07
「骨も折れていないですし、安静にしていれば大丈夫でしょう」
翌日、朝早く診察に来たのは前に王宮で診てもらった医師だった。
殿下が手配したらしい。
———私が階段を落ちる原因となった事に、ひどく落ち込んでいるそうだ。
痛みは昨日より治まってきているが、特に足を強く打ったらしく左足が腫れ上がっている。
それ以外もあちこちに擦り傷や痣があるけれど大きな怪我はなさそうだ。
頭を強く打ったのが気になるが、今の所意識もはっきりしているし大丈夫そうだ。
…そのせいというか、おかげというか。
記憶を取り戻したのは…良かったのだろうか。
失っていた記憶が戻った事はまだ誰にも言っていない。
「もう…どうしてアレクシアばかり酷い目にあうのかしら」
医師が帰った後、母が嘆いた。
「可哀想に…」
「———身体が良くなったら神殿で祈祷してもらうか」
父が私を見てそう言った。
前世でも悪い事が続くと厄払いに行くが、似たような習慣がこの世界にもある。
困った時の神頼みというのはどの世界でも同じなのだろう。
「それじゃあアレクシア、私は仕事へ行くけれど。具合が悪くなったり欲しいものがあれば言うんだよ」
「はい」
そう言い残して両親は部屋から出ていった。
私は一人…にはならなかった。
「テオ…あなたも休んだら」
ベッドの側の椅子に腰掛けているテオドーロに私は声を掛けた。
「一晩中そこにいたのでしょう」
「僕なら大丈夫だよ」
テオドーロは笑顔で返した。
「でも…」
昨日は意識をなくしたまま家へ帰ってきたらしいが、それから目を覚ますまで、テオドーロはずっと私の側にいたそうだ。
侍女が代わりに見ているからといっても聞かなかったらしい。
今日も学園へ行かず、朝からずっとこの部屋にいる。
「シアから離れる方が不安なんだ。僕が目を離す度にシアは危険な目に遭っているじゃないか」
…それは…偶然だとは思うけれど。
それよりも———彼は…
「…私が治るまでテオも学園を休むつもりなの」
「そうだね」
テオドーロは手を伸ばすと私の手に自分の手を重ねた。
「シア。領地に帰ろう」
「え?」
「学園は危険だよ。勉強なんてどこでだって出来るだろう。二人で領地で暮らそうよ」
「テオ…それはできないわ」
「どうして?」
「どうしてって…」
「あいつと結婚するから?」
ぐ、とテオは手に力を込めた。
「シアが階段から落ちた時の状況を聞いたよ。来年結婚するって言ったって。…本気なの」
「…ええ…」
聞いてしまったのか。
記憶を取り戻した今なら分かる。
テオドーロには…この事を知られてはいけなかったのに。
「何で?」
「…パトリックと一緒にいたいからよ」
「一緒に?そんなにあいつがいいの?」
「テオ…痛い…」
強く手を掴まれ顔をしかめてしまう。
「痛いの?じゃあ、痛み止めを飲まなきゃ」
テオドーロは立ち上がった。
キャビネットから何かを取り出すと、私の口元へとそれを差し出した。
「口を開けて」
鼻をくすぐる薬の匂いと…レモンの香り。
私は首を横に振った。
「飲まないの?痛いんでしょ」
「…いらないわ」
「駄目だよ、ほら」
「嫌」
「シア」
口元へ押し付けてきたそれを避けるように首を振る。
「どうして飲まないの」
だって、それは———
テオドーロを見上げる。
視線が重なり…私と同じ色の瞳がふと細められた。
「もしかして。思い出したの?」
…ああ。気付かれてしまった。
「———そうか、落ちた時に頭を打って…それで」
ぎし、と音を立てて。
テオドーロの手が私の顔の横に置かれた。
「シア」
青い瞳が…その奥に不穏な光を宿して私を見下ろす。
「思い出したんだね。僕がシアにこの薬を飲ませた事を」




