第10話 Y028部隊 (16)
立ち上がり、異形を手にした彼女の姿を目の当たりにしたのは斑鳩たちだけではない。
指令室もまた、アールが遂げた深過に一同が冷たい汗を流していた。
報告書で見たとはいえ、初めて目にする彼女の"遂げた"姿に、キースは震える唇を噛む。
あれは、あれが…式神、なのか――と。
討つべくタタリギと相対する、討つべくタタリギ。
彼ら、Y028部隊が彼女と共に死闘を繰り広げる様に、それぞれの想いを胸に、指令室は沈黙に包まれていた。
――予想していなかったわけではない。 だが、あの状態からも易々と……!
アラートが報せる赤い光が明滅する司令室で、遅れて到着した峰雲はモニターを見つめながら、ぎり、と奥歯を強く噛んだ。
彼の隣――その様子にモニターを睨み付けるキースの眉間を、冷たい汗が伝う。
「……あれが、報告にあった――深過解放。 あれがD.E.E.D.の力……」
誰に言うでもなく自然と突いて出た言葉。
禍々しくも渦巻く白髪、モニター越しにも視てとれる紅く輝く瞳。深過した式兵などとは明らかに違う初めて観るその姿に、キースは全身を襲う寒気から来る震えを、モニターを睨み付ける事で辛うじて抑えていた。
だが、彼女の失ったはずの右手を構成するあの不吉な黒い蔦肉は、ヤドリギとして以前相対してきたタタリギそのもの。キースもまた現役時代、あの様な純種とは相対したことは無かったものの、幾度とないタタリギの脅威と鉄火を交わしてきた経験がある。
その経験が導きうる最大限の警報が、否応なしに頭の中で響く。
あれは、敵である、と――。
「峰雲先生、あの右手は……」
「……彼女の体内に巣食う――いや、違う……共存する、タタリギの一部だろうね……あの出血、右腕を上腕部から吹き飛ばされてなお、それをああいった形で再構築して……ああ、ああ! 考えられない、一体、彼女は……D.E.E.D.とは、一体……どれほどの業を彼女に……!!」
だん!と、左手で作戦机を打ち鳴らす峰雲の背中を、ヴィッダがそっと撫でる。
「あれが、アガルタで生み出されたものだというのか……!?」
トゥエルフ・シルトに斑鳩たちが交戦する南門以外の場所へ展開指示を終えたレジードは、思わず席を立ち呆然と"彼女"の姿に大きく目を見開く。キースはゆっくりと振り返ると、レジードを視界に入れ深く首を縦に沈める。
「――そうです、先ほど説明した通り……もはや、あれを見てしまった貴方に隠す意味はない。 ……そうですね、局長」
「……ああ。 レジード大尉、我々が今明かせる"彼女"の詳細については説明した通りだ。 その様子、やはり"知らされていなかった"のだな?」
ヴィルドレッドはモニターに映る彼らY028部隊の戦い目を細めながら、振り返る事なくレジードへと問う。
その背中に彼は静かに首を振り――未だ信じられない、といった様相でごくり、と喉を大きく鳴らす。
「……新型のA.M.R.T.を製造している――という噂は、耳にしていた。 だが……いや、式神、D.E.E.D.といった言葉や計画は聞いた事すらない。 そもそも、新型A.M.R.T.ですらまだ試験運用すら……いや、待て……!」
「何か心当たりがあるんですか、大尉殿」
言葉を紡ぎながら何かに気付いた様子のレジードに、俯いていた顔を僅かに上げ峰雲は彼を眼鏡越しに見据える。
「……F30(フェブラリー・サーティ)……いや、噂の域……ではあるのだが。 ヒューバルト大尉とは、貴方方も面識があると聞いているが……」
「"存在しない日"……か」
背中を向けたまま、そう呟くヴィルドレッドにレジードは冷や汗を浮かべながら小さく頷く。
「……私も直接F30と呼ばれる部隊と接触した事はないのですが、一部の式兵の間で噂になっているのは事実……F30は、新型A.M.R.T.の被験者で構成された"特殊"部隊だと。 あまりの特殊性とその実力からそう噂が立っている程度にしか捉えていなかったが……まさか、こんな……」
……あり得ない話ではない。
レジードは震える拳を強く握り込む。確かにアガルタ直轄部隊の中でも、ヒューバルト……彼の存在は異質を極めている。その有能さから上層部とのパイプも太く、発言権も自分を含め他の大尉を任される者とは一線を画している事は周知の事実だ。むしろなぜ上層部――"議会入り"しないのか、不思議がる同僚も多い。
そんな彼、ヒューバルトが他の同僚――自らを含め、誰にも知られる事無く、自らを伴い彼女……アールこの13A.R.K.に赴任させた。
……改めて、そんな話は一切知らされてはいない。勿論、式神……そしてD.E.E.D.などという存在など、今の今まで知る由も無かった。あの時――Y028部隊と面と向かって会話をした際、思えば彼らからどこか訝しむような視線を何度か感じていた。だがそれはあくまで、内地も内地、アガルタから来た我々に対する初対峙の際の感情の一つだろう、程度にしか考えていなかったが……。
――彼らから"何か特別なもの"を感じるわけだ。 こんな秘密を抱え、彼らは戦っていたのか……。
「――局長ッ! 東門にマシラが多数襲来……!! 戦車の機銃掃射で何とか戦線は維持していますが、このままでは突破は時間の問題だと通信が!」
一人、通信機にかじりつきコンソールを操作していたクリフが声を張る。
彼もアールの姿ははっきりと残された目で捉えていた。だが、あまりの事態に動揺を超えているのか。それとも――彼ら、Y028部隊に感じていた、"何か"の正体がはっきりと理解出来たからなのか。クリフは自分でも驚くほどの冷静さを保ち、決死の防衛を続ける各門のサポートに徹していた。
――斑鳩、アール……お前らが抱えていたもの……見せて貰った。 だが、今は先の事など考えている場合じゃない……そうなんだな……!?
当たり前の様にそれを受け入れ、そして13A.R.K.を死守する為に再び純種へと向かう彼ら。
今、アールの状態を含め彼らがどういった立ち位置に居るのか。それは、クリフにも容易に想像出来た。だが、彼らの動きはそれを微塵も感じさせない。迷いも戸惑いも、保身も何もかもを背にし、ただ"敵"を討つ事だけに前へとその身を投じている。
(斑鳩……俺もお前に、お前らに倣う他はない。 所属は違えど俺の命はお前らに拾われたも同然だ。 ならば俺もY028部隊の背を追う事だけを考える!)
滴る汗を拭こうともせず必死にコンソールに喰らい付くクリフの隣に、ヴィッダは素早く、そして静かに腰を下ろすとモニターに映される各門、外壁の状況に鋭く細めた瞳を走らせる。
「レジード大尉、聞いての通り東門が手薄になっています……お力添えを。 防壁通路を使いB-6からE-3へ、トゥエルフ・シルトを誘導して頂きたいのですが」
「……あ、ああ! すまない、直ぐに通達を出す。 それで……残された他の戦車部隊の様子は? 深過の兆候などは、ないだろうか……!?」
「そちらはご安心下さい」
ヴィッダは椅子から腰を上げると、その席へとレジードを促し――踵を返すと、作戦机の上に開かれたトランク・コンソールの前へ素早く移動し手慣れた様子で小ぶりのコンソールに指を躍らせる。
「深過した南門前の戦車の他、東西北に配置実動している戦車に異常はありません。 搭乗する計9名の式兵、及び整備士においてもそのバイタル反応は通常値を維持しています」
「……やはり、南門の戦車に搭乗していた者は……」
「…………」
部隊を誘導しながら、マイクをオフにした瞬間を見計らいそう振り返るレジードに、ヴィッダは振り返らずモニターを凝視したまま普段無表情なその顔に、怒りとやるせなさを垣間見せると、静かに首を横に振る。
一体、何が原因なのか。何に起因し、戦車自体がタタリギと果てたのか。
過程はどうあれ、結果だけを見れば誰の目から見ても搭乗者の命は既にない事は理解出来ていた。幾度めかの報告にキースは強く唇を一瞬噛むと、ヴィルドレッドへ向き直る。
「局長、Y028部隊……いえ、アールのあの姿――どう、しますか。 彼女の存在が露見してしまった。 ……遅かれ早かれ、13A.R.K.中に知れ渡る事になる」
「承知の上だ。 それでも、我々は今彼らに賭すしかない。 斑鳩が、アールらが敗れる事があればそれは13A.R.K.の敗北となるだろう。 あの純種を……かつて"玄武"と呼ばれたあれを止めうるのは、彼らしか居ない」
「それは理解している……つもりです」
ヴィルドレッドの言葉に、キースは深く頷くと手にした首輪の起動トリガーを取り出すと、ロックが掛かっている事を確認しグリップを差し出す。
「しかし彼女がどういう状態にあるのか……あれ程の深過を遂げ、その身からタタリギを出現させてなお、正気を保っている……。 自分には理解が追いつきません。 彼女は間違いなく、もはやヒトではない、タタリギだ。 タタリギがヤドリギと共に、タタリギを今討とうとしてる……」
「今、あの場所で……彼女がタタリギであるかどうかを決めるのは、Y028部隊だ。 そして、どう在ろうとするかは彼女自身――我々に今出来る事は、Y028部隊に邪魔が入らぬよう戦わせてやる事……だけだ」
――まだ、彼女はアールとして共に居るのだな。 斑鳩……。
討つべく敵の境目は、誰が着けるのか。少なくとも、今この時は――あの場所に居る者たちに、その選択権はある。彼らが、彼女と共に純種を討つ……それを遂げたとしても、果たしてこの先が、彼らに在るというのか。
いずれこの日が――彼女という存在が露見する日が来ることは理解していた。
だが……迎えた今日と云う日は、余りに唐突過ぎた。いや、それは言い訳にもならない事だと、ヴィルドレッドは拳を誰にも悟られぬ様に握り込む。
彼女がヒトか、ヤドリギか。それを判断するのは彼らであり――また、我々でもある。
まるで自分の無力さを確認するようにヴィルドレッドは目を細め、キースから向けられたトリガーを握ると、それ受け取り机の上へと置いた――その時だった。
鳴り響く警報に交じり、作戦机の上に置かれた小型の受話器が甲高く鳴り響く。ヴィッダはそれに気付くとトランクコンソールの前へ構えたまま、静かに受話器を上げる。
「――はい。 こちら13A.R.K.作戦指令…………」
コンソールを操りながら受話器を首と耳に挟んだヴィッダの声と指が、ひたりと止まる。
ヴィルドレッドは聞き覚えのあるコール音に振り返り――それに気付いた彼女は、一時保留の小さなスイッチを静かに押すと、眉間にしわを刻みながら何かを考え込むように僅かな時間俯くと、眉間にしわを刻んだままヴィルドレッドへとゆっくり受話器を差し出した。
「……局長、外部からの局長回線へ対する直接通信、です」
「局長回線へのダイレクトコール……? まさか、アガルタから……!?」
受話器を手にしたまま厳しい表情を浮かべるヴィッダに、キースは右目をいぶかしげに細めるが、直ぐに首を力無く横に振る。
「この忙しい時に……! その様子だと別のA.R.K.からの応援要請……は、期待出来そうにないですね……?」
「キース、各部隊への指揮を引き続き頼む、戦っているのはY028部隊だけではない……レジード大尉と連携し各門へ適した戦力を随時推移させろ」
「……言われずとも!」
ダイレクトコールと言えば、アガルタや各支部からの直通……だが今コールがあったところでこの火急の事態へ対する光明に繋がるのかとキースはややイラついた表情を見せるが、ヴィルドレッドの言葉に不満を振り払うと、振り返りレジードと頷き合う。
その様子に小さく頷くと、ヴィルドレッドはヴィッダが差し出した受話器を手に取る。彼女は保留解除ボタンに手を添えたまま、依然厳しい表情を浮かべ……一度小さく息を吸い込むと、心を整えるようゆっくりと吐息を吐き静かに立ち上がり、ヴィルドレッドへ身体を寄せ周囲の者へと聞こえぬよう小声で囁いた。
「通信コードはアガルタ特務装甲車専用回線のものです。 通信品質はレベルA+……恐らくA.R.K.近郊からの非バースト通信でしょう。 ……相手は、ヒューバルト・クロイツ大尉……と、名乗っています」
「なん、だと……!?」
思わぬ名に、ヴィルドレッドは大きく瞳を一瞬見開き、受話器を握りしめる。
このタイミングに、あの男が……。受話器の向こう、数ヶ月音沙汰の無かったあの男からの唐突の、この状況下での通信に、様々な感情が渦巻く。
「……奴め……一体、どういうつもりだ……」
一瞬背中越しに振り返り、Y028部隊――斑鳩と共に駆ける"ヒトならざる姿"へと変わったアールの姿を視界に入れると、握る受話器が軋む。
「ヴィッダ。 会話を録音しておけ……念のためにな。 通信場所の割り出しも、だ」
いつになく鋭い眼光を湛えるヴィルドレッドに、ヴィッダはゆっくりと、力強く頷くと同時。
保留を示し点滅する小さなボタンを、その細い指で押し込んだ。
……次話 第10話 Y028部隊 (17)へと続く。




