第8話 僕のランジェリー
ランジェリーショップ。色とりどりな女性用下着が壁一面にディスプレイされ、そこはさながら女性の楽園。男子にとってそこは、少し視線を向けただけでも悪い事をしているように感じてしまう禁断の場所。
その入り口に女子高生が3人が立っていた。もっとも、そのうちふたりはれっきとした男子高校生なのだが。
「あ、あの、花音さん……本気ですか……」
「うわぁ~凄いなぁ、可愛いなぁ、どれにするか迷うなぁ~」
緊張でカチカチに固まった奏多と、反対に興味津々で嬉しそうにしている凜。
放課後、本当にランジェリーショップに連れてこられた奏多。
男子として超えてはならないラインのひとつを超えてしまっていた。しかも女装して下着屋に入っていると考えると、大事な何かを失ってしまったかのようだ。
「本当はスーパーとか量販店で3枚1000円とかのでも良かったんだけど、やっぱり最初はちゃんとしたのを買わないとね。さーて、お兄ちゃんにはどれが似合うかな」
花音は躊躇なく、かかっている下着をいくつか取って見比べている。パステルカラーのそれはブラジャーとショーツがセットになっているものだった。レースやリボンがついていたりして、男性物と比べものにならないくらい凝っている。
「これなんかどうかな~」
奏多の制服の前にハンガーに掛かったまま当てる。
ただでさえドキドキして正気を保てないのに、女性用下着を当てられてはもう声も出ない状態になっていた。
「何よお兄ちゃん、ちゃんと見てよほらー」
ピンクだったり、黄色だったり、水色だったりと、女子高生がいかにも好みそうなティーンズ向けの下着を次々に当ててくる。
「上はさすがに要らないんじゃない……かな……」
「何よ、高校生にもなってブラつけてない女子なんていないわよ」
「僕、女子じゃないんだけど」
「いいのいいの、似たようなもんだし」
奏多の事を気にせず、店内連れ回しながら物色している。
凜はというと、自分でいくつかの下着を見て顔を緩ませている。
「凜ちゃんってブラも付けてるの?」
下着を見ている凜に花音が尋ねると、「うん、一応つけてる」と答えた。凜の事だからパンツだけでなくブラジャーも付けてるとは思ったけど、やはりだった。
「ほらほら、凜ちゃんもちゃんと付けてるってよ~」
「凜、ホントに付けてるの……?」
おそるおそる、奏多は凜の制服の胸を見る。制服を着ていると今一膨らみがわからないのだけど、心持ち膨らんでるように見えなくも無い。
「あ、あの、奏多君だったら触ってみてもいいよ」
そういって、凜は奏多の手を引っ張って胸に密着させた。男とわかっていても、見た目も雰囲気も女の子にしか見えない凜の胸に触れ、奏多の心臓はどくんと跳ねた。
そこには果たして、柔らかい感触があった。
「ね、ちゃんと付けてるでしょ、ブラジャー」
「あ、う、うん。柔らかい」
傍から見ると、女子高生同士が胸を触っている構図に見える。まぁ、男子同士が胸を触っていても何ら問題はないのだけども。
それをうっとりと見物している本物の女子高生が約1名いた。
「さすがにここで試着しろとは言わないから安心してね」
「当たり前だよっ」
花音はいくつか下着を絞りながらそう言ってくれて、奏多にとっての最悪の事態は避けられたようだった。
しかし花音の持っているのは、どれを見ても少女チックなものだった。いや、そもそも女性用下着はどれも少女チックではあるが、その中でも特に可愛らしいものを選んでいた。楽しそうにしている花音を見ていると、わざと可愛いデザインを選んでいるようにも思えるが、逆に奏多が自分好みの下着を自分で選べるかと言えばそんな事はない。
「そういえば凜ちゃんはブラのサイズどうしてるの?」
自分で自分好みの下着を選んでいた凜に聞いた。というか、凜は自分の下着を買う気満々なのだろうか。
「凜はね、B75かな」
「えっ、男の子なのに少し大きいの選んでるのね……」
ショックを受ける推定Aカップの花音。
「男の子がブラ付ける時はね、やっぱり骨格的にちょっと大きめのをつけないとバランス悪くなっちゃうんだよね。胸がないからってAカップだと逆にヘンというか。すさがにCカップだと胸が目立っちゃうし」
「なるほど、女装は奥が深いのね。じゃあお兄ちゃんは少し盛ってC75でいいかな!」
「盛らなくていいよっ」
反論する奏多をよそに、ささっと同じデザインの中からC75と書かれたハンガーを選び出してくる。どうやら決まったようだ。
「お兄ちゃん、これで1週間分の花音セレクト決まったよ~。今日はどーんとあたしがお金出してあげるから、ありがたくプレゼントされなさいよねっ」
「僕はトランクスのままでいいんだけど……」
「だーめ、アンジェリカ学園の制服着てるのにスカートの中がトランクスなんてあり得ないわ。第一、外で風が吹いたりして万が一の時に男子だってバレちゃうわよ?」
「うっ」
そもそも、学園外で男子とバレるなら女の子っぽくしようと思いついたのは奏多だった。ウィッグにメイクまでしてるのに、確かに下着でバレては元も子もない。
何か騙されているような気もしたけど、花音の言う通りではあるかもしれない。
「はい、1980円が5点で9900円になります。はい、1万円お預かりして100円のお返しです。ありがとうございました」
店員のスマイルを貰いながら、奏多はその下着の入った袋を受け取る。袋に入ったそのランジェリーショップのロゴが恥ずかしくてたまらない。
凜もいくつか自分で買っていたようだ。
「それにしても下着結構高いんだね、知らなかったよ」
「何言ってるのよ、これでもちゃんとしたお店にしては安い方なんだからね。女の子はお金がかかるのよ~」
「でも、そんなのプレゼントして貰っても大丈夫なの……?」
「大丈夫大丈夫、帰ったらお母さんにちゃんと貰うから」
「ちょっと、さっき言ってたのと違っ」
にっこり笑う花音の顔を見て、してやられたと気がついた奏多であった。
帰宅して今日もまた、花音から服を借りていた。借りていたというより、無理矢理貸されたと言った方が正しいだろうか。
ショートパンツより心なし長めではあるけど、膝上丈のものに襟にレースがついたトップス。男物と違って首回りがすごく大きく作られていた。学校指定の紺のハイソックスのままその姿になると、昨日よりもより女の子っぽく見えてしまう。
奏多はつい制服よりはマシという理由で、渋々それを着て夕食を食べていた。
ご飯を食べ終わると、テレビを見ながらゴロゴロタイム。
「奏ちゃん、先にお風呂入っちゃいなさいね~」
「はーい」
今日は奏多が一番風呂だった。
お風呂は一番落ち着く場所。誰にも邪魔されずに、気持ちよくて何か嫌な事も忘れてしまいそうだ。ちょうどいい湯温で、ついウトウトしていた。
がさっ。
「ん?」
何かドアの向こうで人影が見えた。曇りガラスになっているのでよくわからないが、確かに物音と人影が見えた。
奏多は嫌な予感がしていた。
そして、それは的中するのであった。
「なんでぇ~」
脱衣場に奏多は自分の下着とパジャマを持ってきていたはずだった。
しかし、着替えが入った籠にあるのは明らかに今日買ってきた、ピンクのブラとショーツ。更にその下にも、ピンクのパジャマが入っていた。しかもフリフリな奴が。
「かーのーん! 僕の着替えどこやったの!」
大きな声で叫ぶ。
こんな事をするのは花音しかいない。
しかし、何度か大声で呼んでも誰も返事をしない。
これは絶対ふたりともグルだ……。
はぁ、と肩の力が抜けた奏多はじっと籠に入っている女の子用の下着を眺める。ふと、凜のスカートの中のパンツが思い出される。
いやいや、凜は男だし……いや、男だけど女の子の下着。あれ、やっぱり女の子の服には女の子の下着じゃないと……? なのだろうか。
そんな事を考えながら、おそるおそる下着を手に取る。男物のそれと比べるととにかく小さい。
「こんな小さいの穿けるのかなぁ……」
そう思って手で伸ばすと、思った以上に伸縮性がある。
どうしよう、このまま裸でいるわけにもいかないし、やっぱり穿くしかないのかな、でもこれを穿くと最後の男としての砦がなくなってしまうし、ぐぬぬ……。
「よしっ、もうここまで来たら覚悟して……!」
ピンクのショーツにそっと足を通す。そのまますーっと上まで上げた。それは思ったよりもピッタリとしたものだった。
「穿いちゃった……女の子の下着、穿いちゃった……」
情けないやら何やら、でも履き心地は決して悪いものではなかった。
次に目に入るのはブラジャーだ。よく考えるとブラジャーを付ける意味は全くないのだけど、ショーツを穿いた今となってはどうせ明日になったら無理矢理にでも花音に付けさせられるなら、と思いこちらも手に取る。
「どうやって付けるんだろう」
肩紐に腕を通したはいいけど、その後のホックの止め方がよくわからない。後ろに回して嵌めようとしても全然上手くいかない。
しばらく試しても上手くいかないので、前にホックを持ってきてそこで留める事にした。ホックは3段階になっていたけど、よくわからないのでとりあえず真ん中にホックを引っかける。そして、そのまま後ろに回した後に肩紐を嵌める。
お揃いのショーツとブラジャー姿になる奏多。
「うわぁ」
鏡を見ると自分が女の子の下着姿になっているのが見える。上下付けていると女の子にも見えなくはないが、さすがに男だと丸わかりなのでとたんに恥ずかしくなる。
下着を隠すようにパジャマを着ようとすると、それもまた可愛らしいものだった。もうここまで来ると、下着を隠す事が先決だ。さっさとそのパジャマを着る。鏡の前にはお風呂上がりの女の子の姿。ブラジャーも後から気がついたのだけど、律儀にパッドが仕込まれていた。そのせいで、ほんのり胸の部分が膨らんで見える。
ガチャっとドア開ける。
「奏ちゃん可愛い、可愛い、可愛い!」
「あたしの買って上げた下着も、ちゃんとつけてくれたんだね」
すると、どこにいたのか母親と花音が奏多をはやし立てる。
「どうどう、初めてのブラジャーの感想は」
いきなり胸を鷲掴みにする花音に驚き、つい胸を隠すようなポーズになる奏多。その姿はもう女の子のようだった。
アンジェリカ学園に入学してから、ある意味初めての事ばかりだった。普通の男子高校生ではない事だっけども、奏多は不覚にも、ブラによって締め付けられる胸の部分と、ショーツによってフィットする下半身が、思いのほか身が引き締まる感じで悪くはないとどこかで思い始めてきていた。
そこではっと正気に返り、「だめだだめだ、別に女装してるからって」と仕方なく女装しているんだと自分自身に言い聞かせるのであった。
自分の部屋に戻っていつも下着を入れている引き出しを開けると、そこには綺麗に畳まれた女性物の下着が入れられていた。その横には学校指定の紺のハイソックス。そして、見慣れた自分のトランクスは撤去されていた。さらに、その横には体操服。そして赤いジャージが入っている。
壁を見るとアンジェリカ学園の女子制服。クローゼットの中には昨日と今日借りていた花音のお下がりの服が入っていた。
さすがに全部の服が女の子の服に変わっているわけではないけど、少しずつ部屋の中が女の子の部屋のようになってくる。
最初はあくまで女子の制服だけど規則だから仕方なくそれを来て通学するというだけだったはずなのに、どうしてこうなっているのか。頭を抱える奏多であった。
「そうだ、明日の準備をしないと……」
3日目からはもう通常授業が始まる。時間割を確認しながら教科書とノートを鞄に入れていく。そして午後に目をやるとそこには「体育」と書いてあった。
「体育……僕もブルマ……」
すっかり忘れていたけど、アンジェリカ学園の体操服はブルマだった。仕方なく体操服袋にジャージを詰め、半袖の体操服にブルマを詰めていく。
(持って行くしかないよね……)
たった3日でこうも生活が変わってしまうものか。
普通の高校では経験出来ない、奏多の女装男子高校生活であった。
瀬名ゆみこです。
ついに奏多君は下着まで女装する事になりました。
男性でも女装する方で下着だけは男性物と拘っている人もいるみたいですが
やっぱり女の子の下着は可愛いので着せてみたいとは思いませんか?
次はいよいよ奏多君のブルマ姿です、お楽しみに!




