第1話 アンジェリカ学園の罠
私立アンジェリカ学園高等学校入学式。
真新しい制服を着た新入生達が期待を胸にその校門をくぐる。
青葉奏多と青葉花音の双子兄妹もまた、今日からここの新入生として学院生の仲間入りを果たそうと、校門に続く桜並木を歩いていた。
「お兄ちゃんどうしたの? ここまで来たら覚悟決めちゃいなよ」
「そんな事言われても……」
「入学式から遅刻なんて、あたし嫌だからね。それともお兄ちゃんこっから一人で行く?」
「花音~それだけは勘弁してぇ~」
奏多がアンジェリカ学園の入学式に行くの躊躇するのには理由があった。
この地域の女の子なら誰もが憧れる、アンジェリカ学園の制服。
奏多と花音もまた、その制服を着ていた。
それもお揃いの制服を。
「どうして僕まで女子の制服を着なきゃならないんだ……」
「いいじゃない、似合ってるよ! 双子のあたしとそっくりな顔してるんだし、似合わないはずがないよ。ほーら、自信もっていこいこ、男らしく堂々としてればいいんだよ」
「この格好が全然男らしくないっ!!」
どうしてこんな状況になったのかは数日前に遡る。
「お兄ちゃ~ん、アンジェリカ学園の制服届いたって」
双子の妹、花音がバタバタと足音を鳴らしながら僕の部屋にやってきた。
制服が届いてよほど嬉しいのか、機嫌が凄く良さそうだった。
「早く試しに着てみようよ、サイズが合ってるか確認しないと」
「大丈夫だろ、ちゃんとサイズ計ってオーダーメイドして貰ったんだから」
「だーめ、これから毎日着るんだから、ほらほら、早く~」
花音が奏多の手を引っ張ってせかしてくる。
妹の花音は言うなればブラコンというやつだった。もう高校生になるというのに、こんな感じでいつもベッタリしてくる。
「わかったから、手を繋ぐのはやめてくれよ」
「なんでよ、いいじゃない」
「兄妹なのに恥ずかしいだろ」
「兄妹だからいいの!」
いつもこの調子である。
連れてこられた机の上には「アンジェリカ学園指定制服」と書かれた箱が2個重ねて置いてあった。由緒ある私立らしく、ちゃんとロゴの入った小綺麗でお洒落な箱だった。
アンジェリカ学園は女子校だった。
しかしそれは去年までで、時代に合わせ今年からテスト的に共学として男子生徒も迎え入れようという事になり、名目上は共学校となった。
それを聞いた花音は、奏多に一緒にアンジェリカ学園に行こう行こうとしつこく誘ったのだった。
奏多としてもアンジェリカ学園は女子校時代も成績では優秀な部類であったし、女子生徒が多いという環境を想像して、男子としては悪くないんじゃないかと思い受験したのだ。
受験の日、数人の男子生徒が試験を受けているのを見たけど、大半はやはり女の子だった。少し肩身狭い感じもしたけども、心の中で悪くないなとすでに合格して学園に通い始めた時を想像していたのだった。
「男子も女子も見た目は同じ箱なんだな」
共学になったとはいえ、まだ今年は試験導入的な感じだからそこまで気が回らなかったのかもしれない。
元々女子校だったアンジェリカ学園の文字がこそばゆい。
「うわぁ、可愛い! 可愛い!!」
花音は早速『青葉花音様』と書かれた方の箱を開けて、学園の制服を取り出していた。
確かに、このアンジェリカ学園の制服は可愛い。街中で歩いている学院の生徒を見るとつい振り返ってしまうのだ。
女の子らしいデザインの可愛いブレザー、胸元には大きなリボン。ボトムスは青いチェックのスカートで、結構その丈は短い。
「ほら、お兄ちゃんのも開けてみようよ。男子制服ってどんな感じなんだろうね」
「あ、うん、そうだな。どうせ男子だから学ランか普通のブレザーだろ」
「アンジェリカなんだから、もっとお洒落な制服だと思うよ?」
そういえば入学案内やら色々な書類でも男子制服の話は読んで無かった。
もっとも、男子が制服で学校を選ぶとかそういう感覚はないので、別に何でもいいやと興味がなかったというのが正しいのかもしれない。
箱に『青葉奏多様』という名前を確認し、そっと箱を開けてみた。
「え?」
箱の中を見て奏多は硬直してしまった。
そこには、花音と全く同じデザインの可愛いデザインのジャケットがあったのだ。
「ほらほら、男子制服も可愛いじゃん、おそろいだよっ」
「いや、どうみてもこれおかしくないか……?」
とりあえずそのブレザーを取り出し、ズボンを探す。
しかしそこには、男子が穿くようなズボンの姿はどこにもなく、青いチェックの短い布が入っていた。
奏多はそれを手に取って広げてみるや、それが何であるか気がついた途端に心臓がドキっと鳴った。
「え、え、こ、これスカートじゃないか!? 」
兄妹で暮らしてるとはいえ、スカートを自分で触る事さえなかった奏多は、自分でスカートを持った恥ずかしさからかバッと机の上に放り投げてしまった。
同じ布には変わりないのだが、女の子の服というだけで不思議と何かいけないものに感じてしまうのだ。
「お兄ちゃん、ちょっとその箱見せてよ」
花音が替わりに兄の制服の確認をする。
中には襟の丸くなったブラウスと、胸に付けるリボン、学校指定の紺のハイソックスが一週間分として5足入っていた。無論全部女子用のものだった。
「これ全部女の子のだね~」
「うわぁ……男子用と間違えられちゃったみたいだ、どうしよう。きっと、奏多って名前が紛らわしかったんだろうなぁ」
「とりあえずお母さんが帰ってきたら連絡して貰おうよ、まだ入学式まで時間もあるしすぐ連絡すればちゃんと間に合うよ」
「そうだといいんだけど……」
合格が決まった後に制服の採寸というものがあった。
その時は実際に制服に袖を通すのではなく、身体のサイズを隅々まで計測しただけだった。つまり既製品ではなく、完全オーダーメイドというわけだ。
その時にきちんと確認すれば良かったのだけど、まさかこんな取り間違いをするとは思ってもみなかった。
返品するにも汚してはいけないと思い、奏多は恥ずかしながらもその制服を箱に丁寧に戻していく。
それを見ていた花音がニヤっとした笑顔を奏多に向けて、
「ねぇねぇ、お兄ちゃん」
と、何か企んでるかのような目でそう声を掛ける。
「それどうせ返品した所でオーダーメイドなんだから廃棄処分になっちゃうと思うんだ」
「まぁ、そうだろうな」
「だからちょっとくらい、いいと思うんだ」
「何が?」
「いや、だからさ~」
せっかく仕舞った制服を取り出しながら、花音が言った。
「一度着てみてよ、お兄ちゃん♪」
「…………えっ」
「だからさ~、滅多にこういう機会とかないじゃん、ねぇねぇ着てみてよ!」
花音がいきなり突拍子無い事を言い出した。
(着る? 僕が? アンジェリカの女子の制服を?)
想像しただけでも、恥ずかしさで顔が赤くなる。
「やだやだ、男がスカートなんて恥ずかしくて着られるわけないだろっ」
「いやいや~そんな考えはもう古いよ、お兄ちゃん。今の時代、女装する男の子も結構いるって聞くしさ~」
「そんなの漫画やアニメの中だけだって~」
女子制服を着せてみたい花音と、絶対に着たくない奏多の言い合いはしばし続いた。
「ただいま~」
それから夕方になり、仕事から母親が戻ってきた。
忘れないうちに制服が間違えて届いた事を、奏多は母親に報告した。
が、思いもよらぬ答えが戻って来たのだった。
「それ間違えてないわよ」
間違えではない、と。
「いやいや、花音の制服は合ってるけど僕のは明らかに間違えてるよね? これ誰がどう見ても女子用の制服だよね?」
おかしな事を言う母親に、改めて箱の中味を見せた。
「だってそれアンジェリカ学園の制服じゃない、合ってるわよ」
「ほら、スカートが入ってるんだよ、これが間違いじゃなくて何だっていうのさ」
母はしばらく考えて、はっとしたように言った。
「あ、あ~そういえば、奏多には説明してなかったかもしれないわね。すっかり、入学案内を読んで知ってるものだと思ってたわ」
「入学案内?」
ちょっと待ってね、と言って本棚からアンジェリカ学園の入学案内を探して持ってくる。ぺらぺらとめくり、制服のページを奏多に見せた。
そこにはこう書いてあった。
『アンジェリカ学園に通う生徒は下記の学校から指定された制服、鞄、靴、体育用品、文具等を着用・使用して本学に通学する事。例外は認めないものとする。その他、指定のないものに関しては、学生として相応しいと思われる範囲であれば自由とする』
その下には今手元にある、この制服の写真が「指定」として描かれていた。
勿論、女子用のものだけが。
「よく見てご覧なさい、指定とはあるけどどこにも女子用とは書いてないでしょう? つまり、アンジェリカ学園は今年から共学になったけど、この制服なんかは去年までの規則そのまんまなのよ。わかった?」
奏多はそう言われても理解出来ないでいた。
共学になったのは確か。
でも、学校の規則では制服は指定のものを着用しろと。
しかしその制服は女子校時代のものしか用意されていない。
制服規定は男子女子関係なく、そこにあるものを使えということ。
「え……冗談だよね……?」
ゆっくりと思考してようやく状況が理解出来た。
つまり、この手元にある制服は間違いではないと。
可愛いブレザーに大きなリボン、チェックのスカート、紺のハイソックス。
これは女子の制服でもあり、男子の制服でもあると。
「という事は、あたしとお兄ちゃんはお揃いの制服で、同じ学園に通えるって事?」
「そういうこと。花音ちゃんは理解がはやいわね~」
「えへへ~嬉しいな~」
「花音、おかしいと思わないのか!?」
「なんでよ、お兄ちゃんならその制服きっと似合うよ、うん。あたしが保障する」
「似合うかどうかは関係ないだろ、そもそも男がスカートの制服自体おかしいだろ」
「奏ちゃんは頭が固いわね~そんな固定概念に囚われてたら時代に取り残されるわよ」
「そんな時代なら取り残された方がマシだっ!」
そんなやりとりをした翌日、奏多は実際にアンジェリカ学園事務室に問い合わせた。
結果帰って来た答えは驚くべきものだった。
『男子生徒も女子と同じ指定された制服を着用して下さい』
頭を抱えてしまった。
その上、こんな回答も貰ったのだった。
『青葉さんはご存じなく受験されたとの事ですが、当方ではその点了解されているものと思っておりました。やはりハードルが高いのか、男子生徒で当学園を受験された方は3名しかいませんでした。別に女子として通うように申しているわけではありませんので、そんなご心配なさらずとも大丈夫です。当学園の制服は伝統なもので、例え共学になってもその伝統は継いでしかるべきとの考えから、少なくとも今年はそのような規則で通学して下さい』
まずこの状況は覆らないという事、そして奏多と同じ境遇の男子が他に2人居るという事がわかった。
それが判明した所でどうにもならないけど、ここでアンジェリカ学園に行くの辞めますと言った所で他の学校の受験は全部終わっているし、そもそも高校に行かないわけにもいかない。八方塞がりになっていた。
「お兄ちゃん、まだ悩んでるの?」
部屋でずっと頭を抱えていた奏多の元に、花音が声を掛ける。
「大丈夫だよ、あたしも一緒に通うんだから。だから行こうよアンジェリカ学園。3年間我慢すればいいんだし、恥ずかしいのなんて最初だけだよ。もし何かあったら、あたしが守ってあげるから。だから、ね。覚悟決めちゃおうよ」
妹にそんな事言われるとどう答えていいか分からない。
もはや、選択肢は1つしかなかった。
この壁に掛かっている、アンジェリカ学園女子制服を着て学園に通うという事。
「3年間だけ……だもんな」
「そうだよお兄ちゃん!」
「はぁ……」
奏多は溜め息をついた。




