第7話 この力、誰が為に。(6) Part-4
紅く、それでも希望を灯す様に燃える、アールの瞳―。
黒く、自らの渇望した存在を目の前に渦巻く、斑鳩の瞳―。
果たして、この戦いの先にあるものとは―!
――内に滾らせる黒い身を焦がす様な感情。
彼の渦巻く思考へ、突如注がれたインカムからのその声―
それは、戦闘開始から言葉を失っていたかの様なローレッタのものだった。
『タイチョー、みんな……ごめん! あいつの動き……戦闘開始からの一連の動きを、遡って観察し直してみた……!』
「……ローレッタ、何か掴んだんだな?」
斑鳩は彼女の希望を含んだその声に、純種から眼を離す事なく……その口元を僅かに上げた。
……対して純種はその余裕からか――。
傷口の再生を行いながら、斑鳩とアール、ギルと詩絵莉へ交互に、首を値踏みするように振る。
詩絵莉は少しよろつきながらも呼吸を整え立ち上がると、ギルの背中へ「……助かった」と小さく声を投げ掛ける。
その言葉にギルは純種から眼をそらさず……未だに荒い息を整えながらも大きく頷いて見せた。
「……つっても、はぁ、はぁ……次も都合良くカバー出来るかは、わからねえ……クソ、どうする……」
「わかってる、くそう……何とかしないと……!」
それだけは……何よりも嫌だ。
彼女は自らの焦る心に気付くと、冷静さを取り戻す様に深く、静かに深呼吸をする。
――ギルの助けが無かったら、死んでた、かな…………あんなに……あんなに簡単に、死を感じるなんて……
深呼吸により若干の冷静さを得た彼女は、ふと、申し訳なさそうにその視線を土と出血にで汚れたギルの背中――そして、彼の肩越しに斑鳩へとその視線を送る。
――暁もギルも……アールも。……分かってはいたけれど、こんな死と隣り合わせの間合いでいつも戦っている、のね。
「……?」
そんな事を考えながら、ふと見つめた斑鳩の瞳に――詩絵莉は、あの違和感を感じた。
彼の達観したような、どこか遠くを見つめているかのような。
それでいて皆を優しく見守る様な……その吸い込まれそうなその黒い瞳――。
だが、彼女が何とはなしにその隼の眼で捉えた斑鳩の目は、詩絵莉が見た事のない雰囲気と色を纏っている様に見て取れる……。
厳しい状況に、それを浮かべているのか――いや、違う……どこか、違う……?
――……あれは……いつもの、暁の目じゃ……ない……?
ぞくり、と。
詩絵莉は先ほど目の前に迫った死すら忘れて、見た事のない彼の眼に寒気を感じる。
そうか、あの目だ……と、詩絵莉はアダプター2で彼に感じた違和感を思い出す。
あの時も、斑鳩の目は……いつもと違う、あんな目をしていた様な――そんな気がする――。
警戒を忘れ、斑鳩の瞳を見つめる詩絵莉を戦場に引き戻すように、ローレッタの声がインカムを揺らした。
『ギル、シェリーちゃん、動ける!?』
「……キサヌキ、目ぇ覚ましたか……はぁ、はぁ……俺は問題ねえっ!」
「あっ……うん、あたしも……大丈夫」
『よかった……! タイチョー、皆聞いて、簡潔に提案する!!』
ローレッタはコンソール上に映し出される木兎を介したリアルタイムの戦場の映像と同時。
同画面の端へと再生中の戦闘開始から録画されている純種と彼らの戦闘ログに眼を大きき見開き……その瞳を小刻みに揺らしながら純種の動きを追い、確認する。
『そいつは頭部に対しての攻撃のみ僅かだけど回避を試みてる……芯核があるなら……!!』
彼女の声と同時――。
詩絵莉が穿った弾痕を完璧に復元した純種は、ギルと詩絵莉の方へと狙いを定めるように首をもたげる。
――ま、狙うならこっちだよなぁ……!?
ギルは額から滴った右目に落ちる血を乱暴に拭いながら、覚悟を決めた表情と共に胸の内でそう叫ぶ。
同時に、まだダメージが完全に抜けきっていないその身体を誤魔化す様に、だん、と地面右足で強く踏み抜き――撃牙の引き鉄を、震える手で強く握り込む――!
「アールッ!!」
その光景を前に、斑鳩の声が先か後か――。
彼女……
アールは身構えた前傾姿勢から、身体そのものを抜き放つ様な凄まじい瞬発力で駆け出していた。
一瞬で距離を詰め、純種へと縋り付き様。装填してあった撃牙を、すかさず後足へと叩き込む――!
撃ち爆ぜる彼女の連撃音。斑鳩はそれに続くように駆けだすと、アールの撃牙による連撃により僅かにその体を揺らし、身体を落とした純種の右側へと一気に回り込む――!
「くうッ――!!」
加速と同時に、急激な方向転換。
斑鳩は歯を食いしばりながら地面を弧に描き削るようにその走線、その身を旋回させ――半ば正面……あえて自らの攻撃を相手へと事前に知らしめる様に、その懐――。
純種の顎下へと、一気にその身を滑り込ませる!
瞬間、純種の亀裂の様な紅い目と、斑鳩の黒く渦巻く瞳が交差する。
斑鳩はそれでも躊躇なく、一切の恐怖心も、迷いもなく。
――その顎めがけ、螺旋撃牙が装填された右腕を突き上げた――!!
ゴオッ……!
引き鉄を弾く事なく……つまり、螺旋の杭芯を、撃ち出す事なく。
斑鳩が沈めた身体をバネに突き上げるように放ったその渾身の右手を、純種は僅かに首をよじり、避ける――。
――確かに、こいつ……頭部への攻撃を嫌っているな……。
その光景を、斑鳩は純種と息が重なる様な間合いで、冷静に確認する。
斑鳩の握り込んだ拳の如くの撃牙の砲身と、純種の頭部がすれ違うと同時に――突き上げた彼の右手の影……純種は、斑鳩に対してよじったその首を、頭突かんとばかりに力を籠め――!
『――!! タイチョあぶな……!』
「……いかる……!」
刹那、目を見開くローレッタ。
そして連撃後間合いを取ったアールはその光景にすぐさま身体を抜かんと再び構え――
だが斑鳩はその瞳を見開き――突き上げた右手を、く、と折り畳むと……
温存しておいた引き鉄を、一気に握り込む!
ズァギャンンッ……!!!
中空を狙った、螺旋撃牙のその一撃が放たれる――!
顎を目がけて放った、いわば只のアッパーカットにより僅かに浮いた彼のその身体は、地面を噛む事無く放たれた杭芯の衝撃を受け――
凄まじい勢いで撃牙を放った右腕を中心に、空中でその身体を急激に回転させる――!
ごぁッ……!
その衝撃で空中で身体をズラし、まさに紙一重で純種の頭突きを避けると――
ずだぁあんっ!!
「ぐッ……」
回転させた身体を、激しく地面へと落下させた――!
低空とは言え、空中から地面へ向けての急激な回転を伴う着地――流石の斑鳩も見事な着地とはあいならず、体勢を崩したまま地面へと突っ伏すような形になる。
すかさずその彼を踏み抜かんと、純種は左前足を浮かせたその瞬間――
―ズッガァァアンッ!!
振り上げようと浮かせたその左前足を、真横から飛び込む影――。
アールは、撃牙の一撃をすれ違う様に叩き込み、離脱する!
その一撃に純種が僅かにバランスを崩したその一瞬の隙――斑鳩はすぐさま跳ね起きるように地面を蹴り上げ、後方へと間合いを取った。
――すっ、すごい……!
思わず、ローレッタは木兎を通した光景に感嘆の声を小さくあげた。
撃牙を空中で撃つことにより、その衝撃による反動を利用し身体をズラす――。
今まで見た事の無い斑鳩の行動、そして間髪入れずのアールのカバー……恐らく斑鳩は、先ほどの「頭部への攻撃は避けている」という事を確認しようとしたのだろう――だが。
同時に普段の彼の冷静さ知る彼女は、随分と大胆な方法を選んだ事に驚かされていた。
「……斑鳩」
着地した斑鳩の脇。
再び寄り添うように先ほどの一撃から離脱したアールは、純種から目を逸らす事なく彼に苦言を呈するかの様な口調で彼の名を呼ぶ。
「助かった、アール。 ……だが、確かにヤツは頭部への攻撃に対して過敏だ。 ローレッタの言う通り、他の場所の比じゃない」
『タイチョー……肝を冷やした……あんまり一人で無理しないで……!』
「ローレッタの言う通り。 ……斑鳩、今のは……ちょっと危ない、よ」
「……ああ」
斑鳩はローレッタとアールの声に小さく頷きながら――
予想通りに立て直し、敵の弱点を察する観察眼を見せた、ローレッタ。
彼女ならと打算し、あえて無茶を成した着地の隙……そのフォローを言わずもがな見せてくれた、アール。
自らが望む力を見せてくれる二人の行動に、その優秀さに。
今一度……滾りを感じる。
だが、あいつと渡り合うには、まだまだこれからだ――。
彼は心を静める様に。
空中で放った螺旋撃牙の衝撃を受け――ややダメージを負った右肩の具合を確かめる様に、ぐるん、と肩を回す。
普段行う様な撃牙の試射とは違い、あえて身体をその衝撃に耐える様硬直させず、弛緩し放ったその反動による、空中での回避――。
――もう少し上手くいくと思っていたが……続けては無理だな――だが、十分だ。
彼は再び螺旋撃牙を装填すると、ぐ、とその肩を純種へ向け構える。
アールは小さく頷くと、湧き上がる不安を抑え込む様にその瞳を燃やす様に輝かせると……
――彼に続く様に、装填された撃牙を静かに構え、純種を射抜くように見つめる――。
・
・・
「――イカルガのやつ、無茶しやがるぜ……!!」
斑鳩とアールの立ち合いを見て――詩絵莉をカバーするギルは称賛とも驚嘆も取れる声を上げると同時に、詩絵莉のカバーにより中々この場を離れられないもどかしさに身を震わせていた。
活性化された自己治癒力によりダメージはほぼ抜け、出血も止まり……完全とは言えないが、今の程度なら彼らとの連携に自分も参加出来るだろう。
だが、詩絵莉は言わば大型タタリギ戦における生命線だ。おいそれと彼女をないがしろにし、突撃する訳にはいかない。
その事は重々、ギルも理解している。――だが、彼の後ろで援護射撃もままならい詩絵莉も、感じるもどかしさは同じだ。
――やっぱり、暁……いつもと様子が違う……! 普段なら一人で突っ込む様な、あんな無茶……しないのに……!
加えて彼女がやはり気掛かりなのは斑鳩があの目に湛えた普段とはまるで違う、その気迫、だ。
一刻も早く、彼の――いや、部隊の一員としての役目を果たしたい。
「ロール……何か手はない……?! このままじゃ、あたし足手まといにしなからない……!」
『――シェリーちゃん! 敵向かって4時の方向、上!!』
「上……!?」
手短に、必要最低限の情報を叫ぶように伝えるローレッタの声。
詩絵莉は彼女の言葉に聞き返し様すぐに、純種から自らをカバーするギルの背に踵を返し背中を預け――上空へとその視線を投げる。
そこには、かつてこの円形の広場の上に上層を結ぶ連絡用の通路として掛けられていたのだろうか。
20mほどの上空に……今やその基礎でもある両端を残すだけとなった、朽ち落ちた橋が見える。
「……わかったわ!!」
詩絵莉はすぐさまローレッタの言葉の意味を介する。
「……ギル! 私をあそこに放り投げて!」
「……はぁ!?」
ギルは背中越しの唐突な彼女の申し出に対して、再び激しく切り結ぶ様な戦闘を開始した斑鳩とアール……そして純種から、惜しそうに一瞬目を離し。
振り返り様に見た詩絵莉が指差す上空――橋の残骸、その残る欄干を指差す彼女を見て、理解する。
同時にすぐさま両の手を前で組み、腰を落とし体を沈めるギル。
「――そういう事か……! だがよちっと高すぎやしねえか!?」
詩絵莉はギルの言葉に返事する事なく、一瞬ちらりと橋の場所を確認すると……
すぐさま彼の両の手に右足を掛け――!
「ぬうううぁッ……!!」
ギルは組んだ両の手に渾身の力を込め、空へと投げ出す様に――。
そして詩絵莉は、彼の手を力の限り蹴り上げ――空へとその身を翻した!
狼の発揮する常人離れしたその力の補助を借り、詩絵莉の身体は一気に上空へと飛び上がり――
――10m……15m……!
――少し届かない――ケドここまで上がれば、問題ないわッ!!
上空、15m程の場所で緩やかにその勢いが重力によって打ち消される中――
彼女は想定済み、とばかりに橋に残る欄干へ、グラウンド・アンカーが装着された左手を掲げる!
パシュウッ――!!
正確に、狙い違わず彼女の左手から撃ち出されたそのワイヤーを従えた矢じり――。
欄干と欄干、わずか数十cmの隙間へ滑り込むと、勢いよくそのまま幾重にも橋の残骸へと巻き付き――そのまま彼女は一気にアンカーを巻き上げる!
『ああっ……シェリーちゃん、流石だよ!!』
「……へえ、これ――便利じゃない」
上空、まさに絶好の射撃ポジション――。
橋の残骸上へとたどり着いた彼女は、巻き上げたワイヤーを収納すると、アンカーが装着された手をぷらぷらと振りながら詩絵莉はまんざらでも無さそうな表情を浮かべる。
アダプター2を出撃する前……
式隼である自らがこの兵装を使うシーンが想像出来ず、荷物になるから必要ないと突っぱねた彼女に対し――それでも、と強引に装着を勧めたフリッツの顔が過る。確かにこの兵装は攻撃や捕縛手段だけではなく、移動の助力にもなる応用力がある――しかも、射出するそれはまさに詩絵莉にとってお手の物、得意な獲物だ。
彼女は改めて崩壊した橋のたもと――空へ投げ出されるように残る、桟橋の様なその足場へ銃を構えながら膝をつく。
――ここなら思うように支援射撃が出来る……絶好の撃ち下ろし攻撃ポジション――!
詩絵莉は一瞬、その瞳をぎゅ、と閉じた。
過る斑鳩の瞳の影を飲み込むと、目を見開くと同時にバックパックに備えた様々な弾丸が収納された巻き鞄を自らの傍らへ投げ出すように広げる。
「隼から梟へ、射撃位置確保! 狙撃支援、開始する!」
『梟から各式へ! 隼、射撃位置確保完了――!』
ローレッタの号令に、斑鳩とアールは純種の攻撃を掻い潜りながら瞬間、その上空――
残された橋、連絡通路跡に座する詩絵莉を確認する。
同時に詩絵莉を打ち上げたギルも彼女が辿り着いたのを確認すると、一瞬ニヤリと不敵な笑みを浮かべ――踵を返すと、口元を濡らす血を舌で舐めとるように拭い――ギッ、とその四肢を振るう純種を睨み付ける――。
――こっからは俺らのターンだぜ、覚悟しとけよンの野郎ッ……!!!
自らを奮い立たせる様に毒付くと、その足により一層力を籠め――
ギルはさらなる加速を求め、激しく地面を蹴り上げた――!!
…………――――第7話 この力、誰が為に。(6) Part-5へと続く。




