子に腰かけ直すと、再び確認する様に、彼女の瞳に視線を合わせる。
「では、ラティーシャ。 ――本当に……任せていいのだな?」
「勿論です、局長。 少しの間、留守にしますが……出立の際には、改めて」
「ああ。 だが、くれぐれも無茶はするな。 ……いいな、これは局長としての……命令だ」
言うと椅子から立ち上がり、彼女の前まで進むと――ヴィルドレッドはどこか悲痛そうな表情を浮かべる。
普段見せない彼の思い詰めたその表情に、ラティーシャは思わず、くすり、と笑みを漏らした。
「そう心配しないでも大丈夫ですよ、表向だって諜報活動に赴く訳ではないのですから。 ……それに、これでも私は、あのヴィルドレッド・マーカスの義娘。 無茶は貴方譲り……ですよ」
僅かにいたずらっぽい表情を浮かべる彼女に、ヴィルドレッドはやれやれ、と言った風に片手で頭を掻いた。
「――まったく。 その"無茶さ"は、まだ譲ったつもりはないのだがな。 ……だが、これだけは忘れるなよ」
そう言うと、ヴィルドレッドはラティーシャの肩に右手を置く。
立派に成った彼女の肩は、想像していたよりも細く…昔と変わらぬ小さく細い――だが、強い意志を纏いぶれる事なく立つその姿に、彼は目を細めた。
「俺の義娘だと言うなら、尚更、無事でいる事だ。 ……無事に、戻って来い。 いいな、ラティーシャ」
「……はい」
彼のくすんだ青い瞳を真っ直ぐに見つめ返すと。
彼女はゆっくり――そして、噛みしめるように、深く、強く頷いて見せるのだった。
…………――――第8話 D.E.E.D. (閑話:ラティーシャの決意)




