11
学園長と生徒会長の挨拶が終わるとダンスが始まる。
私は戻ってきたパトリックに手を取られフロアへと向かった。
「あの…あれからあまり上達していなくて。今日も家で練習した時にテオドーロの足を何度も踏んでしまって…」
パトリックとは何回かダンスの練習をしていた。
彼はとても上手にリードしてくれるけれど、どうしてももたついてしまうのだ。
「大丈夫、シアの癖は分かっているから。安心して俺に任せて」
そう笑顔で答えてパトリックはステップを踏み始めた。
確かにパトリックのリードは安定していて踊りやすい。
それでも私やパトリックの家での練習と違い、大勢の中で踊る緊張からステップを間違えたり、足がもつれそうになる。
その度にパトリックは私をフォローしてくれた。
「やっとシアと踊れたな」
パトリックは嬉しそうに目を細めた。
「ずっとこうやって夜会で踊りたいと思っていた」
「…ごめんなさい…」
去年は生徒会を口実に逃げていたのだと、練習の時に言われた。
後悔するような口調で…けれどパトリックにそうさせていたのは私だ。
「できれば今日はシアとだけ踊りたいな」
「…すみません、殿下と踊る約束をしていて…」
「———そういえば君は毎回殿下と踊っていたな」
呟いてパトリックは抱きしめるように私を引き寄せた。
「君と殿下が踊るのを、俺はただ見守るしかできなかった」
「リック…」
「…独り占めできないなら、せめて二曲続けて踊ってくれないか」
「…はい」
こういった場で同じ相手と続けて踊れるのは特別な相手だけだ。
今の私には拒否する理由はない。
二曲めはゆったりした曲調だったので、楽しんで踊る事ができた。
二曲めが終わるとすかさず殿下がやってきた。
「生徒会長。アレクシアを借りるよ」
「…どうぞ」
何だろう…心なしか二人の間の空気が重いような。
「アレクシア、手を」
差し出された手を取ると、殿下は迷わずフロアの中央へと向かっていく。
———そこは一番目立つ場所なのでは…
「あれを見て」
曲が始まり滑るように踊り始めると、殿下は口元に笑みを浮かべて視線を外へと送った。
その先を見ると、レベッカとリアムの姿が見える。
二人はバルコニーへと出て行こうとしている所だった。
…バルコニーといえば定番の二人きりになれるスポット…
「リアムがあんなに積極的だとは思わなかったよ」
そう言って、殿下は真顔になった。
「ステファーニ嬢はリアムの事をどう思っているか聞いてる?彼はあんなだから誤解されてないか心配なんだ」
「…そうですね…。好意的に思っているようです」
「それは良かった。じゃあリアムはもっと頑張らないとね」
殿下は再び笑顔になった。
「…リアム様の事、気にかけていらっしゃるんですね」
「彼は幼い時から側にいる友人だからね。彼が幸せになってくれたらいいと思っているよ」
———レベッカは私を見る殿下の目が、と言っていたけれど…リアムを見守る殿下の目も優しいと思う。
私を気にかけてくれるのも、リアム同様幼い時から知っているからだろう。
そう、きっと殿下は身内には優しい人なんだ。
「やっぱりアレクシアと踊るのは楽しいね」
私をくるりと回しながら殿下は言った。
「…すみません下手で…」
「全然そんな事はないよ」
そう言ってくれるけれど…側から見れば絶対下手だと思う。
「上手い下手は関係ないんだ」
回った私を抱きとめる。
「こうやって堂々とシアに触れられるのはダンスの時だけだからね」
そう言った殿下の瞳の奥に…どこか熱を帯びたような光が宿る。
…私は…この瞳を知っている…?
「シア。思い出してくれた?」
「…いえ…すみません…」
「早く思い出してくれないと」
殿下の唇が私の耳元へと近づく。
「…君があの婚約者と仲良くしている所を見る度に、私がどんな気持ちになるか分かっている?」
『もしかして、殿下の初恋の相手はアレクシアなのかも』
レベッカの言葉が蘇る。
殿下がいつまでも忘れられないという初恋の相手。
それが…私?
私を気にかけてくれるのは従妹だからじゃなくて?
だとしたら———
「…ああ、終わってしまったね」
音楽が止まると殿下は名残惜しそうに私の身体を離した。




