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第10話 Y028部隊 (20) Part-1

純種に穿たれた傷より現れた"堕ちた"リッケルト。

その彼女へ絡む、真っ白な少女。彼女の干渉でリッケルトは芯核へと姿を変えようとしていた。


彼女の命は、助からないかもしれない。

だがせめてリッケルトをヒトとして送るために。そして、純種を崩壊させ、斑鳩たちを、13A.R.K.を救う為。


アールは自らを顧みず、ヤドリギとして守るものの為に二度目となる純種への深過共鳴を行う。

 深過共鳴(レゾナンス)




 本来、この力はタタリギと"相打つ為のもの"と教えられた。

 自らを敵とし、敵を自らとしたとき、それは死すらも共有し得る……式神にとっての最初で、最後の手段。


 身体の内側に根付く、わたしであって、わたしでないもの。


 生まれた時から――いや、仮にもしわたしに魂があるのなら。それはきっとその魂にすら絡み付く、黒い影。その感覚に身をゆだね、重ね……それはあたかも"同じ存在"として、触れたタタリギへと全てを共鳴させ、深く同調させていく。


 そうして、まるで枝葉の様に伸ばしたこの感覚が辿り着くのは……どこまでも広がる黒い気配に全てをゆだねたその時感じるのは――際限なく広がる漆黒の闇だというのに、それとは裏腹に遠のいて行く、孤独感。


 むしろこの漆黒こそが"懐かしい"と感じてしまう感覚が、自らがヒトではないという証拠のように今は鋭く胸へと刺さる。



 ――共鳴シークエンスに進めたのは、いつのころ……だったっけ。



 そうだ――と。


 どこまでも広がる闇の中、駆けるアールの足がふと止まる。


 "対象と同調する感覚"に疎かったわたしは、次々にみんなが合格してゆくテストシークエンスに、なかなか結果を出せないでいた。

 それまで戦闘訓練において、ただ壊すだけだった対象との精神的な邂逅、同調、共鳴……。それがわたしには、とてもとても……恐ろしい事のように感じられていた。


 飾り気の無い白い机の上に用意された、目の前に転がる"何か"。


 暖かくも冷たくもなかったが、確かにまだ"生きている"と知る事が出来た"何か"。それが一体、何だったのか。真っ白い照明に照らされていたはずのそれは、その形も色も、匂いすら……今は、思い出す事が出来ない。



 ――……! だめ、しっかりして、"わたし"!!



 朧げながら脳裏に浮かんだ光景に視界が一瞬、ぢ、と揺れる。



 ――集中して、"わたし"。 ここに、何をしに来たのか……意識に、刻んで。



 どこまでも続くような暗黒の中、アールはその感覚を研ぎ澄ませる。

 だが、今足を――いや、意識を踏み込んだこの場所は、今まで経験してきたアダプター2の純種の中とも、斑鳩の内側とも、まるで様子が違っていた。以前経験した空間にはなかった、暗闇に満ちる声、声、声。


 優しく語り掛ける声。激しく罵倒する声。泣き声、叫び声、笑い声――。

 様々に反響しあう声は音の洪水のようにアールの意識そのものへと降り注ぐ。


(……でも、どうしてだろう。 こんなにうるさいのに……嫌じゃ、ない。 それにこの、声には……聞き覚えが、ある……?)


 まるでリッケルトへと向かう意思を薄めるよう意識へ流れ込む声に、アールは二度、首を強く横へと振った。再び集中させ、周囲を探るよう伸ばした感覚――一瞬それが、無数に反響する雑音の中、聞き覚えのある声へと触れる。


 飛び交う声の中に、一つだけ混じるリッケルトの……今にも途絶えそうな小さな、小さな声。


(……リッケルト!)


 アールは何もない地面を蹴りつけると、一直線へと彼女の気配の元へと飛んだ。

 加速していくにつれ、先ほどまで周囲に満ちていた無数の声が背後へと流れ消えてゆく。替わりに訪れる静寂の彼方――次第にはっきりと聞こえるリッケルトの声に、アールはさら漆黒の空間を蹴り抜き、前へと迷わず突き進む。


(見つけた……!)


 暗闇の中、膝を抱えうずくまった姿勢のままで浮かぶ一つの人影。既に一つ上げる気配のないそれがリッケルトであるとアールは直感で理解していた。

 目の前の闇に捕らわれた彼女はまさに、斑鳩の中で見た彼の意思そのものと同じ性質のもの――ヒトとしての意識、言い換えるならそれは……そう、これは"魂"そのものなのかもしれない。


 対峙すればより感じることが出来る。

 このタタリギの気配が隈なく満ちるこの漆黒の空間においてもなお――微細ながら感じる彼女の鼓動。それは……タタリギには、決して無いものだと知っている。


 しかし斑鳩の内側で見た彼の姿と目の前……リッケルトの様子がまるで違っている事に、アールは瞳を細め口元を強く噛み結んだ。


 無防備にも一糸まとわぬその身体は、手足の末端を今や薄ぼんやりと淡く明滅させ、今にも虚空へと溶けてしまいそうなほどの頼りなさを思わせる。俯いたその表情、薄く開いた瞳に力は無く、焦点すらあっていないようにすら感じる。


 そして何より――彼女の首元。


 うなだれたリッケルトをこの暗闇に繋ぐように、周囲の闇そのものが収束したかのような――いや、それよりもなお濃い黒を湛える様にさえ見える……それはさながら、黒い首輪。


(……あれは……)


 この空間よりも濃くタタリギの気配を感じさせる、異様な()()

 それが彼女にとっても、この空間にとっても異常なものだとアールは直感する。


(待ってて、リッケルト……すぐに……!)


 決意に一つ頷くとアールは彼女の首元……黒い首輪目掛け、自らの右腕を掲げた次の瞬間――だった。

 感覚に直接訴えかけるような不吉な気配に、アールは伸ばした腕をそのまま、一足飛びに大きく後方へと距離を取る。


「やっぱり来てくれたわね、アール……うふふふっ」

「……」


 響く声と共に、リッケルトの隣の暗闇がぐにゃり、と歪み――あの白い少女が姿を現す。


 ふわり、と纏った白衣のようなワンピースを翻し闇に降り立つ彼女に、アールはさして驚く様子もなく――だが決して警戒を解く素振りを見せず、その少女へ真っ直ぐ紅い瞳を向ける。その姿に少女はもう一度だけ小さく嗤うと、同じく紅く濡れた瞳をアールへと向けたまま、"首輪"に繋がれたリッケルトの頬を優しく撫でる。


「驚かないのね、アール? ……嗚呼、そう言えば、アールは昔から"かくれんぼ"は得意だったものね!」

「リッケルトに近づけば近づくほど、あなたの()()が濃くなってた。 "居る"のは、分かってた……」

「あは! 匂い……匂いかぁ。 うふふ、アール。 ()()では()()を感じる事が出来るんだね?」


 白い少女は意味深げに、それでいて心底愉しそうに表情を歪ませる。

 アールはそこでようやく、少女の姿が外で見たそれとはまるで違うことに気が付く。


 いや外、と表現するのが正しいのか……とにかく、ここではない現実世界で出会った彼女と、今間近で見る彼女の姿は、まるで印象が違う。

 表情を見て取る事すら叶わなかった彼女の顔は、今は……はっきりと、この暗闇の中で見てとれた。真っ黒な空間の中で一層光り輝く、長く渦巻いた頭髪。場違いな明るい声を紡ぐ、真っ白な唇。


挿絵(By みてみん)


 まだどこかあどけなさすら残す整った顔立ちに怪しく輝き揺れるのは――濡れたような、どこか妖艶さすら感じさせる深紅の瞳。



 ――まるで、鏡を……見ている、みたい。



 その姿身に思わず心の内側でぽつりとつぶやいた言葉を見透かすように、目の前の少女は笑みを浮かべると小さく首をかしげる。


「当たり前じゃない、アール。 だって私とあなたは、D.E.E.D.(ディード)……"式神"として()()()()()()()()()()()

「……」


 自らもそう造られたと口にした、目の前の少女。


 式神。D.E.E.D.(ディード)


 少女が語った言葉に、アールは驚くこともなく……むしろ、自分でも意外だと思えるほどあっさりとその意味を受け入れていた。


 それどころか、"姉妹"という言葉にすら、こうして目の前の少女と対面した今、欠片も違和感を覚えることすら無い。姿形が酷似している事など些細に思えるほど、目の前が纏う気配が、その存在そのものがそれを証明している――アールは直感でそう理解していた。だが、アールは警戒する姿勢を崩さず一瞬だけリッケルトへ一瞥を送ると、瞳を少しだけ細め――ゆっくりとその口を開く。


「……だとしても、関係ないよ。 わたしは、あなたからリッケルトを助けにきた……もう一度言うよ。 邪魔、するなら……」


 細めた紅い瞳に宿る、明らかな殺気。

 しかし少女は凄まじい圧を放つアールの視線に口元を歪めると、リッケルトの頬を撫でる手を止めた。


「嗚呼、可哀想なアール……私が誰だか、本当にわからないのね。 てっきり"あいつら"とのおままごとに夢中で、忘れてるふりをしてるのかと思っていたけれど――こうしてちゃんと会ってみて、分かったわ」


 白い少女はリッケルトの顎を人差し指で跳ね上げると首元に禍々しく絡む、この暗闇よりもなお暗く思える首輪を露わにすると、目を細める。


「ねえ、アール。 あなたこの子を助けにきた……って言ってるけれど、そもそもあなたたちが必死に戦っていたあの()()()()……あれは、私が用意したものじゃあないのよ?」

「何を……っ!」


 まるで他人事のように語る彼女の口調に、アールは一歩前へと意識を踏み出したが、怒りとは裏腹に脳裏に浮かんだのは一つの矛盾だった。

 アガルタから配属されたあの戦車は、突如として――何の前触れもなく、何の気配を感じさせることもなく、唐突に深過……タタリギ化を果たした。問題は、その予兆すら捉える事が出来なかったという事だ。


(今は、離れた場所に在るタタリギの気配も……感じ取れる。 今回の戦いも、遠くから動くたくさんの気配を感じたのに……あんなに近くにいたリッケルトたちが乗った戦車には、何一つそんな気配はなかった……)


 アールはその視線を今一度、リッケルトの首輪へと向ける。


「あなたも気付いたでしょ? この不細工な首輪……"これ"を"この場所"に、タタリギに繋いだのは私じゃない。 確かに私はアールと遊ぶためにここに来たけれど……下らない邪魔が入っちゃったから、ちょっと横取りしてやっただけ。 今の私は"この場所"そのもの……共鳴して支配下に置くなんて、簡単だもん」

「どういう、意味……なの」


 彼女がのたまう言葉の意味が理解出来ない。

 いや……理解したくない、と言った方が正しいのかもしれない。


「……この手触り、懐かしい。 そう思わない? D.E.E.D.(ディード)としての性能を試すあの場所に繋がれたタタリギたちも、みんな()()を着けられていたわ」



 ――そうだ。 どうして、それに気付けなかったんだろう……



 アールは大きくまぶたを見開くと、紅い瞳を僅かに揺らす。



 ――あの、首輪……わたしは、あの匂いを、気配を知っている……でも、それじゃあリッケルトたちは……!



「分かったみたいね、アール?」


 少女は変わらず場違いな笑顔を浮かべ、アールへと頷く。


「そう……これは、わたしたち式神の内側に在るタタリギと同じ性質のものよ。 ヒトとタタリギを繋ぐ、()()()()が造った首輪。 ……ああ、()()()()()()()()は、ずっと昔に灰になったと思うけれど。 深過共鳴(レゾナンス)の実験シークエンス、その最終段階。 私はあの時、自分の身体に戻る事が出来なかったけれど……ふふっ、それも今は、懐かしい思い出ね」

「……戻ることが……出来なかった……」


 彼女の言葉に、遠い記憶が揺さぶられる。

 アールは瞳を細めると、少女から目を離す事なく少しだけ俯き――小さく、そう呟いた。

 

「――そうよ、アール。 あなたは知ってる……()()()()()()()()()()。 あの部屋に戻ってこれなかった、私を!」

「……!!」



 ――「ねえ、アール! 私、次の実験でいよいよ""のテストシークエンスだって!」



「……そんな」



 ――「……楽しみだなぁ。 もう私とアールしか、ここには残ってないけれど……"共鳴"って、楽しそうじゃない!?」



「そんな……あなたは……」



 ――「私、"解放"は結構得意だったみたい! ……だけど、ほら。 解放の影響が通常時にも残ってるの……毛先が、ぐるぐるしてるでしょう?」





 ――「……アールと"共鳴"して、私……本当にアールと一緒になるの。 家族になるの! 友達なんてメじゃないの、ずっと一緒に居る!」





 ――ずっと、一緒に居る………。





 …



 ……



 ……………



 ――――「あの……××、は……」


 あの日、彼女が戻ってこないまま、どれほどの時間が経っただろうか。


 わたしはいつもより厳しいものとなった戦闘訓練を終え――幾人の影に囲まれていた。

 その影の中の一人を、わたしはおずおずと見上げ……意を決して、"戻ってこない彼女"の名を口にした。すると黒い影は一瞬驚いたようにこちらを見下ろすと……少しだけ考えるようなそぶりを見せ、手に持ったファイルをぱらぱらとめくり小さく頷いた。


 ――「"××"……あぁ、D.E.E.D.(ディード)No,7の事か。 あれは優秀な素体だった、あれのお陰で他の来期十数体分のデータは取れたわけだからな」


 事もなげにそう言うと、心底感心した様に深く頷く。

 その男の言葉に傍ら、一回り小柄の女性の影は何度か首を横に振る。


 ――「あの子を失ったのは痛手だったわねぇ。 あの子は久々に最終シークエンス初の到達者になるかと思っていたのに……まさか、一番の失敗になるなんて。 この世代の子たちは、もうこのNo,8……"R"しか居ないのよ? 分かってるのかしら」


 そう不満そうに、黒い男の影に向かってため息を吐く女性の影。

 彼女に同じくため息を返すと、男の影は「やれやれ」と肩を竦めると、手にしたファイルを彼女へ突き付けるように渡す。

 

 ――「そうぼやくな……あれのお陰で第四深度への到達プロセスは確立されたのだ。 深過共鳴(レゾナンス)におけるタタリギとの共振同調……相互崩壊によるタタリギへの融解。 No,7は塵とはなったが、多大な成果を挙げたのだからな。 後はこのNo,8に引き継がせればいい。 今期最後のこの素体が深過解放(リリース)を含む全ての性能試験をクリアした暁には、新たな最終シークエンス……新たなアプローチを行うのだ」


 ……そうご、ほうかい……? ちりに、なった……?

 男の影は、何の感情も籠っていないように感じる冷たい声でそう言い放つ。わたしはその言葉の中から、嫌な予感が確信へと変わるのを感じていた。


 ――「でもこの子の戦闘訓練、最近結果は芳しくないのよねぇ。 この子No,7……"××"と仲良くしてたみたいだし……外での実戦に、耐えられるかしら? ……ねえ? "R"?」

 ――「あ……う……あの、××、はっ……」


 ××。××……。

 ずっと、一緒に居てくれると……約束してくれた、××。


 ――「ちっ……だから私は反対したのだ。 前期と同じく、D.E.E.D.(ディード)個体同士の接触など不必要だろう。 ヒトとしての情や仲間意識など、何の役に立つと言うのだ」

 ――「あらあ、環境の変化は必要よぉ、大尉どの? 新しいアプローチっていうのも、それのヒトツじゃないかしら。 でも……そおねえ、もう今期の素体で残っているのはあなた一人だし……そうだわぁ!」


 女性の影は口元を歪めると困惑するわたしの頭を優しく撫でた。

 けれど、その手に……同じように撫でてくれていた××から感じた様な優しさも、暖かさも、何一つ感じる事が出来ずに、わたしは身体を縮込ませていた。


 ――「ね、No,8? No,7の事は忘れて、ヒトの為に日々を過ごしましょう? そうすれば皆が……あなたのお友達も、皆喜ぶわよぉ……?」


 ……みんな? 居なくなった、ほかの……みんなも?


 ――「……××も、喜んで、くれる……? 戻ってきて、くれる……? 他の、いなくなったみんなも……」

 ――「ええ、ええ、約束するわぁ。 いつか必ず、また皆と一緒になる……そのためにも……ね?」

 ――「……おい、No,8を処置室へ連れていけ。 くれぐれも投薬量を間違えるな……この素体はこれまで以上に慎重に調整しろ、いいな」




 …



 ……



 ………



 …………()()()


 あのころから、記憶はずっと曖昧のままだった。

 わたしは、あの部屋でずっと……誰かが帰ってくるのを、ずっと待っていたんだ……。


 霞んでいた記憶の一部が、まるで溢れるように感情を支配していく。どうして、気付かなかったのだろう。どうして、彼女の姿を見た時……その名前も、何ひとつ思い出す事が出来なかったのだろう。


 鮮明に、唐突に溢れる、彼女との記憶。




 ――そんな……あなた、は……あなたは……!




「エル……!!」




 ……――第10話 Y028部隊 (20) Part-2へと続く。

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