第10話 Y028部隊 (18) Part-1
戦車より溢れ生まれた純種の砲弾を受け止め――そしてそれを撃ち返す。
深過を遂げたアールが口にしたその作戦は、馬鹿げたとしか言えないものだった。しかしそれは、普通ならば、でもあった。
アールだけが知覚した、謎の少女によって爆発的に深過を遂げた純種を前に、もはや常識に囚われた方法では太刀打ちできない。そして、彼女ならば――。
Y028部隊は、即座にそれを実現させるために動き始める。螺旋撃牙を弾き、詩絵莉の弾丸も受け付けない未曽有の相手を前に、彼らはアールと共に、正気の外へと踏み出す決断を灯す。
全ては、背に負ったA.R.K.を、大事なものを守る為に。ただ、それだけの為に。
「――キース代行! 東門にマシラ他多数のタタリギが集結しつつあります! このままでは……!」
「ええ、こちらでも確認しています……しかしこれは一体……!?」
タタリギに意思と呼べるものなどない。
動物でもなければ、植物でもない。まさしく異形と呼ぶしかないあれらの存在は、ヒトを襲い、奪い、無残にただ散らすだけ――ただ、ただヒトの存在を許さぬよう祟り仇名すだけの存在に過ぎない。
そう自らも戦場で体験してきたキースは、クリフが操る大型ドローン――木兎から得る映像に戦慄を覚えていた。
大量の丁型、丙型――ヒトの形を成したタタリギと、それよりもふた回りは大きな躯体を持つマシラと呼ばれるタタリギは今、東門へと集結しつつあった。キースはその様子を再度確認すると、一瞬斑鳩たちY028部隊が奮戦する南門広場を捉え続ける定点カメラの映像を視界に入れる。
――南門(あの場所)を目指すよう襲来したヤツらが、今はそこを避けるよう自ら迂回している……それもあの場にいる、全てのタタリギがだ……。
門の内側、純種と彼らの戦いの場から離れるように……
いや、大門を迂回し突き進む奴らの姿からは、むしろあの戦いを邪魔せぬようにと配慮すら感じ取れる。
もしあれらがただヒトを屠るという本能のみで動いているならば、南門の内側で起こっているこの状況は好機に他ならないだろう。たった一体ですら未曽有の脅威と表現する他ない純種という強力な個体の存在に加え、あの数のタタリギがあの場へとなだれ込めば……如何にあのY028部隊が、"深過を遂げた彼女"の存在があれど、それは最期を意味する。当然、こちらにそれを防ぐ手立てなどない。
――あの純種の顕現、彼女の変異……そしてタタリギどもの挙動。 こんな偶然があってたまるものか……!
「……局長! 今一度アガルタへ回線を……」
憤り振り返る先、キースは通信機を静かに降ろすヴィルドレッドの表情に思わず言葉を止める。
モニターと赤色灯が明滅する薄暗いこの室内においてなお、陰った彼の表情は今までに見たことの無いほどの怒気を孕んでいるようにキースの眼に映る。
「――ッ! あいつら、一体何を……!?」
一体何があったのか。あの通話先の相手は果たして誰だったのか。
そう勘ぐるキースの背中を揺らしたのは、クリフの驚く声と、ヘッドセットを片手で抑えながらのけぞった椅子が激しく軋む音だった。
「純種相手に纏まって距離を開けるなんて……主砲の餌食になるつもりか!? おい、聞こえるかローレッタッ! すぐに皆を散開させるんだッ!」
「「……!?」」
クリフの言葉につられ、皆が一瞬手を止め――ヴィルドレッドも険しい表情のまま、一回りほど大きなメインモニタのY028部隊へと注視する。
そこに映し出されていたのは――――
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◇◆◇
◆◇◆◇
「ほんッ…………とうに、やるの!? やっぱ馬鹿じゃないの!? あーもう馬鹿馬鹿、暁もアールも、も、ああもおまったくもおーッ!!!」
ひと際大きな駆動音と共に地面すれすれを飛行する木兎四号機が落とす影の中を駆けながら、詩絵莉はインカムに向けめいっぱい大声で叫んでいた。
純種が放つ砲弾を受け止め、それを撃ち返す。
アールが提案したそれをあっさり飲み込んだ斑鳩も斑鳩だが、二つ返事でそれを受け入れたギルもギルだ。詩絵莉は悪態をつきながらも駆ける足をそのままに、愛銃へと斑鳩が指定した弾丸、さらには腰に備えた飛牙用の大きな弾芯を手元を見ることなく器用に装填を果たす。
「戦車砲よ、戦車砲!! 確認しなくても馬鹿だわっ!! アールもアールよっ……あの砲塔の前に、もう一度立とうだなんてッ…!!」
詩絵莉の脳裏に、純種が放った砲弾を受けたアールの姿がフラッシュバックする。
式隼の能力故か、彼女にはそれがとても現実味を帯びた作戦とは到底思えなかった。だが、確かにあの純種の芯核を露出させるために今必要なのは規格外の質量を持った一撃に他ならないだろう。
斑鳩たちが手にした螺旋撃牙。そして、自らが両の手に抱えるこの銃。
生半可な攻撃ではあれを撃ち抜く事など出来は無しない事は、この短い戦闘の中でも今や明確だ。あの純種は以前、アダプター2で合間見えた黒い獣のような存在ではない。ことさら変異を遂げたあれは、明らかに別次元の"何か"だ。
個々の実力で言えば13A.R.K.に所属するヤドリギたちの中でも、恐らくY028部隊を構成する面子は今や紛れもなくトップガンに近い存在だろう。加えてその中でも規格外中の規格外、アールという存在を交えてもなお――今までのタタリギを相手にする様、普通に戦っていたのでは到底倒せる相手では、ない。
出向している一桁部隊が帰還し戦列に加わってくれれば。
あるいは、配備されている戦車の手を借りられれば。
だがそのどれもが敵わない事は、部隊の――いや、この場を見守る誰もが理解していた。
この場はY028部隊が――もはや普通ではない自分たちが、普通ではない戦いを選ばなければならない時なのだろうと。そして光明があるならば、そこにこそ――あの黒く蠢くタタリギとしての存在を、自分たちヤドリギよりも色濃く、そしてそれでもなおヤドリギとして戦うと彼女が選んだ選択肢に、皆が首を横に振るはずはなかった。
あたしに出来るだろうか。自らの五体の一部を千切り穿ったあの砲弾の前に再び立つ事が。
斑鳩とギル、立ち回る二人の影で荒々しくも踊る様に彼らをフォローしつつ、目的の場所へと純種を導くアールを駆けながら詩絵莉は一瞬視界に入れる。
――『手にした力を自分の為に振るう事は簡単だわ。 でも他の誰かの為に自分の力を……迷いなく差し出し、奮う事が出来る……それこそが、私が知っている本当の"強さ"よ』
アールを視界に入れた瞬間、何故か浮かんだ憧れの"アーリーン・チップチェイス"の言葉。
詩絵莉はあの作品を読み憧れ自然とその身に刻まれたその言葉に、少しだけ胸にチクリと痛みを感じた。
確かに、ヤドリギは死ぬ事も仕事の一つだ。
それは嫌という程理解しているつもりだった。
だが明確な死と直面してもなお――他の誰かの為に…いや、自分以外の存在全ての為に、自らの身体も、命も、歩んできた道すら迷わずああも投げ出せるものなのだろうか。自らがヒトでない存在である事を受け入れて、それでもああも真っ直ぐに……生きられるものなのだろうか。
アールの右腕を形作る黒い剣が閃くその瞬間。その瞬間が、幾度となく読み込んできたあの大好きな作品の主人公――アーリーンが愛剣を振るう姿に一瞬重なって見えた詩絵莉は、ぐ、と唇を強く噛む。
――アール、あんたは死なせない。 今はあんたを死なせない事が、あたしたちの勝利だわ!
『シェリーちゃん、ポイントまで距離150! ――このままだとちょっと間に合わないッ……急いで!』
「かんったんに、はぁ、はぁ、言ってくれる……わねっ!! 飛牙組み込んだぶん、ちょっと重いのよ、これ!」
『ごめん、詩絵莉! ……この戦いが終わったら、もっと軽量化してみせるよ……だから!』
ローレッタの激と、心底申し訳なさそうなフリッツの声に、詩絵莉は蹴る脚に力を込める。
(この戦いが終わったら、って。これ以上ないフラグってヤツじゃない? あいつ後で殴ってやらなきゃ)
詩絵莉はフリッツの台詞に息を荒げながらも僅かに口元を緩めると、さらに身を沈め全力で風を切る。そして、駆け出す前――作戦を伝えた斑鳩の言葉を思い出していた。
――「砲弾を受け止……馬鹿じゃないの!? 本気なの、暁……!」
――『このまま決定打を得れないまま戦闘継続する事は出来ない……だろう、詩絵莉』
――「そう、だけどっ……でも、暁らしくない……こんな、無茶な作戦……!」
――『分の悪い賭けだ……本当にそれこそ冗談みたいな、な。 だが、聞いてくれ。 俺はこの直感を信じたいと思う。 俺たちが……今のアールが、皆が力を貸してくれるなら、きっと出来ない事なんてないんじゃないか。 そう思えるんだ』
過去の彼なら、決してこの作戦を実行に移す事は無かったはず。
詩絵莉はポイントを目前にもう一度だけ、目を凝らし斑鳩を見詰める。
彼はアールと出会ってから変わった――変わって、しまった。それが自分にとっていい事なのか、それとも悪い事なのか、それは分からない。それでも、どれだけ変わろうとも……自分が放つ弾丸に意味をくれた彼についていこう。そう思える自分の直感を――詩絵莉も選んでいた。
――全く……本当に単純ね、あたし。 でも今は……そんなあたしで居れてよかったって……思うわ。 そんなあたしで居られた、この場所――絶対に、守ってみせるわ。
ふ、と身体から緊張が抜け――同時に両手で抱えた愛銃がまるで体の延長上の様にすら感じる、自信に満ちたこの感覚。今なら自分の弾丸だけでもあの純種を仕留めれるんじゃないかとさえ思える程に、身体に力が漲ってゆく。気付けば目標の地点まであと数秒の所までたどり着いていた詩絵莉は、表情を一気に引き締めた。
その詩絵莉が作戦ポジションに到達するまでの最後の時間稼ぎ――
付かず離れず絶妙の匙加減で純種を誘導する斑鳩たちが背にするのは、A.R.K.を取り囲む防壁の中でも一番強固とされるあの大門だった。
万が一に純種が放つ砲弾を受け止める事が出来なかった場合を想定し、ローレッタとフリッツが選んだ場所――。まさにあの純種が初手として放った、アールの右腕を貫き防壁の一部を破壊した砲弾。着弾し崩れた防壁から威力を大まかに算出した二人は、あの鋼鉄製の大門であるならば砲の一撃で瓦解する事はないと二人は結論付けた。
――A.R.K.に対する被害を最小限に抑えるため。 でもこれが成功しなければ、どのみち……。
斑鳩とアールが提案した作戦にローレッタは一瞬目の前が真っ白になったが――すぐに、彼らが本気である事を理解した瞬間、それを実現させるため――いや、コンマ数%でも成功率を高めるための作戦をすぐさま立案していた。
斑鳩とギル、最高峰と言える式狼の二人。そして、その二人に劣る事のない式隼の詩絵莉。加えて――フリッツが手掛け強化を施してくれた四機のドローン、木兎たち。
全ては、弾丸を受け止めるという冗談みたいな作戦を実現させるため――絵空事のような作戦を成功させるため。自らが提案した作戦を、斑鳩とアール、ギルは二つ返事で承諾してくれた。詩絵莉は悪態をつきながらも――それでも、当然のように駆け出し力を貸してくれる。フリッツは冷や汗を大量に浮かべながらも、崩れた防壁の損害から背にする場所の考察に力を貸してくれた。
失敗すれば、間違いなく部隊へ大きな損害が出る。
だがそれでも今目の前で変異を遂げたあのタタリギを斃すには――芯核を露出させる為には、この馬鹿げた作戦を遂行するしかない。それ程にあのタタリギ――あの純種は異常だ。
アールの深過の影響なのか――確かに部隊全体のスペックが引き上げられていると実感出来ている上でも、このままでは勝てないと断言出来る。並のタタリギならば圧倒出来るだろうが、あれはまるで別の存在だ。
私たちが敗ける――それは間違いなくこのA.R.K.の敗北に直結する。
ローレッタは、木兎が映す右腕へと異形を宿したアールを視界に入れる。思うに、彼女はギリギリのところで……内側に巣食うタタリギを、理性を保てる範囲で武装として顕現させているのではないか。
数分前の、あの光景。
タタリギとしての右腕――あの黒い刃を、アールは一度もっと攻撃的に顕現させようとしたのではないかと、ローレッタは僅かにまぶたを細める。
駆けながら脈打つ右腕を抱え、一瞬態勢を崩した瞬間をローレッタは見逃してはいなかった。
彼女の身体が今どういう状態なのかは分からないが――少なくとも、彼女はこと戦闘において手を抜くような性格ではない。今、斑鳩とギルのフォローに徹しながら純種に間隙を突いて刃を立てている――それが彼女が今この戦闘において行える限界なのだ。
――それ以上は、きっと……。
ローレッタの脳裏にちらつく、一瞬にして黒い蔦根に飲まれ変異を遂げていった戦車の姿。
彼女がヒトとして在れる――その限界、その一瞬を確実に生かす為の作戦。彼女が戦線復帰ざま、空から放ったあの一撃のような力を、確実に生かすため。だからこそ彼女は選んだのだ。
――あの大威力の砲弾を発射した際に生まれる、確実な"硬直"……!
そこへ、自らに宿すタタリギの力に――手に入れた砲弾という武器を一点、叩き付ける。
その為に彼女は再び自らを穿った砲弾の前に立つつもりなのだ。そしてそれは――アールにしか出来ない事……いかにヤドリギとしてトップクラスの能力を今有すであろう他の誰にも、不可能な事だ。
――でも、今度は一緒に戦える。 アルちゃん、いつもお願いばかりして、ごめん。 でも……皆もアルちゃんと一緒に居ること、見せてあげるから!
「ッギル、前に出過ぎだ、集中しろ!!」
「――この程度問題ねえッ、イカルガ!! んなもなぁ、かすり傷の内にも入らねぇよ!!」
「斑鳩、もう少し左ッ……ギルは私がフォロー、する!」
前線、純種のまさに目の前。
少しずつ――少しずつだが、多様性が増していく純種の攻撃。黒い躯体から放たれる黒い矢に交えいつのまにか顕現した機銃の弾丸が、ギルの左腕に着弾し赤い飛沫を散らしていた。
――こいつ、まるで……。
これは、こう使う。これは、こう使えばいいのか。
ギルは純種と相対しながら、黒い躯体とあの濡れた赤い眼に確かな意図を感じ取っていた。まるで知らない玩具で、少しずつどう遊べばいいか模索しているとでも言わんばかりに――変異を遂げた純種は、時間を追うごとに攻撃が"上手くなっている"。
始めは体から生みだした錐状の矢を放つだけだった。近距離に至っては体当たりと、首と成した砲塔で薙ぎ払うだけの行動に過ぎなかった。
それが今では生み出した矢を躯体に留め、二の矢、三の矢と放ち、回避を次第に困難にさせている。さらにはその躯体に留めたままの矢をしならせ、まるで硬質の鞭のように振るうそれは、こちらが撃牙が届く間合いへと詰め入る事が出来る機会を確実に削いでいる。
さらに、それらに隠れるよう点として放たれる機銃の掃射――
ぺっ、と口に溜まった血を着地際地面に吐き出しながら、ギルは撃牙を装填する。斑鳩が言葉にした、仲間に影響を与えているかもしれない、アールの深過共鳴。それのお陰なのかは分からないが、身体強度が向上している事は実感出来ている。機銃による一撃も、どうやら実弾ではなくあの外皮の一部を飛ばしているもののようで、普段より回復力も増し、幾分強靭になったと感じるこの身体を貫通するほどの攻撃力は有していない。
――だが、こいつは確かに長く戦える相手じゃあなさそうだぜ。
ヤドリギ対タタリギ。
持久戦ではそもそも不利な事は明白だが、想像していた以上にこの純種から感じられる圧は確実に増している。昂る気持ちとは裏腹に、冷静に判断出来る自分が居ることにギルは少し驚きながら再び地面を蹴った。
――まあ、それも後少しでケリが付くんだろ……なあ、アールッ!!
斑鳩へ向け放たれた錐状の矢を、ギルは素晴らしい反応速度を見せ、それを空中で螺旋撃牙の一撃で以って貫き落とす。
「――ローレッタ、この場所でどうだッ!?」
地面転がりながら、受け身を取りつつ――後方に見える鋼鉄製の門を一瞬視界に捉えた斑鳩が叫んだ。
その彼を狙って放たれたひと際大ぶりの矢――いや、槍のようなそれをアールがすかさず斬り落とす。
『……その位置でいいッ……みんな、準備はいい!? シェリーちゃん、デッドラインにてスタンバイ、息はどう!?』
『整えた、射撃には問題ない――暁、あたしならいつでも行ける!』
二人の声に、斑鳩は乾いた口の中張り付く舌を浮かせ――彼女の名を呼んだ。
「……アール、やるぞ!! 一回きりの勝負だ……ギル、行けるな!」
「――うん!」
「応えるまでもねぇッ……! おおっとぉ!!」
飛来する矢をことごとく斬り落としながら、それでも瞳は凛々と紅く濡らしたアールが。
しなる黒い鞭にコートの淵を薙ぎ削られながら、ギルは猛々しく叫ぶ。
「詩絵莉、ローレッタ! ……行くぞ!!」
『木兎全機、配置完了! スタンバイ!』
『――装填確認、行けるわ!! ……暁!』
次の瞬間訪れた、一瞬の静寂。
ローレッタはインカムに聞こえるクリフの絶叫を遠くに感じながら――ハンドサインを掲げ、一斉に純種から後方へと一足飛びで大きく距離を取った斑鳩とギル、そしてアールを大きく見開いた瞳に写し。
それに反応し、砲塔を3人に向ける純種と、斑鳩が掲げたハンドサインに合わせ――
コンソールの上、木兎たち4機を一斉に制御するべく、その指を奔らせた――!
……――次話 Y028部隊 (18)へと続く。




