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cruise ship-03 嵐の夜に



 * * * * * * * * *





「あで、何ますか?」

「イルカだね」

「おぉう、いむか、大きいます。いむか、もしゅたますか? さかまますか?」

「ううん、魚でもないよ、動物」

「ぷぇぇ、ボク、のむちゅ斬るでぎまい! 何も斬るでぎまい! 昨日も、ずっと斬るでぎまいなす!」

「うん……オレもちょっと体動かしたいんだよね。モンスターよ出ろーなんて言えないけどさ」


 出航から5日目。風や波の調子が良いらしく、明日は早めに中継の港に着けるらしい。といっても定刻出発だから、港町での滞在時間が伸びるだけなんだけど。


 オルターは幾分船酔いに慣れてきたらしく、食事をまともに摂れるようになってきた。天気が良いと甲板に出て、遥か遠くの島や陸地をぼーっと眺めている。


 レイラさんは相変わらず。気分が悪くなってきたら自分にケアを掛けて、騙し騙し過ごしている。船酔いと戦ったり、慣れたりする気は全くないらしい。

 陸に着くのが早いか、魔力が尽きるのが早いか、マジックポーションの飲み過ぎでお腹いっぱいになるのが先か。


「ぬし! あで! もしゅた!」

「イルカはモンスターじゃないよ」

「ちまう! あで! いむかちまう、大きいます!」

「どれ……おおー、珍しい。あれクジラだよ」

「くちま? くちま、もしゅたますか?」


 船から少し離れたところに、ゆっくり泳ぐ巨体が見えた。真っ黒い背中で水面を押し上げ、浮き沈みを繰り返している。よく見ると数頭の群れみたい。


「モンスターではないよ。まあ、全長10メルテとか20メルテとか、大き過ぎてモンスターより強いかも」

「ボク、くちまもしゅた思うますよ? 斬るますか」

「グレイプニールがモンスターと思っても駄目。クジラは動物、生き物」

「おぉう……のぶちゅ、いきもも、斬れまい」


 なんとかして斬れるものを用意したいんだろう。物騒だから、そろそろ海を眺めるのもやめないといけないかな。


「遠くに雨雲が見える、風向きからして数時間後には嵐だ。そろそろ船内に戻ろう。筋トレでもするか」

「……ボク、拭かれむしたいます。ボクの刃、めたあとしてあるます」

「ああ、潮風のせいだね、分かった、中で拭いてあげよう」


 機械駆動と風の力を両方取り入れた客船は、世界の主流になりつつある。といってもせいぜい1航路に2,3隻、大きな船自体が少ないんだけどね。

 機械駆動の船は石油を燃やして進むから、その熱を利用して海水を蒸発させ、塩と水に分離させることが出来る。塩にも水にも困らない。

 だから2等、3等の客向けに大浴場も用意されている。どうせなら風呂で洗ってやるか? その方が早い。


「風呂に行こう。しっかり洗ってやるよ、嵐で大浴場が使用禁止なる前に。オルターも誘おうぜ」

「ぬし」

「ん?」

「ぱんちゅ、今日は忘れるしまい」

「……忘れたの昨日だけだろ、もう2度と忘れないよ」






 * * * * * * * * *






「……何だ?」


 出航10日目の夜。明日にはアマナ島東端の港「ミスラ」に着くという頃だった。


 昨日から波が高く、雨も降っている。この天候では陸に接近できないという事で、船はミスラの沖に停泊中だ。


 筋トレももう飽きた、揺れにも飽きた。グレイプニールはこれ以上拭いたら削れるんじゃないかと思うくらい拭いた。オレは揺れていても爆睡できる。


「飯は食ったし、風呂にも入ったし。寝るか」


 する事もなく部屋でぼーっとしていると、ふいにドアノブが回された。


「えっ、誰か……部屋を間違えた?」


 同じような扉が幾つも並んでいるため、時折上の階の人や隣の人が間違える事がある。しかし、今日はやけにカチャカチャとしつこい。


 部屋の前でヒソヒソ声がする。オレは猫人族だから、気配や音には敏感だ。猫人族の母親に感謝すべきかな。


(本当だろうな、この部屋で間違いないな)

(ああ、この部屋の奴で間違いない。数日見張ったが部屋には1人で泊まっている)

(仲間は来てねえのか)

(嵐の時は船酔いで部屋から出てこねえ、今晩が最後の機会だ)


 声の主は2人。男だ。


「物盗り、かな」

「ももとみ、何ますか?」

「声を小さくしてくれ。物盗り、盗みに来た人って事」

「おぉう……」


(肌身離さず持ち歩いて、大浴場にまで持ってきていた)

(乗船時から装備らしい装備も着てねえ。取り押さえて奪い、持ち主の小僧は海に投げ込めばわかりゃしねえよ)


 どうやら正解らしい。嵐で船員達は甲板や艦橋で大慌て。乗客もこんな揺れでは出歩かない。雷や雨粒、揺れで軋む船体の音で、きっと物音も気にならない。


 盗賊共にはうってつけというわけか。狙いはグレイプニールだ。


「んー、これは、まずいかな」


 襲い掛かられたら正当防衛。場合によっては斬り返しても罪にはならない。グレイプニールの性能であれば、相手が重鎧を着ていても貫けるだろう。


 でも問題は、こちらに武器があると承知で襲い掛かってくる事だ。きっとオレから金品を奪える算段がある。

 それだけの腕があるか、他にも仲間がいるかだ。


「グレイプニールで久しぶりに攻撃する相手が……人ってわけにもいかないよな。でも素手で対抗できるとも思えないし」


 窓枠ははめ込み式で、厚いガラスを割っても体が通らない。そもそも外に足場もない。船内に屋根裏なんてないし、隠れる場所もない。

 オルターに助けを求めたいけど、この大時化おおしけの中では無理だろうな。いくらオルターの腕前があってもこの揺れじゃ弾は当たらない。


 ギリングで魔王教徒が強盗に押し入られた時の事を思い出す。

 あの時は強盗が部屋の中にいて、オレは部屋の外にいた。今回は逆で、しかも逃げ場はない。


 さて、どうしよう。


 ひとまず荷物をバックパックに詰め、グレイプニールが前抱きになるように肩紐を回す。それから数秒でドアがノックされた。


「……グレイプニール、暫く喋っちゃ駄目だぞ」

「……」

「早速お利口でなにより」


 オレは扉の前に立ち、ノックに声だけで反応。当然だけど、簡単には開けるつもりはない。


「はい」

 ≪お休みのところ、申し訳ございません。客室担当ですが、大嵐のため各部屋を個別に訪問しております。少々宜しいでしょうか≫

「え? 今までこんな訪問、1度もなかったんですけど」

 ≪……今晩の嵐は大きいため、非常時として全室を回っております≫


 扉を開ける以外に相手を確認する手段はない。相手が船員だったとしても、買収されている可能性だってある。


 ただ、その点については安心だ。猫人族の聴力をナメないで欲しい。

 船員の靴は踵が高いが、柔らかいゴム底になっている。こんなコツコツ音はしない。


 こいつらは船員じゃない。


「大丈夫ですので、このまま休ませて下さい」

 ≪申し訳ございません。お部屋の状況も確認させていただいているため……≫


 扉を開けるまで居座るつもりか。この揺れじゃ、他の部屋から出て気付いてくれる人もいないだろう。


 他の部屋のノックは聞こえなかった。扉を開ける音もしていない。先程の会話からも嘘なのは明らか。

 ただ、警戒している事を知られると、無理矢理扉をこじ開けられそうだ。


 グレイプニールを盗られないようにと持ち歩いた……いや、グレイプニールが断固として留守番しなかった事で、逆に目立ってしまったか。


 扉と天井の間は高さ数十セルテの余裕がある。バックパックは背負ったまま、グレイプニールも前掛けしている。

 うーん、こうなったら……。


「分かりました。ちょっと待って下さい」


 オレは靴を懐に入れると、裸足になり扉の鍵を開けた。狭い扉前の壁の左右に足を掛けて踏ん張り、天井近くまで登って深呼吸をする。


「どうぞ」


 筋トレしていてよかったよ、ほんと。こんなの鍛えてないと足つるし。


 部屋の扉が開き、オレは息を殺して侵入者を見下ろす。いかにも怪しい黒づくめの男が2人、客室担当じゃないのは明らかだ。


「……どこだ?」

「内側から鍵開いたよな? 扉の裏に隠れて……ないか」

「アイツ、何か勘付いていたか。ベッドの下くらいしか隠れる場所はねえ、探せ!」

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