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第4話 それぞれの道

 中学3年生というのは、多くの人にとって人生における初めての分岐点だ。

 高校受験。それまでは義務教育として望もうが望むまいが、特に何も考える事もなく学校に通う毎日だった。

 校区さえ変わらなければ、小学校からほとんど変わらない顔ぶれで遊んだり、勉強したり、喧嘩したりする。

 永遠に続くと思ってたそんな時間。永遠なんてあるはずもなく、高校受験を前にそれぞれが別の道に向かって歩いて行くのだ。

「かなちゃんは第一志望はどこにしたの?」

 隣の席の女の子、篠原みゆきが奏多にそう聞いた。

 ちなみに、かなちゃんというのは青葉奏多のあだ名である。あだ名といっても、この呼び方をするのは母親とみゆきの二人だけだった。

 みゆきは小学生の頃からずっと同じクラスで、いわゆる幼馴染みともいえる存在だった。中学に入った頃から、密かに奏多への想いを募らせていたが、その事を言葉にして伝える事は最後までなかったのだ。

 奏多もその事に気がつく事なく、目の前の進路調査票を眺めていた。

「僕はアンジェリカ学園にしようと思ってるんだ」

「えっ、あそこって女子校なんじゃないの?」

「来年から共学になるんだよ、男子の一期生になるのかな?」

「そ、そうなんだ……てっきり、公立の高校に行くのかと思ってたよ」

「色々考えたんだけど、妹と同じ学校もいいかなって。母さんからもアンジェリカ学園を奨められてるしさ。みぃちゃんは何処にしたの?」

 みぃちゃんというのは篠原みゆきのあだ名だ。小さいころからそう呼んでるのが癖になっていて、今でもお互いあだ名で呼び合っている。

「私は県立の大亀高校かな。私そんなに頭良くないから、かなちゃんと同じアンジェリカは無理だね、あははっ」

 そう笑いながらも、少し寂しそうな表情を浮かべていた。

「そっかぁ、かなちゃんと離ればなれか……寂しいなぁ」

「別に引っ越すわけじゃないし、会おうと思えばいつでも会えるよ」

「そうだけど……でも、私は一緒の高校に行きたかったな、小学校からずっと同じだったのに初めて違うクラスになっちゃうね。あっ、クラスというか学校違うんだから当たり前だね。私何言ってるんだろ、へんなの」

 じっと自分の進路調査票を眺め、溜め息をつくみゆき。

 そんなみゆきの気持ちをわかっていなかった奏多は、頑張れよと一言だけ声をかけた。

「もっと勉強出来るように頑張ってればよかったな……そしたら、かなちゃんと一緒の高校に通えたかもしれないのに……」

 誰にも聞こえないような独り言。

「高校になっても会えるよ、か……」

 こういう約束は大抵その時限り。それぞれの道に進むと新しい世界で新しい友達を作って、だんだんと昔の事は忘れていくものなんだ。

 そんな事を思うと、みゆきの瞳から雫が一粒流れ落ちた。


「おはよ~」

「お兄ちゃんおはよ!」

「奏ちゃんやっと起きたのね、ほら早く朝ご飯食べちゃって」

「はーい」

 そのまま食卓のテーブルにつく。二人とも奏多が起きてくるのを待っていたようで、ようやくかと言わんばかりに花音も自分の席に座った。

 気がつけばもう10時を回っていた。休みの日はついダラダラした生活習慣になってしまうけど、いよいよこの生活もあと4日で終わりだ。

 あと3日はゆっくり起きてもいいんだと思うと嬉しくなる。しかし、その翌日の事を考えると本来嬉しいはずの高校生活、もう不安しかない。

「そういえば奏ちゃん、届いた制服はまだ試着してないの?」

「そ、それは……」

 何と言って良いかわからず、俯いて照れる奏多。

「お兄ちゃん、すーーーーーっごく似合ってたよ!」

 それを見ていた花音が、大げさに手を広げながら替わりに答えた。

「え~試着したんなら言ってよね、なんでお母さんに見せてくれないのよ?」

「だ、だって、恥ずかしいじゃん……」

「恥ずかしいも何も、これから毎日三年間着るものでしょうに」

「そもそも、なんで母さんは平気なの、息子の僕に女の子の格好させたがるっておかしくない? だって、僕は男だよ? 男なのにスカートの制服っておかしいよね?」

 思えば最初から全くこの状況に疑問を持たない母親だった。

 むしろ、この状況を絶対に面白がっている。

「女の子の格好って思うからいけないのよ。あれはアンジェリカ学園の制服。そう思えばいいのよ、女の子も男の子も関係ないアンジェリカ学園の制服。それがたまたまスカートなだけで、女の子専用ってわけでもないれっきとした男女関係ない制服。ほら、何もおかしくないじゃない」

「いやいやいや、それで論破出来るような話じゃないから。それで本音は?」

「奏ちゃんに可愛い服を着せてみたい♪」

「だからなんでっ!」

「だって絶対似合うと思うしー、男の子の服って可愛いの少ないしー、花音とお揃いとか前から夢だったのに奏ちゃんちっとも着てくれなかったしー」

 もうこの母親に何を言っても駄目だと確信した。

「ほら、可愛い格好は今のうちにしておかないと、年取ってから後悔するわよ」

「普通の男子はそんな後悔しませんってば!」

「ほんとに奏ちゃんは頭が固いんだから~。そんな頭が固い子には時代の先端を行くアンジェリカ学園はやっぱり最善の選択肢だったわね。お母さん間違ってなかった」

 あれ? 奏多は今の言葉にふと違和感を感じた。

 ということは。

「母さん、もしかして最初からこの事知ってた……の?」

「当たり前じゃない」

「なんか知らないけど、妙にアンジェリカ学園を奨めてきたのは……」

「だからに決まってるじゃない」

 填められてた。母親の陰謀だ。暴挙だ。

 こんな事が許されていいのか?

 いや、でも事実こうして4日後にアンジェリカ学園入学式だ。

 今更どうにもこうにも出来ない。

 それに奏多はある意味決心はしているのだ。

 文句をいいつつも学園に通う事自体を拒絶する事はない。ただ、知ってて話を進められていたという事はなんだか納得いかない。

「通い始めたら楽しいと思うよ、お兄ちゃん。すごくいい学校だって先輩も言ってたし。制服着るのが目的じゃなくて、楽しい学園生活と勉強。それが目的でしょ?」

 ぐぅ正論。

「ご飯食べたらお母さんにも見せてあげようよ、あたしも一緒に!」

「楽しみに待ってるわね♪」

「もう、わかったよ! 見せればいいんだろ、見せれば!」


「ど、どうだ」

 制服を着込んだ奏多と花音が母親の前に立った。

「あはははははははははっ、こりゃ凄いね~あはははははっ!」

 なんか大笑いされた。

 自分から着せといて失礼な。

「そんなに笑わないでよ……」

「ご、ごめんごめん。あまりにも似合ってるもんだからついついね。それにしても、なによその頭は。あんなに文句言ってたわりにノリノリじゃない、奏ちゃん」

(そう言えばウィッグの事はお母さんに言ってなかったっけ……)

「こ、これはその、なんというか……」

 いいからいいから、と手で合図をする。

「ほら、並んで並んで」 

 奏多と花音は背丈も同じ位。少し、奏多の方が背が高いかなという位だ。

 それが同じ制服を着て並んでいると、兄妹じゃなく姉妹のように見える。

「うーん……あ、そだ。ちょっと待っててね~奏ちゃん」

 母はどこからか小さなポーチを持ってきた。

 凄く嫌な予感がする。

「ちょ、ちょっと母さん、それってもしかして……」

 どう見ても化粧ポーチだった。

「ほーんの少しだけだからぁ、お・ね・が・い」

 いい年した母親がとんでもない事を言ってる。

「ちょっと花音も母さんを止め……って、おいぃぃ」

 花音もキラキラした目でこっちを見ていた。止める気がないどころか、わくわくそわそわしている。

「さすがに男の子だからちょっとだけよ、まずはこれを少しつけてっと」

 有無をいわさずピンクのチークを取り出し、逃げる隙もなくさっとほっぺを撫でられた。右が終われば今度は左。

 ほんのりほっぺが赤くなる。

「あとはこれね。あ、動くとはみ出るからじっとしてて!」

 唇にもピンクのグロスを薄く塗られた。なんだか潤ってぷるぷるになる。

 奏多の男としてのプライドが出る幕は、もうここには存在していない。

「最後はこれ」

 次に取り出してきたのは、あまり見た事の無い形をしたもの。一見ハサミのように見えるけど先っぽが何かを掴むような形状をしている。

 それを目の所に当てられ、ぎゅっとまつげを掴んで上向きにカールさせた。

 片側5秒ほど、その器具を外すとくりりんとしたまつげに変化する。

「奏ちゃんまつげ長くて羨ましいわ~」

 楽しそうに今度はもう片側のまつげを同じように整えた。

「あたしもちょっといいかな?」

「今度は何だよもう~」

「大丈夫だよ、別にお化粧とかするわけじゃないから。ちょっと前失礼」

 奏多の目の前に立って髪の毛を適量束ね、持っていたシュシュをそこに通す。

 さすがは女の子、手慣れたものである。

「じゃーん、ツーサイドアップにしてみたよ」

 …………。

 ……。

 奏多をいじって遊んでいた二人が突然静かになった。

 真顔だった。

 コチコチと時計の秒針が動く音が聞こえる。

「「可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い!」」

 そして同時にキャーと黄色い声で騒ぎ始めた。

「こ、これは、正直凄いわね」

「お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなかったら告白してる所だよぉ」

「奏ちゃんは出来る子って思ってたけど、予想以上だったわぁ」

 はしゃぐ妹と母。

 どうしていいかわからない奏多。

「お兄ちゃん、いいから鏡見てごらんよ、鏡!」

「う、うん……」

 奏多は恐る恐る鏡をのぞき込む。そこには昨日見たのとは違う女の子がいた。

 思わず鏡に顔を近づけると、当然のように鏡の中の女の子もこっちに近づいてくる。

 ちょっと髪型を変えて、ちょっとだけお化粧しただけなのに、昨日見た自分より何倍も可愛く見えた。

 自分で自分を可愛いとか思ってしまうあたり本来なら落胆する所ではあったが、ちょっとだけ嬉しくなった奏多であった。

 何事も中途半端はいけない。

 やるからには目立つくらい可愛くなってみたい。

 そんな事を無意識に考えていた。


 翌日、母が奏多にメイク道具を買ってきてくれた。別に欲しがったわけじゃなかったけど、これくらいならと受け取っておいた。

 元々肌は綺麗だったので、チークとリップ、それにピューラーだけ。学園規則ではメイクは禁止にはなってなかったが、あくまで学生らしく清楚な範囲に限られていた。

 こっそりメイクの練習をしてる所を見つかり、花音にからかわれたが、その後は髪型を自分でセット出来るように練習させられた。

 さすがに髪の毛の方が難しかった。

 そもそも地毛じゃないのでやりにくい。今までこんなに長い髪の毛の経験がなかった奏多は、それこそ何度も何度も試行錯誤し、ようやく自分でツーサイドアップが出来るようになった。

「女の子はこれを毎日やってるのか……」

「そうだよ。女子の大変さがわかったかー」

 何故か自慢気になる花音。

 そもそも、花音はノーメイクで奏多がメイクするという、それこそ男女逆転してしまった兄妹であった。

 入学前は色々な準備に忙しい。

 時間もあっという間に流れ、長かった中学3年生の春休みも最後の日。壁にはアンジェリカ学園の制服をかけ、鞄には筆記用具や提出書類、筆記用具などを詰め、改めて入学に関する資料に目を通していた。

「いよいよ高校生活が始まるね!」

「そうだな、明日かぁ……」

「楽しみすぎて今日寝られなかったらどうしよう」

「寝坊したりしてな」

「そんな、お兄ちゃんじゃあるまいし~大丈夫だよ。目覚まし3つかけたし!」

「そっか。じゃあ、おやすみ花音」

「おやすみなさい、お兄ちゃん」

 壁に掛けてあるアンジェリカ学園の女子制服を眺めながら、奏多は眠りにつく。

(明日、ついにあの制服を着て登校するんだ……)

 そう思うと、急に緊張してドキドキしてきた。

(もう悩むのは終わりだ、寝よ、寝よ)

 考えても仕方ない。

 布団を頭から被り、無理矢理眠りに入るのだった。 

皆さま初めまして。瀬名ゆみこです。

ここまでの4話がプロローグとなり、同時に最初の区切りとなります。

本当はもっと短く書く予定だったのですが、できる限り奏多君の女装描写を書きたかったので4話使わせて頂きました。初めて女装する時のドキドキ感が伝われば幸いです。

今回はまだ女子制服しか着ていませんが、奏多君には今後も色々な女の子の衣装を着て貰おうと思っています。

物語は勿論の事、女装に関してもしっかりと書いていきたいと思っていますので、温かい目で見守って頂けると嬉しいです。

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