第11話 別つ道の先へ (3)
過度の深過傾向を持つ式兵を野放しには出来ない――。
そう言い放ち斑鳩とアールの拘束、アガルタ本部への移送の意を示すヒューバルト。
そこに現れたヴィルドレッドの手には拳銃が握られていた。
彼はその銃口をヒューバルトへ向け、斑鳩たちの身柄を預ける気はない意志を示す。
果たしてそれは局長としての判断なのか、それともヴィルドレッドの個としての判断なのか。
そう薄ら笑みを浮かべたヒューバルトの脇から、誰もが予想しなかった人物が現れる。
ラティーシャ・ミルワード……13A.R.K.元、司令代行。
その姿に斑鳩たちだけでなく、指令室――キース、ヴィッダ、そしてクリフも驚きに言葉を失っていた。
(馬鹿な……ミルワード司令代行!? 何故彼女がここに……!!)
軋む鉄塊の上、斑鳩は眼下の光景に驚きを隠せないでいた。
包囲の外側から足早に姿を現したのは、紛れもなく数ヵ月前までこの13A.R.K.で指令代行を務めていたラティーシャ・ミルワードその人。13A.R.K.内に周知された情報では、言わば昇進試験――ゆくゆく局長を務める為の資格、認可を得るためにアガルタ本部へと出向したとあった。
だが斑鳩を含めY028部隊の面々だけは彼女がアガルタへ赴いた理由を、その意味を語られる事なくとも受け取っていた。
アダプター2での初めての純種との戦闘……あの戦いの後見え始めたアガルタの暗部。アールを強引に赴任させたヒューバルト大尉の背景に見え隠れする暗がりの一片。13A.R.K.に居るだけでは得る事の出来ない情報。
言うならば本来我々が知るはずのアガルタと、そこに存在する暗部との線引きを見極める為に、彼女は以前より打診を受けていた昇進試験を理由に内地――アガルタへと赴いたのだろう、と。
(その彼女が何故ヒューバルトと肩を並べ局長と向かい合っている……!?)
斑鳩の知る限り、彼女はいかなる時も局長――ヴィルドレッドと同じ視線、価値観を持ちこの13A.R.K.を守ってきた人物のはず。
Y028部隊の内情を知るはずの彼女が、今どうしてあの黒衣に袖を通しているのか。何故、あのヒューバルトと肩を並べ局長と対峙しているのか――。
唐突な状況に混乱していたのは、斑鳩だけではなかった。
クリフが繰る大型ドローン、木兎が撮影する映像が映し出される本部指令室もまた言葉を失っていた。
「……キース、何か聞いていますか。 この状況について」
木兎のカメラが遠景に捉える"元・指令代行"の姿を見詰めたままそう呟くヴィッダの背後。
現・指令代行を務めるキースは同じくモニターに映る彼女に瞳を細めていた。
「まさかでしょう……どちらにせよ彼女がああする事を望んでいたのなら、自分はここには居ませんよ」
「キ、キース代行……」
モニターを見上げたままのキースの受け答えに、木兎を操るクリフは思わず横目でヴィッダの顔色を伺っていた。
目の前の状況を一見軽く流したキースの態度に怒りを露わにするのではないか――そう冷や汗を流すクリフだったが、心配をよそにヴィッダは自らに落ち着きを取り戻すよう深く、長く息を吐くと今一度モニターに映るラティーシャを見詰め直す。
「今のアガルタに、ラティーシャが与するとは到底思えません。 だとするなら――」
「…………」
(式神……D.E.E.D.計画、か)
ヴィッダの呟きに今度は反応する事なく、キースはモニターを食い入るように見詰める。
(洗脳……? あるいは局長を相手する事を見越し用意した偽物……。 アガルタへ出向している事はあの大尉も知るところのはず。 正規の試験を受けるためとは言え、この状況で彼女がマークされないはずもない)
モニターに繰り返し移されるラティーシャが歩く姿を細めた瞳に移しながら、ゆっくりと息を吐く。
洗脳、あるいは偽物――。
そんな事は荒唐無稽だと分かっていながらも、ラティーシャが語り、そして自らも目の当たりにした式神――アールの存在を思えば、それらすら彼ら……暗部に属する者たちならばやってのけるだろうという予感に、キースは思わず瞳を閉じ眉間に深くしわを刻む。
(……彼女がアガルタに赴いて数ヶ月。 その気になればそういった準備も可能かもしれない――が、さて……)
「――クリフ君。 ちょっと失礼するよ」
「! え、ええどうぞ」
背中を軽く叩かれたクリフは腰を下ろしたキャスター付きの椅子をずらし、促されるままコンソールの前を空ける。キースは手慣れた様子で備え付けられたキーボードとトラックマウスを操作し、別の小さなモニターへ数十秒前ラティーシャが現れた場面を繰り返し再生させる。
(――歩幅、体重の移動。 そして周囲の環境から図る身長……間違いなく、今あの広場に居るのはラティ本人と見て間違いない。 精神操作されていない保証はどこにもない――が……)
もし彼女が自らの意思に基づきヒューバルト大尉の横に――局長の前に立っているのだとするのならば。
一瞬浮かんだその考えをキースは僅かに首を横に振ると即座に否定した。
数か月前――突如自らの元を訪れた彼女が語った、かの地に存在する確かな闇。
まるで絵空事のような事情を淡々と、冷静に彼女は口にした。だがその口調とは裏腹にY028部隊、ひいてはこの13A.R.K.を憂い語る彼女の瞳はあの頃の――式狼として戦場を駆けていた頃に観た強い光を放っていた。
その姿に、熱量に、キースは過去を思い出す。
勝利の為と、時として無謀極まる作戦を打ち立て強行するその姿に初めは苛立ちを覚えたものだ。だが彼女の根底にはいつも信念が――式兵として戦い、このA.R.K.を守るという確かな意地と誇りがあった。
……いつからだったろう。
同じ戦場に立ち、異形となったモノたちを屠る彼女を――隼の眼に映る紅の残光に惹かれていったのは。
そして、いつからだったろう……繰り返す凄惨な戦いの中でも摩耗する事なく、決して手の届かない勝利という希望を……ヒトの未来を真っ直ぐ見据え続ける彼女の横に並ぶ事に、負い目を感じる様になったのは。
(……ラティ。 あの頃のままの瞳を魅せた君が口にした言葉が、折れるほど脆いもの……ましてや、まやかしだったなどと俺には到底思えない)
キースは一瞬だけ口元を緩めると傍らのクリフへ振り返る。
「クリフ君、木兎はそのまま維持を。 局長たちをフォーカスして……ああ、集音マイクの感度を2レベル上げておいて貰えますか。 彼女が出てきたのは確かに想定外ですが我々は手はず通り静観しつつ、与えられた役割をこなしましょう」
「……っ……了解!」
一瞬何かを聞きたげに口を開いたクリフはすぐさまそれを閉じると力強く頷き、キースが開けた場所へと再び椅子を滑り込ませる。
「……キース」
緊迫した表情で呼ぶ背後からのヴィッダの声に、キースは静かに微笑み返す。
「ヴィッダさん、彼女なら大丈夫でしょう。 確信はありませんが――きっとね。 あの場は局長に任せましょう……願わくば、交代して欲しいくらいですが。 彼女と面と向かって対峙する事なんてそうそう無いチャンスですからねえ」
いつもの飄々とした態度。それは不安の裏返し……当のキース本人も理解しているだろうと、ヴィッダは静かに瞳を閉じ頷いていた。アガルタへ潜入を果たした後、音信不通となっていたラティーシャの安否を誰よりも案じていたのは紛れもなく目の前の男……キースだろう。
「……外ならぬ貴方がそう言うのなら、その判断に従いましょう、キース」
今は不安よりも状況に惑わされず冷静に行動を起こす。
局長が一芝居……いや、観る限り芝居などでは無さそうだが――とにかく時間を稼ぐ必要がある。Y028部隊をあの男から救うためには、時間が。
「しかしヴィッダさん……局長が言い残して言った通り、どう転ぶにしてもここから先は式兵――ヤドリギの協力者が必要です。 ……それも出来るだけ早急に、加えるなら彼らY028部隊に明るい者たちがいい」
「……そう、ですね」
ヴィッダはキースの言葉に口元に手を添え、考えを巡らせる。
ヒューバルトたちからの通信が入ったのは、今は灰となったあの大型タタリギが最後の変異を終えた頃だった。特務ゆえ詳細を述べる事は出来ないが、とある理由から偶然にも今日この日――13A.R.K.近郊まで進行していたという。
本部からの要請を受け、一時特務を中断し防衛作戦に加わる――。
数ヶ月音沙汰が無かったあのヒューバルトからの、単なる偶然など思えない要請。まるで13A.R.K.が襲撃される事を見据えていたかのような、あからさまなタイミング。
この助力の裏に何かしら思惑がある事など、あの男を知る者なら誰もが予想出来る。
いや……ヒューバルトでさえ隠す気など端から無いのだろう。
特異型――マシラ討伐のため手練れの部隊が遠方へ出向している今、状況に対し圧倒的に不足していた防衛戦力。
レジード大尉率いる部隊、トゥエルフ・シルトが居た事は幸運だったとは言え、守りの要であったはずの戦車がタタリギ化を果たした以上……他の戦車の稼働も中断せざるを得ない。
ただの丁型、丙型だけの敵勢力ならばまだ対処は出来ていたかもしれない。
だがそこに混じる多数のマシラの存在に、まだ新人の域を出ない練度が低い式兵たちは浮足立っていた。トゥエルフ・シルトの面々もまた、多数の門、また民間区域の避難指示へと分散させている。そんな中で連携など密に取れようはずもない。
斑鳩たちの勝利もまだ確信出来なかったあの時。
決壊は時間の問題――ヒューバルトが示した助力の裏に何が潜んでいるのかを探る余裕などあるはずもなく、我々はそれを受け入れる他なかった。
――だが。
ヴィッダはモニターに映るヒューバルトを今一度睨むと、口元に添えた手を強く握り込む。
――”「第13A.R.K.直下所属小隊、部隊識別Y028。 隊長 斑鳩 暁、及び所属式兵――"R"。 以下二名をアガルタ本部権限行使により現時刻を以て部隊より登録を抹消し、拘束。 その身柄をアガルタ医療機関へ移送させて貰う」”
アールと斑鳩の拘束、移送……。
以前式神としての能力を始めてアールが見せたあの戦いの後、彼らは即座に彼女の回収を打診してきた。加えて、今回は斑鳩もその対象に入っている。
(……考える余地もなく、斑鳩 暁……彼が式神の影響を受けている事は明白。 峰雲が言っていたD.E.E.D.計画なるものがヒューバルトらの裏にあるとすれば――二人を検体として差し出せという命令に他ならない)
このA.R.K.を守った彼らを、あの男に無下に差し出す事など考えれはしない。
彼らが賭した命は、決して安いものなどではない。例え彼らが深過の果て、タタリギとなってしまったとしても……責務を果たすのは、我々でなければならない。
言葉数は少なにこの指令室を後にしたヴィルドレッドが託した"準備"を、今は信念を以て実行するのみ――。
素早く踵を返すと、ヴィッダはクリフの横のコンソールへと腰を下ろす。
「式兵の手配は私が何とかしましょう……幸い、アテがあります。 キース、貴方には引き続き各門への指示を」
キースは通信機を幾つも切り替え展開する部隊へ指示を出しながらもヴィッダに小さく頷いて見せる。
「……それとクリフ。 格納庫に居る他のY028部隊の面々と連絡が取れますか。 それも出来る限り悟られぬよう……戦闘ログにも残らないようお願いしたいのですが」
「!」
クリフはヴィッダからの指示に一瞬目を見開くが、すぐに首を縦に振るとコンソール脇に備えられた内線通話用の受話器を上げ、南門側に近い兵站管理室の番号を弾いた。
「……こちら指令室、式梟クリフ・リーランド。 至急、一機木兎を起動して欲しい――ええ、一機だけで構わない。 接続コードは――」
受話器を首に挟んだままコンソール上で木兎の起動を確認すると同時、クリフはヴィッダへと大きく頷く。
「コンソールを介さず木兎経由の短距離無線通信を用いて、Y028部隊式梟ローレッタにコンタクトを試みます」
「……ええ、お願いします、クリフ」
ヴィッダにもう一度頷くと、クリフはコンソールの横――やや旧型の通信機を手繰り寄せる。
一方、キースは各門に展開する部隊からの報告を通信で受けながら、神妙な面持ちで「ふう」と短く、強く息を吐いていた。
「ありがたい事にヒューバルト大尉が展開させてた少数部隊の実力は本物――各門の戦闘は収束しつつあります。 ……これは急いだ方が良さそうですね。 ヒューバルトの部隊がアガルタの本隊だとすれば、指令室にレジード大尉が不在の今、一時的にとは言えトゥエルフ・シルトへの指揮権限を攫われてもおかしくはない」
本来ならばレジード大尉にはこの場所――指令室に留まっていて欲しかったのだがと、キースは肩を竦める。
だがヒューバルトが斑鳩たちの前へ現れ、局長が言葉少なにこの部屋を後にする場面に只ならぬ何かを感じたのか、はたまたあの男と同じく大尉を預かる身として思うところがあったのか、彼はキースに場を託しすぐさま局長の後を追った。
「先手を打ちましょう、キース。 レジード大尉はアガルタの暗部を、式神のそれを目の当たりにした……その上で貴方に部隊を任せると言ったのです。 ならば遠慮は無用でしょう」
「ええ、自分もそう考えます。 この場は一旦、彼の代理として部隊への指揮を預からせて頂きますよ……遠慮なく、ね」
迷う事なくそう言い放ちトゥエルフ・シルトへの回線を確保するキースの横で、クリフはごくりと喉を鳴らしていた。
(仮にもアガルタ本部からの出向部隊を、なんの手続きを経る事なく口約束で一方的に預かる……明らかに司令代行の権限を越えている。 明るみになれば何かしらの処分が下ってもおかしくない、おかしくない――が)
薄暗いこの指令室の中でモニターの光に照らされながら黙々と己が役割をこなすヴィッダとキースの姿に、クリフは改めて身震いを感じていた。あの時――斑鳩たちY028部隊に感じていた、彼らがこのA.R.K.にとって何か特別な存在であるのだろうという、朧げな感覚。それは間違っていなかったのだろう。
詳細を聞かされたわけではなくとも、彼らの戦いを見た今理解出来る。
クリフは未だ痺れが僅かに残る冷たい汗にまみれた左手を何度か閉じては開き――トップモニターに表示されたドローンが映す斑鳩とアールの姿を視界に入れた。
(斑鳩、アール……お前たちが何者なのか、正直俺には理解がまだ追いつかない。 だがお前たちは俺の……いや、この13A.R.K.の恩人――それだけで十分だ!)
コンソールを使用しての通信、会話は戦闘ログに全てが記録される。
だが戦闘中に使用する各ヤドリギが携帯するインカム……ドローン木兎を介した短距離無線の会話まではログに記録される事はない。もとより傍受する気になれば可能ではあるだろうが――今このA.R.K.内は防衛戦の混乱により数多の短距離無線が絶えず行われている状況ならば、それも容易ではないだろう。
Y028部隊の面々――ローレッタ、泉妻、ギルバート、そして同席する整備士フリッツ。
司令代行の言葉通り、どう転ぶにしてもまずは彼らと連絡を取り合う事が先決。
クリフは木兎の操作を行いながらも器用に準備を整えると、大きなヘッドセットの片耳をずらし旧式の通信機から伸びたマイクを口元に手繰り寄せた。
「こちら指令室、式梟クリフ・リーランド。 Y028部隊式梟、木佐貫・ローレッタ・オニール! 応答してくれ! こちら指令室――!」
……――第11話 別つ道の先へ (4)へと続く。




