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第11話 別つ道の先へ (7) Part-1

五葉の手引きにより古病棟から脱出を果たした四人は目的地である格納庫へと到着した。


そこではA.R.K.近郊に発見されたタタリギの群体を追撃するため、式兵たちが慌ただしく出撃の準備を行っているところだった。

その作戦に参加できる状況ではない事を知りながらも、歯噛みする三人に五葉は現状を説明する。


局長とヒューバルトが手を組み行われる追撃作戦――

その影に隠れるよう、Y028部隊は秘密裏に局長たちの意志に導かれる。

「――お連れしたッス」




 格納庫最奥、照明が落とされ喧騒から切り離されたような暗闇の中。


 そこへひっそりと止められた旧型の装甲車にたどり着くと、彼女は二度、車体をコンコンと握った拳で叩く。すると、開かれたままの装甲車の扉の中から二人の人影が降り立った。


「……五葉くん。 手間を掛けたね」


 僅かに届く明かりに照らされ現れたその姿に、三人は思わず目を見開く。


「キース――司令代行……それに、マルセル隊長……」

「よう、久々だなお三方」


 現司令代行を務めるキースと、五葉の話にも聞いていたマルセル。


 何やら小声で言葉を交わすキースと五葉を尻目にマルセルは三人の前へ立つと、「それ、暑苦しいだろ、預かろうか」とフードを取るように促した。


 三人が無言のまま被っていたフードをマルセルに預けると、彼はそれをくるくると丸め装甲車の中に放り投げ、改めて三人に向き直ると肩を竦めてみせる。


「こんな形じゃなければ、お前さんらの功績を称え乾杯でもしたかったもんだが……聞くところによると、どうも雲行きが怪しいらしいな」

「あ、えと……」


 彼の言葉にローレッタは思わず言葉に詰まっていた。


 五葉と同じく、彼もまたY028部隊の状況を知るところなのだろう。だがここに案内された事を含め、今一番状況を理解していないのは、まさに自分たちなのかもしれない。そう言葉に詰まるのは、詩絵莉とギルも同じだった。


 そんな様子を察してか、マルセルは後ろ、キースを促すように肘でつつく。


「おっと――それでは五葉くん、手間を掛けてばかりで申し訳ないけれど……すぐに手筈通りレジード大尉と一旦合流を頼めるかな」


 キースは五葉にそう告げると、小さく頷きながら一枚の書類を彼女に手渡した。

 五葉もまた大きく頷くと、手早くその書類を小さく畳むと胸元へ差し込み、遊びが出来ていた手袋にギュッと指を入れなおす。


「了解ッス! ええと、東側格納庫……ッスよね。 ()()()()を受け取ったらすぐに戻りま……ッス!」


 言うと彼女はローレッタたちに振り返り、力強く頷くと再び足早に格納庫入口へと駆けて行く。


「例のブツ……?」


 その背中を見送りながら、詩絵莉は怪訝そうな表情を浮かべ五葉が口にした言葉を呟く。

 同じく首を傾げ五葉の背中を見送っていたギルとローレッタだったが、マルセルが「さて」と言葉と同時、手を合わせる音に彼へと向き直る。


「ひとまず役者は揃った、という訳か」


 改めてそう告げるマルセルに、キースは小さく笑ってみせた。


「ええ、協力感謝しますよマルセル隊長。 手際の良さは相変わらず……あのヴィッダさんが指名するだけの事はある」

「全く、悪巧みの手際がとでも言いたげですな()()()()殿()?」


 二人の会話に、三人はぽかんとそのやり取りを眺めていた。

 まるで旧知の仲――とでも言えばいいのだろうか。マルセルの口ぶりは上官に対してのそれではなく、どこか砕けたもの。


(この二人、面識があったなんて。 なんだか意外ね……)

(……んだな)


 詩絵莉が二人から視線を外すことなく極々小声で呟いたその言葉に、横でギルは仏頂面のまま頷く。


「ま、Y028部隊に貸しがあるからな。 お前さんらの役に立てたなら何よりさ……なあ? それに俺は特段、アガルタ贔屓という訳でもないからな。 それに今の状況を聞けば猶更、な」


 やれやれ、と言った風に整えられたあご髭をなでるマルセルとキース、二人を交互に見詰めながらローレッタは思わず口を開く。


「お二人は、お知り合い……だったんですか?」


 彼女からの質問に、マルセルは「ああ」と頷くと、キースを親指でクイと指さして見せる。


「この現司令代行様は俺が配属されたての頃、シゴいて下さった先輩でな……何しろ同じ式隼(はやぶさ)だ。 当時は色々、随分とシゴかれたもんさ。 ……しかしあれだけ管理職を嫌っていたキース先輩が、まさか司令代行としてこのA.R.K.に戻ってきた姿が見れるとは。 まったく長生きはするもんだな?」


 マルセルは怪訝そうな表情を浮かべるローレッタにニヤリと不敵な笑みを見せ、振り返りキース向けわざとらしくへ肩を竦めてみせる。彼の言葉にキースは困り顔でやれやれ、と襟元を正しながら首を横に振った。


「言葉数が多いところも再三、たしなめたはずだったんだけどねえ」

「――っと、こいつは申し訳ない。 これ以上与太話を続ける時間も無さそうだ。 斑鳩を呼んでこよう、待っていてくれ」


 そう踵を返したマルセルだったが、「おっと」と再びこちらへ向き直るとキースへ向け手を上げる。


「では代行殿、後は任せましたよ。 俺もそろそろ動いておこう……ああ、フリッツにも急がせるよう伝えるぞ」

「ええ、頼みます。 引き続きアガルタの式兵には気取られぬように……君なら問題は無いと思いますが――くれぐれも」

「ったく、先輩殿の期待には応えたいところだが――約束したくない注文だ。 ……だが心掛ける、了解だ」


 キースの言葉に再び肩を竦めながら、それでもマルセルは言葉尻、鋭い眼光を見せると深く頷く。

 と同時に、改めてローレッタ、詩絵莉、ギルの顔に視線を送ると……彼は一瞬、開いた口に言葉を留め飲み込むよう、極々小さくに首を縦に振ってみせた。


「……じゃあまたな、だ、お三方。 これが今生の別れでない事を祈っているぜ」

「――マルセル隊長……?」


 彼は小さく敬礼を放つと、ローレッタの呼ぶ声に振り返る事なく装甲車の影へと消え――程なくして、五葉とは反対、装甲車の向こうへと遠ざかる気配と同時、一人の影が現れる。


「――ッ(あきら)!!」


 詩絵莉は思わず一歩、彼へと足を踏み出していた。

 そしてそのまま、斑鳩の両手を掴むと、その顔を見上げる。


 たかだか数時間の別れだったにも関わらず、随分と長い間会っていなかったような気すらする。

 あの戦闘の最後、満身創痍で拘束されていた斑鳩は、今はしっかりとした足取りでキースと、三人の前へと歩み寄った。


「詩絵莉……ギル、ローレッタ……済まない、少し休ませて貰っていた。 ……皆も無事そうで何よりだ」

「タイチョー……!」


 少し疲れているような声ではあったが、斑鳩は三人を見渡し力強く頷く。

 その姿にローレッタは安堵のため息を漏らすと、今だ言葉なく彼の両腕を掴んだままの詩絵莉の肩へ手を添え、おずおずと彼の顔――いや、また増えたように思える彼の白髪を視界に入れる。


「……身体は、大丈夫? さっきの戦いで、その……」

「――ああ、俺の方は問題ない」


 斑鳩はローレッタの言葉の続きを待たず、もう一度深く頷いて見せる。


「……シエリ、いつまでしがみ付いてンだよ」

「――はっ!?」


 はああ、とため息交じりに頭をかきながら近寄るギルの言葉に、詩絵莉は斑鳩を掴んでいた両の手を勢いよく放すと同時、その手を天井へ向けたままそのまま無言で固まってしまった。


(――ったく、調子が狂うぜ……だがまあ、気持ちは分からねえでもねえけど、よ)


 この暗闇で表情まで伺う事は出来ないが、恐らく赤面でもしているのだろうか。ギルは固まったままの詩絵莉の横に並び立つともう一度、今度は気持ちを入れ替えるように小さく息を吐くと斑鳩へと視線を向ける。


「あー、なんだその……イカルガ。 確かに見てくれは大丈夫そうだけどよ……あの最後を、俺たちも見てはいたんだぜ。 ……本当に平気なのかよ?」

「――ギル。 ああ、本当に問題ない。 この状況で強がれる程、俺も強くないさ」


 斑鳩は問い詰めるように顔を近づけるギルに、ふと表情を和らげる。


「……と言っても、ここの設備では現状、俺たちの深過については調べようがないというのが事実だ。 どちらにせよ今はあの時と同じさ……自己診断にはなるが、体調におかしいところは無い。 怪我の治りもいつも以上に速い――ただ少し疲れはあるが……それはお互いに、だろう?」


(――あの時。 14A.R.K.で深過しちまった時の事か……)


 体調を今一度確かめるよう、肩を抑えながらゆっくりと腕を回す斑鳩の様子を見詰めながら、ギルは目を細めていた。目が慣れてきたとは言えこの暗がりの中、血色までは確認出来ないもののこうして会話をする限り、確かに無理をしている様子はない。


「あ、暁っ……!」


 ギルがどこか納得したように頷くさまを見てか、詩絵莉は天井へ掲げたままの両手を静かに下ろすと、その手を今度は彼の両肩へ乗せた。


「――あの時、何があったの? あのタタリギにアールごと、取り込まれた……そ、そうよ。 あの時のアールと一緒……あれって、深過共鳴(レゾナンス)を……じゃない、そうよ、アールはどうしたの!? 一緒じゃないの……?」

「あ、ああ……そう、だな。 どこからどう説明するべきか――」


 斑鳩の肩を軽くゆすりながらまくしたてる詩絵莉に少し目を伏せる斑鳩だったが、その間を制すように手を差し入れたのはギルだった。


「――待てよ、それよか今優先して確認する事があるだろ、シエリ」

「うっ……」


 普段よりも低い声。

 ギルが見せた迫力に思わず詩絵莉は腕を畳む。


「聞きたい事ぁ山ほどあるのは俺も同じだぜ……だけどよ、まずはこの状況が"何なのか"だろ。 こうやって立ち話する為に俺たちが集められたワケじゃねえだろ、司令代行さんよ」


 振り返るギルが称えた暗闇の中でもはっきりと感じ取る事の出来る鋭い眼光に、キースはたじろぐ様子もなく、むしろその言葉を肯定するように大きく頷く。


「ギルバート君の言う通り……だが申し訳ないけれど、仔細を一から説明する時間も今は無い。 追撃部隊の出撃予定時間まで、あと半時もないからね」

「追撃部隊の……? それが何かあたしたちと関係が……」


 タタリギ群体への追撃部隊。


 五葉が消えた先、格納庫のメインスペースでは今も喧騒の中、慌ただしく出撃準備が整えられていた。キースの言葉に詩絵莉はその光景を振り返り、首を傾げる。


「――さて、とは言え何から伝えたものか」


 目の前の四人に、キースは少し悩むように口元に手を添え僅かに俯く。

 その様子に斑鳩は彼へ向き直ると、しっかりとした口調で疑問を投げかけた。


「司令代行、俺たちY028部隊がこうして集められた理由をまず伺いたい。 医療中とは言え、俺とアールはアガルタと同意の元、拘束状態にあった。 後ろの三人もそうでしょう……局長の命だとは聞かされていますが、これは――」


 斑鳩の質問をキースは右手で静かに遮ると同時、大きく頷く。


「……そう。 君らが認識する通り今のこの状況は間違いなく、アガルタへ対する重大な裏切り行為に他ならない……だが、そうはならないんだ――斑鳩君」

「そうは――ならない、とは……」


 キースの言葉に斑鳩だけでなく、ローレッタも、詩絵莉も、ギルもまたいぶかし気に首を傾げていた。

 彼がこの格納庫でY028部隊の集合を待っていたという事は、五葉、そしてマルセルが言っていた通り、局長たちの手配に違いない。


 しかしこの状況に導いたであろう者が紡いだ言葉は、矛盾を抱えている。


「そうだね……まずはそこからだ。 今回のY028部隊への"処遇"を、先立ち通達させて貰おうか」

「え、処遇……って」


 処遇という言葉に違和感を覚えたローレッタは、こくりと喉を鳴らす。

 キースは、ふむ、と一つ頷くと小脇に抱えていたファイルケースの中から一枚の書状を取り出し、斑鳩へとそれを手渡した。


 暗闇の中……斑鳩は手渡された書状を背後から僅かに届く明かりにかざすと同時、黒い瞳を僅かに見開いた。


「現時刻を以て、Y028部隊に所属する式兵、部隊長斑鳩を含む以下式兵四名、及び非戦闘員一名を含め――アガルタ直下第13A.R.K.所属 式兵部隊から除隊処分とする。 なお、Y028部隊としての登記は現状、部隊員空欄のまま無期限の凍結処分とする……と」

『――!!』


 いつもと変わらぬどこか飄々とした口調で告げられた言葉と、差し出された一枚の書状。

 僅かに届く薄明かりの中――ギル、詩絵莉、ローレッタの三人も、斑鳩が手にする書状に並ぶ文字を何とか目で追うと同時、各々信じられないといった表情を浮かべる。


「……え、嘘でしょ。 あたしたちが、除隊……除隊?」


 今は身に着けていない部隊腕章がある左腕を、詩絵莉は青ざめた顔で握り締める。


「何が何だか意味がわからねえっ……! 一体何故だ、俺たちはただこの場所を守るために――ッ」

「待てギル! 逸るなッ!」


 唐突に突き付けられるよう告げられた除隊命令にキースへ一歩踏み出したギルの身体を、斑鳩は左腕で制する。ギルは胸に押し当てられた斑鳩の腕を掴むと、ぎり、と強く歯を食いしばった。


「――司令代行、聞かせて下さい。 我々が除隊処分される、理由を」


 あくまで冷静に――と、こちらをまっすぐ見据える斑鳩の視線に、キースは目の前の若い式兵たちに悟られなうよう、どこか申し訳なさそうに小さく息を漏らす。そして衰えはしたものの、僅かにその両の瞳に残った式隼としての目を以て、暗闇の中斑鳩の表情を見通していた。


(斑鳩君……()()()()()()()()()()()()()、と言った表情か。 ……参ったな、ギルバート君にはこの後の事も含め一発、ここで殴られてもいい覚悟ではいたんだがねえ……)


「わ、私からも聞かせてください、司令代行。 いくらなんでも……いいえ、意味が分かりません! これだけじゃ、ここに連れて来られた意味になっていませんっ……」


 珍しく強い口調で一歩間を詰めるローレッタに、キースは「もちろんだよ」と静かに答えると、小さく、それでいてわざとらしく咳払いするとさらにもう一枚の書状を小脇から取り出し読み上げる。


「……主な処分理由は、A.M.R.T.深度値異常の嫌疑による規定拘束を拒否し、逃走。 旧型装甲車、および連結キャリアーを略取し、混乱に乗じて13A.R.K.から逃亡を計った事実。 他、施設内における器物破損、兵装及び資源物資、設備等の盗難の疑い――」

『!?』


 全く身に覚えのない罪状をつらつらと淀みなく読み上げるキースに、一同が浮かべていた悲痛な面持ちは次第に薄れていく。


 書状を読み終えると、目の前の彼らの様子に少し表情を緩め、キースは手にしたもう一枚、でたらめだらけのそれを斑鳩へと手渡す。そして口元を緩め、肩をこれでもかと大げさに竦めて見せた。


「――とまあ、アガルタへの報告はこんなところ……だろうね」


 斑鳩が手にした書状とキースの顔へ交互に視線を巡らせたギルは、何が何だか、と言った風に頭を抱える。


「ま……待ってくれ、意味がわからねえ。 なんだこりゃ……司令代行、あんた何を……」

「――ギル、落ち着け。 詩絵莉も深呼吸しろ、さっきからお前、息してないぞ」

「~~ぷはぁっ!? はあ、はあ……暁、これって――」


 口元を拭いながら顔を覗き込んでくる詩絵莉の視線に、斑鳩は静かに瞳を閉じる。


「……タイチョー」

「ああ」


 その様子に、隣で同じくキースの、いや局長たちの意図をくみ取ったであろうローレッタが静かに呼ぶ声に、斑鳩はゆっくりと目を開くと、キースへ視線をひたと向け、深く頷いてみせた。




挿絵(By みてみん)


「――司令代行。 ……俺たちは今から、13A.R.K.を出奔する事になる。 つまりはそういう事――ですね?」





 ……――第11話 別つ道の先へ (7) Part-2 へと続く。

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