Act 42. 魔曲を弾いて
まずは父から車のカギをカツアゲしましょう。
まだ話し込んでいたらしく父と叔父は、王様のプライベートルームみたいなところで、難しい顔をしながら、マドレーヌを片手に酒を嗜んでいた。
やっぱり酒とマドレーヌでいけるんだ。
なんか他にもナッツ類と魚か果物の干し物みたいなものも皿に盛ってあるけど。
門番の厳密なる審査の結果、入れてもらうまでにかなり時間がかかったが、ジークが居る事と真面目に私達が国賓扱いになっているから、無下にできないという感じだ。
『ここは王族の階層です。御退去ください』
『待てガント』
『誰であろうと規則は規則。必要とあらば明日アポイントメントを』
というガチャガチャと音を立てるフルフェイスの門番のやり取りから察するに、なんか私達の存在は公然の秘密というやつらしい。
知らん人だけどガント頼もしいというか、融通利かんというか……たかだか叔父に会いに行くのに、誰かの許可が必要だというのも、微妙な感じがする。
それだけ立場があるんだろうけども。
特に城に来てから兄の行動が大変目立っていたらしく、名前知らない方の門番が何度か見たことがあったようだ。結構な噂も飛び交っているとか、なんとか。
兄が先ほど事後報告しに来た時の門番とはどうやら違うらしかった。
でも幸運な事に詰所みたいな部屋に控えていたガリガリの執事が出てきたおかげで、中に話を通してもらう事ができた。
そういや、さっきのムッシュクロックはどうなったのだろうか。
二つあった皿の一つは無くなっており、残っている皿は空っぽになっている。
叔父が気が付いたようで、あぁと頷いた。
「ちゃんとクロ助に渡したで」
と、近くに控えていた執事を顎でしゃくって示した。
ってか、クロ助って!犬みたいな名前になっちゃってるよ!綽名付けられるくらい、叔父と仲良しさんか!けっこう近しい人とか敬意を払っている人にしか呼ばんからびっくりだよ!
まぁ、煙たがられるの覚悟で自分を諌めてくれる人って、それだけ大事だと思うけどね。
ガリガリ執事は無表情なのでわからないが、怒っていないといいんだけど。
目が合うと静かに頭を下げたたので、食べてくれたのだろう。
叔父も執事ももうちょっと太ってもいいと思う。
体脂肪率何パーセントなんだろう。
私事で恐縮ですが、私よりも体重少ないと殺意を抱きそうだ。
真夜中に小腹が空いて、台所で残り物の揚げ物、摘まめばいいのに――――母の揚げ物、美味すぎて止まらなくて結局六個も食べちゃえばいいのに!
そして次の日の体重計に乗って吃驚すればいいのに!私みたいに!
おでこにニキビができて姉に罵倒されればいいのに!私みたいに!
「父さん悪いんだけど、車のカギ借りていい?」
「ん?車のカギか?」
なぜ車の鍵なんぞ常に携帯しているのかわからないけど、兄が促すと当然のようにポケットから出てきた。
貴重品だからだろうか……まぁ、また即席めんを誰かに食べられたら、血で血を洗うような戦いが勃発すること間違いなしだ。むしろ、被害者である私が率先して起こすだろう。
その味を知っているのは、叔父と弟王子だけだろうけど。
いや、身内こそか危険かもしれぬ。
主に叔父な。
「うん。なんやらミコが実験したいことがあるらしくてさ」
叔父の視線がこちらに向いたので、こくこくと頷くと『さよか』と呟いて、少し考えた様子でじっと私を見つめていた。
「必要なモンあるんか?」
身一つでも大丈夫そうというか、必要なモノは――――いや、待てよ。兄という音痴だけど楽器は上手に弾けちゃう男がいるのだから、これを活用しない手はないと思う。
くっ、叔父ほどではないけど、ちょっとコツを教えたら、結構簡単に弾きこなせるんだよなぁ。
音痴のくせに。ちーとふぁっく。
だけど今はありがとうございます!上手くいくか分かんないけど!
「兄に楽器」
端的に言い放つと、なんでや、という顔で首を傾げる。
ちなみ叔父の向いに座っている父も不思議そうに小首を傾げている。
「植木鉢と土」
不思議そうな顔からランクアップして怪訝そうな顔になった叔父と父であったが、暫ししてふと生暖かい微笑みを浮かべ『さよか』と穏やかに頷いた。
やめて、二人とも。
何をしたいのかよくわからないけど、『まだまだ子供やからなぁ』みたいな遊び盛りの子供を見る目を私に向けるのは。
別に唐突に園芸がしたくなったわけではないんですけど。
「クロ助。此処はええから、ミィたんの望みのもん適当に用意したって」
「はっ」
うん、執事も無表情に見えて、少し頬を引き攣らせていたような気がしなくもなかった。
こうなれば父と叔父には用事はないぜ。さらばだ。
利用できるものは基本的に、なんでも利用するのが岸田家流だぜ、げっへへ。
撤退じゃ―――と、速攻で背を向けて逃走を図る私を後ろから羽交い絞めする叔父。
「ギブ&テイクやで、ミィたん」
くそっ!逃げられませんでした!はいそこ!青い顔をしないジーク!背後で叔父がどんな顔してるか想像するのが怖いから!
そして、私はもうマドレーヌは料理長一派に伝授しているから!
明日の朝食のデザート辺りから食べたい放題だから!
「わて明日の朝食にさぞかし美味いデザートが並ぶんやろうなぁ」
つか、今から明日の朝食のデザートの気分を言われても、すでに料理長たちが仕込みをしちゃってるよ。きっと明日の朝のデザートはたぶんマドレーヌ。
「平気やで、マドレーヌは別腹や」
思考を読まれた!
というか、別腹って!相変わらず摩訶不思議女子高生系胃袋!
「お兄ちゃんも、実験の手伝いのお礼にあたるんだろう?」
この岸田家チートズときたら!燃費が悪いっつーか、良いというかどっちか分かんないけど!
くそう!兄なんて自分で私よりも美味しいお菓子つくってるだろ!
「父さんはドラ焼きな気分」
あ、そちらは母にお頼みください。
+ + +
詰所みたいな所に声をかけた後、執事は此方へと窺いを立てた。
「どちらにお持ちすればよろしいですか」
「音が響かない部屋を貸してくれれば――――」
「私の部屋、イベイベのお蔭で防音」
言葉を遮って告げると、兄が頷いて『全部、ミコの部屋へ』と付け加えた。
車のカギを預かり、兄に魔石を取ってくるようにお願いする。
たぶん、こやつは性格的に全部叔父に売り払ったりしないで、結構な数を保険で残しているだろう。
今使わずして使うべき所がないと思う。
後から幾らでも近場で冒険して、私が責任を持って魔石を回収してやろうじゃないか……ふふ、それしか能がないともいえるな私。
お金に変換してよし、投げてよし、魔力タンクにしてもよしの万能だな魔石様。
よし、ジーク。兄を排除したので、まずは調理場だ。
あのチートどもの明日の朝食のデザート下準備が必要だ。
パッと見た所、お礼として豪華で手が込んでいるように感じるけど、実は結構お手軽な私の得意のズボラお菓子である。
予想通りというかなんというか、薄暗い城内の中で調理場は明るい。
まだマドレーヌのアレンジ講座が続いているらしく、レシピメモを取っていた料理人が今度は作っているようだった。
「これはミィコ先生、どうなさいました」
調理服の濃ゆい顔の第二厨房の料理人が私に気が付いた―――というか、先生を付けられるほど偉い人間じゃないんですけど。母につけたれ、母に。
「明日の朝食のデザートにマドレーヌの他にもと陛下が望まれたもので」
「お、おおっ!それでは新たなデザートが!」
すぐに狭くはないが広くはない調理場に響いて、全員がバッと此方に視線を送った。
しかも、料理人のタイミングが合いすぎて、ホラー並に怖かった。若干コミュ障的な意味合いでも、足ガクブルする。
「下準備。材料貰います」
すす、と視線を合わせない様に常温バターをゲット。
適量突っ込んで、ジークに渡して混ぜてもらった。
滑らかに、白っぽくなるまでね。
薄力粉と砂糖と図って、常温卵もゲット。砂糖は少なめでいいか――――というか、説明しないでサクサク進めているせいか、めっちゃ料理人の目が厳しいわ。
獲物を狙う鷹のような目というのは、この事をいうのだろう。納得である。
ほとんどマドレーヌと材料は対して変わらないから、二人一組で事を進めているようだ。
「いかがですか」
相変わらず力仕事早い。
案外料理は腕力と器用さが必要なのかもしれない。
砂糖を半分いれてさらに混ぜている間に、私も卵を混ぜておく。
もう一度砂糖を入れて混ぜた後に、小分けで卵を入れて混ぜさせ………今更ながら気が付いたが、ジーク全自動めっちゃ楽すぎる。
其処から私が引き継いで、ヘラでさっくりと混ぜる。
くっくっく、このさっくりが簡単そうに見えて、意外と難しいのである。水分が少なめだから所々、だまになったりして粉っぽい感じに――――と思ったら、めっちゃ料理人達、私以上に上手く混ぜてる!
ドヤ顔の私が一番、混ざり具合が悪いわ!
「く、クッキー?」
誰かの料理人の呟きに納得した。
この世界での代表お菓子であるから、彼らは作り慣れているのだろう。
正直、ほぼ材料も調理順番もクッキーっぽいものだし。
あ、やばい。ラップがない。
「らっぷ?なにかの食材ですか?」
「空気を通さない、ビニール……薄い布、みたいなもの?」
あって当たり前の者を説明するのって、難しい。思わず私も疑問形だ。
ラップがないのに、ビニールもないだろうしなぁ。
「普通の布ではだめなのですか?」
「空気通すから」
「壺か何かに入れては?たっぷりと敷き詰めて蓋をすれば、空気が入らないのでは」
「う~ん」
母ならいい代案が浮かびそうだが、大きさにもよるけど壺がいっぱいになるまで作るのは、時間が掛かりそうな気がする。人海戦術を使用する時が来たか。
私が悩んでいると、此方を窺うようにジークが口を開いた。
「防水皮はどうでしょう?」
料理長たちがちょっと微妙な顔をしたのだが、『直接ではなく普通の料理用の布にくるんでから、ですが』と付け加えた。
どうやらラップの代用品があるようで、誰かが走って取りに行ったようだ。
うわぁ……すみません。時間外労働。
後、この間に明日の朝にカスタードを作っておいてほしいとお願いして、できればカスタードに合う季節のフルーツなんぞあれば最高だと伝えておいた。
料理長なら、きっと見つけてくれると信じてる。
うん、無くてもいいんで、できれば使命感に目をキラキラさせて、さっそく部下に明日の買い出しとか頼まなくても、あるものでいいんですけど。
マッハで戻ってきた部下の防水皮とやらをみたら、布だったのだが本当に水を通さなかった。グッジョブ、ジーク。本職は騎士だけど。
実は水筒の代わりの水袋?革袋?の生地が基本らしく、若干分厚いけどオケ。
一応魔法道具の部類らしく、皮っぽいのだが、全然皮の特有の匂いがしないし、浄化魔法みたいなのが掛かっているらしい。
解体して使ってしまうらしい。
なんか勿体無いけどお菓子の犠牲である。
本当は一枚布みたいなのもあるけど、それは防水外套用なんだとか。そっちはちょっと未使用でも使うかどうかを悩んでしまう。
加工する前のヤツだったらよかったけど。
高価なモノだったらしく、そこそこ収縮性もあるようで、普通の料理用の布に巻いた後、ぐるりと撒いて、ラップみたいに止まらなかったので、調理用の糸で止めておいた。
明日、ガピカピになってたらどうしよう。
後はそのまま冷蔵庫っぽい所に突っ込んどいてね。
兎も角、下準備は終了した。
一抹の不安も不安も残るが、ちょっと時間が掛かり過ぎたので、急ぎ歩きで裏口みたいな所からジークに誘導され、馬小屋に場違いな感じで存在する我が家の愛車へ向かった。
勿論、私の目当てはギアに通してあるゴミ袋だ。
丸ごとひっつかんで自室に戻ろうとした時、通路の向こう側で白鬚のお爺さんとガリガリ執事が何やら穏やかに揉めている様だったのでスルーしておいた。
きっと数秒だったので気がついてはいまい。
白髭のお爺さんはなんか魔法使いっぽい感じで、大げさな手振り身振りで何かを訴えている様子だった。
なんだったんだろう。
+ + +
自室の扉からは光が漏れていたので、兄の方をかなり待たせたかもしれん。
もう部屋を出ないといったら、ジークは頭を下げて退出した。
手伝えることがあるかと聞いてきたので、なんか楽器を持って持参といったら、笑顔で手伝えることはないようですね、とかそそくさとね。うん、そんなに楽器を弾くのがいやかねジークぇ。
ちらっと、また我が部屋とかしている客室の前の門番と何か話し合っている様子だったけど。
扉を開けると、ギターっぽいものを持っている兄が、手慰みになんだか華々しい曲を弾いてるようで、音が響いている。
楽器を渡したから、ちゃんと準備運動的に軽く指を鳴らしていたのだろう。
よくよく聞くと耳馴染のアイドルグループのヒット曲だった。
ギターだから一瞬わからなかったが、なんかのCMで起用されていたので、Jポップに明るくない私でも知っているぐらいのやつだ。
意外にミーハーか、兄よ。
「ん?知り合いがグループメンバーでな」
私の心情をくみ取って疑問を紐解いてくれたが、それってマジ?それとも冗談か?微妙に分かりにくいけど、本当だったらマジ兄人脈っぱねぇ。
ちらりと兄は土の入った植木鉢を見つめた。
準備のいいことに陶器のじょうろ?水差し?のようなものもあるではないか。
素晴らしい事に、カートにお茶らしい飲み物もある。
カフェインはこれから幾らあってもいい。
ナイスジョブ執事の明日のデザートはマドレーヌ+αをご期待ください。
「そろそろ兄ちゃんにも教えてくれてもいいんじゃねぇか?」
ばばーん、と心の中で効果音を付けて、手に持っていたゴミ袋を高く掲げた。
兄がきょとんとした顔になったが、すごく珍しい事であった。
もしかすると意表をついたのだろうか。
っつか、今考えると、欲しい物だけ持って来ればよかった。ゴミ袋はいらなかった。
逆さまにして一辺に全部出したいところだが、この高級そうな絨毯が汚れるのはちょっと。掃除機ないと細かな食べかすなどが取れないだろうし。
ペットボトルと、お菓子の空の袋とか色々入っている中から、お目当てのモノガサゴソ。
さて、そろそろ察しの良い者は気が付くだろう。
ティッシュに包まれた、黄色がかった白の指の先ほどの小さな粒。
たった二粒とはいえ、大変貴重なものだろう。
それを取り出して、掌に転がして見せると暫し沈黙が下り、しばらく眩しそうに目を瞬かせていたが『マジかよ』と呟いて、兄は頭を痛めたように掌で額を覆った。
「そうか前方座席組は既に一つ食べていたんだったか」
きっと兄の目には私と同じように粒の正体が鑑定されているに違いない。
+ + +
【イシュタルの祝福のオレンジの種】
イシュタルから溢れた慈愛が注がれた、シュルルの木の種。
元々稀少価値が高い果実の、500個の内1つの中に種があるかどうか。
時期によっては数十年に一つしかない取れない。
販売価格:780000 B
+ + +
ちょっと自分でも、これからの幸運使っちゃたんじゃないかなと恐ろしいほどの悪運の強さ――――そして、更に母の幸運に感謝である。
そう私の提案はこうだ。
「オレンジないなら、オレンジ育てればいいと思う」
イシュタルの祝福のオレンジがないなら、種から育てようじゃないか。
パンがないならお菓子をお食べぐらいの暴論であるが――パンがないなら小麦粉作れかもしれないけど――今の私たちにとっては不可能ではないのだ。
「………気長な話になっちゃうな」
兄が持ってきたタイトルすらない魔導書のあるページを開く。
「私は」
熊王子が失踪したらしいザーロ神殿では、神官たちが育てていた植物が多く残っており、その中にイシュタルの祝福のオレンジがあったのだ。
廃れてしまったザーロ神殿の正式名称はジャギニー・ザーロ神殿という。
つまり音楽の神ジャギニーを奉る宗教団体の神殿の一つであり、ザーロ神殿は自然の中の神殿で自給自足のような一派が住んでいたらしい。なんでか廃れているけど。
彼らが得意としたのが魔曲による【音楽農法】。
魔曲による成長を加速させる特殊栽培で、ほぼ一年中、収穫を可能にしていたようだ。
つまりジャギニーの神官は魔曲奏者ということだ。
魔導書の一部分を指さす。
植物の成長を加速させる魔曲【美しき緑の天国】。
会ったばかりの少女に励まされて、私は知った。
今度は私が教えてあげたい――――あの時の目に焼き付いたリィールの花の鮮やかさを。
「この曲を一度、聞いた」
私は姉の好きな月9のオープニングだろうが、母の鼻歌だろうが、父の『これからお風呂に入りま~す』の即興のDJ調の歌だって、一度聞けば弾けるという数少ない特技があるのだ。
町か、店か、あの時はわからなかったが、この魔導書を読んでようやく知った。
なんとジャギニーの総本山と呼ばれる場所が音楽の絶えぬ都プレシュテインと呼ばれる『オブシュレンド神殿』なんだとか。
予想では御布施をすると値段に応じて、楽譜をくれるんじゃないかと思う。
くくくと悪魔のように喉で笑っていたが不意に止めて、執事が淹れてくれたらしいお茶を飲みほすと、兄が悪代官のようにニヤッと笑う。
「―――徹夜の準備はいいか?」
ラバーブを手にした私も兄につられて、黄金のお菓子を献上する小物な悪商人のように笑って返した。




