第10話 Y028部隊 (12)
多くのタタリギの襲来に加え、守るべき防衛戦線の内側には純種の出現――。
未曽有の危機に晒される13A.R.K.に、瀬戸際で命を賭し奮闘する式兵たちを率いる指令室もまた、修羅場を迎えていた。
ヴィルドレッドの号令、クリフの必死のオペレート。そしてモニターへ映し出される斃れた"彼女"の姿。
キースは椅子へと拘束したレジードを厳しい表情で見下ろしながら、眉間を伝う冷たい汗を誰にも悟られぬように拭う。
「…………」
赤い警告灯がいくつも明滅する指令室。
キースは拘束されたレジードの前で、今まで一度たりとも見せた事のないような険しい表情を浮かべたまま、彼を睨み付けていた。
「……何度でも言わせて頂く。 このレジード・ゴードウィン、13A.R.K.に危害を加える意志など毛頭ないッ……あの戦車の深過の原因など、問い質されても絞り出す言葉すらない……! だからこそ、甘んじてこうして今、拘束を受けている! 私とて貴殿の立場なら、こうする他ない事は分かる……だが、本当なんだッ!」
「その言葉、信じたいものですが」
戦車から溢れたタタリギ――
それを観測した次の瞬間、キースはレジードを組み伏せていた。理由は至極単純――彼らが率い招き入れた戦車が、目の前で、事もあろうにA.R.K.の内部でタタリギと果てたのだ。レジードも事の重大性に、抵抗する事無く拘束される事を選び、今に至る。
「キース司令代行、事前の細部点検には立ち会って頂けただろう……! 我らの戦車があのような形でタタリギへと果てるなど、考えられはしない! 搭乗員の命も……ああなってしまっては、もはや絶望的だろう……ならばこそ……!」
「――貴方は、黙っていて下さい」
幾度めかの弁明を語るレジードの言葉を静かに一喝すると、キースはちらりとクリフが操る木兎が捉え続ける映像を視界に入れる。
戦車から溢れ出した大量の黒い蔦根。今やそれらは車体を締め上げ、変形させ――躯体とし、見た事もない……いや、分類するなら確実に"純種"として南門前の広場に存在している。
それがいかにあり得ない事か。
当然、キースも……いや、この指令室に居る誰もが理解していた。
本来、危険区域――戦闘領域を通過する如何なる車両は、A.R.K.内に到着し格納庫へと入庫する前に、徹底的な汚染チェックが行われれる。タタリギの被膜や体液などが付着していないか、また、機器類が正常に稼働しているかどうか……。
しかしそれは今よりもタタリギによる土壌汚染深度が濃い場所が主戦場だった旧時代の名残と言ってもいい。
今では帰隊の儀式の一環……と、表現するにはいささか語弊を招くかもしれないが、残された人類たちが活動する範囲において通過しただけであるいは車体が、あるいはヒトがタタリギへと果てる事はまず、起こりえない。
さらに言えば、ことアガルタからここへとやってきた4台の戦車は掛け値なしに特別製だ。
前線で戦車が稼働することが無くなったこの時代においても、それでも深過する危険性を十分に恐れ、考慮し――タタリギの侵入を防ぐために徹底した対策が取られていると聞く。
……それでも、相手は今も人類を追い詰め続けている謎の生体を持つ異形の存在。
マシラの事も記憶に新しい。何かしら、我々が知る由もない方法で奴らに寄生されていた戦車が、乙型などに堕ちたならばまだ話は分かる。
だが、さながらタタリギの幼体とも言える存在……"幼樹"を爆発的に芽吹かせたような深過の遂げ方は明らかに異常で異質なもの……。そんな事を一体誰が予想出来るというのか。そもそも人為的にあのような所業が、行えるものなのだろうか?
――しかし……だ。
キースは知らず知らずのうちに眉間に流れ伝う冷たい汗を拭うと、クリフのコンソールのモニターの一枚へ映し出される、血だまりに伏せたまま動く予感すら感じさせない"彼女"の姿に目を細める。
……式神。D.E.E.D.。
彼女の存在が、教授が語るままの存在であるならば。
そんなものがこの世に存在するというのなら……。
あるいはたかだか戦車一機をタタリギへ人為的に深過させる事など、容易なのではないか。搭乗員の誰かが、何かしら……そう、例えば――例えば、幼樹を持ち込み内側から深過させる事も可能なのではないか?
湯水のごとく湧き出る疑念と、恐怖。
だが、それを今いくら考えてもこの場所で答えなど出るはずもない。
「……キース。 彼の拘束を解くのだ」
「局長、本気ですか。 自分は賛同し兼ねますが」
不意に、各所に通達を行っていたヴィルドレッドが受話器を置いて立ち上がると、はっきりと指令室内に響く靴音をレジードの前で止める。
「彼が率いるはずのトゥエルフシルトは今、指揮が途絶し統率が乱れている……防衛専任部隊としての力を借りるには、レジード大尉の指揮が必要だ。 想像以上にタタリギの数が多い……我々13A.R.K.だけの戦力ではいつこのA.R.K.に侵入を許すか――いや、すでに侵入されていてもおかしくはない」
――考えている時間は無い。
だが、そうだと理解していてもキースは眉間に深く刻んだシワを解くことなくレジードを睨み付ける。
「……局長、他の戦車もいつ、ああなるか……分からないのですよ」
「今は議論している暇はない。 このA.R.K.を守る為に他に方法は無い……それに、だ。 他の戦車がああなる事は――まず、無いだろう。 ……それはお前も、薄々分かっているだろう?」
「…………」
キースはヴィルドレッドが一瞬向けた視線の先――Y028部隊が死闘を繰り広げるモニターへと同じく僅かな時間視界に入れると、俯いたまま強くまぶたを閉じる。
その二人の間に挟まれる形となっているレジードは、局長の"薄々分かっているのだろう"という言葉にいぶかし気な表情を浮かべ、首を捻る。
局長が言った台詞……"薄々分かっているだろう"という言葉は、何を指示しているのだろうか、と。
――まさか、戦車が深過した理由が彼らには……?
いや、そんな事が分かってたまるものか、と一瞬浮かんだ考えを改める様に彼は唇を強く噛む。
内側から唐突に深過を遂げ、あまつさえ純種へとその姿を変えるなどという事例はアガルタに属するレジードすら聞き及んだ事もない異様な事態だ。あの異形のタタリギが現れたプロセスは、まさに常軌を逸脱している。
――では、一体何が……?
「……わかりました。 大尉の拘束を解きます。 失礼、しますよ……」
ふうう、と閉じたまぶたをゆっくりと開きながら大きく息を吐くと、キースはレジードの後ろへと回り込み手錠を手早く外す。
拘束を解かれた彼は手首をさすりながら椅子から立ち上がると、険しい表情を浮かべたままのキースに向き直り、制服の襟を正しながら彼へと小さく頷いてみせる。
「いや、謝罪など……先も言った通り私が同じ立場であるなら……い、いや、そんな事よりも、だ。 貴殿らはこの事態に、何か心当たりがあるとでも……?」
「……レジード大尉。 貴方が潔白だと言うのなら、今はこのA.R.K.を守る為にだけ尽力して頂きたい。 ――ヴィッダさん、大尉を」
「心得ております、こちらへ……」
要領を得ない彼の発言に、一瞬口を開こうとしたレジードだったが、すぐに決意を新たに表情を引き締めヴィッダが促すままクリフが繰るコンソールの隣――A.R.K.全域の部隊へと通達が可能な通信機前へと腰を下ろすと、大型のヘッドセットとインカムを手に取り素早くそれを装着する。
「……クリフ君、すまないが現部隊の展開状況を伺えるか。 遅れながら、我々も出来得る限りこの事態に尽させて頂きたい」
僅かに頭を下げるレジードの姿にクリフは一瞬驚き、ヴィルドレッドとヴィッダを視界に入れる。
ゆっくりと頷く二人に、彼は力強く頷き返すと「了解!」と一声、モニターに映し出された東門、西門、そして居住区エリアの画像を見せながらレジードへと手短に状況を伝え始めた。
その姿を見届けたキースは、指令室の中でも一番大きなメインモニターに写し出される純種と戦う彼ら――Y028部隊の姿を、再び仰ぎ見る。
「彼女……アールの状態は」
「バイタルデータ上は、平常時と変わらない……これに関しては、お前もレポートに目を通し知っている通りだ。 彼女のバイタルチョーカーは、そもそもが偽装の為に用意されたもの……だったからな」
ヴィルドレッドの言葉に、ヴィッダが無言で寄越す一枚の資料にキースは目を落とす。
あの深過を遂げた異形の存在が放った弾丸に、アールは被弾した。いや、正確には居住区へと着弾するはずだった主砲を……その身体を以って、受け反らしたのだ。
当然……無事であるはずがない。
「ええ、理解しています。 しかしあの傷……普通のヤドリギならばとうに力尽きていてもおかしくはない。 今の彼女に対して、我々はどう判断を付ければいいのか。 もし息があるならば……深過し危険な存在へと堕ちてしまうという可能性、考慮すべきです……局長」
「…………」
キースの言葉にヴィルドレッドは腕組みをしたまま、モニターを睨み付けながらゆっくりと息を吐く。
通常のヤドリギであれば、死の淵こそが最も危険を伴う瞬間だ。死の狭間、執着する生に引き上げられるように体内のA.M.R.T.のバランスが崩れ、活性化する……それはつまり、ヒトがタタリギへと堕ち深過を遂げる危険性があるということ。
つまりキースは、こう言いたいのだ。
右腕を失い、血の海に横たわる彼女。ヒトであれば助かる余地はない……であるならば。彼女が深過を遂げタタリギと堕ちてしまう前に、送ってやるべきではないか、と。
「……司令代行、現在彼女を回収するため編成された救護班がこの中央棟西側より居住区を抜け急行中です。 彼女の救出は峰雲教授からの指示でもあります。 ご存知の通り彼女は……以前も、常人では考えらない致命傷から息を吹き返した事もある。 ……軽率な判断は避けるべきかと」
局長が口を開く前。
珍しく一歩前へと間合いを詰め、眼光鋭く見上げるヴィッダの表情に、キースはやや面食らった表情を浮かべる。
「……ヴィッダさん、しかしあの時と状況は違う。 確かにアールはその身を挺し居住区を守ってくれた……だが、それとこれとは話は別です。 彼女は撃牙ごと右腕を失っている……いいですか。 右腕を、失っているのですよ。 ……ヤドリギとしての生命は絶たれたと言ってもいい。 それよりも、彼女が万が一深過を遂げてしまった事を考えるべきではないですか」
指令室に響く、レジードとキースが各部隊と連携を執らんと張る声と、コンソールを操作する音。
ヴィッダは彼の言葉に僅かな時間目を閉じ――一瞬、背後のクリフに視線を送ると、意を決したよう見開きキースを見上げその胸元を指で突いてみせた。
「ならば義手を付けてでも戦うでしょう、あの子たちなら。 違いますか、キース。 昔の貴方と同じ様に――彼らはヤドリギ、なのですよ」
「言われずとも分かっています……だからこそ、自分はヤドリギである今のうちにこそ、送ってやりたいのです!」
キースの脳裏に、忘れたくとも忘れられない過去の記憶がちらつく。
深過を遂げ、ヒトではないものとして立ち上がり、こちらへ殺意を向ける元部隊の仲間の姿が――それを捉える、自らの式隼の眼が。
そしてついには、引き鉄を弾く事が出来なかった――過去の自分の姿が。
それと相対した時――共に信じ合い戦ってきた仲間が目の前で果てこちらへ向かい来るその光景は、絶望という二文字でなど到底表現出来るものではなかった。なればこそ、A.R.K.を……ヒトを誇り高く守ったヤドリギとして、送ってやりたい。斑鳩たちに……いや、誰だろうと二度と、あの光景を見せる事はしたくない。
だからこそ。今度こそ、他の誰でも無い……ラティーシャが託したこのA.R.K.の若きヤドリギたちに代わり、それを背負い……成し遂げる。それが自分が今、ここに戻ってきた自分の使命なのだと。それこそが、遂げれなかった過去の清算なのだと。キースは誰にも悟られぬ様に奥歯を強く噛みしめる。
「――キース」
それまでモニターを見つめたまま口を閉じていたヴィルドレッドが、睨み合う二人を遮るよう静かに言葉を吐いた。
「局長……」
意を決したような表情を浮かべるヴィルドレッドが発した言葉に、キースは複雑な表情を浮かべたままその横顔に視線を向ける。その隣――ヴィッダもまた、言葉を交わす彼らへとゆっくりと向き直った。
「斑鳩はあの状態のアールを前にして……あの地獄の様な状況を前にして、僅かほども狼狽えず、疑いもせず言ったのだ……アールは、生きている、とな。 そしてまた、奴の言葉を一縷も疑うことなくY028部隊は今、決死の覚悟を以て戦っている。 倒れた彼女を救うため……そして、13A.R.K.を守る為に、だ」
「それは、理解しています。 しかし……!」
そんな事は、分かりきっている。
キースはそう言いたげに、珍しく語気を強めながら一歩、モニターを見つめ続ける局長へと間合いを詰める。しかし彼は僅か程も視線を動かす事無く、静かに一度だけ頷いた。
「見ろ、キース」
局長の視線の先。
そこには、純種と拮抗した戦いを魅せるY028部隊の姿が映し出されていた。何度も、何度も……彼らは紙一重で急所への被弾を避け、いなし、翻弄しながら、戦車を覆う黒い蔦肉の外装へと牙を突き立てている。地面へと迸る血は、すでにあの純種から滴るものだけではない。
「目の前で同胞もろとも戦車を飲み込み現れたあの敵を前に……彼らは何の躊躇も、迷いも見せず戦っているのだ。 あの中に志を同じくする仲間が居た……その事を知りながらも、彼らは何の迷いすら見せていない。 分かるか、キース」
ヴィルドレッドはそう言うと、隣に並びモニターを見上げるキースの横顔へと頷く。
「諦めと決断は近しいようで、全く違う。 諦めから決断に至るのか? それとも決断の先に諦めがあるのか? キース……お前が今アールを自らの手で送ろうとする気持ちは理解出来る……その理屈も、理由もな。 ……だがそれは、本当に自らの心に従い"決断"したものか?」
「…………」
真っ直ぐこちらを射抜く様な鋭く、厳しい視線。
ヤドリギであった現役の頃から、そのもっと前から――キースは彼が向けるこの眼差しが苦手だった。だが、今は少し違う。彼の横に立ち、守るべきA.R.K.を……ここで暮らす者たちを俯瞰する今の己の立場が、そう感じさせるのか。
「俺にはヤドリギであった経験はない……だが、この眼で多くの兵士たちを、そして式兵たちを見てきてつもりだ。 ……だからこそ、思うのだ」
ヴィルドレッドはもう一度、眩しい光景を見据えるよう瞳を細め斑鳩たちの戦いを見上げる。
「あれとたった4人で……いや5人……か。 戦力として、最たるはずのアールを欠いた状態で……あの純種を抑え込めるものなのか、とな」
彼の言葉に、キースは僅かに眉を動かす。
「……共に戦う仲間を思い遣り、信頼する。 それは確かに実力以上の能力を魅せる事もあるだろう。 時として死の淵から、友を呼び戻す力になる事もあるだろう。 ……だが、キース。 俺にはあれが、そういった類のものではない様に……思えるのだ」
今、未曽有の危機にさらされている13A.R.K.。
その長たるヴィルドレッドの冷静な分析に、キースは極々ゆっくりと頷いていた。
「深過――共鳴? 14A.R.K.での戦闘ログにあった、あれが今、あそこで起こっている……と?」
「そこまでは分からん。 アールが臥せている今、14A.R.K.であったような状況ではない事は確かだ。 だが、斑鳩の言葉……"彼女は生きている"。 それが、我々には計る事の出来ない無意識下の共有からの判断であるとするなら……そして彼女こそが今、彼らの力を引き上げているならば……」
「…………」
純種から幾度も射出される錐状の矢を間近で紙一重で避け、高速で向けられる砲を幾度も掻い潜り、牽制、攻撃、回避……完璧なコンビネーションを以って撃牙を繰り出し続ける斑鳩とギル。
それを援護するのは、式狼らが回避不能な角度からの攻撃を、正確無比な狙撃で以って阻み続ける、詩絵莉。その命中精度は、もはや異様と言ってもいい。移動を繰り返しながら、マスケット銃と大型のクロスボウを巧みに使い分け、斑鳩とギルの攻守の隙間を弾丸を以って完璧に近い形で埋めている。
そして彼女へ向けられる攻撃を、斑鳩たちへ敵の機微を伝え続けながら、芯核が潜む場所を探りながら――4機目となる盾状の木兎を繰り、守り続けるローレッタ。
モニターに映し出され続ける彼らY028部隊の戦いは、キースが知る"式兵"としての戦いとは、まるで一線を画す光景だった。ラティーシャ……"紅のミルワード"と呼ばれた希代の式狼と名高い彼女の戦いぶりも、思えば一つ抜けた存在ではあったが……彼らが見せる光景は、それとはまた違う"力"だ。
個の戦力の集まりではない。まるで部隊全体が一つの意志で突き動かされているように……あるいは一つの、ああいった武器そのものであると言わんばかりに機能している。
その事は、キース自身も気付いていた。
だが、同時にヤドリギであったという自らの経験が――それを、否定していた。
たとえどれだけ信じ合っていたとしても、命を託し合っていたとしても……絶望は等しく、誰にでも訪れる。その事を、彼女と駆けたあの戦場で、経験で、得ていたからに他ならない。
「――キース。 我々にとってこの未曽有の危機をを好転させる事が出来るのなら……それは今理解する必要も、理由すらも必要ない。 この13A.R.K.を守る為には今、理屈抜きに彼らが今魅せている"力"こそ必要なのだ」
静かにそう語るヴィルドレッドの視線に、キースは背中に冷たい物が流れるのを感じていた。
彼――局長はずっと昔から……物事を平に見る事が出来る人物だと知ってはいた。
決して曲がる事のない信念に裏打ちされるのは、この13A.R.K.を……人々を守り、タタリギに対して一歩も引く事のない不屈の精神。今モニターを見上げる彼の視線は、キース自身がヤドリギであった頃より何一つ変わっていない。
だからこそ、確信を以って言える。
深過を恐れアールを"処分"するという選択を彼が選ばないのは……決して情に絆されたからなどではない。
誰よりも冷静に物事を天秤に掛け、彼は13A.R.K.を俯瞰する。
確かに現状のアールの状態は、チョーカーから得られるデータや映し出すカメラの映像からは計り知る事は出来ない。だからと言って今彼女を"処分"してしまえば……仮に彼らの力を引き上げている何らかの影響などなかったとしても、残された斑鳩たちは彼女を救うという大きな目標の一つを失う事になるだろう。
――それは間違いなく、彼らに綻びを生む。 その先に待っているものは……絶望。 それ以外に、ない。
どんな戦いにおいても生じた綻びは、意志に、覚悟に、易々と深い亀裂を刻む。
局長はそれを危惧しているのだ。キースは門外、門内に迫り来るタタリギ、それと交戦する別門の差し迫る状況が映し出される別のモニターをちらりと視界に入れながら、俯き口元に手を添える。
Y028部隊が今発揮するパフォーマンスを維持する事が出来れば。
あるいはあの純種に打ち克てる……局長は、そう考えている。そして、彼ら以外にそれを遂げる事が出来る戦力は、この13A.R.K.に無い事も。
――"決断"と"諦め"は違う。
もともと身体はヒトとして機能していない……もはやそれは、命の外にある存在と言ってもいい――式神。
なればこそ、あの損傷からも彼女は再び"生きて"帰ってくる……彼らは少なくとも、そう信じているのだろう。そして同時に、彼らも理解しているはずだ。
もし、立ち上がった彼女が仲間でなくなっていたのなら……?
……あの斑鳩 暁は、自らの命を我々に預けた。
万が一の事があれば――その言葉を彼は事も無げに受け入れ、あの場所で今――戦っている。まるで自分たちがヒトである事を証明するように、彼女がA.R.K.を救ったその意志を……証明し続けるように。
――彼らが見せたのは"諦め"に身を任せたのではなく……"決断"。 不退転の意志……それが、"決断"。
「……"諦め"るには早いと。 そう、言う事です……か」
「――そうだ。 彼らは彼女を決して"諦め"てはいない。 ならば俺たち外野の一存で今、彼女を送る事などどうして出来る。 もし本当に彼女が堕ちる事があれば…………彼らは自分たちの手で刺し違えてでも、遂げる。 そう、"決断"しているのだろうよ」
「局長……しかし自分も斑鳩たちと生半可な覚悟で話を付けたつもりはありません。 もしもの時は……」
キースが身を乗り出し口にした言葉を、ヴィルドレッドは数度、首を横に振って制した。
「分かっている。 お前が彼らに背負わせたくないという気持ちがあることも、それがお前の過去の経験から来ているということも。 だが、勘違いするなよ、キース。 だからと言って、俺はお前が彼らの命を背負う事を許した覚えはないぞ」
「な……」
再びこちらに向けられる、反論など許さないと言わんばかりの胆力を込められたかの様な視線に、キースは僅かにたじろいだ。
「この13A.R.K.防衛作戦、その最高責任者としての矜持を見せなければならいのは、他ならぬ俺なのだ。 ――いつ何時も、彼らの背を死地へと押しているのは……俺なのだ、キース」
再びモニターを見上げる、赤い警報灯に照らされるヴィルドレッドの表情は、どこか寂し気にも見える。
キースは「そんな事はない」と声を荒げたい気持ちをぐっと抑えていた。
死地へ向かうのは我々ヤドリギの確固たる意志でもある。守るべきもののために、明日を信じてその身を前へと繰り出してきたのは、少なくとも彼がそうさせたからではない。
だが、彼はずっと前線に身を置き戦い続けてきた。
何年も、何十年も……部下との、仲間との幾度となくあったであろう別れを胸に刻み続けながら、在り続けたのだ。
式隼だった――ヤドリギであった現役に別れを告げる事となった最後の戦い。
深過した仲間を送ってやる事も出来ず――それがきっかけとなり、多大な後悔を招く事態となった。引退したのち、前線を離れてしまったのもそれが切っ掛けだ。
だからこそ。一度はこの最前線を離れてしまった自分に、彼の想いを否定することなど――局長の、このヴィルドレッドの矜持を否定する事など……出来ない。
ヴィルドレッドは俯くキースを一度だけ横目で視界に入れると、再びモニターへと視線を戻す。
「その時が来れば。 斑鳩も、アールも……俺が責任を以って送ろう。 ……だが今は、我々には決断も諦めも、まだ早い。 彼らが明日を求め戦っているのであれば、今俺たちに出来る事は……彼らの決断のままに、最後まで戦わせてやる事だけだ」
「…………了解です、局長」
ぐ、キースは彼に見えぬよう拳を強く握り込む。
――局長。 俺も今はっきりと"決断"する事が出来ましたよ。
他の誰でも無い、彼が護ると誓ったこの13A.R.K.を、何に変えてでも護ってみせよう。
ラティーシャがそう言ったからではない……誰の意志でもなく、これは……俺が下した"決断"だ。その為に、ヴィルドレッドの横に立とう。彼から学び、彼の姿をこの身に刻み付けよう。
きっとその為に――ここに俺は戻ってきたに違いない。
キースは決断と共にコートを翻し、ヴィッダに大きく頷く。
全ては13A.R.K.の為……その為に必要なアールを、早急に救護班に回収させる。
彼は13A.R.K.、居住区の地図を作戦机に広げるとヴィッダと現状を示し合わせながら急行する救護班への指示を行うため――ヴィッダが無言で、しかしどこか優しい表情で手渡した無線機を無言で手に取ると、勢いよくその電源を入れるのだった。
……――Y028部隊 (13)へと続く。




