第10話 Y028部隊 (10)
全く唐突に起きた、13A.R.K.に対するタタリギの急襲。
唐突に鳴り響く警報と上層部からの通達に、式兵や職員たちは浮足立ちながらも迎え撃つ態勢を整えてゆく。
先のマシラ討伐遠征で戦力を欠いた状態の13A.R.K.の中で、今や手練れと認識されるY028部隊―斑鳩たちは、最も過酷な初動作戦に配備されていた。
Y028部隊として、初の防衛任務。
準備を整え、タタリギが向かい来る閉ざされた南門の前。
斑鳩は静かに、暗闇の空を見上げていた――。
『――南門防衛部隊、Y028部隊長、斑鳩へ。 こちら指令室式梟、クリフ。 Y028部隊、及びNTK七型戦車03の配備を上空から確認。 オーバー』
「こちらY028部隊式狼、斑鳩……感度良好。 状況完了、これより交戦に備える、オーバー」
『了解。 これより交戦までの間、他部隊の連携補助に当たる。 ……頼むぜ、斑鳩』
インカムから鮮明に聞こえるクリフの声に、斑鳩は上空を旋回する大型木兎を視界に入れ、大きく頷いて見せる。13A.R.K.の東西南北存在する大門の一つ、南門。Y028部隊はその内側、門からやや離れた場所で戦闘準備を完了させていた。
『式梟 ローレッタよりタイチョーへ。 別動隊の状況を報告します』
「頼む」
クリフとの通信が終わるや否や、ローレッタからの通信に斑鳩は短く応えると、後方――ローレッタとフリッツが乗り込む式兵装甲車が待機する半分扉が閉められた格納庫へと振り返る。
『A.R.K.の各残存部隊、並びにレジード大尉の部隊、"トゥエルフ・シルト"が東西北、各方角の大門へ分散し配備完了。 民間区画には新兵が万が一のタタリギの侵入に備え待機中』
「……民間人の避難状況はどうだ?」
頷きながら視線だけを民間区画へ向ける斑鳩につられるよう、隣で厳しい表情を浮かべていたギルもそちらへと振り返る。
『残念だけど、まだ6割ってところみたい。 子供と女性を優先的に本部へ避難誘導しているみたいだけど、夜なのもあって少し手間取ってる』
「……民間区画から直接本部へと繋がる避難経路は狭えからな。 交戦までに避難が終わりゃあいいんだが」
ローレッタからの無線を共有しながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるギルに斑鳩は小さく首を立てに振る。積み木街から本部に向けての避難経路は存在するが、確かに彼の言う通り決して整備され通行しやすい道とは言い難い。加えて本来、タタリギによる拠点へ対する直接襲来時の避難マニュアルや訓練こそ行われているものの、それは日中を想定したものである。
対して現状、時刻は夜10時を回った頃……訓練外となる夜間、それも突然の避難となればやはり訓練通りには行かない。
「了解だ、ローレッタ。 避難誘導に当たっているのが新兵とは言え、ヴィッダ補佐官が付いている……問題は無いだろう。 ……ギル、コーデリアならきっと大丈夫だ」
「ああ、あいつは肝も据わってるからな。 大して心配してねえよ」
そう言いながらも、落ち着かない様子で撃牙の具合を何度も確かめるギルの背中を、マスケット銃を抱えた詩絵莉がばしんと叩く。
「だったら少しは落ち着きなさい、ギル。 ……ほら、エアーバック捩れてるわよ」
「……すまねえな」
彼女はギルの背中、アガルタから配備された防御兵装のリアクティブ・エアーが仕込まれたハーネスの位置を丁寧に直す。ハーネスにつられ僅かに揺れる大きな背中からは、普段とは別の種類の緊張が容易に読み取れるが、詩絵莉は無理もないと小さく息を吐き――そのまま程近い民間区画へと視線を向けた。
南門からは程なくの距離にある民間区画。
詩絵莉にとってY028部隊以外で言えば、コーデリアをおいて他に家族や友人と呼べる者はあそこには居ない。だが当然、絶対に守るべき対象である事に疑いはない。
A.R.K.に対するタタリギによる直接襲撃――
普段出撃しA.R.K.外でタタリギと対峙する刹那。
背中に感じる、目に見えていなくとも守るべき、守りたいもの……それがこうしてただ視界に写っているだけで、随分と勝手が違う。ましてや、あの中に家族が、愛する者が居るとなればその感覚は何倍にも大きくなるだろう。
「よし、これでいいわ」と景気づけとばかりにギルの背中をもう一度叩く。
振り返った彼に、詩絵莉は無言で頷き――ギルもそれに応える様深く頷くと、二人は南門へと向き直る。
『タイチョー、戦車隊の状況をモニターしてる例のトランクからの情報も今、コンソールに入ってきたよ。 前01から04まで各門へ回頭完了、式兵並びに整備兵搭乗完了。 作戦実行に向けて待機完了が出てる』
彼女からの通信に、斑鳩は自分たちの部隊と共に戦う事になる南門へと砲身を向けたままの戦車を視界に入れた。
今回の防衛作戦の火蓋を切って落とす一撃を放つのが、共に配備されたこのNTK七型戦車03だ。
南東区域からの複数のタタリギ襲撃に対し、まずは僅かに開門させた南門から砲身をせり出させ、敵陣へ向けて"地面への一撃"を見舞う。
強力な砲弾で地面をえぐり飛ばし、その衝撃と音でタタリギどもをこちらへと注視させ足を止めさせると同時――詩絵莉と城壁の上へ配備されている式隼たちによる、敵前列へ対する銃による牽制射撃。その後、Y028部隊と式狼のみで構成されたクリフが統括する前線部隊が門の外へと展開し、背後からの戦車による機銃掃射を盾として、初撃で抉られた砲弾によるクレーターを塹壕として利用しながらそこにおびき寄せたタタリギを確実に仕留めていく。
敵の戦力数にも寄るが、十中八九南門で受け止めたタタリギの集団は円の形を成したA.R.K.の外壁を沿う様に左右へ流れる事が予測される。その先にあるのは、東門と西門……。本陣である南門から漏れ流れた敵戦力を、各門に配備された式兵たちで撃破していく……これが今回の防衛作戦の要点だ。
斑鳩はふと横に並ぶアールへと視線を向ける。
「……アール、やはりタタリギの数までは把握出来ないか?」
彼女は斑鳩の声に視線を南門へ向けたまま、その大きな紅い瞳を目を凝らすように僅かに細めた。
「……だめ。 近く……なったから、かな……"声"は聞こえなくなったけど、かわりに凄い雑音が大きくなって。 気配はたくさん感じるけど……数までは。 ……ごめん、斑鳩」
シュンと落ち込むアールの肩に右手を置いて、斑鳩は首を横に振った。
「いいんだ、お前のお陰でこうして備える時間が確保出来ているんだ。 残念だが声高らかにする事は出来ないが……皆、分かっている。 だから胸を張ってくれ、アール」
「……ん」
斑鳩を見上げると彼女は小さく頷き――再び、南門へと視線を向け、僅かでもその気配を感じようと集中する様に目を凝らす。彼は少しだけ笑顔でそれに応えると、胸元の通信機のダイヤルを回しインカムに手を添えた。
「こちらY028部隊、斑鳩。 クリフ、アダプター1から出た斥候部隊からの報告は上がっているか?」
『クリフだ。 ああ、丁度先ほどな。 種別はヒト型のみで構成されている様だ。 数は確認出来ただけでも30を下らない、と言った報告だが……これは照明弾の使用を控えさせた状況下のものだ、詳細な数は不明のままと思って貰っていい』
「いや、照明弾を撃たせなかったのは正しい。 タタリギの進軍がそれを見て目標地点を変えないとも言い切れない……アダプター1の防壁では籠城戦は不可能だ。 他、各地に出向している部隊はどうだ?」
『今、キース代行が各部隊と連絡を取ってはいるが……援軍となると、難しいな。 分かっていると思うが、マシラがどこに潜んでいるかも知れない夜間の移動は現状危険過ぎる。 マルセル隊長以下、Y036部隊が13A.R.K.とアダプター1での挟撃を提案しているが……』
「どこに伏兵がいるとも限らない現状、拠点を出て移動するのは厳しい……か」
インカム越し、クリフの悩む声に斑鳩は目を伏せる。今回の襲撃、夜間という事もあり甲型や乙型、いわゆる兵器寄生型が確認されていないのは不幸中の幸い……と、言いたいところだが、相手があのマシラとなれば話は別だ。
第一射で飛ばし、第二射で空中へ避けたマシラを捉え、着地を前衛で狩る……。対マシラ戦の平地での戦闘方法は確立されつつあるが、個の戦力はヒト型タタリギである丙型や丁型を遥かに凌駕する。混戦ともなればなおさらだ。
それよりも何より恐ろしいのは、その身体能力。
奴らがその気になれば、A.R.K.の防壁をよじ登る事すら可能かもしれない。内部への侵入されれば、甚大な被害が発生する事は想像に難くない。なにしろ屋内や障害物、入り組んだ地形こそマシラが真価を発揮する戦場であるからだ。
……だからこそ、絶対に食い止めねばならない。戦場とする場所は、門の外。
タタリギたちをそこへ引き付けておくためにも、斑鳩たちは危険を顧みず門の外で戦わざるを得ないのだ。
『――すまん斑鳩、教授からの通信だ。 一度切るぞ、オーバー』
「ああ、邪魔したな」
教授からの通信――となると、医療班の準備に関してか。
斑鳩は静かに指令室との通信を終えながら、本部病棟を見上げる。教授も今あそこで襲撃に備えてくれている。アールの事もある、出撃前に一度挨拶はしておきたかったが……。
「暁、クリフと通話終わった? ローレッタが繋げていいかって」
インカムに手を当てた詩絵莉からの声に、斑鳩は「ああ、すまないな」と頷くと、再びインカムへと手を添える。
『タイチョー、一緒に前線展開する式狼部隊との連携、通達は私に任せて貰っていいかな?』
「もとよりそのつもりだ、ローレッタ。 突撃のタイミングは先に打ち合わせした通り……クリフと、彼が管轄する部隊との今一度の共有を頼む」
「りょっかい、任せて! ……あぁっと通信そのまま、フリッツに代わる!」
『――隊長、僕だ、フリッツだ』
マイクを切り替える僅かな音。
装甲車の助手席でローレッタの補佐を行うフリッツの声に、斑鳩は小さく頷く。
『交戦開始後、別門に待機する部隊とその状況は僕がモニターする。 他にも何かやれる事があったら言ってくれ』
「十分だ、フリッツ。 すまないな、本業の整備士以外にも色々と助けて貰って、感謝している」
『よしてくれよ、僕はただY028部隊として一緒に戦ってるだけだ……それに、今更、だろう?』
「違いない。 給与査定は俺が局長に掛け合っておく、期待しててくれ」
『……それは夢のある話だ、丁度新しい工具が欲しかったからね』
少しだけ笑うと、斑鳩は通信を切る。
遠征時も彼の存在には色んな意味で助けられてきた。彼の献身的な働きには、本当に頭が上がらない。それに作戦上だけの話ではない。最近では彼が居てくれるだけで、部隊は円滑に動いているようにすら感じる。そう斑鳩は純粋な感謝を感じ、今一度装甲車へ深く頷いた――その時だった。
「みなさーん、斑鳩さーん……!」
不意に戦車から上がる聞き覚えのある声。
戦車上部の搭乗ハッチから上半身を覗かせこちらへと手を振るのは、元整備士……現戦車隊補助役となったセヴリンだった。
「おお!? 南門担当はセヴリンだったのかよ!」
「って事は、搭乗してる式隼と式梟は……あの二人ってこと?」
驚きながらも少し嬉しそうに手を振り応えるギルと詩絵莉、そして斑鳩とアールのインカムへと戦車内からも通信が入る。
『あーあー、聞こえちゃってますかー? こちら砲手担当、式隼リッケルトですよー。 皆さん、先ほどぶりです。 やっと通信回線が開きました』
『同じく先ほどはどうも。 操縦担当、式梟シールです。 まさか配備初日に実戦とは……聞かされてこそいましたが、13A.R.K.の現状がよく理解出来ましたよ。 伊達にここは最前線ではない……という事ですな』
「リッケルト、シール。 それにセヴリン。 驚いた、まさか南門の担当だったとは……」
斑鳩たちが南門前の広場へと到着したと同時、後方から訪れそのまま沈黙を保っていた戦車。Y028部隊の面々は、大きく手を振るセヴリンに応えながらインカムから聞こえる二人の式兵の声に驚きの表情を浮かべる。
『フフフ、驚きましたか。 実は、一番の激戦区に抜擢される程の実力者だったのですよー』
『いえ、斑鳩隊長。 リケルト以下、我々戦車隊の練度は皆変わらぬ鍛錬を積み上げています』
『リッ……ケルト!!』
先程食堂でも聞かされた掛け合いに苦笑しながら、セヴリンは首に掛けていた大きなヘッドフォン型のインカムを装着すると、斑鳩に向かいそれを指でトントン、とノックしてみせる。
『斑鳩さん、本部指令室と連絡を取り合った直後からちょっと通信機の調子が悪かったんです。 その点検と確認で時間を取らせて貰ってました、お声掛けするのが遅くなり申し訳ないです』
「そう……だったのか、今はもう大丈夫なのか?」
『ええ、おそらくは』
通信機の調子が悪い……そして歯切れ悪そうに答えるセヴリンに斑鳩は何か違和感を覚える。
「どうしたんだ、セヴリン」
『いえ、今A.R.K.内は様々な通信が飛び交っています。 混線か、または単なる不調……だとは思うんですが。 まあ、今は通信帯域も正常値で安定してますので、問題ありません』
「……そうか。 了解だ」
確かに彼の言う通り、今無数の様々な周波数帯の無線がこのA.R.K.内を飛び交っている。加えてA.R.K.だけの物ではなく今回はレジード大尉が率いる部隊に、戦車隊……普段よりも通信本数が多いのは間違いない。何かしら問題が起きてもおかしくはない……が、今のところクリフからそう言った連絡は入っていない。
――単なる混線だろうか。 ならば特別報告に上がるような事でもない、か……。
「それにしても、セヴリン。 お前と並んでタタリギ迎え撃つ日が来るなんて想像すらしてなかったぜ」
『ギルバートさん! ええ、僕もです……と言っても、今はベテランお二人の邪魔にならないようにするのが精一杯で……本当に、緊張しっぱなしですよ』
ギルの声に、緊張がありありと容易に伝わる声色で応えるセヴリンに、詩絵莉は小さく息を吐いた。
「仕方ないわ、誰もこんな状況予測してなかったもの。 でも……こうなったらもうやるしかない。 リッケルト、シール。 セヴリンの事、お願いするわ」
『お任せあれ、お任せあれーですよ泉妻さん。 心配及ばず、セヴリンさんはとても良くやってくれてます。 私たちもきっちりばっちり戦車隊としての任、果たして魅せますよ。 こう見えて防衛戦の場数は踏んでいますからねー』
――本当に、始まるんだな……。
詩絵莉の激に思わずゴクリと喉を鳴らし固くなるセヴリンを他所に、戦車の中では砲手席に座ったリッケルトが改めて各計器を確認しながら落ち着き払った表情を浮かべていた。その下部の狭いエリアに大きな身体をねじ込んだ様に操縦席に座るシールも同じ。今は別の戦車隊と通信を繋げ、各々の役割を確認している。
――凄いな……僕も緊張ばかりしていられないぞ。
セヴリンは自らを落ち着かせるよう大きく深呼吸をすると、インカムのスイッチを入れる。
「では僕たちは交戦指示があるまで待機しておきます! 何かあれば、また!」
『セヴリン、頑張ってね。 あたしたちも戦車と一緒に戦う、なんて初めての経験だから。 何か指示があれば遠慮なく言ってよ。 ね、暁』
『ああ。 この防衛戦が今後のA.R.K.防衛任務の試金石になるはずだ。 互いに連携を重視しながら、任を遂げよう』
セヴリンは斑鳩の言葉を聞き終えると敬礼を放ち、戦車の中へと身を入れ搭乗ハッチを閉じる。その姿を確認したリッケルトは、懐から取り出したハンカチで額とうなじに浮かぶ汗を拭いながら彼へと視線を向ける。
「……いい人たちですねー、斑鳩さんたちは。 セヴリンは彼らとのお付き合い、長いんです?」
「え? え、ええ……そう、ですね。 あの人たちは少し前に斑鳩隊長が呼び掛けて集まった部隊で……一年半程前でしょうか。 設立時から僕が兵装を担当させて貰っていました。 確かに彼らは他の部隊の方々とは少し雰囲気が違います」
セヴリンはそう言葉を返しながらも、汗を拭く彼女に首を僅かに傾げる。
確かに戦車の中は外より幾分温度が高い……が、汗がにじむ程ではない。ふと操縦席のシールを視界に入れると、彼もまた首筋に汗を浮かべていた。
「噂では聞いていましたが、面白い方々だ。 特にあの斑鳩隊長……彼は一番苛烈な戦闘になるであろうこの状況でも、本当に冷静沈着だ。 将来良い指揮官となって貰えそうで楽しみですね」
「まったくもう、シール……何を年寄りくさい事言ってるんですか。 貴方のヤドリギとしての任期はまだ数年はあるでしょ」
別の戦車に搭乗する式兵たちとの通信を終え、振り返りながら汗を拭うシールにリッケルトは呆れた表情を浮かべる。
「――それにしても、暑いです。 13A.R.K.独特の気候なのかしら……」
「ええ、先ほどから妙に蒸しますな。 セヴリン、通風口を開けて貰えませんか。 出撃の命が下るまでの間でいいので」
「……わ、わかりました」
――暑い? そんな馬鹿な……。
返事をし、車両内部に設けられた外から空気を取り込む細長い小窓を開けながら、セヴリンは自らが座る席の脇に掛けられた温度計をちらりと視界に入れる。その針は戦車のアイドリングに揺られながらも、17℃と18℃の間を維持していた。
出撃を前にして、やはり彼らとて緊張しているのだろうか――。
そんな事をぼんやり考えながら、セヴリンは全ての通風口を手早く開いていく。外から吹き込む風に若干の心地よさを感じながら、最後――5つ目となる車両後方の通風口を開けようとした、その時だった。
『――指令室式梟クリフより全部隊へ通達、指令室式梟クリフより全部隊へ通達! 南東方面5時の方角、接近するタタリギの集団を目視にて補足!』
「「「!!」」」
◇
◆◇◆
「――来たか……!」
斑鳩はインカムから響くクリフの声に大きく頷く。
周囲、戦車を挟んで反対側に待機している式兵たちにも緊迫した気配が満ち初めていた。ギルも斑鳩の視線、作戦を共にする式兵たちを視界に入れると、すぐに詩絵莉へと向き直った。
「ここから斥候は出してねえ、っつう事は塀の上の式隼が補足したって事か。 ならシエリ、タタリギどもがここに到達するまでどんくらい掛かる?」
「またざっくりとした質問ねえ。 ……でも、そうね。 この夜間で目視出来る距離まで来てる……それに地面は走りやすい平坦な地形……か」
詩絵莉はギルの質問にやれやれ、と肩を竦めると、マスケット銃を大型の弾頭を装填しながら南門へと向けた目を細める。
「……マシラの足はかなり早い。 最初のお客さんがここに到達するまで、目視出来る距離からなら……5分、てところかしら」
「5分か……やれやれ、そろそろ覚悟決めとかねえとな……敵の数が知れねえのはゾッとしねえけどよ。 ……だが、やるしかねえ」
「……ギル、前衛は頼んだわよ。 出来る限りフォローはするつもりだけど、今回はアテにはしないで」
決意と共に両拳を合わせるギルの横――詩絵莉はいつになく真剣な眼差しを彼に向ける。
門の外、多数のタタリギと相対する事になる今回の作戦。Y028部隊だけではないとは言え、少数で行動してきた今までとまるで勝手が違う状況に、彼女も緊張の色を表情に浮かべている。
だがギルは「へっ」と鼻で笑うと、準備運動とばかりに撃牙が装着された右肩をぐるん、と大きく回す。
「いーや、アテにしてるぜ。 俺や斑鳩……それにアールだって、お前の狙撃があって初めて満足に動けるってモンだからよ」
「ったく……。 あたし以外にも今回は防壁の上からの狙撃を担当する式隼が居るのよ。 いつもと勝手は違うわ……攻め時、引き時……ちゃんとローレッタからの指示通り動くのよ」
「身内以外との連携作戦なんざ、Y028部隊の前に経験したきりだからな……ま、だがよ。 俺たちなら何とかなるだろ」
どこか楽観的にそう不敵な笑みを浮かべるギルに、詩絵莉は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに「やれやれ」と肩を竦めてみせる。彼の言葉は、決して見た目通り状況を楽観的に捉えてのものではない……詩絵莉には、理解出来ている。
アダプター1、純種戦の後。
強くならねばと二人で交わした言葉――そうだ、今こそ強くあらねばならない。どんな不安が足元に絡む状況でもきっと……彼の様に、不敵に笑えねばならないのだ。
「あたしは上の式隼と改めてコンタクト取ってみる。 何か連携出来る要素があるかもしれないわ。 ……ロール、手が空いてたら繋いでくれる?」
『……シェリーちゃんが他の式隼と連携を考えるなんて、私、ちょっと感激……よよよ……』
「ちゃ、茶化さないでよ、ロール!」
真剣な表情から一転、顔を赤く染める詩絵莉の姿を展開したばかりの木兎1号機で確認しながら、ローレッタは笑顔を浮かべる。
『ふふ、分かってる! 待っててシェリーちゃんすぐに取り次ぐよ!』
「まったくもう! ロール、後で覚えてなさいよっ!」
がし、と両腕を組み口をへの字に曲げる彼女から数歩離れた位置。
アールは聞こえていたはずの彼女らのやり取りに眉一つ動かす事なく――南門へと向けた大きな紅い瞳を閉じると、静かに撃牙の装填を確かめる。
「……アール、大丈夫か?」
「…………」
繰り返されるクリフによる一次見敵の報せをインカムで聞きながら斑鳩はアールの横へと並び立つと、彼女に倣い、自らの螺旋撃牙の装填レバーの感触を確かめるように前後させながら南門へと視線を向ける。
「……あそぼう」
「何……?」
視線を南門へと向けたまま、アールがぽつりとそう呟い言葉に斑鳩は眉をひそめる。
「最初は何て言ってるのか、わからなかった……けど、確かにそう聞こえた。 ……あそぼう、って」
「遊ぼう……か? 向かって来るタタリギ全てが、そう言っているのか?」
聞き返す斑鳩に、彼女はふるふると小さく首を横に振る。
「上手く言えないけれど……言葉をしゃべってるのは、たぶんひとりだけ。 ……あの集団の中に、きっと……"何か"がいる。 ――斑鳩」
「……分かってる」
――タタリギの、声。
こちらを心配そうに見上げる彼女と、恐らく考えている事は同じ――そう確信した斑鳩は静かに目を細める。あるいは、瀕死の重傷の折りに見ると言う幻覚だったのではないか。今でも目の前のアールが居なければ、そう考えていたことだろう。
だが、14A.R.K.……あの場所で、そしてあの時間は確かに存在し――そして、彼女とそれを共有した。全ては現実に起こった事なのだと、斑鳩は目の前に揺れるひと房の白髪見る度に思い出す。ならば、そこで見て……言葉を交わしたあの"何か"とは一体何なのか。
――決まっている、"タタリギの意識"の他にあり得ない。
タタリギの生態については解明されていない事が多い。ましてやタタリギと言葉を交わそうとした者などこの世に居ない。あれは、自然現象……計り知れない天災として今まで人類は相対してきたのだ。
もし……もし。あの意識下の世界を共有する事が出来れば……タタリギと、何らかのコンタクトを取ることが可能なのだろうか……。
「――!?」
ふと浮かんだ突飛な発想に、斑鳩は思わず目を大きく見開き、視界に入れたアールを凝視する。
「……斑鳩?」
その表情に驚くアールに気付く様子もなく固まったまま、斑鳩は思考を回転させていた。
深過共鳴とはタタリギと意識を同調させ、死すらも共有する本来必殺の自爆。だが、そんな芸当が出来るのならば……いや、死を共有するのは"最後の手段"であるべき……ならば、D.E.E.D.という存在は、単なるタタリギに対する特攻戦力としてではなく……もっと別の目的で生み出された……?
『タイチョー! こちらローレッタ、現時刻を以て防衛作戦の開始が宣言されたよ! 打ち合わせ通り、南門へ!』
インカムを揺らす、思考に割り込むローレッタの声に斑鳩はぎゅうと瞳を閉じ、思わず数度小さく強く、
その首を横へと振った。
――駄目だ。 今考える時間は……無い。 気持ちを切り替えろ! 式兵としての務めを果たす!
「了解だ、ローレッタ。 Y028部隊、南門へ向け展開する! ……アール、話は後だ。 今はここを……俺たちの居場所を守る事に専念しよう。 アール、分かってると思うが……」
「……うん、だいじょうぶ、斑鳩。 深過解放は、使わない」
「すまない、アール。 だが俺たちなら……13A.R.K.の皆となら、やれるさ」
「うん……」
式神の存在は近しい者しか今は当然、知る由もない。
そして出来ることなら今はまだ、彼女がどういう存在なのか、明かすべきではない――これは出撃前に交わしたヴィルドレッドとキースの間で取り交わした約束でもあった。
――「だが斑鳩……剣を懐に仕舞ったまま倒れる事は愚者のそれだ。 その時が来たならば……最後は、お前の判断に任せる。 それでいいな、キース」
――「……ええ、不本意ながら。 しかし――もし、万が一。 万が一の事があれば……斑鳩隊長。 それだけは覚悟しておいてくれ。 ……君ら二人は、A.R.K.にとって今や諸刃の剣だ。 そう判断したときは……」
万が一……つまり、先に報告した、あの14A.R.K.の再現……俺自身が深過してしまった時。そしてアールが何らかの理由で深過の果て、この13A.R.K.に危機を招く存在となってしまった時。その時は……。
「――暁! 城壁上に配置された式隼たちとコンタクト出来たわ。 こっちに向かうタタリギどもをなるべく分散させるよう、敵集団後方へ向けての牽制射撃に初手は注力して貰えるよう伝えておいた、問題ある?」
南門へと早足で歩を進める斑鳩とアールの横、詩絵莉はマスケット銃を抱え並走しながらの報告。斑鳩は大きく頷き応え、詩絵莉へと拳を突き出す。
「……いや、それでいい! 未だ数の把握が出来ていない状況だ、早い段階で敵勢力は分散させておきたい……戦車の砲撃と併せれば効力は高まるはずだ。 だが、牽制に留めるように伝えてくれ、下手に奴らを深過させたくはない!」
「オーケー、すぐに伝えるわ。 ロール!」
後ろから聞こえる、Y028部隊と共に展開する別部隊の足音と喧噪にかき消されぬよう、声を張る斑鳩が突き出した拳に自らの拳を軽く合わせると、詩絵莉はすぐさまインカムに手を添える。
「イカルガ! 俺たちゃいつも通りでいいんだな!?」
「ああ、俺たちは対マシラを想定、奴らが牽制射撃で飛んだ着地を狙え! 作戦通り、丙・丁型は詩絵莉の狙撃で一撃を狙う! アールもいいな!」
「だいじょうぶ、任せて。 飛ばなかったら、アンカーで飛ばす……だよね」
「そうだ、だが奴らが口から吐く飛び道具には細心の注意を払うんだ、報告では野戦時に石を吐いたという報告もある!」
斑鳩の激に、ギルとアールは力強く地面を蹴りながら、「了解!」と声を張る。
同時に、式兵たち全員のインカムをクリフの号が振るわせた。
『南門、NTK七型戦車03へ告ぐ! 開門まで10秒、前進準備! 繰り返す! 南門――……!』
程なくして――
ごぐん、とひと際大きな金属音が斑鳩たちの身体を揺らし、強固な南門が轟音を立てて開いてゆく。1m……2m……徐々に開かれると同時……徐々に露わになる門の外の暗闇を、城壁の上から大光量のサーチライトが切り裂くように前方を照らす。
「来やがったな……!!」
照らされた先――500m程だろうか。
ライトに照らされ、紅く輝く無数の眼光。写し出されたのは、こちらへと駆ける十数体のマシラと思しき影に、力無く転がる人形の様にその後ろを続く、無数の人型タタリギの姿――!
「――待って、何かおかしい……?!」
「ローレッタ……?」
城壁の内側から高度を上げてモニターしていたローレッタが声を上げたのは、その時だった。
大型のHMディスプレイに顔をうずめたまま、焦りの色を浮かべる彼女にフリッツは驚きの表情を浮かべる。
「フリフリ、見て! 戦車が……セヴリンたちの戦車が、動いてない!」
「ええ!? そんな馬鹿な、前進命令はとっくに……」
フリッツは慌てて助手席のサブモニターを両手で抱え、写し出された映像に文字通り被り付くように顔を近づけると、信じられない、といった風に何度か目を瞬く。だが彼女の言う通り、戦車は配備された位置から僅かほども動いていなかった。
「……ここに来て、故障!? そんな……でもそんな連絡は入ってない! ……クリフ!!」
『――木佐貫! 分かってる、03号が……!? 何故だ、通信にも応答しないぞッ!!』
すぐさま繋いだ指令室のクリフも動揺を隠せず叫ぶ声に、ローレッタは震える手で口元を押さえながら、これでもかと大きく目を見開くとモニターに映し出された戦車を凝視する。
「目視じゃ特に変わった様子はない……だめ、もう接敵まで数秒しかない、どうして!?」
『ローレッタ!!』
この作戦、肝心の初撃を放つ予定だったNTK七型戦車が微動だにしない、その上通信にも応答しない……唐突に起きたこの異常事態に混乱する彼女を一喝する斑鳩の声に、彼女は跳ねるように顔を上げる。
『――ッ! タイチョー、戦車が……戦……!!』
「分かっているッ! ローレッタは指令室へ状況の確認を急げ!!」
取り乱したローレッタの声。
ただ動かないだけではない、恐らくセヴリンたちとも通信が取れないのだろう。斑鳩は即座にそう判断すると、インカムに手を添えながら詩絵莉へと振り返る。
「クリフ、聞こえるか! 今すぐ南門を閉じさせろ!! 詩絵莉、信号弾装填、門の隙間から射角45度、奴らの頭をかすめるように撃て! 一瞬でもいい、奴らの動きを止めるんだ!!」
「……任せて!!」
開きつつある南門の左側に到着していた斑鳩は、動かない戦車に計り知れない異様な気配を感じていた。
彼の言葉にどよめく周囲を他所に、詩絵莉は的確に装填してあった徹甲弾をマスケット銃から抜き出しその口に咥えると、腰のベルトから信号弾――本来野外での離れた仲間への信号として使う強い光の帯を描く弾丸を駆けながらもよどみなく装填し、開いた大門へと滑り込むと……空へ向け、迷いなく引き鉄を引き絞る――!
――バシュウゥッ……!
闇夜を切り裂く様に放たれる光の帯――
続いて第二射、第三射。立て続けに放たれる信号弾に気を取られたか、駆けるタタリギたちの速度がやや落ちる。そして、再びゴウン、と大きな音を立てながらゆっくりと閉じられてゆく南門――。
その光景を前に、斑鳩は小さく舌打ちをする。
開く速度より、閉じる速度の方が幾分遅い……。詩絵莉の信号弾で僅かに侵攻速度が落ちたとはいえ、閉門が間に合うかどうか。開門に合わせた戦車による一撃、そして城壁上の式隼たちが足止めする間に式狼が間合いを詰め先制するという作戦は、既に執る事は出来ない。
……これでは半端に開いた門から前衛部隊が半分も出撃する前に、迫り来る勢いそのままのタタリギと会敵する事になる。
『斑鳩隊長、指令室よりキースだ。 時間が無い、端的に伝える』
「……代行!」
絡む思考を断ち切る、普段とまるで違う声色のキースの声に、斑鳩はインカムを反射的に耳へと押し付ける。
『現時刻を以て南門での初動作戦は放棄、東門にて対応する。 急ぎY028部隊以外の式狼はそちらへと移動させる。 Y028部隊は万が一に備えその場で待機、侵入するタタリギがあればこれを撃破』
「キース代行、別門に配置されている戦車の稼働状況は?」
『問題ない、03号以外の戦車は稼働状況にあり搭乗員とも連絡が取れている……斑鳩隊長、早急にそちらの03号の状況を報告して欲しい』
「――了解……!」
キースからの指令を受け取った斑鳩は閉じゆく南門に背を向けると、一気に戦車へと駆ける。
「詩絵莉、城壁上の式隼にも陽動を目的の牽制射撃要請、門が閉じるまでなんとしても時間を稼いでくれ! ギルとアールは万が一に備え詩絵莉の護衛に就け!」
「自信ないケドやるしかないわねッ……! ロール! 式隼隊に射撃許可を出して!! とにかく注意を逸らさせる!」
『――回線を開いておいた、会話は全部繋がってる! タイチョー、戦車を!』
沈黙を保ったままのセヴリンたちが繰る戦車までの距離は50m程――
斑鳩はその横を東門へと駆け抜けていく式狼隊を視界に入れる。東門まで距離があるとは言え、式狼である彼らならば数分もあれば到着するだろう。上手く南門が閉じ、タタリギどもが流れればまだ間に合うはず……。
斑鳩が駆けながらそう思考を巡らせた、まさにその時だった。
――めぎんっ……!
「――!?」
沈黙を保っていたはずの戦車から確かに聞こえた、金属が折れへし曲がるような大きな異音――。
斑鳩は全身を突き抜ける不吉な予感に、すぐさま踵を地面に押し付け足を止める。
「何だ……!?」
無意識に螺旋撃牙を構える斑鳩。そして再び――戦車は先ほどと同じ異音を数度奏で、その車体を揺らす。そして足を止めた斑鳩は……目撃、してしまった。
砲塔からごぼりと溢れ出始める、赤黒いヘドロのようなものを。
「……おい、なんだこれは。 何の……何の冗談だ……?」
『タイチョー……?』
――――めぎぃんッ!!
再び。
ひと際大きく、戦車が揺れると同時――車体上部から、不自然に曲がりへしゃげた円形の鉄板がちぎれ飛ぶ。それが戦車の搭乗口にある円形の扉だと気付くには、僅かな時間を要した。
『えっ……』
半笑いとも聞こえる、ローレッタの乾いた声。
斑鳩は、目の前の光景に完全に思考が停止していた。
搭乗ハッチから溢れる赤黒い液体。それを周囲の地面へと散らしながら、暗闇の空へ手を伸ばすよう延び広がってゆく、黒い蔦肉。
「…………ッ」
徐々に――ゆっくりと収束するそれは。
さながら戦車を花瓶にでもしたよう生える、真っ黒な――まるでこの暗闇の空を切り取ったような、現実感の無い、影絵のような樹へと成長を遂げていた。
理解が追いつかない。目の前の光景に、言葉の一つも出てこない。城壁上からの式隼たちがタタリギの集団へと放つ銃声が木霊する中、その直下――閉じつつある門の前で、ギルも、詩絵莉も、そしてアールもそれは同じだった。
そして、それを木兎で観測していた、装甲車の中のローレッタとフリッツも。
赤黒く広がった池の上に鎮座する、不自然に装甲が歪んだ戦車。
そしてそこから伸びた黒い影絵の様な樹木が、僅かに風に揺れた様に見えた、次の瞬間――――
――ッぎゅばああアァァ!!!
未だ凍り付くY028部隊の視線の先で。
広げた黒い枝葉が急激に膨れ上がり、根本の戦車をまるで丸呑みするよう広がり、包み込んだ――――!
……――第10話 Y028部隊 (11)へと続く。




