第7話 この力、誰が為に。(8) Part-2
式神の真の能力。
アールは仲間を救う為、遂にそれを解放する。
アガルタの眼を知りながら、意図を知りながら―
それでも、彼女は守るべきものの為に、その命を燃やす―
そしてその姿に、斑鳩は―。
「アル、ちゃん……」
熾烈に繰り広げられる、純種と彼女の一騎打ちを眺めながら――
ローレッタはかすれた声で、無意識に彼女の名を呟いていた。
『……ローレッ……タ、一体……なにが……彼女に起きているん、だ……!』
理解出来ない光景を目の当たりに、身体を貫く撃牙の激痛をそのまま……斑鳩は青い表情を浮かべる。
彼の言葉に、彼女はその身一つ動かさず……乾き下が張り付く口を小さく動かす。
「わから……ない……けど、あれが……あれが本当の彼女――式神の本当の、力……なの……?」
『……』
不揃いに伸び、渦巻く白い頭髪。今までとはまるで次元が違う、さながら獣の様な荒々しくも……どこか流麗にも映るその身のこなし。
幾重にも、不規則な間隔と軌道で繰り出される鋭い触手の攻撃……それを避け――あるいは撃牙で撃ち払い。
さらには無造作に、素手である左手で、繰り出す蹴りでその悉くを撃ち落すアールの姿に、今やローレッタは戦慄すら越え、ただただ目を見開き、彼女の姿を呆然と追っていた。
そして目の前で繰り広げられる異様とも言えるその光景――激痛と出血に霞む斑鳩の眼が捉えていたのは……撃ち込み、または防御に使うその肢体……。
――明らかに骨折している瞬間が見てとれるにも関わらず……次の瞬間、治癒している様に見える彼女の四肢。
如何に狼といえど、骨折を瞬時に回復させる様な治癒能力など見た事も、聞いた事すらない。
――あれ、は……普通じゃない……明らかに、ヤドリギとしての範疇を超えて、いる……!
彼の脳裏に、第13A.R.K.の局長室でヒューバルトが口にした言葉がよぎる。
新型のA.M.R.T.による、式兵……それが、"式神"……。これが、これが本当の式神の姿……なのか?
ならば、これほどの力を何故……彼女が今まで使わなかったのか?
アールとは短い付き合いかもしれない、だが……戦いにおいて手を抜くようなタイプではないはずだ。
霧が晴れていく様な脳内、加速する考察と共に斑鳩の胸の内がその結論にざわめく。
――決まっている……あの"力"には、何かしらの"代償"があるからに違い無い……!
だから彼女は使えなかった――いや、使わなかったとすれば……
今、皆が倒れ全滅が確定したと言えるこの状況で、その力を奮う理由……それは……一つしか、ない――!
彼は表情を歪ませると、俯き――そして血が滲むほど、その唇を強く噛む。
ヤドリギである式兵は、その身体にいわば微量ながらA.M.R.T.――つまり、調整されたタタリギを宿している。致命傷を受け、まさに意志と命の混濁を引き金に、ヒトとタタリギのバランスが崩れると……深過が始まり、崩壊―あるいは、丁型タタリギへと"堕ちる"……だが。
もし、彼女のあの状態が疑似的に丁型に近い状態をその身に再現するものだとするならば……?
ヒトの身でありながら、あの凄まじい力を発揮している事にも、納得が行く。
……思えば、ヒトの身でありながら獣に立ち返ったかの様なあの動き――今まで幾度となく戦った、丙型、丁型に……どこか通じるものがある……。
だが……その先は――その先は……あれがもしそうならば。
待つのは過度な深度経過による暴走か、崩壊……即ちそれは、ヒトとして自壊するか、かつての仲間に討たれるかの――弔う事すら敵わない……それは、絶対的な……!
「ぐッ……!!」
斑鳩は貫かれた螺旋撃牙に手を掛け、荒い呼吸に震えるその半身を無理矢理地面から起こす。
そして、霞む視界を晴らすように目を凝らし、観察するうちに気付く……彼女の視線の行方――。
それは、相対する純種を越した先に倒れる、詩絵莉とギル――いや、違う……もう少し、手前……?
「……あれは、詩……絵莉の……マスケット、銃……」
純種と撃ち合いながら、牽制しながら――
彼女は明らかにその意識を、詩絵莉の手から落ち地面に横たわるマスケット銃へと向けている。
だが今の彼女の位置から純種の猛攻を強引に潜り抜け、マスケット銃を拾えたとしても――
あの位置……恐らく、倒れる詩絵莉とギルが……近すぎるのだ。
純種と同等の速度と反応……いや、体格が小さいぶん小回りが利く彼女が、果敢に真正面から戦う理由はきっとそれだ。
少しずつではあるが、純種の位置を倒れる彼らから離すために、誘導を試みているのか……?
――彼女は、アールは……この状況でも……俺たちを生かそうとして……
斑鳩の脳裏に、出撃前夜のあの物見やぐらの上で交わした彼女との言葉が過る。
――「…………明日、もし何かあっても…………わたしを信じて、欲しい。 きっと…………役に立ってみせるから」――
……あの言葉の答えが、この光景なんだ。
あの言葉に俺は……彼女になんて答えた……!?
――「…………わかった、アール。 改めて言うまでも無い、俺たちは、お前を信じているよ」――
ぎり……と、斑鳩は歯を鳴らし、後悔と共に強く噛みしめる。
"言うまでもない"、だと……? "お前を信じている"、だと……?!
だが、その実はどうだ!?
俺は、きっと……お前を信じてなどいなかったんだ……ッ!!
ここへ来ても、そうだった……お前に、お前の後姿に……俺は――信じると、言ってやれなかった――……!!
――なのにッ……!!
俺なんかより、彼女は――アールは、俺など足元にも及ばない……
俺なんかより、ずっと、ずっと――彼女は"ヤドリギ"でいるじゃないか……!!
俺たちを守る為に――いや、それだけじゃない。
あの夜、彼女が見せた……あの揺れる紅い瞳。そして、覚悟と共に告げたあの言葉……
――……どうして気付かなかったんだ。気付けなかったんだ。
あの紅い瞳の奥にあったのは……己の意地と覚悟の為ならば……命すら厭わないと静かに語る、彼女の確かな意志だったはずなのに。
あの異常とも言える"力"の正体が……もし"深過"だとするならば……それは……
――それは、命と引き換えに違い……ない……!!
自らの欲望と計算、そして得た結論に満足し、黒い瞳を濁らせていた男――
斑鳩のその瞳に、まるで再び力が宿るように――光が、差す。
「……何が……その先が見たい、だ……。 え……偉そうな事を……言うなッ……!!」
斑鳩は吐き捨てるようにそう呟くと、全身を貫くような激痛をも厭わず……自らに突き刺さったままの螺旋撃牙の芯はそのままに…その芯を身体に残したまま、腕部へ装着するパーツを、がしゃあ、と荒々しく引き抜く――!
『たっ……タイチョー?!!』
バイタルデータの急激な乱れを視界に入れたローレッタは、呆然と眺めるアールの姿から意識を取り戻し弾けるように、斑鳩の行動をその眼に映すと驚きと戸惑いの声を上げる。
先程まで血溜まりに沈み、力無く戦いの行く末を眺めていた彼は今――苦痛からか、それとも別の意志の表れなのか……見たことの無い形相を纏い、螺旋の芯が装備されていない血に濡れた撃牙を、右腕へと装着していた。
――アール……あの銃が必要なんだな……!? そうなんだな……!?
「ー~~ッ!!」
その身体に、あらん限りの力を込め――
自らを貫く螺旋撃牙の芯から、ぼたり、ぼたり、と流れ落ちる血をそのままに、両の足で血だまりの上に立ち上がると、一つの呼吸を着く間もなく。
「――おおぉおぁぁああァッ!!!」
純種へ向かい絞り出すような咆哮を上げながら……斑鳩は一気に駆け出した――!!
『……なっ……にを……!!?』
「……いか、るが……!?」
斑鳩の思いもよらなかったその行動に、ローレッタは瞳を見開き硬直し――
アールは純種から繰り出される無数の攻撃を掻い潜りながら視界に入れたその姿に、驚きの声を上げる。
駆ける速度は遅く、その手に武器も無く。
滴る血をまき散らしながら、それでも転がるように駆ける彼の姿に――
純種は目の前のアールに対する猛攻をそのまま、迎撃を準備するかの様に肩から生える触手、その一本をひゅん、ひゅん、と左右に揺らし――!
「――ッ斑鳩……だめ――!!」
その光景に、焦るアール――
だが、繰り出される無数の触手、そして前足による鋭い攻撃に彼への道は遮られ……そして。
――ぐしゃぁあッ……!!
鈍い音を立て、まさにあっけなく――
走り寄った斑鳩を、まるで煩い虫を叩き落とすように、巻き込み凪ぐ様な触手の一撃があっさりと彼を捉え――
「が……ッ!!」
『――あぁあッ!!』
歯を食いしばるその口元から、螺旋撃牙が貫く脇腹から、激しく迸る血――そして、響くローレッタの悲鳴。
だが――その触手が捉えたのは……彼が両手で支え盾の様に突き出した、芯の無い螺旋撃牙の外装甲――!
折れ、へし曲がり、砕け散る撃牙の装甲……そしてその衝撃で純種の後方へと低く浮き、跳ね上げられる斑鳩の身体――。
……その刹那、触手に撃ち払われ砕ける撃牙を手に、低空を吹き飛ばされる彼の表情を、彼女……アールは確かに見た。
それは激痛に歪む表情でも、深い絶望の淵にある表情でも、どちらでもなく――。
――斑鳩……わらって……る……?
ずざあああぁっ……!!
純種の後方へと吹き飛ばされ――
そして地面を転がると、食い込み地面に掛かる螺旋の芯が彼の傷を無残にも深く抉り、大量の血の赤で、地面へその軌跡を印していく。
だが彼は、その一切を気に留める事なく転がり着いた先で大きく息を吸い込み――
「ッアァァァーーーーール!!!」
描いた赤い軌跡が辿り着いた先…そこには、地面に横たわるマスケット銃――!
斑鳩は最後の力を振り絞るように……起き上がりざま、砕けた螺旋撃牙の外装が剥がれ右手でそれを拾い上げ――彼女の名を叫んだ!!
――斑鳩……まさか……わざと攻撃を受けて……!? あの銃を、拾う為に……!!
絶叫するように呼んだ彼女の名と共に――
斑鳩は血みどろの手でマスケット銃を拾い上げると、勢いそのまま――アールへと、放り投げる!!
そして――彼の手からマスケット銃が放たれたその刹那。
……アールは……彼女は、確かに。その言葉を……斑鳩の、確かな声を――聞いた。
――俺は、お前を、信じる……
血みどろになりながら……投げた銃に、身体を大きく泳がせてしまうほど……今や満身創痍の彼から――聞こえるはずの無いその、声。
……だけど確かに、この胸の奥に――確かに、聞こえた。
小さくて、弱くて……だけど、想いの込められた、彼の心からの声を――確かに……。
――――うん。 ……見てて、斑鳩……。
彼女の紅い瞳が、さらに強い意志を湛え示すように―色濃く鮮やかに、燃える。
純種の一撃を掻い潜り、続く一撃より疾く――彼女はその身を地面から抜き放つ様に跳躍すると――
投げ放たれた、デイケーダーが込められたマスケット銃を空中で、しっかりと――その左手で掴み取った――!
同時にマスケット銃を手に、空中で反転しながら――翻す身の刹那、その感覚を急速に研ぎ澄ます。
――詩絵莉……かわりに、やるね。
彼女の……様に――
アールは、その紅い瞳の奥に詩絵莉の姿を宿す。
思い描くは幾度となく見た、彼女が放つ正確無比な一撃その一撃――。
デイケーダー、その最後の一発……だが、彼女は全く怯む事なく、臆する事なく。
完全に、集中を果たす。
――遠のく音。遠のく景色。
射撃に影響する様々な要因を瞬く間に考慮し、無限に交差する弾道の中から、ひとすじ……己が銃弾が奔る軌跡を、追う。
完全に集中を果たした式隼がそうであるように――中空でその身を翻すアールに今映る世界は、それだけとなった。
まるで弾丸となった様に奔る意識は、時が止まったかの様な空気の中……波打つ触手を避ける道を見出し、到達する。
自らの指を掛け、放つデイケーダーが描く軌跡……その放たれた弾丸の未来を視る様に――
――着弾点である、純種……その角の様に額に生えた、あの"芯核"へ――!!
――ぎッ……!
――ッヅ……ッバァァアァンッ!!!!
それはまるで、時を解放する合図かの様に。
その歯を強く食いしばると同時に――彼女は一切の迷いなく、その引き鉄を……強く、強く引き絞った――!!
……――第7話 (8) Part-3 へと続く。




