第11話 別つ道の先へ (2)
満身創痍の斑鳩たちの前に姿を現したのは、黒衣の男――
ヒューバルト・クロイツ大尉だった。彼は謎多き部隊F30を従え、
彼は斑鳩・アール両名の拘束、そしてY028部隊の部隊登録抹消を
アガルタの意志と語り言い渡す。
それがただの危機管理によるものでも、治療の申し出などでもない事は
斑鳩もアールも理解していた。掴まれば最後――ならば、と覚悟を決めた二人……
だが、その窮地に現れたのは13A.R.K.局長、ヴィルドレッド・マーカスその人だった。
彼は二人を守る為、懐から取り出した鈍く光る拳銃をヒューバルトに突き付ける。
「これはこれは……ヴィルドレッド局長。 その拳銃……向ける相手を違えているのではないですかな」
向けられた銃口と敵意――いや、殺意に近い鋭さを孕んだヴィルドレッドの視線。それでもヒューバルトは臆する様子はおろかどこか余裕の表情を浮かべたまま僅かに首をかしげて見せる。
その二人が散らす火花を割り遮るよう、ヴィルドレッドの背後へ追いすがった影が声を上げた。
「ヴィルドレッド局長ッ! 抑えて頂きたいッ……!」
逆光から浮かび上がったのは、向かうヒューバルトと同じ所属・階級である事を現す軍部高官の証――黒衣の式制服に身を包んだレジードの姿。しかしヴィルドレッドもまた、横に並び立ち静止しようとする言葉に微動だにせず、なおも銃口と共に鋭い殺気を眼前のヒューバルトに向け続ける。
ヒューバルトはその様子に小さく「ふん」と鼻を鳴らすと、向けられた銃口の傍――レジードを視界に入れ今度はわざとらしくやや大げさに肩を竦める。
「おや……貴方はレジード大尉。 貴殿もご一緒とは……一体どの顔を下げてこの場に?」
「ヒューバルト大尉! 貴殿も彼らに対する包囲を今すぐ解くのだ! 我々が武器を向けあう状況などでは――!」
「……貴殿ご自慢の"トゥエルフ・シルト"……重戦車の実戦運用を許可された、唯一無二の特務防衛部隊」
レジードの言葉を遮るようにヒューバルトは悠々と大きく右足を踏み出し、追い付かせた左かかとを揃えると僅かに顎を上げる。
「一機とは言え我々人類にとって貴重な存在である重戦車を失った。 レジード大尉――この失態……責任重大、などというありきたりな言葉では到底、取り繕えませんな。 我らがアガルタの信頼にも大きく……大きく傷を付けた事になる」
まるで傷口に丁寧に塩を塗り込まれたようレジードはヒューバルトの言葉に強く唇を噛むと一瞬、首を垂らし無念極まる表情と共に視線を地面へと落とす。
それはヒューバルトの言葉に対してではない。
"貴重な戦車を失った失態"ではなく、苦楽を共にした搭乗員の二人――加えて式兵ではないにも関わらず整備兵として参加する事を快諾してくれた若者たちの喪失を思えばのものだった。
「……改めて言われずとも、承知しているッ!!」
だがレジードはすぐさま後悔と懺悔の念を払うよう右腕を振り抜きざまに、ヴィルドレッドの銃口と並ぶよう真っ直ぐ眼前の男の眼を見据えてみせる。
「如何な理由があれど、この場で起きた事は事実……その責を負えと言われれば、どのような処分も甘んじて受け入れるつもりだ! ――だがヒューバルト大尉! この13A.R.K.を守るべく死力を尽くし満身創痍となった彼らに武器を向けるのが、我々アガルタのやり方とは思えんぞ!」
彼――レジードの言葉にヒューバルトは不快さを表情に露わにする。同時に首を横に数度振って見せると、そのまま小さくため息を吐いた。
「レジード大尉……長年戦場にその身を置いたはずの貴殿がそのような悠長な言葉を口にするとは」
目の前、こちらを強く睨みつける視線を受け流し、どこか憐れむよう瞳を細めながらヒューバルトは言葉を続ける。
「貴殿も見てきたはずだ……深過を遂げた式兵が、果たして如何なる結果をもたらす存在なのかを」
「それは……」
深過を遂げた式兵たち。
ヒューバルトの言葉にレジードは一瞬、強く唇を噛む。
A.M.R.T.がヒトに与えた力は偉大だった。タタリギに対抗しうる驚異的な身体能力、ヒトの枠を超えた驚くべき潜在能力の開花……だが、相応のリスクとして"それ"はいつも彼らの影に絡み付く。
生命の危機に瀕したとき、彼ら式兵を式兵たらしめるA.M.R.T.は時に宿主に牙を向く。共に討つべき敵と向かい合っていた数時間後、あるいは討つべき敵として虚ろな瞳をこちらに向ける、かつての仲間たち。
それがどれほど無念で、言葉にならないものか――
「このA.R.K.には今、基準を逸脱した深過傾向を持つ式兵が二名存在している。 確かに彼らの戦果は素晴らしい――素晴らしかった、が……それとこれとは話が別。 我々は"脅威"を見逃す事など出来ない……違うかね」
「く……」
ヒューバルトの言葉に握った拳を強く握りこむ。
この13A.R.K.で出会った彼ら"Y028部隊"……彼らと言葉を交わしたとき長年の兵役で培ったレジードの感性を刺激したのは、どこか他の式兵たちとは違うその佇まいだった。それは言葉にするならばある種の凄味、とも言いかえる事が出来たかもしれない。
死線を超えた数でもなく。
斃した敵の数でもなく。
レジードは深く閉じた瞳の暗闇に、指令室でモニター越しに見た……いや、見てしまった、彼らの戦いの様を思い浮かべる。
――あれは……あれでは、まるでタタリギそのものだ。 彼らが秘めていたこの事実を、他の誰が共有し得ると言うのか!
思い返す彼らが戦う姿にさえ、首元を冷たい汗が伝う。
死の淵から文字通り蘇り、閃光の如く戦場を縫ったあの白髪の少女だけではない。
斑鳩、ギルバート、泉妻、木佐貫。彼らが戦場で見せた個々の戦闘能力はまるであの少女に鼓舞されたように、いち式兵の能力を超えていた。挙句、あの特異乙型とでも名打つ絶望的な戦力を備えた個体を撃破してみせたのだ。
それは明らかに、式兵の枠を超えている。
(だが――……)
その枠を超え討つべきタタリギに寄った力を魅せる。それはヒトではないモノへと深過を辿る、破滅の証明に他ならないのだろう。
レジードは何を否定するわけでもなく、強く首を横に振る。
(誰が彼女を、彼らを否定出来るというのだ! 彼らは戦った……文字通り、死力を尽くし、自分らの事など捨て置くように
! ――だが、だが……!)
ヒトが持つ価値観など、目に映るものが全て。
あの少女を――今、アールの姿を見た者全てが、果たしてその存在を赦せるものだろうか。
辛苦にうなだれ拳を震わせるレジードに対し、ヒューバルトは口元を歪め一笑すると、カツン、と音を鳴らし揃えたつま先をヴィルドレッドへと向ける。
「さて――第13A.R.K.局長殿。 説明順が前後してしまったが、事は先に述べた通り重大を極める。 貴殿は管轄の所属式兵に起こった"深過傾向"を対処する事なく、あまつさえそれを知りながら手駒として扱い続けた……監督者としての責務は重い、そう言わざるを得ませんな」
堂々と――
再びゆっくりと両の手を広げながら、先ほどと変わらず向けられた銃口を気に留める様子も無く語るヒューバルトに、ヴィルドレッドは嘲るように鼻を鳴らす。
「黙って聞いていれば随分と綺麗事を並べてくれるな、大尉殿」
言葉と同時に半歩間合いを詰め、照準越しに改めて射貫くような圧を込めた視線を送る。
「ならばアガルタ……いや、貴様が我々に実証実験と銘打ち預けた"式神"の存在そのものが、我々の"監督外の事象"だったという事に他ならない。 加えるなら"式神"をそのまま運用する提案を呑んだのは貴様も同じ――今更つまらぬ三文芝居などよりも、まずは二人への包囲を解いてもらおう。 俺が向けたこの銃がただの脅しでない事くらい、貴様なら理解出来るだろう」
もう半歩――。
地面を削りながら右足を踏み込むヴィルドレッドの言葉と気迫に、ヒューバルトは肩を竦める。
「……やれやれ、全く持って恐ろしい。 その殺気、組織の長を務める者が放つにはいささか鋭すぎますな」
言葉とは裏腹に、今だ余裕の色を浮かべたままの男の背後。
身を包む黒衣に似た気配の色を浮かべるその背中に斑鳩は一層警戒を強めていた。
(この男、一体……)
局長の放つ殺気は伊達ではない。
どこまでが駆け引きで、どこまでが本気なのか――俯瞰する立場とはいえ、それでも判断が付かない本物の圧を前にしても揺らぐ事のないその様。
斑鳩は苦しそうな表情を浮かべ今だ身を起こす事のないアールを抱え直すと、目を伏せたまま悟られぬ様にもう一度周囲を取り囲む部隊に目を配る。
こちらを取り囲む微動だにしない兵士たち。
彼らからは変わらず、気配の一切を感じ取る事が出来ない。まるで機械……いや、人形にただ、取り囲まれているかのような感覚。
(……身体の感覚は少しずつ、戻ってきた。 だが何故だ……)
もし、彼らがただの式兵ならば。
多少の被弾を受けながらも、致命傷を避けながら包囲を脱する事は出来るかもしれない。
あるいは一足飛びに眼下、ヒューバルトの背中に飛びつき組み敷く事もそう難しくはないかもしれない。
――だが。
(不用意に動けば、確実に急所を撃ち抜かれる――そう確信させるものは何だ……?)
拭えない不安感が、彼らこそ"F30(フェブラリー・サーティ)"――存在しない日、存在しない任務に赴くという噂でしかなかった幻の部隊だと斑鳩に確信させていた。
そんな不安を肯定するよう、「動かないで」と言わんばかりに握られたアールの真っ黒な右手。
その手を静かに握り返しながら、斑鳩は小さく頷いていた。
「しかし局長殿……我々を取り巻く状況がどうあれ、彼らの身柄拘束は必須だとあえて提言させて頂きますが。 ここは誰の眼も届かぬ様な前線でも、彼方の僻地でもない――既に彼らは、目撃されてしまった。 ここ、貴方の第13A.R.K.で」
「…………」
厳しい表情を浮かべたまま、未だ手に構えた拳銃を向けたままのヴィルドレッドに、ふ、と口元を歪めながらヒューバルトは言葉を続ける。
「何も知らぬ他の者は驚き畏れるでしょうな……深過した式兵の恐ろしさはこの最前線ならばこそ、皆の知るところのはずでしょう」
「式神の秘匿性を何よりと謳っていたにしては、この状況で饒舌だなヒューバルト」
ヴィルドレッドの言葉に「勘違いしないで頂きたい」と静かに首を横に振ると、ヒューバルトは眼鏡を取り外しポケットから取り出した布でレンズを拭く。
「局長殿……我々は何も彼らを処分するためにここへ訪れたのではない。 むしろこのA.R.K.を救いに来たのですよ。 既に救護班の数名が"式神"の深過を目撃しているとの報告を私の部隊の者から受けている。 まずはその彼らにこそ、安心を与えるのが上の者の務めではないですかな」
確かに正論ではある――と。
ヴィルドレッドは僅かに瞳を細めた。
――被弾したアールを救護回収に向かった小隊……か。
あの状態――身体の一部を失った状態からの生還、戦線復帰。
立ち上がった彼女の失われたはずの右腕は、まさしくタタリギを構成するあの黒い外皮そのもので補われていた。そんな者が存在するはずがない……してよい道理などない。
……しかしそれを間近で目撃した者が居るのも事実。
如何に医療班を統括する峰雲直下の隊員とはいえ――いや、だからこそ。タタリギがどういうモノか、そして式兵がどういうモノかを熟知している。飛び出して行った峰雲から指令室へ報告が上がってこなかった事を鑑みても、現場に居た者たちの混乱は語るまでもない。
(だが、ここで奴らに……こと、この男にだけは斑鳩、アールを預ける事は出来ない)
ヴィルドレッドの脳裏にちらつく、D.E.E.D.計画の一端。
峰雲が導いた考察とアール本人の口から語られた一部とはいえ、出生前からその命に手を加えるという、ヒトの所業と呼ぶにはあまりにも罪深い業。
元より純種に初めて打ち勝ち帰還した彼らの報告を受け、ヒューバルトはすぐさまアールの回収を打診してきたが……思えばあの時、アールは初めて"式神"としての能力を見せた戦いだった。
身体に宿したタタリギとしての側面を高め、戦闘能力を爆発的に向上させるという深過解放。そしてタタリギの内面に干渉するという、にわかには信じる事の出来ない能力……深過共鳴。
あの時、紆余曲折もありながらアールは継続してY028部隊、このA.R.K.に籍を置く事を許された。
だが、ローレッタが見た式梟用コンソールの表示異常。加えてその機能を偽装されたバイタルチョーカーの存在。
(我々からの報告など関係なく、奴らはアールの……Y028部隊の状況を把握し続けていたと考えるのが妥当だ。 そして今――)
なりふり構わず、アールを……いや、定かではないが式神の干渉能力によって外見にも変化を見せ始めた斑鳩の回収に現れた。
ヴィルドレッドは一瞬だけ、横に立ち唇を強く噛むレジードを視界に入れる。
未だ原因は調査中となっている突如壊滅した14A.R.K.、特異型マシラの出現と増加。そして掌を返すよう突然配属された戦車部隊。
そして――その戦車の、あり得ないはずの深過。
(どこまで仕組まれている? ……いや、肝はそこではない)
波立つ心を抑えるよう、深く静かに息を吐きながら。
ヴィルドレッドはヒューバルトの背後、鉄塊となった戦車の上に片膝を着く斑鳩と、彼に抱えられたアールを見詰める。
(露骨過ぎるほどの介入を行ってまでも、あの二人を回収しようとしている。 回収する理由と価値が生まれたとするなら、何のために奴らはそこまでして斑鳩たちを……)
その先を考察するためには余りにも情報が足りない。
だが一つだけ確信出来るのは……目の前のあの男に、あの男の背後にあるアガルタにこそ、底知れぬ深く暗い闇が存在しているという事。
例え彼らの行い全てが正義の為、人類の――ヒトが存続する未来の為だったとしても。
生まれ来る命すら弄ばねば永らえない様な存在であるのならば……いっそ潔く滅んだ方が、どれほどまともか。
(……いいや、まだだ。 俺にはまだ、やらねばならぬ事がある。 やらねばならぬのだ……この銃で奪ってしまった、あいつの描いた未来に殉じるその時まで)
照準越しに一瞬フラッシュバックする影と散る血飛沫。
ヴィルドレッドは腕に強いた緊張を一瞬緩めると同時――瞬間、まばたきに閉じた瞼の内側の闇に、いつかの光景を溶かし消す。
時代遅れ、今や骨董品に近い手にした古い拳銃。
瞳を開くとヴィルドレッドは一歩力強く踏み出し、今一度その銃口をヒューバルトへと突き付ける。
「繰り返すが、その二名――Y028部隊はこのA.R.K.を守るために死力を尽くし戦ってきた。 自らの命を文字通り削りながら、だ。 例え深過を遂げようともその事実は変わらん。 だからこそ俺は今ここに居る……ヒューバルト、この銃口が狙う先にあるものは貴様の命だけではない。 貴様の背後に見え隠れする暗部そのものに向けたものと知れ」
「――ほう」
より一層強まる圧と共に放たれた言葉に、ヒューバルトの片眉が跳ねる。
「こんな世の中だ……彼らのように命を賭して戦う者が居るからこそ、我々は瀬戸際で踏み留まっている。 その彼らを貴様らの企てに利用しようと考えているのなら、俺はいつでも躊躇なくこの引き金を弾く」
今にも銃声が鳴り響きそうな緊迫感が支配する、ひと時の静寂。
レジードはヴィルドレッドの隣でまるで自らが狙われているようにも思える鋭く重い殺気――圧力に思わずごくりと喉を鳴らしていた。
(う……噂以上だ……式兵でも、ましてや現役を遠く退いてなお、この圧力を放てるのか! この人は生還者などと持てはやされただけの添え物ではない……!)
対するヒューバルトは向けられた銃口を見詰めたまま、瞳を細めていた。
"R"が彼らの手元にあるのであれば、式神とはD.E.E.D.計画の要として存在、製造された存在という程度の情報は伝わっているのだろう。
そして恐らくは――峰雲 巌と言ったか。
こんな僻地のA.R.K.には勿体無い、研究者として評価の高い人物だ。彼は過去、内地であの女の元に就学していた筈。
だとすればあるいはD.E.E.D.計画……その基礎知識程度は当たりが着いていてもおかしくはない。
(だが計画の先にある我々の真意を正しく知る者はアガルタの外には居ない。 いや……もう居ない、と言った方が正しいか)
とにかく、斑鳩とRの回収は絶対の条件……人形を使って手っ取り早く拘束してもいいが、出来れば生きたままの方が望ましい。あの女もそれを望んでいる……。
(焦る事はない……この小僧との問答は退屈ではあるが、この13A.R.K.はまだ利用価値が高い。 もっともらしい餌を今は与えておく必要がある――か)
ヒューバルトは瞳を細めたまま、今一度両の手をヴィルドレッドへ広げてみせる。
「……あえて否定はしませんよ局長殿。 だが貴方は承知していたはずだ……そこの"R"をここへ連れてきたあの日から、あれらがどういった存在なのか」
言葉と同時、広げた片方――右腕を後方、斑鳩たちへとゆっくり向けてみせる。
「ヒトは弱い……いや、タタリギに新たな脅威が生まれたこの時代……ヤドリギでさえ足り得ない。 我々はそれを見据え、ヒトの未来を照らすために"式神"を造った。 その戦闘データの収集、既存式兵たちとの少数共闘作戦における成果と戦果の調査。 お忘れですかな局長殿、全ては貴方の承認の元、この地にて行われた事だ」
ヒューバルトの言葉は余す事なく事実だ。
アールの手を握る斑鳩の腕に思わず力が入る。先程退けたタタリギ――そしてあの、アールと瓜二つの少女。通常の式兵では、太刀打ちなどしようが無い。
式神の力……結局、タタリギを斃す為には、よりタタリギに近付くしか……方法は、無いのか。
(斑鳩……)
うっすら開いた視界、朧げに見えるたのは悲しそうとも悔しそうとも見てとれる斑鳩の表情。
そして腕を通して感じられる、それ以上に複雑に渦巻く彼の感情。アールは無意識に彼を握る手に力を込める。
「……貴方はここに居る誰よりもご存じのはずだ。 彼ら式兵と呼ばれた者たちが実戦投入された黎明期、彼らが何と呼ばれたか。 どんな誹りを受けてきたか。 それを知りながらも貴方は手駒として"化け物"を行使する事を選んだ……違いますか、局長殿」
「――手駒……か」
手駒――そう呟いたヴィルドレッドの表情に僅かにだが後悔の念が落ちる。
だが、それも僅かな時間……一瞬だけ斑鳩と視線が交差した瞬間、全てを受け入れるようにヴィルドレッドは力強く頷いてみせる。
「否定はすまいよ。 確かに彼らはこの地を護る為の今や切り札的存在にまでなっている。 だがなヒューバルト……だからこそ貴様とは相容れぬのだ。 彼らの背中に、その姿に、ヒトとしての尊厳を覚えぬ貴様とはな」
その言葉に、隣――レジードは思わず顔を跳ね上げ斑鳩たちを見据える。
あれ程凄まじい戦いを見せた彼らの背中に観たものは、紛れもなく誰かの為に命を懸け戦う、他の式兵と変わらぬそれだったのだと、レジードは深く、深く頷いていた。
「彼らを"化け物"だと呼ぶのなら、俺や貴様こそとっくに"そう"なのだ……ヒューバルト。 一体、俺たちはどれほどの命の上に今日を生きている。 そしてこれから、どれだけの命の上に座すつもりだ」
「…………」
ヴィルドレッドの言葉に、ヒューバルトは再び瞳を細めたまま空を見上げる。
「彼らは俺や貴様ら"化け者"の道具ではない。 ましてや未来を照らすため炎にくべられた薪などではない……倒れぬ限り、いや倒れたとしてもなお――ヒトとして己が犠牲すら厭わず信じるものの為に戦う事を選んだ者だ。 ならば俺に出来るのは、その背に降りかかる暗闇を払ってやる事だけだ」
……暫くの静寂。
広場を包む音が、吹き荒ぶ風の一つまでが消えてしまったかのような静かな時の中。
ヒューバルトはゆっくりと――ゆっくりと見上げた真っ暗な空から得たような、暗闇に満ちた視線を向ける。
「我々こそが"化け物"――ですか……」
一体その言葉にどんな感情が込められていたのか。
静かにそう言い放つと男は黒髪をかき上げ、何かを吐き出すように大きくため息を放つ。
「……まあ、いいでしょう。 ですが局長殿――事は我々の価値観や倫理観がただ相異していただけ、などという状況はとうに過ぎてしまっている」
そして事務的にそう告げると同時――
斑鳩たちを取り囲む物言わぬ兵士たちが包囲の輪をもう一歩、一斉にその間合いを狭める。
「式神……いや、"式種不明"の式兵一名、加えて深過傾向が強く表れている式狼、斑鳩 暁の拘束移送。 それはこの13A.R.K.を護るためのにとアガルタが私に与えた任務。 どうか冷静になって頂きたい……いかな価値観を振りかざそうとも、貴方が守らねばならぬ者は深過を遂げ"脅威"となったそこの二人ではない……このA.R.K.に所属する全ての人間――そうはありませんか」
こちらが向けた拳銃が虚仮ではない。
それと同じく、ヒューバルトが指揮し斑鳩たちを拘束する為に展開したあの兵たちも虚仮ではない。
ヴィルドレッドはぎり、と奥歯を噛みしめ――引き鉄に添えた指を一度確かめるように動かすと――その照準をヒューバルトの胴体へと定めた、その時だった。
「"13A.R.K.局長"ならば、A.R.K.に所属する全ての命を守る義務がある……」
唐突に響く、女性の凛とした声。
聞き覚えのあるその声に、ヴィルドレッドと斑鳩は思わず目を見開いていた。
踵を鳴らす高く細い音。
暗闇から現れ照らされた光に浮かび上がった声の主はヒューバルトの横に並び立つと踵を返し、ヴィルドレッドへ向き直る。眼下を通り過ぎ目の前で歩みを止めた姿に、斑鳩は思わず身を乗り出していた。
(馬鹿な、何故この人が……っ!!)
「……違いますか、局長」
「――ラティーシャ……!?」
驚きを隠せないままの斑鳩とヴィルドレッドの前に現れた一人の女性。
それはヒューバルト、レジードと同じ飾り気の無い黒衣の式制服に身を包んだ、元13A.R.K.司令代行……紛れもなく、ラティーシャ・ミルワードの姿だった。
……――第11話 別つ道の先へ (3)へと続く。




