第6話 三人の女装男子高校生
1年A組の教室。ここが今日から1年間を過ごす場所だ。
「同じクラスで良かったね、お兄ちゃん!」
「あんまり大きい声でお兄ちゃんって呼ばないでよ、他の人に聞こえたら……」
「えーいいじゃん。別に女の子を装っていても、もしも男だとバレたら退学とかいう設定があるわけでもなしに」
「それはそうだけど、なんかやっぱり恥ずかしいというかなんというか……」
自分の指定された席に座りながら下を向くと、自分のスカートと生足が見えてしまい、なんとも言えない気分になるのだった。
(う~~~やっぱり恥ずかしいよぉ)
奏多と花音は同じクラスだった。
教室に入ると黒板に座席表が貼ってあった。奏多は窓側の一番後ろから2番目。そのひとつ前が花音の席であった。
「でも花音と同じクラスで助かったよ、予想以上に居心地が……」
あたりを見渡しても女の子の姿しか見えない。
教室の中も女子特有の甘い香りが漂っていた。言うなれば、小学校の時に女子が教室を更衣室として代用してた後に男子が入ってきた時に感じる「女臭さ」である。
知り合いがいないのか、一人で座っている子も多いけど、数人のグループで集まって楽しそうにお喋りしている子達もいる。
落ち着かないので窓から外を眺める。こういう時、窓際の席はいいものだ。
すると、ガタっと音がして自分の隣の席に一人の女の子が座った。
その音に反応して、奏多はつい振り返ってしまう。そこには、大人しそうだけど可愛い女の子の姿があった。
目が合った瞬間、にこっと笑って小さく頭を下げた。
なんだか恥ずかしくなって、奏多もちょっとだけ頭を下げそのまま前を向く。
女子しかいないこの教室の中でも、ずば抜けた可愛さだった。
その子が横に座っていると考えただけで、ちょっとドキドキする。
憂鬱な気分がそんな事で吹き飛ぶなんて、やっぱり男子。
そんな中、突然クラスの女子達がざわざわと騒ぎ出す。何だと思い教室を見回すと、ひとりだけ明らかに浮いている人物がいるのを見つけた。
教室の一番前、アンジェリカ学院の真新しい制服を着た男子生徒が座っていた。もっとも、奏多も男子生徒なのだが……。
「ちょっとあの人って?」
「噂のあれだよね、今年から試験的に男子が入ってくるとか言ってたやつ」
「まじで? なんで女子の制服着てるのよ。変態なの?」
「ヤダまじキモいんだけどー」
「なんでウチのクラスなのよ、せっかく女子校だと思ってきたのにサイアク」
「えー、アタシ聞いてない! あれがクラスメイトになるの嫌なんだけど……」
「そうそう、男子も女子の制服着るって校則らしいよ。気持ち悪いなー」
近くの女の子達がひそひそと、その男子生徒の事を話している。総じて悪い方向で。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。あの人が例の3人のうちのひとりなのかな?」
奏多は周りの子達の陰口が気になってそれどころじゃなかった。自分に言われてるわけではないのはわかってるけど、それはまだ自分が男子生徒だって気がつかれてないだけで、次は自分にもそれが向けられるのかと思うと気が気じゃなかった。
それにもっと悪い事に、冷静に考えるとウィッグも被りメイクまでしてる自分は、更に最悪なんじゃないかと。
なんだか冷や汗が出て来た。
「ちょっとお兄ちゃん? どうしたのよ」
「う、うん、ちょっと……」
ガラッ
ざわついていた教室が静まりかえる。
担任になる教師だろうか、ピンク色のスーツを着た女性が入ってくる。つかつかと黒板の前にある机に立ち、「はいはい、みんな座って」と言い付ける。
クラスのみんなが全員着席したのを確認すると、白いチョークでなにやら文字を書き出した。
『春日部牛乳』
黒板にそう書いた。
牛乳?
意味がわからず、不思議そうに黒板を見る生徒達。
「私が今日からこの1年A組の担任になる、春日部…………です」
最後、小声で良く聞こえなかった。
しばしの沈黙。
すると一番前に座っている女生徒が恐る恐る質問をする。
「あの先生、牛乳って何ですか?」
おもむろに嫌そうな顔をする先生。
「……み…………く……」
「えっ?」
「みるく…………」
更に良くわからない事を言う先生だったが、突然大声で叫んだ。
「かすかべみるく! そうよ、この年なのにキラキラネームってやつよ! おかしい? おかしいでしょ? おかしければ笑ってもいいのよ? 牛乳って書いてみるくって読むの! 恥ずかしすぎるわよね? そうよ、私の名前はかすかべみるくなのよ! 悲しいけど本名なのよ、うぇええええええええっ」
そう。春日部牛乳と書いて、かすかべみるく。このクラスの担任だった。
「あ、あの……落ち着いて下さい先生。みるくって可愛い名前じゃないですか……」
さっき質問した女生徒がフォローする。
「か、かわいい……?」
取り乱していた先生が、その言葉に反応したらしく急に大人しくなる。
「そうですよ、みるく先生。可愛いですよ、私は好きかも」
「あ、ありがとうおおおおおお、あなたすっごくいい生徒だわっ!」
彼女の両手をしっかり握り、ウルウルした瞳がきらきら輝きだした。なんだか忙しい先生だった。
「お兄ちゃん、なんか面白い先生ね」
「面白いというか、変わっているというか……」
「いいじゃない、怖い先生じゃないみたいだし」
そんな事を話していると、落ち着きを取り戻した先生が咳払いを立ち上がった。
「コホン、えー。ごめんなさい少し取り乱してしまいました」
少し?
「皆さん、アンジェリカ学園入学おめでとうございます。改めて、このA組を担当する事になった春日部牛乳です。1年間宜しくね」
今度は普通の先生らしく挨拶した。悪い人ではなさそうだ。
「ご存じかと思いますが今年からアンジェリカ学園は試験的に共学になりました。今年の新入生では男子生徒が3名、この学園の仲間入りをしました。その男子達はこのA組で勉学に励む事になるので、女の子の皆さんも同じクラス仲良くやって下さいね~」
一斉に一番前のドアの近くにいる男子生徒の方を振り向く。
短い髪の毛、大きな肩幅、身長も175センチくらいであろうが女子の中にいてはとにかく目立つ。足は思ったより綺麗だったが、筋肉質であることは窺える。ただ、その姿を見に包んでいるのはアンジェリカ学園の女子制服。
「な、なんだよ? 俺だって好きでこんな格好してるんじゃないからな、そんな目でこっち見んな」
初めて声を聞いた。まさに男子の声。
女の子達は一瞬びっくりした様子だったが、俯いた彼をよそ目に視線をまた前に戻した。
「はいはい、彼を苛めちゃ駄目よ。そうだ、まずは男子生徒から自己紹介して貰おうかしら。えーと、有栖川啓太君、結城凜君、青葉奏多君。ちょっと三人前に出て来てね~」
どきんっ。
自分の名前が呼ばれて、心臓がドクドクなっている。出来るならこのままひっそりと過ごしたかったけど、そうもいかない。
「ねぇお兄ちゃん、呼ばれてるよ」
「う、うん……わかってるよ……」
席を立つ勇気が出ずに躊躇していたその時、隣から声があがる。
「はい」
返事をした彼女、隣の席にいたあの可愛い女の子が前に歩いて行く。
え、あれ、なんで?
奏多はその後ろ姿を見て戸惑った。
どう見ても女の子にしか見えないその子が、名前を呼ばれたのか黒板の前に立っているのだ。まさかとは思うけど……。
「あら、もうひとりの男の子はどうしたのかな?」
前には2人の姿。
「あ、は、はいっ」
その女の子? に気を取られていた奏多は恥ずかしさも忘れて、ひとり遅れて前に立った。
「俺の名前は有栖川啓太。見ての通り男だ。……宜しく」
さっきの男子生徒が簡素に自己紹介をする。
次の自分の後ろにいた子に「次は君ね」と先生がふった。
「あ、はい。結城凜といいます。あ、あの、女の子みたいな名前ですけど、その男です。な、仲良くしてくれると嬉しいですっ」
女の子みたいなのは名前だけじゃなかった。その声も、ぺこりとお辞儀する姿も、女の子にしか見えない。本当に男子生徒なのか疑問に思う。
みんなもそう思ったのか、あちこちで「可愛い!」「ホントに男の子なの?」ときゃいきゃい盛り上がっていた。
「じゃあ、最後は君ね」
次に奏多の番だった。
「えっと、僕の名前は青葉奏多です。えっと、その僕も男ですが、その、えっと……」
まごまごしてると、窓際の席から元気よく手を上げた生徒がいた。
「えっとね、お兄ちゃん……じゃなくて、奏多は私の双子の兄なのです!」
と、花音がフォローをしてくれた。
「へぇ~双子って初めてみたけど、そっくりなんだね!」
「あの人、お兄さんなんだ。うん、髪型以外そっくり」
「あの結城君ってのも可愛いけど、奏多君だっけ? あの子も男の子に見えないよね~どっちも女の子なんじゃないの?」
これまた、女の子達がはしゃぎ出す。
奏多はどうやら嫌悪されているわけじゃなさそうと、ほっと胸をなで下ろした。
「でも、あの二人はいいけどさ~。あっちの男はなんなん?」
「似合ってるけど、あれって結局は女装男子よね?」
とはいえ全員が全員、歓迎されているわけではないのはわかった。
それよりも、女装して大勢の人の前に今立っている今の状況の異常さに、せめて早くこの注目の中から去りたいと思っていた。
このスカートというもの、実に頼りない。
スースーするのもあるけど、立っていると肌に布を感じないせいで何も穿いていないかのように感じる。頼るものが周りに何も無い感覚とでも言おうか。
とにかく下半身が気になって仕方ない。
先生に席に戻っていいと言われ、ようやく緊張から解放された。
「そういえば……」
ふと思いだして、横を向く。
そこには結城凜と名乗った女の子、いや男の子がいる。
「君も男だったんだね」
奏多は小さい声で尋ねた。この学校において数少ない味方になるであろう相手だ。
「うん、そうだよ。凜もビックリしたよ。青葉君が男の子なんて最初気がつかなくて」
「それはこっちの台詞だよ。結城君、クラスの中でも特に可愛いかったから……」
「そ、そんな可愛いだななんて言われたら、凜は……」
顔を赤くして照れる男の子。しかも自分の事を名前で呼ぶと来た。
(こ、この可愛さは一体……)
奏多も、凜が照れてるその姿に赤面していた。
「ちょっとあんた達何やってんのよ」
花音がジト目でこっちを見つめる。
傍から見ると、男子同士(見た目は女子同士)でお互い顔を赤くして見つめ合ってるようにしかみえない。
「ちょっとお兄ちゃん、後で話があるから」
花音は奏多に耳打ちした。
「先生、質問があるんですが」
「あら何かしら御園さん」
御園さんと呼ばれたその子は、さっきも先生に問いかけていた女子だった。
「誰もが思っている事だと思うのですが、共学になったというのは良しとしましょう。しかし、どうして男子まで女子制服なんですか? 絶対におかしいですよね、非常識ですよね?」
そうだそうだと、周りの生徒も同調する。
奏多もこの現実を受け入れたものの、何故なのかまでは知らなかった。
先生はどう答えたらいいか迷っていたが、何故か有栖川啓太に目配せをしていた。
啓太はOKの印なのか、先生に向けて首を縦に振った。
「制服の話はね、有栖川啓太君……このアンジェリカ学園の学園長のお孫さんの事情に関わっているのよ」
有栖川啓太はアンジェリカ学園の有栖川学園長の孫だった。そういえば、パンフレットの学園長挨拶の所に、綺麗な白髪の老婦人が写真と共に載っていたような気がする。
「そ、その男子が学園長のお孫さん……」
「うっせぇな、悪ぃか?」
機嫌悪そうに女子生徒を睨み付ける。
「有栖川君、ちょっと落ち着いて貰えると先生嬉しいかな~」
そう言うと、ちぇっと言いながらも睨みつけるのをやめた。
「その学園長がどうしてもお孫さんである啓太君を、ご自分の学校でもあるアンジェリカ学園に通わせたかったのね。でも、ここは女子校だからそのままでは通わせる事が出来ない。そこで、学園長は役員会に提案したの。次年度から共学化したいと」
春日部先生は続けた。
「学園長の発言は学園では絶対的、役員会では賛否はあれど共学化の承認が下りてしまった。ただ、問題は父母会の方。アンジェリカ学園は由緒ある女子校という事で自分の娘を通わせている親が多いの。当然よね。それで、いきなり共学になりまーす、男子も入学しまーす、なんていったらどうなると思う?」
と、突然御園さんに逆に質問を投げた。
「それは、反対すると思います」
即答した。
「その通りよ、父母会は絶対反対となって学校側と対立。そこで、学園長は考えた。目的は本当に共学化する事ではなく、あくまで孫である啓太君をこのアンジェリカに通わせるという事。さて、どうすればいいかしら?」
また、質問を投げる。今度はしばらく考え込んで答えた。
「えっと、その啓太さんを女装させて女子生徒と偽って入学させる……くらいしか」
「そうね。女子校に入学させようとすると、女子生徒になって貰わないといけないわね。でも、それって漫画とかの世界、実際に女子のフリが出来る男子なんてほとんどいないわよね。それに……」
そう言いながら、先生は啓太の方を向く。
みんな一瞬で納得した。
啓太は不満そうだった。
「そこで最終的な手段を学園長は思いついたの。試験導入として共学化とする、ただし制服を始め原則的にはすべて女子と同じという条件を出してきたのよね。お孫さんの啓太君には、あくまで男子として女装して貰いアンジェリカに通って貰う。一般男子にも入学の門を解放するが、女子制服を着て通いたい男子はいないはず、そうすれば共学と謳いながらも啓太君だけをアンジェリカ学園に入学させる事が出来る。さらに試験的としておけば、啓太君が卒業した後はその試験を中止し、元の女子校に戻す。そうすれば何も引っかかる所もなく事が進むと考えたのね」
「俺が女装するという所は問題じゃないんっすかね……」
それはおいておいて。
「その結果、父母会もそれならという事で条件付共学化の試験導入を受け入れたの。でもね、まさかこの条件を提示しているのに、他に男子生徒の志願者がいるとは想像もしなかったわ。無論、試験を受けたいと言われて拒否する事も出来ないし、試験で高得点を取って不合格ってわけにもいかない。つまり、青葉君と結城君の二人も例外なく入学する事になったというのが、その理由よ」
「はぁ……」
あまりにもくだらないというか、どうでもいい理由に質問をした御園さんも呆れてそう返事するしかなかった。
「そもそも、僕はそんな条件つい先週まで知らなかったんだけど……」
ぼやく奏多。
「ところで、結城君はなんでこの学園を受けたの?」
もう一人の想定外の男子、結城凜に奏多は理由を尋ねた。
「うーん、やっぱり制服が可愛いかったからかな~。凜、ここの制服を着て通えるなんて嬉しいよ!」
その答えは物凄く前向きだった。嫌がっているどころか、喜んでこの状況を受け入れているというか。もう一つ奏多は聞く。
「あの、結城君って女の子になりたい、とか?」
「うーん、どうなのかな。凜、よくわかんないや」
その少女に見間違うほどの男の子は、一寸考え笑顔でそう答えた。
瀬名ゆみこです。
いよいよ登場人物も増えて賑やかになってきました。
そして次回から学園生活もスタートします!
更新頻度をなるべく落とさないように頑張らないとですね^^;
追記
花音の使う呼称の間違いを修正しました




