第11話 別つ道の先へ (6) Part-1
待つしかない――。
アールからの影響による、自分たちに起こる深過の影。局長たちの思惑と、迫る時間。
現状、この狭い古病棟の一室では全てに確証が持てない中、俯く三人。
だがその時、ローレッタはギルと詩絵莉よりも先、
病室の外――通路の向こう側に強い気配を感じ取る。それはまるで、アールが見せるタタリギの気配を捉えるものだった。
戸惑う彼女に遅れ、ギルと詩絵莉も異常に気付く中、
その気配は一直線にこの病室へと駆け出した。そして――。
それはまさしく一瞬の出来事だった。
強い気配に遅れ、通路に鳴り響いた駆ける音が狭い病室の三人に届いた直後。
――どしゃあっ!! ずだあんっ!!
『――ッ!?』
頑丈な扉を隔てた向こう側、通路に響く"何か"を叩き付けたような激しい音――そして訪れる、数秒の沈黙。突如として訪れた異常な状況に、ギルは後ろの詩絵莉とローレッタを守るよう両手を広げ構えると、表情に緊張の色を濃く浮かべる。
「一体何、何なの……!?」
鋼鉄の扉を睨みつけながら小さく呟く詩絵莉に肩を抱かれたまま、ローレッタはごくりと喉を鳴らす。
先ほど感じた強烈な気配……日常、敵と直接対峙するギルや詩絵莉よりも早く、それに気配に気付いていた。
(……やっぱり、私――)
手の平にじんわりと汗が滲む。
この部屋で目覚めた直後……何か、ずっと違和感を感じていた。まるで額にもう一つ目があるような……視界とは別に広がる、感覚で捉える視野とでも言えばいいのか。
(もう、気のせいじゃない――私、アルちゃんみたいに……タタリギの気配を捉えてる! だとするなら……今、扉の向こうから感じる三つの気配は式兵、A.M.R.T.の気配……!!)
だが、違和感はそれだけに留まらない。
先ほど感じた強烈な気配とは別、それよりも弱々しく感じる二つの気配は立哨に立つ、ヒューバルト大尉配下の兵ものに違いない。
(けれど立哨の二人……ギルやんとシェリーちゃん、それにもう一つの気配と何かが……何かが違う。 この空っぽの気配は……何なの?)
――がちゃんっ!
その時、ローレッタの脳裏を駆け巡る思考を寸断したのは重い開錠の音だった。
病室に響いたその音に、三人は顔を跳ね上げる。
「――! 鍵が……」
「ロール、もう少し頭下げてっ!」
呟くローレッタをかばう様、詩絵莉は彼女の肩を強く抱き態勢を低くさせる。
開錠の音に続き、がごん、がごん、と何度か扉を開けようと試す鈍い音に、否応なしに三人の緊張がさらに高まってゆく。
――がごぉんっ……!
『…………』
何度目だったろうか。
開く事なく衝撃に音を鳴り響かせる扉がひと際大きく揺れると、しばしの間気まずい沈黙が流れる。
それは明らかに部屋の内側――三人からだけではなく、通路側からも感じられるような、重い沈黙だった。
「……開けようとしてるんだよね? あれ」
たまらずと言った風に、一向に開く気配が無い鋼鉄の扉を指さしながらやや疲れた顔でそう呟く詩絵莉にギルは一瞬振り返ると、大きくため息をついた。
「――おい! 誰だか知らねえが鍵は一個じゃねえ。 扉の上下に閂があるだろ……それを外さねえと開かねえぜ!」
ギルは詩絵莉たちに目配せすると、敢えて大きな声を張りながら扉が設けられた壁側へと気配を殺しゆっくりと移動する。
(部屋に飛び込んで来たところを狙うつもりね)
開かれる扉の死角となる場所に移動するギルに頷くと、詩絵莉はベッド横の粗末な机の上に置かれたマグカップを手に取り握りしめる。到底、武器と呼べるようなシロモノではないが……あるいはこんなものでも投げつけてやれば一瞬の隙を生む事が出来るかもしれない。
程なくして、先ほどの助言を受けてか――扉の上下から閂を外した事を伝える鉄がこすれる重い音が室内に響き渡る。既に入口真横、死角となるであろう場所で壁を背にしたギルは、準備完了とばかりに詩絵莉とローレッタへ大きく頷いて見せた。
そしてようやく、重い鋼鉄製の扉がゆっくりと開き……。
「いやーっ、やっと開……」
人一人分ほど開いた扉の隙間。
そこから間の抜けた声と共に勢いよく飛び込んできた人影を――刹那、ギルはすかさずその背後へと音もなく間合いを詰めると同時、右脇と首へ素早く両手を滑り込ませ締め上げた!
「――たッスゥーッ!!?」
(軽ッ……!? ……こいつ――女か!!)
素っ頓狂なな声を上げ、拘束されながらもがく対象にギルは一瞬戸惑う。
想像していたよりも数倍軽く小さなその身体は、間違いなく女性のもの――それもかなり、小柄だ。
だがそのギルよりも困惑……いや、驚愕に立ち上がり目を見開いていたのは目の前の詩絵莉とローレッタだった。
二人はあんぐりと口を開けたまま、ギルが吊り上げる女性の顔をもう一度確認すると思わず指差し、声を上げていた。
「ごっ……」
『――五葉!?』
驚き瞳と口を大きく開けたままの二人に対し、締め上げられたまま――五葉は青ざめた顔で複雑な笑顔を浮かべると弱々しくピースサインを見せる。そしてギルもまた、彼女の横顔を背後から確認すると同時、思わず驚き叫び声を上げる。
「うおおっ!? な……お前――本当に、ゴヨウじゃあねーかっ!? おま、お前こんなとこで何してんだっ!?」
「……降ろじ……ぐえ」
彼女の苦しそうな声にギルは我に返ると同時、「悪ぃ!」と叫ぶと彼女を絞め上げていた両手を解く。
「お、おい……大丈夫か?」
「い"え"い"え"……げほげほ。 あぁ気にしないでくださいッス……自分も同じ立場だったら迷わず背後を取る事、考えてたと思うッス。 せめて名乗ってから、扉開けるべき……だったッスね」
首元をさすり咳き込みながらも、彼女は「たはは」と情けない笑顔を浮かべたままギルへ向けてパタパタと手を振って見せる。
しかし三人は状況に理解が追い付かない、と言った風にぽかんと大きく口を開けたまま、突如現れた彼女――五葉を見詰める事しか出来なかった。
五葉つかさ。
支援部隊、Y036部隊――あのマルセルが仕切る部隊所属の式狼だ。
ここに居る三人を含めY028部隊は、あの純種との初めての邂逅ともなったアダプター2制圧作戦を、彼女らの部隊と行動を共にした。中でも部隊長のマルセル、その右腕として活躍する彼女……五葉つかさとは、部隊の枠を超え互いに親交がある仲となっていた。
だがY036部隊はアダプター1に駐留部隊として残り、かの地の整備と防衛に努めていたはず。
その彼女が何の前触れもなく、しかもこんな形で目の前に現れた事に三人は驚きを隠せないでいた。
三人の中でいち早く、はっと我に返った詩絵莉は慌ててベッドを跳び越すと病室の入り口、開かれた鋼鉄の扉の脇に倒れる二人の兵士を確認すると、五葉へと振り返る。
「ちょ……ちょっと何!? 五葉あんた、立哨の二人……はっ倒したの!?」
「あ、だいじょーぶじょぶッス。 ちょっと、このお薬で眠って貰ってるだけ――」
五葉は立ち上がり得意げにふふんと鼻を鳴らすと、手にした拳銃の様なものを指先でくるくると回すと、倒れたままの兵士の傍にしゃがみ込み――そして、ピクリとも動かないまま臥せる二人の首元に手を当てると、にわかに氷付く。
「……んん?」
再び青ざめた顔で首を傾げると、何度か脈を確かめる様に兵士の身体をまさぐり――凍ったままの笑顔で振り返ると、三人にビッと震える親指を立ててみせる。
「……ねねね、眠ってるだけっす!!」
『いやいやいやいや』
間髪入れず青ざめた表情で首を横に振る詩絵莉とローレッタを背に、ギルは部屋から一歩足を通路へと踏み出すと倒れ込む二人の兵士の首元へ手を添える。
「……ちょっと待て、マジで脈がねえぞこの二人……お前……」
顔を覆うガスマスクのような異様な兵装は、見間違う事もない。
アガルタ、それもヒューバルト配下の兵士――あのF30(フェブラリーサーティ)と思しき相手。その二人を"殺ってしまった"としたら……。
余りの事の重大さに、ギルも冷や汗を浮かべしゃがみこんだまま五葉を見上げる。
「いやいやいや聞いてくださいッス!! ゴヨ……じゃないゴカイッス!!」
対して彼女――五葉はぶるんぶるんと高速で首を横に振ると、手にした拳銃……のようなものを三人へ突き出した。
「これ……教授から預かった鎮静剤ッス。 手早く無力化させるために、ってちょっと強めに調合したとは言ってましたスけど……脈拍は、きっと落ち込んでるだけッス!! ……たぶん!!」
慌て語尾を強める彼女が手にした拳銃のような注入器には、ヤドリギであるなら見覚えがあるものだ。
自然回復で追いつかないような重症を負った際、手術時の麻酔や術後の鎮痛剤を用いる際に使用されるタイプのもの。普段任務時に搭乗する装甲車の医療器キットの中にも、同じものが用意されている。
「それは、うん、わかった……ケドさ。 状況が意味不明というか……五葉、こいつらアガルタの式兵よ。 もしその二人、殺したってなったら……」
「ヒンッ!?」
詩絵莉が敢えて口にしなかった言葉の先を想像したのか、彼女は喉を締め付けられたような短い悲鳴を上げる。しかし青ざめた表情で注入器を見詰める五葉を尻目に、ローレッタは倒れ込む二人を凝視するよう瞳を細めると、ふう、と小さく息を吐いた。
「……だいじょぶ、みんな安心して。 この二人は死んだりしていない――ごよちゃんが言う通り、脈拍と呼吸が落ち込んでるだけみたい」
「ででで、ですよね!? よ、よかったッス……流石に死なれたりしてたら、洒落にならないッス……」
ほう、と安堵に胸をなで下ろす五葉。
ローレッタは彼女に頷きながらも、無意識に口元を手で覆ったまま再び倒れ伏せたままの兵士へと視線を落とす。
(この二人は死んでいない……体内にあるタタリギ――A.M.R.T.の気配はまだ、強く残っているもの。 でも……何だろう、この違和感……?)
「……キサヌキ、本当にこいつら?」
「うん、ギルやん信じて。 ……理由は後で話すから。 とにかくその二人、命に別状は無い――と思う」
怪訝な表情を浮かべるギルだったが、ローレッタの表情に偽りが無い事を悟ると立ち上がり、同じく眉をひそめる詩絵莉に目配せを送る。彼女はその視線に安堵と困惑を込めたよう「はああ」と息を吐きながら立ち上がると、服の裾をぱんぱん、と数度はたいてみせる。
「……まあ、ロールがそう言うなら――って、それはそうとして、よ! 五葉、一体何が……ちゃんと説明してくれるんでしょうね、この状況」
詩絵莉の言葉にローレッタは大きく頷くと、大きな瞳を彼女――五葉へと向ける。
「ごよちゃん、この人たちに撃った薬を用意したの、あの教授……峯雲教授、だよね? 何が起きてるの? どうしてここに……」
「ああそうだったッス! 時間がないッス!!」
彼女は二人の言葉に我に返ったように一瞬跳ねると、手にした医療銃を懐にしまうと同時――背中に抱えたバックパックの中から厚手の布を三枚取り出すと、それぞれ三人にそれを手渡した。
「とにかく、まずはこれを着て自分に付いて来て……あ、フードもちゃんと被ってくださいッスよ! ……っと、念のためこの二人拘束しとくッス」
渡し終えると同時、手早く通路に伏せる兵士を部屋の中に引きずり込むと、互いに背合わせするよう座らせ……いつの間にか手にしたロープでぐるぐるとがんじがらめにしていく五葉を尻目に、手渡された布を広げた三人は目を丸くする。
それはアールが13A.R.K.内で目立つ頭髪を隠すよう身に着けていた、フード付きの肩掛けだった。言われるがままそれを羽織り、フードを被った三人は思わず顔を見合わせる。
「……これって、もしかしなくとも」
「脱走……だよね。 ごよちゃん、ちょっと待って。 ほんとに待って! これって……」
ロープをぎゅう、と固く結び終えた五葉はローレッタの声に振り替えると同時、「大丈夫っす」と大きく胸を張る。
「皆さんをこの病棟から脱出させる、そのために自分たちが呼び戻されたっす……もちろん極秘に、ッスけどね。 今は説明する時間が惜しいっす、行動しながら出来る範囲でお話するッス」
「呼び戻された……って事は、これはやっぱりその、局長たちからの指示――」
五葉の言葉に疑問を呈するローレッタの声を背中で受けつつ、五葉は足早に開かれたままの扉から半身を乗り出すと、通路の先の気配を探るよう瞳を細める。
その後ろで、三人は再び無言で……そして同じ思考を元に顔を見合わせていた。
――この古病棟からの、脱出。
いや、これは単なる脱走――確実に規則、規定を逸脱した行為に違いない。
深過の疑いが持たれる式兵に対する、違う事の許されない拘束義務……。しかしその規定に反する今の状況は、局長たちが手配したものなのだろう。そもそも五葉たちY036部隊は、アダプター1の駐留部隊としてかの地の防衛の任を担っていたはず。
13A.R.K.に本来居るはずのない彼女が呼び戻され、こうして用意周到に行動を起こしている事からも明らかだろう。とてもではないが、何らかで事情を知った彼女らが独断で動いているという範疇はすでに超えている。
「……さあ行くっす、A.R.K.側の歩哨が戻ってくるまでそう時間は無いッスよ!」
ローレッタはちらりとベッドの脇、五葉に拘束されたままぐったりと動く様子もない二人の兵士を視界に入れると、ギルと詩絵莉に大きく頷く。
「――二人とも、今はごよちゃんに従おう。 どっちしろ、もう後戻りは……」
「……ああ、出来そうにねえ」
「ああもうっ、ちゃんと説明して貰うわよ、五葉……!」
三人は覚悟を決めるようにそれぞれ五葉へ頷くと、その身を扉の外――
一切の照明が落とされたままの通路へと足を踏み出すのだった。
……――第11話 別つ道の先へ (6) Part-2 へと続く。




