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記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました  作者: 冬野月子
第三章 令嬢はゲームに巻き込まれる

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学園長と生徒会長の挨拶が終わるとダンスが始まる。

私は戻ってきたパトリックに手を取られフロアへと向かった。


「あの…あれからあまり上達していなくて。今日も家で練習した時にテオドーロの足を何度も踏んでしまって…」

パトリックとは何回かダンスの練習をしていた。

彼はとても上手にリードしてくれるけれど、どうしてももたついてしまうのだ。


「大丈夫、シアの癖は分かっているから。安心して俺に任せて」

そう笑顔で答えてパトリックはステップを踏み始めた。


確かにパトリックのリードは安定していて踊りやすい。

それでも私やパトリックの家での練習と違い、大勢の中で踊る緊張からステップを間違えたり、足がもつれそうになる。

その度にパトリックは私をフォローしてくれた。



「やっとシアと踊れたな」

パトリックは嬉しそうに目を細めた。

「ずっとこうやって夜会で踊りたいと思っていた」

「…ごめんなさい…」

去年は生徒会を口実に逃げていたのだと、練習の時に言われた。

後悔するような口調で…けれどパトリックにそうさせていたのは私だ。


「できれば今日はシアとだけ踊りたいな」

「…すみません、殿下と踊る約束をしていて…」

「———そういえば君は毎回殿下と踊っていたな」

呟いてパトリックは抱きしめるように私を引き寄せた。


「君と殿下が踊るのを、俺はただ見守るしかできなかった」

「リック…」

「…独り占めできないなら、せめて二曲続けて踊ってくれないか」

「…はい」

こういった場で同じ相手と続けて踊れるのは特別な相手だけだ。

今の私には拒否する理由はない。


二曲めはゆったりした曲調だったので、楽しんで踊る事ができた。





二曲めが終わるとすかさず殿下がやってきた。


「生徒会長。アレクシアを借りるよ」

「…どうぞ」

何だろう…心なしか二人の間の空気が重いような。


「アレクシア、手を」

差し出された手を取ると、殿下は迷わずフロアの中央へと向かっていく。

———そこは一番目立つ場所なのでは…



「あれを見て」

曲が始まり滑るように踊り始めると、殿下は口元に笑みを浮かべて視線を外へと送った。

その先を見ると、レベッカとリアムの姿が見える。

二人はバルコニーへと出て行こうとしている所だった。

…バルコニーといえば定番の二人きりになれるスポット…


「リアムがあんなに積極的だとは思わなかったよ」

そう言って、殿下は真顔になった。

「ステファーニ嬢はリアムの事をどう思っているか聞いてる?彼はあんなだから誤解されてないか心配なんだ」

「…そうですね…。好意的に思っているようです」


「それは良かった。じゃあリアムはもっと頑張らないとね」

殿下は再び笑顔になった。

「…リアム様の事、気にかけていらっしゃるんですね」

「彼は幼い時から側にいる友人だからね。彼が幸せになってくれたらいいと思っているよ」


———レベッカは私を見る殿下の目が、と言っていたけれど…リアムを見守る殿下の目も優しいと思う。

私を気にかけてくれるのも、リアム同様幼い時から知っているからだろう。

そう、きっと殿下は身内には優しい人なんだ。




「やっぱりアレクシアと踊るのは楽しいね」

私をくるりと回しながら殿下は言った。


「…すみません下手で…」

「全然そんな事はないよ」

そう言ってくれるけれど…側から見れば絶対下手だと思う。


「上手い下手は関係ないんだ」

回った私を抱きとめる。

「こうやって堂々とシアに触れられるのはダンスの時だけだからね」

そう言った殿下の瞳の奥に…どこか熱を帯びたような光が宿る。


…私は…この瞳を知っている…?



「シア。思い出してくれた?」

「…いえ…すみません…」

「早く思い出してくれないと」

殿下の唇が私の耳元へと近づく。

「…君があの婚約者と仲良くしている所を見る度に、私がどんな気持ちになるか分かっている?」



『もしかして、殿下の初恋の相手はアレクシアなのかも』


レベッカの言葉が蘇る。


殿下がいつまでも忘れられないという初恋の相手。

それが…私?

私を気にかけてくれるのは従妹だからじゃなくて?

だとしたら———



「…ああ、終わってしまったね」

音楽が止まると殿下は名残惜しそうに私の身体を離した。

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