第7話 スカートの中の秘密
入学式も無事に終え、その後は簡単な連絡事項といくつか書類を書いただけで終わりになった。有栖川学園長の挨拶もあり、あれが有栖川啓太の祖母なのかとその言葉を聞いていた。上品な出で立ちに厳しそうな雰囲気を醸し出していた。
「やっと終わったぁ~」
奏多はぐったり疲れた様子だった。
「疲れたって講堂で入学式やっただけじゃないのよ」
帰る準備を整えた花音が情け無さそうにしている奏多の頭をポンと撫でる。まるで、姉が妹にしてるかのように。
「はぁ、そうは言ってもスカートで学校に来てるだけでも相当なのに、周りは知らない女の子ばかりだし、慣れない場所だし、もう嫌だなぁ……」
「なっさけないな~。いいから早く帰ろうよお兄ちゃん」
「あ、うん」
疲れたとはいえ、一刻も早く家に帰りたかった奏多は貰ったプリントを鞄にしまい、急いで帰る準備を整えた。
そういえば、隣の席にいた結城凜は……と思ったけど、すでに帰った後だった。色々と話を聞きたかった奏多だったけど、どうにも同じ男子な雰囲気ではなかったので話かける事もなく一日目を終えてしまったのだ。
もう一人の有栖川啓太は、席も遠いしこれまたちょっと怖そうにも見えるので話しかけづらかった。つまり、男子が3人いた所で仲間はまだいない状態であった。唯一気が許せるのは妹の花音だけ、そのことは感謝するしかなかった。
下駄箱でローファーに履き替える。最初は違和感あったスカートもこれだけ長い時間履いていると、そろそろ違和感もなくなってきた。それもどうかと思ったけど、周りの生徒達も奏多の姿に特に何も興味を示さないし、やがて恐怖心もなくなった。
しかし外に出ると、足を撫でる風が嫌でもスカートを実感させるのであった。
そのまままっすぐ家に帰り、ようやく女装から解放された奏多は部屋に戻るとすぐに部屋着に着替えた。ようやく自分に戻れた気がする。
「なんだお兄ちゃん、もう着替えちゃったの?」
「自分の服はやっぱり落ち着くな~」
「その制服だって自分のじゃない」
「や、そういう意味じゃなくて……」
「そうだ、あたしの服を貸してあげよっか?」
「なんでだよ」
「ほら、慣れるために。ちょっと待ってて~」
奏多の返事も聞かず、部屋に走って行く花音。
(慣れるったって、別に学校以外で慣れる必要なんてないじゃないか……)
花音が持ってきたのは七分丈のズボン、というかパンツと呼ぶのものにTシャツ、パーカー。可愛らしい女の子風デザインだが制服などに比べれば何てことのないチョイスだった。
「ほら、お兄ちゃん。これなら大丈夫でしょ?」
「確かにスカートじゃないし、着れなくはないけど……」
「はいは~い、着替えた着替えた!」
花音にそそのかされるがままに、奏多はつい勢いでその服に着替えた。
Tシャツも細身で、パーカーに至っては手触りが男物に比べてなめらかな生地で、袖もすごく細かった。パンツも余裕があるというよりはぴちっとした感じで、裾部分は折り返しになっており可愛い裏地が見えるようになっていた。股下が狭くなんだかヘンな感じ。
「うー、ズボンだからってうっかり着ちゃったけど、これは……」
一見、ボーイッシュとはいえあくまで女の子の服としてボーイッシュなだけで、十二分に可愛いその服。その後、帰って来た母親に茶化されたりしながら、奏多はやはり疲れが溜まっていたのかベッドに入るとすぐに眠りについたのだった。
2日目も勿論、アンジェリカ学園の制服を着ての登校だ。着替えて、朝食を採り、学校へと向かう。やはり、この玄関を出る瞬間というものが一番緊張する。
いざ一度外を出てしまえば、恥ずかしくはあるものの少しは気が楽になる。
「おはよう、青葉さん」
「おはよう、えっと……結城君、だっけ」
席に着くと、隣の席の結城凜が向こうから挨拶をしてきた。なんだか、さん付けで呼ばれるとこそばゆい。
「青葉さんって双子なんだよね、えっとお姉さん?」
「そうです、あたしが姉です!」
凜に言われ、何故か胸を張って堂々とウソをつく花音。
「違うだろ、僕が兄でこっちの花音が妹だよ」
「ぶー、いいじゃない。どうせ同じ誕生日なんだしー」
そう言いつつも花音は冗談っぽく笑う。実際には特に気にはしてないようだ。
「ところでさ、あたし達の事どっちも青葉だから名前で呼んでよ。あたしが花音で、こっちのお兄ちゃんが奏多」
「そうか、そうだよね、どっちも青葉さんになっちゃうもんね」
そっかぁ~と言いながらはにかむ表情が可愛い。男の子なのに。
「うんうん、だから気軽に花音ちゃん、奏多ちゃんって呼んでくれてもいいよ!」
「ちょっとぉ、ちゃん付けはやめてよ……」
さすがにこの格好でちゃん付けで呼ばれては、男として何かを失ったように思えてならない。不思議なもので、女子の制服を着てるだけで気分的にそう感じてしまうだけに、名前まで女の子風に呼ばれると本当に気持ちがヘンになってしまう。
「あ、あの、僕の事は別に呼び捨てでいいからね」
「でも呼び捨てだと呼びにくいから……じゃあ奏多君。奏多君でいいかな? 凜の事は凜って呼んでいいからね」
凜ちゃん、もとい凜君スマイルが二人に向けられる。
実に眩しい。
「うわぁ、凜ちゃん可愛いよね~本当に男の子なの?」
「そんな可愛いだなんて……」
花音が丁寧にも、ちゃん付けで凜の事を呼ぶ。凜もなんざらでもないのか、もじもじと照れている。またその姿が愛くるしい。
「だってクラス見回しても凜ちゃんが一番可愛い気がするもん」
一瞬、周りからキッという女子の視線が刺さった気がするけど気にしない事にする奏多。そんな視線には気がつかず、花音は凜の可愛さに夢中になっていた。
そういえばもう一人の男子は……と思って席を見ると、一人本を読んでいる。近づくなオーラを発して周りには誰もいなかった。
奏多と花音、そして凜の3人は始業まで打ち解けながら談笑した。奏多にとって、この学園に来て初めて友達と笑い合えたのだった。
「あ、奏多君。先生が来たよ」
春日部牛乳先生が教室に入ってきた。
「別にフルネームで呼ばなくていいから」
(えっ、なんで聞こえてるの……)
「どうせ、あっ牛乳って書いてみるくって読む先生だ。その名前の通り胸ばっかり育って、それこそ牛乳というより乳牛よね、HAHAHA! なんてみんなが考えてる事は先生、すーぐわかるんだからねっ」
誰もそこまでは言ってない!
女子校の先生のイメージがどんどん崩れていく。
「さてさて、今日はまず学級委員を決めたいと思いまーす。はい、誰かやりたい人っ!」
しーん。
誰か手を上げてくれないかなーという雰囲気。
「あっれ~? 誰もいないのぉ?」
誰かやってくれないかとキョロキョロと見回す。が、先生と目が合いそうになると、あからさまに目を逸らす。
そして最後に、一番前に座っている女子生徒と春日部先生の目が合う。
「誰かいないかなー」
わざとらしく目を合わせながら先生が言った。
はぁ、と溜め息ひとつ。
「……わかりました、私で良ければやります」
一番前に座っていた女子生徒が仕方なくと手を上げた。よく見ると入学式の時に質問していた女の子だった。
「ありがとう~じゃあじゃあ、学級委員は御園美琴さんで決定って事でいいわね?」
「「「はーい」」」
さっきまで大人しかった生徒がみな押しつけるように返事をする。
「御園さん、簡単に挨拶してくれるかな~」
「挨拶ですか? 特に何も言う事はありませんが……」
「こういうのは気分よ、気分。ささ、どうぞどうぞ」
渋々起立して後ろを向く。見るからに真面目そうで、いかにも学級委員というイメージにピッタリだった。偏見だが、赤縁メガネを掛けているのもポイントが高い。
「この度A組学級委員になった御園美琴です。私もまだわからない事が多いですが、学級委員になったからには、よりよいクラスに出来るよう精一杯頑張りたいと思いますので、みなさんもご協力お願いします」
定番の挨拶で軽くお辞儀をする。そして少し考えた後、もう一度話し始めた。
「あと、このクラスは男子生徒もいる唯一の共学クラス、という事になります。本来ならあり得ない状況ではあり、何とも受け入れ難い事であります。その経緯に関しても非常識とも言えるでしょう。ただ、同じクラスメイトです。仲良くとまでは言いません。でも彼らは今も不安に感じてるはずです。アンジェリカ学園の生徒として、全員が等しく学園生活を送れるよう、協力してあげてください」
表情は変えずに奏多と凜、そして啓太に視線を向ける。
「……私からは以上です」
最後にそう締めくくり、席に静かに座った。
正直嬉しかった。勿論、すぐに溶け込む事は出来ないだろうけど、少しでも前向きに考えてくれる人がクラスの中にいるという事が心強かった。
「御園さん、ありがとう~さすが委員長ね!」
「ほぼ、先生に決められただけなんですが」
「いいじゃな~い、先生の目は節穴じゃなかったって証拠よね!」
「いや、別にいいですけどね。受けたからにはちゃんとやりますし」
「偉い! それでこそ私の教え子ね!」
「まだ春日部先生には何も教わってない気がしますが」
「春日部さん、意地悪ぅ~」
すでにどっちが教師かわからなかった。
その後は色々な委員などを決めたり、授業の時間表や移動教室について説明を受けたりした。授業に関しては男女別カリキュラムもないので、男子も授業は全て女子と同じという事になっていた。
勿論、トイレや更衣室は別に用意されていたが、元々女子校だったがために男子トイレの数は少なく、教室からは結構遠くにいかないといけなかった。
「お兄ちゃん、女子トイレ使えなくて残念だったね~」
休み時間、花音がにからかわれながら廊下を歩いていた。
委員長がああ言ってくれたものの、奏多と凜に話しかけてくれるのは花音だけだった。色々聞かれるより楽でいいのかもしれないけど。
「男子トイレは上の階だから凜と行ってくるね」
「わかった、あたしはすぐそこだから」
そう言って、階段を上がっていく奏多と凜を見送る花音。
二人のスカートがふわりと翻った。
その時、何かが見えた気がした。
「……あれっ?」
花音はその二人を階段の下から見上げていた。階段はスカートの中に気をつけて上がるのが当たり前だったけど、それは女の子の当たり前。
スカートを気にせずに階段を上がっていくのは、それを知らない男の子。
「ちょっと待ったああああ!!」
花音が叫んだ。
何事かと二人は階段の中程に立ち止まり、下を振り返る。
「ふたりともちょっとこっちに来て」
不思議に思い、奏多と凜は花音の所まで戻ってくる。
「どうしたの?」
「どうしたもなにも、その……見えてたわよ」
「見えてたって何が?」
「ぱんつが」
はっとする奏多と、赤くなる凜。
「それにしても凜ちゃん可愛いパンツ穿いてるわね~えいっ」
花音が悪びれる事もなく、凜のスカートぴらっとめくった。
わわわわ、と慌ててスカートを押さえる凜。
「か、か、花音ちゃん何するのぉ~ひどいよぉ~」
涙目になりながら訴える。奏多も凜のスカートの中が一瞬だけど見えていた。
スカートの中には小さい水色の布があった。
奏多は見慣れないそれが何か理解し、みるみる顔が赤くなる。
「凜ちゃんってぱんつも女の子用の穿いてるんだ、可愛いっ!」
そうなのだ。凜は制服だけでなく、水色の女の子が穿くショーツを穿いていた。それが階段を上がる時に見えてしまったのだ。
「それに引き替え、お兄ちゃんトランクスドン引きだよ」
ジト目で兄を見る妹。
奏多は制服は女子のものを着ているが、さすがに下着は男物のトランクス。今まで何も疑問にも思っていなかった。
「ドン引きって言われても……」
「今思ったわ、スカートの中には夢が詰まってるって言うじゃない。それなのに、スカートの中が見えた時にトランクスってちょっとあり得ないと思わない?」
「思わない」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「聞いておいて黙っててとは何事っ」
「これはお兄ちゃんも凜ちゃんと同じように、ちゃんと下着から女の子しないと駄目だと思うの。そうしないと、スカートへの冒涜だと思うの」
「無茶苦茶だ、絶対やだよ女の子の下着なんて着られるわけないだろっ、僕は男なのに」
「凜ちゃん穿いてるじゃないの」
隣を見るとう~っとまだ恥ずかしがっている凜がいた。スカートに隠れて見えないのに、そのパンツを隠そうと手で押さえ内股になっていた。
その姿がまた可愛い。
「さすがにあたしの下着はあげられないから、放課後お兄ちゃんの下着を買いに行くわよ」
「え、え~ちょっと冗談……」
「あたし冗談なんて言わないよ?」
赤らめる凜と青ざめる奏多が、トイレに行くのも忘れて立っていた。
休み時間の終わりを知らせるチャイムが廊下に鳴り響く。




