03
レベッカと入れ替わるようにパトリックがやってきた。
夜会以来、会うのは初めてだ。
あの時の事の後処理でバタバタしていて見舞いに行けないと、代わりに花束と手紙が届いていた。
「顔色は悪くないようだな」
ベッドの縁に腰を下ろすと、私の頬を撫でる。
「まだ痛むか?」
「少し…」
「———悪かった」
「え?」
「マルゲリットがあんな凶行に走ったのは…俺が原因だ」
「そんな事は…」
私は首を振った。
「たとえ…マルゲリット様がリックの事を好きでも…それと暴力を振るう事は別です」
あれは、本人の資質の問題だ。
「…ありがとう、シア」
パトリックは私の頭を撫でた。
「———マルゲリットと俺の婚約の話があったのは本当だ」
ズキン、と心に痛みが走った。
「とは言っても子供の時の話で、家の格が合うのと年齢が同じだからちょうどいいだろうという程度の理由だ。マルゲリットには他にも王太子の婚約者候補の話があったけれど、あの性格だからな…。将来の王妃には相応しくないとされ、俺の両親も難色を示した」
…あの熾烈な性格は小さい時からなのか…
「俺も別に彼女には思い入れはなかったし、そんな話があった事も忘れかけていたが。…まさかそのせいでシアが傷つく事になるとは…」
再びパトリックの手が頬に触れる。
痛みを気にしてか、ほんのわずか触れるくらいだけれど…じんわりと温かくなる気がした。
「マルゲリットの処遇が決まった」
「…どうなるんですか」
「修道院へ送る事になった」
「え…」
修道院って…
そんな所に入ったら…出てこれないのでは…?
「そこまでしなくても…」
「あの性格を直さないと今後も同じ事を繰り返すだろう。だから修道院で心を改める事が出来れば出てこれるらしいが、まあ難しいだろうな。———それに、そうしないと殿下が許さないんだ」
「殿下が…」
「殿下の怒りは相当だ。それに陛下や王妃も同調してな。バルニエ公爵も庇いきれなかった」
「陛下まで…」
陛下には、記憶をなくしてから一度お会いした事がある。
王子しかいない陛下と王妃にとって、私は娘のように思っているのだと言ってくれていた。
…そうか、お二人にも心配をかけてしまったのか…
「そうですか…」
「俺も、シアに危険が及ぶ可能性がある以上、修道院行きは仕方ないと思っている」
そう言うとパトリックは私を抱きしめた。
「シア。もう二度と…あんな事は起きないよう君を守るから」
「…はい」
「俺が好きなのはシアだけだ」
「私も…リックが好きです」
「え?」
パトリックはバッと私を見た。
あれ?今…私。
パトリックの事…好きって…
かあっと一気に顔に血が上る。
「シア」
パトリックは私の顔を覗き込んできた。
そんなに間近で見つめられたら恥ずかしいのに!
「本当に、俺の事が好き?」
「は、い…」
恥ずかしくて、私は俯いて答えた。
———パトリックとマルゲリットの間に婚約の話が出ていたと聞いた時、胸が痛くなった。
嫌だと思った。
そう、パトリックが…私以外の人とだなんて、嫌だと思ったのだ。
「…でも君は殿下と…」
「殿下?」
どうして殿下が出てくるの?
———ああ、レベッカが言っていた。
私と殿下は特別な関係だと思われていると。
パトリックもそう思ったのだろうか。
「…殿下とは…記憶をなくす前、どういう関係だったのかは知りません」
殿下の初恋は、私なのかもしれない。
そして私も…殿下を好きだったのかもしれない。
時折感じる胸の奥の疼きはその名残なのかも。
「でも今は…今の私は、パトリックが好きです」
私が一番一緒にいたいと思うのは、殿下でも、テオドーロでもないのだ。
「シア」
パトリックは私の顔を上げさせた。
吸い込まれそうなエメラルドの瞳が、ゆっくりと近づいてくる。
私は目を閉じた。
パトリックの唇は柔らかくて…優しくて。
心の中が温かくなるようだった。




