cruise ship-02 それぞれの船酔い対策
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「おぉーっ! すげー、海だ、海だあー!」
「えっ、オルター何はしゃいでんの? 風すっご、寒っ」
「写真、写真撮っていいか!?」
「……これから2週間、飽きるくらい海を見ていられるってのに」
目的地を決めた翌日。オレ達はテレストロードを出発し、海を目指していた。
潮風のせいか冬のせいか枯れてはいるけど、テレストロード馬車で1時間、南下する街道沿いは草がまばらに生えている。
テレスト港とテレストロードを結ぶ街道の往来は多く、もう馬車とは何台すれ違ったか覚えてないくらいだ。
視界の先に砂丘が見えなくなり、街道が下りに差し掛かった頃、目の前にキラキラと輝く真っ青な海が飛び込んできた。
「そっちの兄ちゃんは海初めてなのかい! 他所からこんな砂漠の国に来たってのに、海にはしゃぐ人は初めてだ」
「……オレ海見るの初めてなんすよ、うわー、すげえ」
「夏だったら飛び込んでそうね。さ、時間は……11時か。13時には船が出ちゃうから、急ぐよ! 次の船まで1週間待たなきゃいけなくなる」
港を見下ろす街道のおかげで、テレスト港を囲む漁村の全容が把握できる。港で代金を支払い馬車から降りると、オレ達はすぐに乗船券を買いに走った。
共有の財布はレイラさんが持っているから、レイラさんが代表で窓口に向かった。
「乗船券を大人3枚お願いします」
「……1等客室かい? 特等? 2等? それとも3等?」
「あー……」
「決めてから並んでくれんかね、邪魔になるけん」
レイラさんは船の部屋に種類がある事を知らなかったらしい。そうか、レイラさんも船に乗った事はないんだっけ。
事務的な券売員は、上半分にガラスを填めた小窓越しに応対し、ため息をつく。
「レイラさん、変わります。というか女性は安全のためにも1等客室がいいです。部屋は広いし、部屋にトイレとシャワーがついてますよ」
「……あんた、料金見て言ってる?」
「ミスラまでだと、途中の寄港日を入れて到着まで11日。3等は6万ゴールド、2等が9万、1等が12万。特等は20万ゴールドか」
この辺の料金は、ギタからエンリケ公国まで乗った時に把握していた。あの時は3等客室に12万ゴールド払ったんだっけ。
1部屋を複数人で使えば幾分安くなるけど、2週間近く同じ部屋で過ごすなんて色々ストレスが溜まると思うんだ。
「稼いで取り戻せる額です。ギリングとテレストで報奨金も貰ってるし」
「2人は?」
「3等を1室ずつ取ればいいかなって。オルター、いいよな」
「部屋の鍵が簡単に壊されないものなら構わないぜ」
「……分かった。この差額分はギリングに戻ったら必ず給料で返すから」
窓口でお金を払い、オレ達は船内で必要なものを買い足して船に乗り込んだ。
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「おぉー、ゆでむ」
「波があるからね。外を見てみるかい」
部屋は海に面していて、波が高くなると水しぶきが当たる。窓は小さく分厚いガラスは2重構造になっていて、そんなに眺めがいいわけではない。
まあ、昼なのか夜なのか、天気が晴れなのか雨なのかを把握できるのが目的だと思う。
「……見えまいなす」
「じゃあ、甲板に行ってみるか」
船が出港して3時間。もうテレスト港は見えない。2日後にはシュトレイ大陸最東端のランザという町に着く予定だ。
そこからママッカ大陸最西端の町に寄って、アマナ島へと南下。
それぞれの町では半日の滞在時間があるんだけど、美味しいものを食べるか日用品を買い足すかくらいしか出来ない。
こうして甲板に出て景色を見るなんて、せいぜい今日明日くらい。3日目からは飽きて部屋から出たくなくなる。
「おぉー、みじゅ」
「海は塩水がいっぱいなんだ」
「みじゅ……さかま、棲みますか?」
「魚だらけだよ。オレは海の魚が大好き」
「もしゅた、棲みますか?」
「うん、サハギンとか、 ウォータードラゴンとか」
ウォータードラゴンなんて現れたら、もう船が沈まない事を祈るだけだ。ウォータードラゴンは海面から10メルテ近くある甲板まで首をもたげ、船を沈めようと体当たりをする。
父さん達は戦った事があるんだけど、駆け出しの時にかなり酷く負傷したんだって。特に父さんは意識不明で寄港先の病院に担ぎ込まれ、手術の後で治癒術士が大勢治癒にあたってくれたんだとか。
バルドルと一緒に戦ってそれだ、オレ達じゃ無理。
まあ、船乗りで見た事がない人がいるくらいだから、まず遭遇しないと思っていい。
「もしゅた倒したいます」
「陸地に着くまでは無理だなあ。小さい船だとサハギンやシースライムなんかが這いあがってくるらしいけど」
「ぷえぇ……ボク、もしゅた斬れまい、何も斬れまい」
「じゃあ……後で干し肉切るの手伝って」
何かを斬れたらそれでいいのか、グレイプニールは干し肉を斬ってと言われて喜ぶ。
暇つぶしの釣り竿も持ってきているけど、釣ったところで厨房に調理をお願いするしかないもんなあ。
オレ達が甲板から降りて干し肉を用意し始めた頃、海が荒れて船は大きく揺れ始めた。
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「オルター、大丈夫か」
「……むり、うぉえっ」
「これ飲め、船酔いに聞くから」
「だめ、横になる……」
夕食の時間になり、オレはオルターの部屋に向かった。3等のフロアにあるトイレからは、嘔吐する声が聞こえてくる。グレイプニールが船酔いしなくて良かった。
3等部屋は70室くらいあるはずだけど、男子トイレの個室は5つしかない。入れなかった人はどうしているんだろう。
その答えはオルターが教えてくれた。
「揺れて……ない、揺れてない、気のせい……うぉえっ」
「暗示とか無理だろ。洗面器の中身捨ててくるから少しの間頑張れ。だから梅干し買っとけって言ったのに」
「俺、あれ、苦手だった、無理」
「じゃあミントもらってくる。嚙んでたら楽になるし」
オルターは船酔いでダウンし、洗面器に嘔吐していた。トイレまで間に合わなかったそうだ。
オレはオルターの手と手首の境からひじ側へ指3本のツボを押し、症状を和らげようとしてあげたんだけど……即効性はないんだよな。
「アイスバーン……ほら」
アイスバーンを唱え、コップの水を凍らせた。氷水も船酔いを軽くしてくれるらしい。オレは全然酔わないから分かんないんだけどね。
マイムで働いていた頃、船乗りとして働いているお客さんから、氷水やミント、梅干しがいいと教えて貰った。
梅干しは数日後に寄港するランザの特産品の梅を塩漬けしたもの。港町ではどこでも売ってる。
「グレイプニール、オルターと一緒にいてやってくれ。部屋の鍵を掛けないで行くから。お願いできるか? 少し離れるけど、お前にしか頼めないんだ」
「あびちぃ……」
「お願い、すぐに戻るから」
「……あびちぃ」
グレイプニールをなんとか落ち着かせ、オレは厨房に寄った後で1等船室のフロアも尋ねた。レイラさんも船は初めてだし、船酔いしていないか心配だった。
「はーい」
「イースです。レイラさん、船酔い大丈夫ですか」
「うん。今開けるね」
部屋から出てきたレイラさんは、いつもの薄いお化粧を落とし、格好も長袖の丸首シャツ。のんびりしていた事が伺える。
「良かった。レイラさん、オルターが船酔いしているんで、治癒術を掛けてやってくれませんか」
「あー……オルターもか。分かった、行こう」
「酔い止めの梅干しは絶対食わないって言うし、氷水は用意してやったから、あとは厨房でミントを貰おうかと。って、オルター……も?」
オルターもって、他に誰がいるんだろうか。
「ああ、あたしもね、船酔いしてるの」
「えっ? でもさっき大丈夫だって」
「うん。気分が悪くなってきたらケアを自分に唱えてる」
それ、船酔い大丈夫って言えるのか? 治癒術士って、便利だな。
「……おとなしく梅干し食って下さい。ほら腕見せて、船酔いに効くツボを押してあげ……」
「ケアっ! あ、ごめん。ちょっと気分が悪くなりそうだったから」
「……船酔いで魔力枯渇とか、やめてくださいよ」




