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第10話 Y028部隊 (11) Part-2

再びY028部隊の前、そしてあろう事か13A.R.K.の内側に顕現した、純種。


リッケルト、シール、そしてセヴリンが搭乗していた筈の戦車が遂げた深過に皆が固まる中。

誰よりも早く、純種から感じ取った殺意が向けられたその先が居住区だと気付いたアールは、

純種が吐き出した砲弾を、その身を挺して阻止する。


砲弾の衝撃に千切れ飛ぶ彼女の撃牙と、右腕。

それは、アールが居ないY028部隊の戦いが幕を明ける事を意味していた。


かつてないA.R.K.の危機を、そしてアールを救出する為に――

Y028部隊はそれぞれの想いと覚悟を胸に秘め、純種へと立ち向かう。

 地面に浅く打ち立てられた、幾本の弾芯。



 飛牙で射出するための、重く不揃いな弾丸を携帯することなく運用する手段――


 フリッツが詩絵莉へ提示したその方法とは、A.R.K.内外での戦闘を視野に入れたローレッタが、A.R.K.内外の地形はもとより、対多数の敵勢力に対する作戦展開、加えて過去の斑鳩たちの戦闘パターンを加味しシミュレートした狙撃ポイント……作戦開始前、その地点へ弾芯をあらかじめ用意しておき、必要に応じてそこを移動しながら弾丸を補給するという、防衛戦ならではの手法だった。


 始めはこの原始的かつ、いささか強引な手段に懐疑的な詩絵莉だったが――


 隼の視線の先、あの純種の黒い蔦肉を易々と散らし撃ち抜いた弾痕はマスケット銃で使用する大型弾頭とはまるで異なる大きな突傷を穿つに至った。まさしく遠距離型の撃牙、とでも表現すればいいのか。

 

 とにかく"飛牙"で撃ち出した弾丸の威力に素直に詩絵莉は目を見張る。


 初めて14A.R.K.で移動手段として使用して以来、日々フリッツが弦の密度を調整し続け、巻き上げる事が出来る限界の張度を計算しながら何度も何度も編み直してきたこれは、既に移動用のアンカーを撃ち出すだけではない攻守共に頼れる兵装の一つとなった。


 銃声を伴わない射撃はそれだけで優位だ。

 マシラを始め、銃声に反応しこちらが放る弾丸に対して防御行動を行うタタリギも今や珍しくもない。ましてや純種ともなれば、その反応は想定を遥かに超える動きを魅せる。


 しかしながら遠距離からの新たな一撃を手にしたとはいえ、問題点もある。


 次弾を装填しようと地面へと打ち立てられた弾芯、そのうちの一本に手を掛けた詩絵莉の背筋にぞくり、と悪寒が駆け抜けた。


 焦点を外す事無く睨み付ける純種の赤く濡れた瞳が、こちらを捉える気配――


 遠く離れていたとしてもまとわりつくような殺気を孕んだ純種からの視線は、易々と肌で感じる事が出来た。直後、牽制する斑鳩たちに穿たれる傷をそのままに、僅かに身を沈めた純種の胴体に形作られる無数の錐状の突起――!



 ――狙いは、あたし! 移動用アンカーの装填は……間に合わない!!



 魔法の矢(スコルピウス)を運用する上で発生する、飛牙(トビキバ)の問題点――それは、次射装填に時間が掛かるという一点に尽きる。左手に装着したグラウンド・アンカーの巻き上げを利用した装填、それに必要な時間は普段使用するマスケット銃の比ではない。


 一度射撃すると解放される弦を、再度発射可能にするには弓よろしく弦を引き、それを装填とする。

 だがヤドリギとして身体能力が強化されているとはいえ、式隼(シキジュン)である詩絵莉にそれを行う筋力は無い。ましてや威力を得るために限界まで幾重にも編み込まれた硬質のワイヤーともなれば、なおさらだ。


 そのため装填を行うにはまずグラウンド・アンカー巻き上げ機構を利用し、フックを専用のトリガーへと噛ませ、飛牙を地面へ押し付ける様に固定し、その上で巻き上げるという工程が必要となる。


 マスケット銃を攻撃の主軸とし、飛牙の回避用アンカーを射出する為にのみ使用する戦い方は、相対する敵からのカウンターに対応する事が出来る。

 しかし飛牙を攻撃用として運用している今のスタンスでは、こちらへ向けて無数に発射されるであろうあの錐状の矢に、この身は確実に晒されてしまうだろう。


 その事実は十二分に把握している。

 それでもなお、詩絵莉の眼は確実に飛来するであろう黒い矢を予見しながらも……一切の迷いを見せることは無かった。


 グラウンド・アンカーを伝い、ガチンッ!と手元を震わせる飛牙の弦が張り詰める衝撃と音。

 瞬間、彼女は寸刻後確実に死地となるであろう場に立っていながらも、一縷の動揺を見せる様子もなく……それどころか、腰に備えられた回避用のアンカーに手を掛けることもせず、あろう事か足元へ突き立てられた攻撃用の弾芯――魔法の矢(スコルピウス)を手に取ると、迷うことなく飛牙へと装填を果たした!



 ――パシュウウウゥッ!!



 飛牙の射撃準備が整った瞬間と同時。


 圧縮された空気を解放するような音を奏で、純種の躯体から彼女へ向け無数の黒い矢が放たれる。

 先程斑鳩たちへ向け射出した2本の矢よりも細く練り上げられた黒い矢は詩絵莉へ向けて扇状に、さながら空を覆う不吉な黒い雨のように空を駆け――



『――ッさせない!!!』



 ッガギャギャギャイイイッッ……!!



 刹那、詩絵莉の前へと滑り込む黒く大きな何かが壁となり――純種から放たれた無数の矢を受け流す!


挿絵(By みてみん)


 それは二枚の分厚い防御板を、さながら船の尖端(ステム)のよう敵へ向け鋭角に合わせた装甲版を纏う、大型の木兎、だった。これこそがフリッツが手掛け、ローレッタが操る木兎4号機。詩絵莉が疑る事なくその身を委ねた、ローレッタの切り札……!


 オペレーター、そして傍観者である式梟(シキキョウ)の、戦場へ対する直接介入を是とした……まさに規格外、想定外の思想を実現させた空を駆ける盾。敵からの遠距離攻撃から式隼(かのじょ)を守るために特化した、移動する遮蔽物!


 詩絵莉は地面を穿つ矢の音が止んだと同時。

 喜びに歓声一つ上げる事もなく、防御版から身をせり出すと――先程自らが穿った純種の右足目がけ、冷静に引き鉄を弾く!



 ――バンッ……!!



 張り詰められた飛牙の弦が解放される子気味良い音と衝撃、そして続けざまに彼女は指をスライドさせ、僅かに補正した銃口を先往く弾芯の着弾点に狙いを付けると、間髪入れずマスケット銃の引き鉄を弾く。



 ――ヅバァァアンッ!!



 木霊する銃声――そして硝煙とマズルフラッシュを散らし衝撃で高く跳ね上がる、銃身。


 飛牙と銃による二連射は、再度錐状の矢を精製しようと構える純種の右足を見事捉え――その黒い蔦肉を派手に千切り飛ばす!強烈な二連射に今度こそ、がぐん、と大きく態勢崩した純種は、詩絵莉へ対しての射角を得れない事をすぐに理解したのか――生成中だった矢を即座に収束させると本体へ取り付き螺旋撃牙で胴体を削り続ける斑鳩へと向ける。


『――8時後方回避…ッ!』

「ちいッ!」


 すぐさまそれを察したローレッタの苦しげな声に反応すると、斑鳩は彼女が絞り出すように伝えたクロック・ポジションへ向け、純種の躯体を足蹴に後方空中へと翻り――間一髪、発射された3本の矢が彼の制服をかすめ暗がりの夜空へと消えてゆく。


 しかし飛び退る斑鳩を仕留めんと、またしても尋常でない速度と反応で向けられる純種の頭部を纏う砲身に対し、今度はギルがフォローとばかりに横から飛び込み様に撃牙を突き立てる。その機を見逃さず、斑鳩は地面を削るよう純種の死角へと旋回しながら撃牙を装填すると、再び芯核の露出を狙うため――その装甲を削がんと鬼の形相で純種へと飛び込んでゆく。


 ……避けたとは言え、まさに間一髪のタイミング。

 皆の攻撃と防御――その流れが何かが一つでも噛み合っていなければ、あの矢の幾本かは確実に彼を貫いていただろう。


 ローレッタは荒い息をそのまま、つう、と頬に冷たい汗が流れるのを感じていた。

 やはりあれは乙型(オツガタ)や、それに類するただのタタリギではない。寄生され操られた兵器などのそれではなく、まさに意志を持った生物であると言わんばかりの反応、そして右足を地に落としたままとは思えない機転の利かせ方……。


 あれは、ああいう形をした()()()()()()だとローレッタは改めて認識する。


 目の前のヒトをただ、如何にして屠るか。それだけに、そのどす黒い意志だけで動いている様にすら感じさせるその所作に、ローレッタはアダプター2で初めて出会った四足歩行型の純種の姿を思い浮かべる。



 ――でも、私たちは……()()()()()!!



『――ッロール!! ここは矢があと2本しかない! カウント50で次のポイントへ移動する!』

「了解!! カウント51より次点へ(ハヤブサ)を引率! 移動中も射撃牽制を、式狼(ふたり)だけじゃ抑えきれないッ!」

『了解、次射装填と同時にカウントを開始! 0(ゼロ)で右舷展開する! (あきら)、ギル、合わせてッ!!』


 詩絵莉から、インカムを通じて聞こえる高揚した声――。


 事前に今作戦、必要とあれば4号機を投入すると彼女へ伝えたとき――失敗すれば、あるいは彼女の身に危険が及ぶ賭けでもあるこの4号機を前に、詩絵莉は事も無げに、マスケット銃の点検をしながら頷いた。



 ――「事前にテストも出来なくて、ごめん、シェリーちゃん。 不安は、あると思う……でも、これがあれば……」

 ――「? なに言ってんのよ、ロール。 別にないわよ、不安なんて」


 詩絵莉はきょとんとした顔で、呆れるように肩を竦めてみせる。


 ――「まあその、ほら、()()。 フリッツの奴が計算して造って、ロールが飛ばすんでしょ? だったら預けれるわよ、命くらい」

 ――「……シェリーちゃん」



 出撃直前の格納庫で。

 ちらり、と装甲車の脇でアールの撃牙をチェックするフリッツに聞こえないよう僅かに声のトーンを落としそう言うと、彼女はローレッタからの視線にわざとらしく目を閉じ、照れ隠しをするように「ん"ん"っ」と咳払いをしてみせる。



 ――「いい? ロール。 他の(フクロウ)がどうかは知らないケドさ、あたしが知ってるあんたは最高の梟なの。 誰よりも優秀で……誰よりもあたしたちの事を見ていてくれている。 信用してるとかしてないとか無意味な話なのよ、あたしにとって。 ……だから、さ」


 彼女は少しだけ俯くと、少しだけ笑った。

 まるで聞き分けのない子をあやすような……そんな優しい笑顔で、詩絵莉はローレッタの胸を拳で小突く。


 ――「……ロールが4号機(それ)を必要だと思った時が、あたしも4号機(それ)がきっと必要なときだよ。 ……でしょ?」



 そう言って真っ直ぐこちらを見据える彼女の瞳には、一縷の迷いも浮かんでいなかった。

 4号機を封印した理由も、そして再びそれを使おうと決心した心も、彼女は全て知っていてくれている――そう、強く感じた。


 ローレッタは大きく胸で呼吸すると、ぎり、と噛みしめる歯に、生暖かい鉄の味を感じる。


「……!? ローレッタ、鼻血が……!!」

「まだまだ全然、これから……だよッ!!」


 HM(ヘッドマウント)ディスプレイを被ったその隙間から垂れ流れる血に驚くフリッツをよそに、ローレッタは乱暴にそれを手の甲で拭うと再びコンソールへとかじりつく。その姿に、彼は少しだけ乾いた唇を噛んだ。



 ――くそう! やはり想定以上に4号機が彼女に与える負荷は、大きいのか……!



 モニターの脇に表示される、式兵たちのバイタルデータ。


 とっさにそれへとフリッツが視線を投げた先――ローレッタの心拍数、呼吸や脈拍は、普段見てきた彼女の戦闘時のそれを高い数値で更新し続けていた。ただ木兎(ミミズク)を4機を扱う事だけが原因ではない。試作機である4号機から得るフィードバック、その感覚的な誤差……。


 確かに機体が規格外に鈍重な4号機は、制御し辛いものになっていると想定は出来ていた。

 しかしその想定こそ甘かったと、フリッツは強く震える拳を握り込む。


 機敏に動作する慣れ親しんだ1号機や2号機とはまるで違うそのに動きに、得る光景に……バイタルデータの各数値の反応からはありありと、彼女の視覚と感覚、そして聴覚までもが振り回されていると容易に読み取れた。言うなれば常人が到底耐える事の出来ないような……強烈な()()に晒され続けている状態なのだろう。


 式梟の優れた能力の一つとして、強化された三半規管が挙げられる。


 ドローンのカメラを通して送られる映像に視覚を預けてもなお、感覚の正常性を保ち戦闘をサポートする事が出来る式梟としての能力。複数の木兎をまるで手足の様に操り、誰よりも多くの情報を並列して処理出来る彼女の才能は、他の梟の追随を許さないだろう。現にそれは彼女の傍で過ごしてきたこの2ヶ月の間、確かに感じることができた。


 しかし今、彼女が過去に4機の木兎を扱えていた頃とは比較にならないほど過酷な環境だ。


 複数の木兎からリアルタイムに送信され、更新され続ける映像。

 それらを複数同時に処理するという離れ業をやってのけるだけの卓越した能力があったとしても、そのうちの一つの目から得る映像が、ほかに存在する3つの目と、時差があったなら。


 例えば日常の中、歩きながら目を通して得るはずの情報が、単純に数秒のタイムラグを伴っていたとしたらどうだろう?常に右目と左目で捉えるその光景に、それぞれコンマ数秒から数秒まで推移する差がある状態だとしたら?


 そんな状況では、ただ真っ直ぐに歩く事すら不可能に近いだろう。


 ましてや実戦、単なる歩行などではなく今彼女が身を投じているのは高速戦闘の真っ只中。その負荷は想像を遥かに超えるものとなって彼女を襲っていることに違いない。


 しかしローレッタは今、式梟としての能力の限界に迫るような環境の中――それもぶっつけ本番の実戦の中、詩絵莉を守り、斑鳩たちへタタリギの機微を伝え、南門の外側の光景を捉えている。

 

 フリッツは彼女が扱うコンソールから幾本の太いケーブルで繋がれた4号機の稼働状況を観測出来る、小さく重いジャンク品のモニターへと眼鏡の奥、細めた視線を落とす。そこに並ぶ数字は、どれもがシミュレートしていた数値よりも随分と分が悪い事を告げていた。


 (機体の出力レートが想定よりも低い上に、電池(セル)の消費が激しい……さらにはまだ一度しか攻撃を防いでいないのに装甲版の損傷は想定より上……! くそッ……4号機自体も、ローレッタも、()()()()……!?)


 だがこの状況においても、マスケット銃を抱えたまま次のポイントへ向け駆ける詩絵莉に対し、性能が十分とは到底言えない4号機を寸分たがわず並走させるよう飛行させているそのテクニックは、もはや神業という言葉などでは括れない領域だ。


 同じく神業と言える射撃センスを魅せる詩絵莉のさらに上を往くとすら感じるローレッタの才覚に、フリッツはごくり、と乾いた喉を鳴らす。


 そして――小さなモニターに映し出される、2号機の映像。

 純種に対し、アールを欠いた2人の前衛である斑鳩とギルの動きを眉間にしわを深く刻みながら、フリッツはそれでもこの窮地を跳ね返さんとばかりに戦場を奔る皆に、鼓動の高鳴りを感じていた。


 Y028部隊専属の整備士として彼らに追従してきたフリッツに、彼ら以外の式兵の動きを生で見る機会は、当然無かった。それ故他の部隊との戦力の違いを、部隊としてのその質を比べる事は出来ない。しかし、斑鳩たちが魅せる戦闘を今座るこの席で遠征の間――2ヶ月の間、ずっとフリッツは見てきたのだ。


 だからこそ今目の前で展開する彼らの戦闘、その一挙手一投足が理解出来――そして同時に、理解出来ない光景として映っていた。


 式神として、特別な存在である彼女……アールの動きは、まさに異質だ。

 まるで重さを感じさせないそのフットワークはモニター越しに度々その姿を見逃してしまうほどに疾く、繰り出す攻撃は確実に敵のウィークポイントを正確に穿つ。


 しかし今視る斑鳩とギルの動きは、彼女とはまるで違う鋭さだと素人目でも感じる事が出来る。


 ローレッタが捉えた機微を確実にその身に反映させながら、それでいて獣の如く荒々しく螺旋の牙を突き立てて往くその姿は――内地に居たころ過去のアーカイヴで見た、まさに統率された獣が行う、狩りそのものだ。



 ――彼らが特別である事は誰よりもこの2ヶ月一緒に居た僕が知っている……だけど、だけど……今の皆の実力はそれよりも……!



「アール、もう少しだ……もう少し、()()()()()()()()……! 皆が……必ず君を、救うからな……!!」


 誰に言うでもなくそう強く呟いたフリッツは、13A.R.K.の現状と救護班の展開を確認する為に、首に掛けられた大きなヘッドセットを乱暴に装着すると、目の前――無線機のスイッチを力強く弾くのだった。




……――Y028部隊 (12)へと続く。

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